P.F.ドラッカーのレビュー一覧
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1993年初版のポスト資本主義を考察した著作。
前書きに著者は「本著はいかなる国の読者よりも日本人にとって大きな意味がある」とし、バブル絶頂から転落しつつある日本に未来を示唆したい思いがあったようだ。
著者最晩年に書かれた本のひとつであり、それまでの著者の総決算的な内容である。ドラッカーを読み込んでいる読者には今までの振り返りにちょどよい本で、初見の人にはドラッカーの考え方がよく分かるのではないか。
ただ、本著を「預言書」だと勘違いしては肩透かしをくい、本質を見失う。
この本は近代から現代史をその意味するところを解き明かし、足元を見据えることに主眼を置いている。そこから見えるポスト資本 -
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経営とは、マネジメントとは。
企業の目的は利潤の追求ではない、というところからスタートする、ドラッカーの中でも一番基本の一冊。名著集では「経営者の条件」に続く②にあたり、③はこの下巻である。
利益のこと、経費のこと、等々、「経営者の条件」に比べるとやや経営学寄りの記述が多く、経営分析の考え方を説きなおす、といったスタンス。表現が固いと言えば固いので、簡単に自社の数字をあてはめて何かが分かる、といった類のものではないけれど、何を分析したいのか?という場所からスタートするので、これが本来の姿ではある。
私は「~条件」の精神論の方が読みやすく感じたが、それは人によるだろう。長い漢字の、なんとか率を覚 -
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経済人は終わりだけど、産業人には未来があるということか。当時の経済人と産業人の違いを理解したうえで挑戦したい本だけど、あまり読みたいとも思わない本でもあります(^^;
読んでいてチャップリンのモダンタイムスの一幕を思い出しました。資本主義社会の中で会社では人間の尊厳が失われ機械の一部の歯車のように働くようになっていることを笑いで風刺していますが、最後は自由な生活を求め旅立っていきます。そんな映画が流行っていた時代、人々に魅力的な生き方、働き方を提示できるかいなか、つまり、個人がその社会の中で「位置と役割」を持てる社会かどうか、と述べています。
たぶん(と言うのは本書から明確には読み取れなか -
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知識を行動に具体化することに責任をもつ者>現代の経営(1954年)
もはやマネジメントは専門的な技能ではない。本書でも明らかにしているように、一般教養になりつつある。一般教養とは、教育ある人間が、自らの役割を果たすために知っておかなければならないことである。明日の日本、あるいは明日の先進国において、マネジメントを理解せずに、教育ある人間の役割を果たすことはできない。あらゆる人間が、マネジメントとは何のことであり、その基盤となるものが何であるかを知らなければならない。それが前提とするもの、価値をおくもの、目標とするものが何であるかを理解しなければならない。(チェンジリーダーの条件、2000年) -
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マネジメントとは何か。
マネジメントは組織のための機関である。組織がなければマネジメントはありえない。その組織は社会のための機関である。機関とは何を行うかによって定義されるものではない。何を貢献するかによって定義される。
マネジメントには3つのポイントがある。
自らの組織に特有の目的とミッションを果たす
仕事を生産的なものとし、働く人達に成果をあげさせる。
仕事が社会に与えるインパクトを処理するとともに、社会的な貢献を与える。
大事な事は
顧客は誰か
顧客にとっての価値は何かを常に考えること。
戦略計画の重要性についても触れている。
戦略計画は予測ではない。予測は可能性の範囲内、戦略は可 -
Posted by ブクログ
成果に責任を持つマネージャーについて論じたのが『マネジメント』とすれば、こちらはアクションそのものに責任を持ち実行する知識労働者≡テクノロジスト(要は現場の人)を論じた本。とは言えそこはマネジメントの大家ドラッカー、テクノロジストを如何にマネージするか、について書かれているので、正確には『マネジメント』の部分集合(現場のヒトのマネジメント)を深化させた本、ともいえる。
最初の1/4と最後の1/4、つまり本書の1/2は技術史に関する記述に充てられているが、マネジメントに直結する部分が少なく、本書を手にする多くの人にとって、あまり意味のあるものとは思えない。
残りの1/2には、示唆に富む内容が