山本一力のレビュー一覧
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山本周五郎、藤沢周平に続く凛とした時代小説の作家だと思う。
「万両駕籠」「騙り御前」「いわし祝言」「吹かずとも」
と連作長編。
江戸時代にはいろいろな職業があった。損料屋とは庶民に鍋釜ふとんをわずかなお金で貸すなりわい。侍だった喜八郎の仮の姿、転職組み。このキャラクター、ストイック。紺木綿の薄着で素足、背筋が通っている。目に力、かすれ声、若い。
その喜八郎が奉行所を辞めて損料屋になるについてのいきさつからこ憎い面白さ。役人の保身はいつの時代でもあるのだなー。ってあたりまえかな。
田沼時代のバブル崩壊後、札差という金貸し業が上に取り入り陰であくどくかせぎ、のさばるのを彼がある方法で、あくまでも冷静に底深く抵抗しくいとどめる。それが痛快である、あこがれるのである。
また全編、風雪雨季節のかおりがただよっている。それがうるさくないほどに。
江戸時代の経済のしくみが分かるし、お金にまつわるバブル後の現代に通じる話になっている。剣劇はことさらない、浮いた話もないが文章がうまくて、構成が凝っていてなかなか面白い。
山本一力 1948年生まれ。「あかね空」で126回直木賞。
うーむ、はまるかもしれない。 -
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昔、飛行機の中で、著者原作の映画「あかね空」をやっていて、妙に印象に残っていたので、別の江戸ものを読んでみようと思い手に取った。
駅伝は中学時代の3kmのみ、マラソンは柴又の60kmが自身の最長距離なので、金沢-江戸 間をそれより早いスピードで踏破する飛脚の脚力には脱帽だ。あっという間に読み終えた。
惜しいのは、松平定信の加賀藩虐めの動機にイマイチピンと来ないところ。政策レベルでは、現代の感覚では飛んだ愚作である棄捐令(借金棒引き)を出して信用大収縮をお越し、その善後策としての加賀藩虐めでは、隠密政治力をフルに発揮する、という、力の入れどころが何かとチグハグな徳川政治。
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玉枝は、深川の料亭「江戸屋」の女将である三代目秀弥の一人娘。周囲の人々の温かく、時に厳しい目に見守られながら、老舗の女将としての器量を学びつつ一人前に成長していく。山本作品にたびたび登場する四代目秀弥の少女時代にさかのぼり、母から娘へと受け継がれる江戸の女の心意気を描く、波乱万丈の物語。(カバーより)
時代物一辺倒の夫が感想を聞きたい、というので大至急読みました。
はい、凛として筋が通っていて好きですよ、こういうの。
ちょっと妬けますがね。
だって美人で、能力があって、器であるのですもの、ヒロインが。
しかし、なかなかのいい文章で、時代がよくわかります。
作者のお人柄でしょうか、周五郎でもない、周平でもない、琴線に触れるものはたしかにありますね。
ヒロイン秀弥は踊りのおっしゃん(お師匠さん)にこう教えられます。
「つらいときは、好きなだけ泣きなはれ、足るだけ泣いてもよろし。そやけど、自分が可哀想やいうて、あわれむことだけはあきまへんえ。それは毒や。つろうて泣くのと、あわれむのとは違いますよってな」
ちょと宮尾登美子の作品がしのばれますね。 -
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「たすけ鍼」の続編です。
前作「たすけ鍼」を読んだのが2017年で、内容がうろ覚えだった為(我ながら、星だけつけてレビューを書いていないし・・(;´∀`))、前作を再読してから本書を読みました。
深川のスーパー鍼灸師・染谷先生を巡るあれこれ六話が収録されています。
人々の身体の不調を治すのは勿論、人助けや世直し的な相談まで受けてしまう染谷先生。
朋友の漢方医・昭年先生との老年になっても仲良しな感じは微笑ましいものがあります。
第五話「つぶ餡こし餡」第六話「立夏の水菓子」は、続いているので二話で中編ともいえます。旧知の菓子屋夫妻が渡世人(いわゆる“反社”みたいな人達)に付け入れられて染谷先生に泣きつく展開なのですが、背後にあった朝鮮人参の横流しの問題の解決の下りはちょいと雑だったかな・・という印象です。
そういえば前作でも偽朝鮮人参の話(野田屋の件)が途中っぽかったのに、今回特に回収されていないのも気になるところです。ま、それはいいとして(?)、私も染谷先生に、効き目抜群の鍼治療して頂きたいなぁなんて思った次第です。 -
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第126回直木賞受賞作品
親子二代の家族の絆
やはり、家族とはいえ、いや、家族だからこそ、お互いの気持ちを理解することは難しい。
互いを思いやるが故にすれ違う気持ち。
しかし、最後はやはり家族の絆がしっかりと描かれています。
また、本作では、悪役は一人。他は悪役っぽかったりしますが、人情熱い人たちばかりでした。
ストーリとしては、
江戸に下った豆腐職人の永吉。そして、その永吉を手伝ううちに夫婦となったおふみ。
しかし、京の豆腐は江戸ではなかなか受け入れらません。
そんな中、二人が力を合わせてその苦労を乗り越えていくのが前半。
そんな二人には、長男栄太郎を授かってから、徐々に不幸と行き違いが...
そして、次男、長女と3人の子供たちに恵まれるも、おふみは長男のみをかわいがり、その結果、家族の中はどんどん悪い方向へ。
栄太郎のダメさ加減が目立ち、ついには、ここまで築き上げてきた豆腐屋の店を手放すことになるのか...
といった展開です。
すれ違う家族の想い、明らかになるそれぞれの本音。
そして、真の家族の絆
最後の最後はとてもスッキリ‼
とてもよかった。
お勧め -
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ネタバレ上方から身一つで江戸へ下ってきた永吉が、深川の裏店で豆腐屋”京や”を開く。上方と江戸の豆腐の違いに悩みながらも、真摯に豆腐作りに打ち込み、やがて表通りに店を構えるまでになる。
それは、永吉の確かな腕と質の良い大豆を贅沢に使う製法だけでなく、おふみの明るく行動力のある支えや、嘉次郎のアドバイス、相州屋の女将の陰の支え、そういった人に恵まれたことも大きかっただろう。
しかし、その一方で、おふみの両親を含めた、永吉と家族の間には、不幸な出来事も多く、永吉が亡くなった後は、京やはどうなってしまうのだろう、、、と気が滅入る展開が続いた。
あとがきで触れられているように、著者の作品には『家族力』がテーマとして貫かれているようだ。この「あかね空」でも、深川で店を開き成功し、子供の代に引き継いでいく商いの様子を描きながらも、軸には永吉たち家族の変遷があり、それこそがメインテーマになっている。
第一部では、永吉とおふみ、おふみの両親、源吉・おみつとも良好な関係を結び、幸せな家族を築けたはずが、栄太郎が生まれてまもなくのトラブルから、永吉とおふみの間に溝ができてしまう。その後も、悟郎・おきみと子供が増えていく中で、源吉とおみつが不慮の事故で亡くなる不幸が重なり、永吉とおふみ、栄太郎と弟妹の間には埋めがたい溝が生まれて行ってしまう。
しかし第二部で、永吉やおふみの周りの人たちの言葉を通して、子供たちが思う二人とは違う姿や言動の裏にあった思いを知り、栄太郎や悟郎本人の言葉で、お互いの気持ちの誤解が解けていく。ああ、おふみのあの時の言葉はこういう思いだったのか。栄太郎はちゃんと悟郎のことが可愛かったんじゃないか。1つ1つ苦い記憶が温かな思いに置き換わっていく。
家族とは不思議なもの。誰よりもお互い近くにいるのに、他人どうしよりもお互いのことが見えていなかったり、お互いを大切に思っているのに、時としてそれがうっとおしく距離をとりたくなってしまう。他人には打ち明けられる自分の本心を伝えることができなかったりする。
永吉たち家族もそうだ。もし、栄太郎がケガとやけどで生死をさまよう状態になった日に、永吉がもう少しでもおふみの気持ちに寄り添うことが出来たなら、八幡様にすがることはなかったのかもしれない。おふみが、上方から一人出てきて、ようやく認められはじめた豆腐作りで、どうしてもお得意さんの信用を失うわけにはいかない気持ちをくんであげられたなら。永吉が歩んできた人生を思い、栄太郎ばかりを可愛がることで永吉が抱く思いを想像してあげられたなら。
その後のお互いの苦しみ、悟郎やおきみの寂しさは味わわずに済んだのかもしれない。しかし、どちらも悪いわけではなく、言葉にしなくても分かってもらえると言う、家族だからこその少しの甘えがあったのだろう。
本当は、永吉が亡くなる前に、もっとお互いに率直に思いを言葉にし溝が埋まっていれば良かったのだけど、せめても、子供たちが誤解を解いて、手を取り生きていく道が開けて良かった。
栄太郎とおきみにも良い伴侶が見つかりますように。そして皆に子宝が授かりますように。京やが長く続きますように。
それから、傳蔵は相州屋の息子、ってことですよね?あざのくだりもあったし、、、傳蔵自身は、気づいていたのだろうか?だから助けてくれたのだろうか?? -
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「みをつくし料理帖」を読んでいるからこの手の人情小説は慣れたものだが、どこまでも「縁」が縁を呼びどんどん進行していく話は今の世では若干引く。事業はこういった人の伝手で成功して行くものだけど、つばきはわがまま過ぎるのにいい人に囲まれ過ぎるがちょっと出来過ぎな気がしないでもない。ましてや、飯炊きが上手いだけでこううも成功してしまうと白けてしまう。
それでもボリュームのあるページ数を読みきれるだけの小説としての面白さはある。
途中から一切出てこなくなる渡世人、なんで?
弁当辺りからなんだか話がわやくちゃになるのは書下ろしでなく連載小説ならではのもので、もううすこしスマートにまとめて終われば評価も上がったかもしれない。つばきには男運のは挫折があったが商売ではまったく挫折がなかったので次点。うまくいきすぎる話はつまらない。むしろ最初の頃の博打で失敗している頃の話の方が面白かった。