P.F.ドラッカーのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ドラッカーの本は経営者向けのマネジメント系の本が多いのですが、これは技術者向けの本です。技術者の持つ技術が社会や顧客に貢献するためには、何に配慮すればよいかについて述べられてます。つまり、組織の中で技術者が貢献するためには、誰がなぜその技術を求め、誰がどうやってそれを普及させていくかまでイメージすべきと説いており、それができる人をテクノロジストと定義しています。また、技術者で無い人が技術と技術者をマネジメントすることの重要性にも触れています。実例と理念のバランスがよく、イメージがつかみやすいです。ドラッカーや技術が社会に与える影響に興味のある理系の人は必読です。
-
Posted by ブクログ
「まさに、機会の平等という正義、社会における位置と役割という名の尊厳を統合して実現することこそ、産業社会の代表的組織としての企業の最大の課題である。」
ドラッカーの指摘を無視したGMが今大変なことになっているから、その鋭さに感激、みたいなのは結果論だから無し。
さらに、1946年の時点で現在話題になっている企業の社会的責任を説いているから、その聡明さに感激。みたいなのも結果論だから無し。重要なのは、その理論の先見性ではなく、思考の積み方ではないだろうか。
ドラッカーには企業の運営にたいして崇高な考えがある。企業の目的は必要なサービスを提供することで、利益は経済的リスクに対する保険料のようなものという考え方だ。
企業は産業社会の代表的組織だから、完全雇用を実現するという形で、労働者に地位と役割を与えなければならない。完全雇用を実現するには、不況期において資本財生産を確保することが大事。不況時、政府はニューディール政策のような大規模公共投資によって雇用を創出しようとした。
しかし、政府機能が雇用の創出手段になってしまっては、政府自体の健全性が損なわれる。
企業は、不況時の雇用を確保するために、利益の一部分をまさしく保険料としてプールしておく必要がある。こんな感じ。
時代は右と左の時代で、ここにもドラッカーのナチスの全体主義、ソ連の計画経済嫌いが見える。
ドラッカーの書くとおり、企業は公益性に関わりがあるとするならば、公的資金の注入による企業救済を批判することができないのではないか。 -
Posted by ブクログ
どんな小さな組織でも、リーダーの位置にいる人は読むべきだと思う。
ドラッカーは世間で思われているよりは難しくないです。
いくつか気になった箇所を…。
『私は子供のころ、親戚の医学部の教授が何人かで、名医の条件について議論しているのを聞いたことがある。彼らは技能はあっても知識のない医者は危険であること、逆に、知識があっても技能のない医者は役に立たないことでは意見は同じだった。
(中略)
最高の知識と最高の技能を兼ね備えた名医には誰でもなれるわけではないが、優れた治療を施し、間違った治療をしないという意味での有能な医者には誰でもなれる。
同じことがマネジメントについてもいえる。有能であるためには、知識をもたなければならない。すなわち、「なぜ」行うかを知らなければならない。同時に、「何を」行うのか、「いかに」行うのかを知らなければならない。技能をもたなければならない』
不動産営業についても、そっくりそのまま、言えることですね。
言葉を換えてみましょうか…。
セールス技術はあっても不動産知識がいい加減な営業マンは危険であること、逆に、不動産に関する知識が豊富でもセールス技術のない営業マンは役に立たないこと。
要するに…。
知識と技能を持たなければならない、ということです。
ここまで書いて、レイモンド・チャンドラーを思い出した。
タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない。
タフさが技能。
優しさが知識。
もう一つ。
マネジメントが果たすべき3つの役割について書いています。
『組織の使命を果たす
第一に、マネジメントは、その組織が使命を果たすために存在する。企業の場合、それは経済的な成果をあげることを意味する。
(中略)
経済的な成果を生むことができなければ失格である。消費者が欲する財とサービスを、彼らが進んで支払う価格で供給できなければ失敗である。』
『働く人を生かす
第二に、マネジメントは仕事を生産的なものにし、働く人を生かす役割がある。企業でも企業以外の組織でも、真の経営資源は一つである。人である。
(中略)
仕事を仕事の論理に従って編成することは、最初の段階にすぎない。むずかしいのは次の段階である。仕事を人に合わせることである。人の論理は、仕事の論理とは著しく異なる。』
『社会的責任を果たす
第三に、マネジメントには、自らの組織が社会に及ぼす影響を処理するとともに、社会の抱える問題の解決に貢献するという役割がある。
いかなる組織といえども、それだけで存在し、自らを目的とするわけにはいかない。それは社会の機関であり、社会のために存在する。企業は、人に仕事を与え、株主に配当を与えるために存在するのではない。社会に財とサービスを供給するために存在する。』
この3つの教訓は、いつでも頭のどこかに置いておかないとな…。
ドラッカーを読むと元気が出ます。
頑張って仕事をしよう!という気になる。
また、目からウロコが落ちる。
第二の役割、働く人を生かす、の中の文章…。
「仕事を人に合わせる」なんていう言葉が、いかにもドラッカーらしい。
ほとんどの場合、人を仕事に合わせてしまうんですね。
でも、できるだけ仕事を人に合わせた方がいい。
こう考えると気が楽になったし、視界が広がりました。
まさに、マネジメントという感じです。 -
Posted by ブクログ
斜め読み。
興味があったテーマで以下まとめ。
■企業の目的は何か
・企業の目的
→顧客を創造すること
(顧客の潜在的な欲求を満たすこと)
→組織に関わる人たちが生産的な仕事を通じてイキイキと働けるようにすること
→社会の問題解決に貢献する
・利益は企業にとって、目的ではなく制約条件
(感想)「よい企業」を育てていくことは、「よりよい世界」をつくっていくために不可欠だと思った。
■企業はいかにして成果をあげるか
・成果を生むのは、マーケティングとイノベーションだけ
・真のマーケティングは、顧客から出発する
・イノベーションとは、人的資源や物的資源に対し、より大きな富を生み出す新しい能力をもたらすこと
■大企業のイノベーション
・大企業、巨大企業もイノベーションに成功できる
・イノベーションを行うためには、起業家精神をよしとする企業風土が必要
・既存の事業は新しい事業から分離して組織しなければならない
(起業は既存の事業の片手間でできる仕事ではない)
・得意分野以外でイノベーションをしようとすると失敗する
・買収して起業家的になっても、マネジメントに逃げられるので失敗する
(感想)銀行の企業風土では、起業家的精神を浸透させるのは難しいんだろうか。起業家的精神の浸透した会社を、「リスクを伴うイノベーションを起こそうとする人間が賞賛される会社」とすると、そのような会社をつくるにはどうすればよいのだろうか。「リスクをとって挑戦する人間にインセンティブを与え、そうでない人間にペナルティを与える」ということ以外に、何かよい制度設計はあるのだろうか。
■金融業界のイノベーション
・金融業界はこのままでは衰退する。
なぜなら、1970年~2000年までイノベーションを怠ってきたから。
・デリバティブ、自己勘定取引をよしとせず(←本書は2000年に出版された。この記述からもドラッカーの先見の明が感じられる)
機会は以下のようなものがある。
・先進国と新興国で急速に増大しつつある豊かな中高年中流階級のニーズに応える
・中小企業の財務管理の受託サービス
・中小企業の資金需要の証券化→商品化
・為替リスクをヘッジできる保険?のようなもの
(感想)10年前にドラッカーが提示したイノベーションのアイデアは、今実践されているのだろうか。 -
Posted by ブクログ
タイトルは原題「managing for results」のほうがわかりやすいかも・・・。組織や外部環境を含めた事業を、どんな風に見て、どのように対応していけば成果をだしていくことができるのか?について書いてあります。
的確に人材と資金をピンポイントであてて、事業の目指すべき方向に持っていくことが大事!ということでした。その的確なポイントをどう見つけるか?また、そうすることがどれだけ大事か?についてほとんどのページが割かれています。会社全体だけでなく、関わっているプロジェクト単位でみても、自分はどこに労力をさいて仕事をするべきか?(あるいは部下にしてもらうか?)やめるべきことはなにか?など考えさせられるところが満載です。 -
Posted by ブクログ
内容紹介
組織に働く人たちが、時間管理・集中の方法・強みの鍛え方・意思決定の仕方など、みずからを磨き、限られた時間の中で最大の成果をあげるための必須のノウハウを、ドラッカーの言葉をもとにまとめた仕事論の王道。本書を読めば、一流の仕事ができるようになるための姿勢と具体的な行動がわかる。ドラッカー自身がほぼ一世紀にわたる知的人生の中で育み、実践してきた方法であり、長い時の流れにも耐えてきた不変の原理原則である。
目次
第1章 成果をあげる能力は習得できる
第2章 汝の時間を知れ
第3章 いかなる貢献ができるか
第4章 強みを生かす
第5章 最も重要なことに集中する
第6章 意思決定を的確に行う
結論 成果をあげる能力は習得しなければならない -
Posted by ブクログ
とりあえず、おおよそ1日に1つくらいのペースで読み進めていって、そろそろ1年たった年末ということで読み終えました。
並びはかなり恣意的なような気がするのですが、まあ日めくりカレンダー気分で、また来年もめくっていこうかな、と思います。1年1年また違うように読めるようになっているのかもしれません。
ちなみに12月24日と25日は、おそらく意図的だと思うのですが、「信仰」について書かれています。『すでに起こった未来』でキルケゴール論を書いているように、多くを語っていないので意外な気はしますが、信仰についても確固としたものを持っているのでしょうね。ドラッカーさんの、経営者に求める真摯さと、会社に求める社会的責任には、この辺りからも来ているような気もします。 -
Posted by ブクログ
第?部 事業の何たるかを理解する
第1章 企業のの現実
・企業にとって今日行うべき仕事は三つであり、それぞれ異なるアプローチが必要で異なる問題定期が必要。
?今日の事業の成果をあげる。
?潜在的な機会を発見する
?明日のために新しい事業を開拓する。
・企業の現実についての仮説
?成果と資源は企業の内部にはない。いずれも外部にある。
企業とは、外部にある資源−知識を外部における成果すなわち経済的は価値に転換するプロセスであると定義できる。
?成果は問題の解決ではなく、機会の開拓によって得られる。
問題の解決によって得られるものは通常の状態に戻すことだけ。成果は、機会の開拓によってのみ得ることができる。
?成果をあげるには、資源を問題にではなく、機会に投じなければならない。
問題を全くなくす事はできないが最小限にすることは可能。その上でいかになすべき仕事を見つけ、いかに資源と活動を集中するかが重要。
?成果は、有能さではなく、市場におけるリーダーシップによってもたらされる。
価値あるものとは、リーダ的な地位によってのみ実現される。多くの業界において、最大手でありながら利益率は最高ではないという企業は多い。
?いかなるリーダーシップも、移ろいやすく短命である。
企業はリーダー的地位からその他大勢の地位に簡単に落ち込む。そのような地位から脱却するため、事業の焦点を問題の解決ではなく、機会に合わせなければならない。
?既存のものは古くなる
経営者の仕事は企業とその行動、姿勢、期待、製品、市場、流通チャネルを新しい現実に合わせて変化させること。
?既存のものは、資源を誤って配分されている。
(1)業績の90%が業績上位10%からもたらされ、コストの90%は業績を生まない90%から発生している。
(2)資源と活動のほとんどは、業績にほとんど貢献しない90%の作業に使われる。即ち資源と活動は作業の量に応じて割り当てられる。
(3)利益とコストの流れは同量ではない。利益を生み出す活動に意識的に力を入れないならば、コストは何も生まない活動、単に多忙な活動に向かっていく。
?業績の鍵は集中である。
業績のあげるには大きな利益を生む少数の製品や製品ライン、サービス、顧客、市場、流通、用途に集中しなければならない。
人材は少数の大きな機会に集中しなければならない。得に成果をあげる知識をもつ高度の人材。
企業家的な三つの活動を行う上で必要な分析の基礎
(1)今日の事業の業績をあげること
(2)潜在的な機会を発見すること
(3)明日の事業を開拓すること
第2章 業績をもたらす領域
・事業の分析の基本は、現在の事業、すなわち過去の意思決定、行動、業績によってもたらされた今日の事業の骨格、経済的な構造を調べる事から始まる。
・白熱した議論と意見の対立を招くような分析においては、分析の手法と道具を簡単なものにしなければならない。
第3章 利益と資源、その見通し
・いかなる種類の作業がコストの計算に適切であるかを決定することこそ、事業についての分析の一部であり、それにより選択肢とそれぞれの帰結を示すことができる。しかし、選択肢の最終の意思決定はマネジメントの責任。
・独占者がリーダーシップを失うのは、顧客に選択肢が与えられていないからである。独占の顧客は第二の供給者を待望する。出現すればそこに群がる。
・小さな特化した企業だけが時として自らのあらゆる製品とサービス、あらゆる市場と最終用途、顧客と流通チャネルに関して、リーダーシップを握ることができる。
・資源配分に関する分析は企業を理解し、診断し、行動に関わる意思決定を行う上で必要にして不可欠なステップ。
第4章 製品とライフサイクル
・予期したものと違う結果がでうようならば、類型変化の前兆と考えられ、少なくとも分析が必要。
・あらゆる製品、市場、最終用途、流通チャネルにはライフサイクルがあり、成長のために要する追加コストを分析すればライフサイクルのどの段階にあり、どれだけの余命があるかが明らかになる。
第5章 コストセンターとコスト構造
・コスト、およびその定義、測定、管理は、企業活動に関わる問題のうt、研究のし過ぎとまではいかなうとも最も徹底的に研究されてきた分野。
・問題はコストの絶対値ではなく、対業績費で、いかにコストが安く効率的であっても業績をあげなおならばコストでさえない。浪費。
・コスト管理の効率をあげるにはいくつかの原則がある。
?コスト管理は最大のコストに集中しなければならない。コストもまた社会的現象であって、その90%は10%の活動から発生する。
?コストはその種類よって管理されなければならない。
?コスト削減の最も効率的な方法は、活動そのものをやめること。コストの一部削減が効果的であることは希。
?コスト管理の成果をあげるには、事業の全体を視野に入れなければならない。
?コストとは経済の概念。分析の対象たるコスト構造は、経済的価値を生むための全経済活動。
・コスト管理のためには以下のコスト分析が必要。
?大きなコストが発生しており、効果的なコスト削減が大きな成果をあげるコストセンターを見つける。
?主たるコストセンターにおける重要なコストポイントを見つける。
?事業全体をコストの流れとしてみる。
?コストを法律上あるいは税制上の主体別に発生するのではなく、顧客が支払うものとして定義する。
?コストを基本的な特性によって分類し分析する。
・生産費はコスト管理の体系的な努力が昔から行われてきた唯一といってよい領域である。しかしほとんどの産業において、既に純粋の生産費は総コストのごくわずかな部分となっている。これ以上の大幅なコスト削減は本格的な技術革新が必要なほど。
・コストポイントのそれぞれを独立した問題として扱うのは適切でない。分析からもコストは一つの体系であるということが明らかになっている。
・コストポイントに対する対策についても「他のコストにいかなる影響を与えるか」を問わなければならない。
・コストポイントの種類
?生産的コスト:顧客が必要として喜んで代価を支払ってくれる価値を提供するための活動コスト。生産や販促のためのコスト。
機会にしけ源を集中することこそ生産的コストの管理のための唯一の効果的な方法
?補助的コスト:経済価値は生み出さないが、経済活動の一環として不可避なコスト。運送、事務、製品検査、人事、経理など。
それらが必要かを明らかにしなければならない。したがって「この仕事をやめたならば、どれだけの損失を受けるか」を問わなければならない。
?監視的コスト:何かを生み出すためではなく、何か悪いことがおこらないようにするための活動コスト。
最善の管理はそのものをやめること。「やめるとコスト以上の損失を受けるか」を問わなければならない。
?浪費的コスト:いかなる成果も生むことのない活動のためのコスト。最も高くつくのは無為のコスト。待ち状態にある機械、スケジュール変更による待機人員など。
浪費的コストは分析の必要がない。巨額であり、つまるところ人間はあまり効率的ではない。だが浪費的コストの発見には特別の努力が必要。
浪費的コストを発見する最良の方法は、それを意識的に探すこと。「何もせず、いかなる成果もあげずに、時間や資金や人間を使っているのはどこか」と問う。
第6章 顧客が事業である
・事業とは市場において知識という資源を経済価値に転換するプロセスであり、事業の目的は顧客の創造。買わない事を選択できる第三者が喜んで自らの購買力をと交換してくれるものを供給すること。
・マーケティング分析から明らかになっているもの
?顧客と市場を知るのは、顧客のみ。
顧客に聞き、顧客を見、顧客の行動を理解して初めて、顧客とは誰であり、彼らが何を行い、いかに買い、いかに使い、何を期待し、何に価値を見だしているかを知る事ができる。
?顧客は満足を買う。
顧客は製品を買っているのではなく、満足を買っている。満足を得るための手段をつくって引き渡せるにすぎない。
?競争相手は同業他社にとどまらない。
顧客が買う物が満足であるという事実から、あらゆる製品とサービスが突然全く異なる生産、流通、販売のされ方をしている他産業の製品やサービスと競争関係に置かれる。
?質を決めるのは企業ではない。
メーカーの考える製品の質とは単に生産が難しくコストがかかっているだけという場合がある。顧客の関心は「この製品が自分のために何をしてくれるのか」だけ。
?顧客は合理的である。
顧客は合理的である。メーカーや供給者はなぜ顧客が不合理に見える行動をするのかを知らなければならない。顧客の合理性に適応すること、あるいは合理性を変えようとすることがメーカーや供給者の仕事。そのためにはまずそれを理解し、尊重しなければならない。
?顧客の企業に対する関心は些細なものである。
顧客が自社の製品のことを少しなりと考えてくれていたとしても、それはまことに些細な関心に過ぎない。誰しも自分が行う事や作るものは重要であるが、顧客は通常それらのものを見ていない。
?決定権をもつ者、拒否権をもつ者
マーケティング的アプローチによる分析では誰が顧客かはわからないという前提に立たなければならない。顧客とは支払うものではなく買う事を決定する者。
?市場や用途から顧客を特定する。
企業や業界が顧客を識別できない場合にもマーケティング分析を行えないと事ではない。顧客ではなく市場や用途から始めればいい。
・外部からの事業の見方には三つの側面。「誰が買うか」「どこで買うか」「何のために買うか」という視点。それらの三つの視点のうちどれが適切であるかは事業によって異なる。
・マーケティング分析は市場調査や顧客調査をはるかに超えるものであり、第一に事業全体を見るもの。第二にわが社の市場、顧客、製品ではなく、顧客の購入、満足、価値、購買、消費、合理性を見ようとするもの。
第7章 知識が事業である
・顧客が事業であるのと同時に知識が事業である。本の中にあるのは知識ではなく情報であり、知識とはそれらの情報を仕事や成果に結びつける能力。そして知識は人間の頭脳と技能のうちにのみ存在する。
・知識の現実
?事業に特有の知識についての意味ある定義は極めて簡単、呆れるほど簡単である。
?知識の分析には訓練を要する。
?知識は滅しやすい。それは常に再確認し、再学習し、再訓練しなければならない。
?いかなる企業も多くの知識において同時に卓越することはできない。
・わが社の知識は卓越しているか?
?わが社は適切な知識をもっているか。わが社の知識は成果があがる領域に集中しているか。
?わが社は貢献している知識に対して報酬を受けているか。
?わが社の知識は、わが社の製品やサービスに十分組み込まれているか。
?いかにして知識の利用法を改善できるか、そこにおいて欠けているものは何か。欠けている知識はいかにして手に入れるか。
第8章 これがわが社の事業である
・現在行っている事よりも重要なのは当然行っているべき事であるにも関わらずまだ行っていないものの発見。
?全盛期を過ぎたものに代わるべきものを開発する努力
?機会と成功の追求。自らの目を養うための体系的な努力がなければ、最も明白なことを見落とす。
?知識
(1)本当に重要な新しい知識として何を取得する必要があるか
(2)現在の中核的な知識の何を向上させ、最新のものとし、進歩を図る必要があるか
(3)わが社の知識のどこに再定義の必要があるか
・自らの企業について分析の終点まで到達したからには、自社の事業が何であり、何をしており、何をできるかを理解できるはず。
?製品やサービスが提供しようとする顧客の満足。自社の製品やサービスが満たすべき顧客のニーズ。事業が対価を期待しうる顧客への貢献。
?望ましい貢献を果たす為に卓越性をもたなければならない知識の領域。事業の存続と繁栄のために必要な卓越性の領域。必要とする人材。
?際立った価値を提供すべき顧客、市場、最終用途。そして、それらの顧客、市場、最終用途に到達するために開拓し、かつ顧客として満足させるべき流通チャネル。
?これらの目標を具体化すべき技術、プロセス、製品、サービス。
?成果をもたらす領域におけるリーダーシップ。
第?部 機会に焦点を合わせる
第9章 強みを基礎とする
・事業を成功させる三つの保証済みのアプローチ
?利用しうる市場と知識から最大限の成果をあげるべく、あるいは、少なくとも、長期的に見て最も有利な成果をあげるべき、「理想企業」のモデルからスタートする。
?最大の成果をあげるべく、「機会」の最大化を図る。
?最大の成果をあげるべく、「人材」の最大利用を図る。
・自社や産業にとっての「現在」という期間の決定が、いかなる活動を行うのかを決定する。理想企業の実現の最善の方法は大きな輪郭を描いてその実現に着手したあと、順次に修正と改善を行っていく事。
・平凡なものに関する原則は、機会の領域を犠牲にしてまで人材を使ってはならないこと。余剰があったときのみ平凡なものに考慮すべき。
・わずかな変更を施すことによって、製品と活動を理想企業の設計に適合するものに替えることこそ、極めて高い優先度に値する。
・リプレイスメントは技術的な困難が大きくてはならない。これに対しイノベーションとは既存のものから新しい種類の経済を生み出す未知のものを作り出すこと。
・イノベーションは発明や発見そのものではない。焦点は知識そのものではなく、成果に合わせられる。したがって規模が大きいほどよいのではなく、小さいほどよい。
・第一級の人材は常に最も大きな機会、最も大きな見返りのある領域に割り当てなければならない。
第10章 事業機会の発見
・事業機会は三つの問いによって明らかにされる。
?事業を脆弱なものにし、成果を阻害し、業績を抑えている弱みは何か。
?事業内においてアンバランスになっているものは何か。
?事業に対する脅威として恐れられているものは何か。いかにすればそれを機会として利用できるか。
・事業においてアンバランスは組織図にしかない。生きた事業はあちらで成長しこちらで縮小する。
・潜在機会の発見とその実現には心理的な困難が伴う。確立された慣習の破壊を意味するが故に内部の抵抗を受ける。それはしばしば組織が最も誇りにしてきた能力の放棄を意味する。
第11章 未来を今日築く
・我々は未来について、?未来は知りえない、?未来は今日存在するものとも今日予測するものとも違う、ということしかしらない。
・未来を築くためにまず初めになすべきことは、明日何をするかを決めることではなく、明日をつくるために今日何をなすかを決めること。
・最後に発すべき問いは「我々自身は、社会と経済、市場と顧客、知識と技術をどう見ているか。それは、今も有効か」である。
・未来において何かを起こすということは、新しい事業を作り出すということ。ビジョンを事業として実現するということ。
・未来において何かを起こすには進んで新しいことを行わなければならない。
・未来において何かを起こすための人材は少しでいい。しかし最高の人材でなければ結局何も起こらない。
第?部 事業の業績をあげる
第12章 意思決定
・最大の成果をあげるには、全ての仕事を一つの大きな統合された成果のための計画としてまとめなければならない。
・あらゆる事業について中核となる意思決定。それは「事業の定義」「卓越性の定義」「優先順位の設定」。
?事業の定義
(1)わが社の事業は何か
(2)わが社の事業は何でなければならないか
(3)わが社の事業は何にならなければならないか
?卓越性の定義
卓越性の定義の適切さを判定できるのは経験だけ。
?優先順位の設定
事業をいかに組織化し単純化したとしてもなすべきことは常に利用しうる資源に比してはるかに多く残る。従って優先順位を決定しなければ何事も行えない。
第13章 事業戦略と経営計画
・経営計画は次ぎの事を決定しなければならない。
?追求すう機会、進んで受け入れるリスク、受け入れることのできるリスク
?事業の範囲と構造、得に専門化、多角化、統合のバランス。
?目標を達成するための時間と資金。新事業の設立と、買収、合併、合併とのバランス。
?経済情勢、機会、成果達成のための計画に適合した組織構造。
・四つのリスク
?負うべきリスク:ほとんどあらゆる産業に負うべきリスク。それはほかの産業の企業にとっては耐えられないリスク。
?負えるリスク:機会の追求に失敗して多少の資金と労力を失うというリスクは負えるリスク。
?負えないリスク:負えるリスクの反対のもの。但しそれ以外に新事業の開発に成功しても資金繰りができない場合などは、それは元々負えないリスクとなる。
?負わない事によるリスク:典型は革新的な機会に伴うものなど。
・事業をマネジメントせずに財務的な操作だけに頼るならば、必ず失敗する。
・正しい組織が必ず成果をあげるわけではないが、間違った構造は成果を生まず、最高の努力を無駄にする。
・組織構造は、いかにそれが今日の事業の要求に応えるものになっていたとしても、事業の変化に応じて再検討していかなければならない。
第14章 業績をあげる
・企業家的な計画を実現し、業績をあげるには、次ぎのようなマネジメントの能力が必要。
?企業家的な計画を、特定の人間が責任をもつべき仕事に具体化する。
?企業家的な計画を、日常の仕事に具体化する。
?一人一人の人間の職務と組織の精神をの中心に、業績を捉える。
・知識労働については特別の注意が必要で、分析や方向付け、焦点のはっきりした行動計画が必要。
・とりわけ研究活動においては生産的でなくなったものを廃棄し、成果をあげられるものに稀少な人材を集中することが必要。
・新しい事業のための提案は、必ずいかなる資源、得にいかなる人材が必要であり、どこからそれらの資源をもってくるかを明らかにしなければならない。
・期待と実績を見直す。「もし、この製品、活動、部門が今日なかったとしたら同じ事をするか」を問わなければならない。
・組織の中の人材を創造的たらしめることを望むなら、彼らの仕事や職務を古色蒼然とした仕事の維持ではなく、将来性のある新しい仕事に結び付け、定型化したものではなく成果をあげるものに結びつけるような事業をマネジメントしなければならない。
・知識労働者を監督することはできない。知識労働者は自ら方向付けを行い、自ら管理し、自らを動機づける。しかし彼らも自らの知識と仕事がいかに企業全体に貢献するかを知らなければ行う事ができない。
・つまるところ企業の精神は、どのような人たちを高い地位につけるかによって決まる。
・経済的な課題についての能力と意欲だけが、経営幹部としての唯一の要件ではない。経営幹部以外の場合には、例えば団結した効率的なチームをつくってそれを率いる能力のほうが重要。
終章 コミットメント
・もし企業が現代経済における企業化活動の中心であるならば、そこに働く知識労働者は、すべての企業家として行動しなければならない。
・今日、組織に働く知識労働者は三つのコミットメントを果たさなければならない。
?自らの知識と努力をして経済的な成果に貢献させるコミットメント。知識労働者たる者は、仕事や技能や技術ではなく貢献に焦点を合わせなければならない。
?集中するコミットメント。知識労働者たる者は、企業の経営幹部として、自らの管理下にある唯一最大の資源、すなわち自分自身を機会と成果に割り当てる責任を果たさなければならない。
?自らの職務と仕事、および企業全体としての経済的課題を、体系的、目的的、組織的に遂行するコミットメント。
-
Posted by ブクログ
21/7/15 85
21/7/27 85
棄てられない、なかなか棄てられない
悲観的似なることは簡単です。でも、悲観的になることから何が得られますか?われわれはいろいろなことに悩まされています。ところが、それらすべての問題にも関わらず、われわれは生きていきました。
可能性を現実に転化する方法>機会に応えられるだけの知識と人材を用意しておかなければならない。
成長戦略を持たないことはばかげている。しかし、あまりに多くの会社が行っているように、かつての成長時代の延長として計画を立てることは、より以上にばかげている。
仕事をするうえで、いかなる情報が必要か。いつ、いかなる形で必要か、誰から手に入れたらよいか」を考える経営者は少ない。「データを入手したら取り組める仕事は何か。どの仕事を棄てるか。どの仕事のやり方を考えるか」を考える経営者は、さらに少ない。「どの情報を、誰に、何時、いかなる形で与えるか」を考える経営者に至っては、ほとんどいない。
コスト削減に着手するにあたっては、通常、「いかにしてこの仕事を効率的にできるか」を問う。これは間違った問いである。正しい問いは、「この仕事をやめたならば屋根が落ちるか」で無ければならない。答えが「落ちはしないだろう」であれば、その仕事を廃止すればよい。
問題は、いかに情報を処理するかではなく、いかなる情報が必要かを明らかにすることである。
利益とは、資金なる名の重要資源の正真正銘のコストである。利益とは、あらゆる経済活動に付随するリスクと不確実性に対する定量可能な保険である。利益とは、明日の雇用と年金の資金である。
大罪>コストを中心に価格を設定することである。有効な価格政策とは、価格を中心にコストを設定することである。
計画とは予想ではない。未来を支配しようとするものでもない。それは、明日を考えて今日決定することである。>未来についての期待を含んでいる>経営者の能力を赤裸々に表す>それらの期待は明確に書き出しておかなければならない。そして、実際に起こったことと比較しなければならない。
安定期の経営者>「自分は何をしたいか。役割は何か」と考えるのは間違い>「この段階で事業に必要はことは何か」「自分はそれができるか」を考えなければなりません。事業に必要なことからスタートしなければならないのです。 -
Posted by ブクログ
私自身がドラッカー著の本として始めに読む者に選んだのが本書です。本書は一番初めに11月末に購入してから読み始めましたが、12月に入ってから泥のように働いていたため、全く読むことが出来ず、先日の休暇でやっと読み終わることが出来ました。
本書を読み終えてみて「過去を知ることで、現在が未来永劫続くことは無いことを知る。そして、社会は当たり前のように変化するし、変化しなければならない」という点を深く感じることのできた点は特筆するべきだと感じています。
また、最後の40ページほどにまとめられている「問われる知識と教育」については、「現代社会の原動源としての知識は、適用される仕事に使われて初めて意味をもつ。」であったり、「継続学習の大切さ」など、共感するべきところが非常に多くあり、自身の考え方の基盤をより固めてくれたことは、非常に大きな意味を持ってくると感じています。
歴史や史上の有名な人物など、ある程度知っていなければ((とはいっても、高校や大学で学ぶ歴史などを知っていれば問題は無いでしょう。))、理解度がいちじるしく低下するものの、内容自体は難しすぎず、また翻訳後の文章も非常に読みやすくなっています。
「はじめて読むドラッカー (社会編)」と銘打たれている書籍であるだけに、初めてドラッカーの本を読む私でも、ドラッカーの凄さを文面を追うだけで十分に理解できる本となっており、またその考え方の片鱗をみることができる本書は、十分に読むべき価値がある一冊なのではないでしょうか。 -
Posted by ブクログ
これも、受講予定の研修の課題本で「義務の読書」である。しかし、ドラッカーを読むのはいつ以来だろう、最後に読んでから5年以上は経っているだろう。この本は、ドラッカーの著作そのものではなく、ドラッカーの著作をテーマ別に編集し直した、「はじめて読むドラッカー」というシリーズの中の「マネジメント編」と題名のつけられた本である。ドラッカーほど、日本のサラリーマンによく読まれた著者はいないのではないか、と思う。翻訳の巧みさもあるのだろうけど、文章が平易で読みやすいし、おっ、と思わせる新しい視点もふんだんに盛り込まれていて、読んでいて楽しいのが、その理由だと思う。でも、文章は平易なのだけれども、内容自体は決してやさしいものではない、と私自身は思っている。マネジメントの分野というか、実際の組織運営のために用いられているツールや手法で、ドラッカーの発案とされるものは数多くある。例えば、「目標管理制度」などは、日本企業にとって非常になじみの深いものであり、少なからぬ会社が制度として導入しているのではないか、と思う。実際にこの本の中にも、「目標と自己管理によるマネジメント」という題名で一章を割いている。が、ドラッカーの書いていることは、制度についてではなく、「目標と自己管理によるマネジメント」の原理と原則についてのみである。そういう意味で、ドラッカーの著作は、ノウハウ本やハウツー本でもなく、また、経営管理に用いられる理論や制度を体系的にまとめた、経営学や経営管理の本でもない。すなわち、ドラッカーの考えに賛成し、実際に企業の中に目標管理制度を導入しようとする者は、それをどのような形で導入するのかを、自ら考え抜く必要があるのだ。目標管理制度は、今の日本企業では、いわゆる成果主義の考え方と結びつき、報酬決定の補助制度として利用されることが多いのではないかと思うが、その制度内容は、実際には千差万別であろう。そのうちの何割かは、もともとドラッカーのイメージしていた内容とは、全く考え方自体の異なるものになっているように思う。上で、「ドラッカーの書いていることはやさしくない」と書いたのは、そういう意味であり、読む人間によって、解釈が、すなわち、「ドラッカーの言っていることはこういうことだろうな」と理解する内容が、大きく異なり得るのだ。そういう観点から、というか、ドラッカーの書いていることを、ふむふむ、と読むのではなく、自分の直面している仕事に関連づけて読む、ということが出来る、すなわち、「考えるヒント」的な読み方が出来る、というのがドラッカーが広く読まれている理由の1つだと思う。