福井晴敏のレビュー一覧
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ネタバレ前半めちゃめちゃ退屈でした。
美由紀がどうして今の立ち位置にいるのかとか暢人とのなれそめとかこれまでの美由紀の人生を振り返るような。
なぜ退屈に感じたかというと、美由紀が「おんな」なんですよね。冷静に小隊を率いて体術にすぐれ銃火器も操る美女。
それが、ただただ暢人に対しては「ただのおんな」なんです。がっかりしましたよぉ~。
ものすごい努力をして才能を磨き、あらゆる計算と判断の上で行動してきたクセに はぁ?
それで読み始めて数か月放置した。
でも本読みの読み終えたい根性が出てきて再開したら中盤以降美由紀が目覚めるじゃないですか!真舟とか石に触発されたのか。遅いわっっっとは思ったけど、俄然面白くなってきてさーーーラストって思ったら、なんとまだ最終巻があったのね。
まだ入手できておらず、お預けとなりました。
早く買おう。 -
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U.C.0097。ラプラス事変の一年後の地球圏。消息不明となっていたユニコーンガンダムの3号機「フェネクス」。フルサイコフレームMSをめぐって騒乱再び。
というざっくりストーリー。
小説版も劇場版も見たけれど、人類の進化の先にあるニュータイプ。人と人とが誤解なくコミュニケーションをとることのできる存在、というニュータイプの定義(だいぶ端折った言い方)に沿っているのであれば、その行き着く先がリタのような精神生命体になってしまうというのは悲しすぎるよなぁ。普遍的無意識の存在になってしまった、という考えであるならば「誤解のないコミュニケーション」は可能なだろうけども。
その存在はララァが代表だと思うけども、人類全体のコミュニケーションの前に、個人的なつながりが深い人との関係性を十全にできる、という段階をすっ飛ばしてしまっているのが悲しい。リタとミシェルとヨナの関係が「ナラティブ」の物語であるのだから、余計にそう思います。
フェネクスが地球圏に戻ってきたのはリタの想い。「プラネテス」の宇宙葬の棺が戻ってきたエピソード思い出しました。組織のために争う様はやはり愛がない。
しかし、サイコフレームがあったからこそリタや、アムロとシャアは進化の先に行ったのだけど、バナージも行きかけたのだけど、それなしで到達したララァのNY能力の凄さですわ。それでも、肉体を捨てるために死という段階を踏まねばならなかったというのが、宇宙世紀の人類の限界なのかな。
ララァが最強NTということで。 -
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ゼータプラスを駆る防衛隊員はここで退場か……。そもそも名前が明かされていない時点で事前に示唆されていたとも言えるんだけど
ゾルタンが切り札のつもりで出撃させたⅡネオ・ジオングがとんでもない事に…!というよりナラティブがヤバいパターンか、これ?
『UC』ではユニコーンとバンシィ等多くの者を苦しめたラスボス機体の後継機、それを一瞬とはいえ新主人公がジャックしかけるなんて……
NT-Dすら超越するニュータイプ。幾度も戦場をひっくり返してきたニュータイプがここに来て見せる新たな奇蹟。ただ、ヨナのそれは方向性を持たないから誰かを助けるものではなく、破壊する力になりかねないわけで…
ようやく明かされるヨナ達の放浪。『奇蹟の子供たち』と評されてから、どのように生きて、そして今の立場に落ち着いたのか全く判らなかったのだけど、命の限界とか人体実験とかそういう程度で収まらない人生を歩んできたのね……
宇宙暦の中では一年戦争の始まりを象徴する出来事のコロニー落とし。後の作品からは歴史の一点かのように扱われるそれも体験した者にとっては地獄の光景
これを生き抜いたヨナ達はそれだけでも奇蹟の体現者と呼べる。でも後々の事を考えるとここで生き残ってしまったことは果たして正しかったのかどうかと迷ってしまうね……
生き抜いた先にあった別の地獄。以前の回想ではミシェルだけが「逃げなきゃ」と必死に考えているように見えたけど、それは3人一緒の発想だったようで
ヨナ達は3人で人々をコロニー落としから助けて、3人で地獄を生き抜いて、3人で地獄から脱走した
何をするにも、何を見るにも三人で一つ。22話の回想ではそのような形だったから、後々のミシェルの行動と決断には驚かされたけど、妙に納得させる部分があったな
思えば1話の時点からヨナとリタ、そしてミシェルの構図だったもんな……
生き残るために2人と1人に分けるミシェルの嘘。そもそも選択肢を欠片程度しか持っていなかった3人がようやく選べた未来への道。それはそれでまた別の地獄へリタを連れて行ってしまうなんて……
3人の中で最も悲惨な目に遭ったリタ。その彼女が暴走しかけたヨナを止めるのか…
また、ヨナが知らぬ内にミシェルがした苦渋の決断と、苦しみから逃れる為のまた別の絶望
いつの間にか3人はどうしようもないほどにバラバラになってしまったようで…… -
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フェネクスの暴走と失踪、そしてリタの行方不明。これらが描かれた事でようやく『不死鳥狩り』の物語が本格始動したように思えるよ
また、本作だけに関わる『不死鳥狩り』の始まりだけでなく、ダカール演説に絡む宇宙と地球の対立、そして強化人間への注力などこれまでの宇宙世紀にも関わる部分が描かれたのは印象的
こういった描写が挟まれる事により、今回の騒乱がごく一部の人間達の物語ではなく、ニュータイプそのものを巡る因縁に含まれる歴史の一つだと感じられるね
ただ、そこに巻き込まれたリタ達にとってそういった歴史はそれはそれで関係のないのだろうけど
『奇蹟の子供たち』として注目を集めてしまったリタ達がテレビの面白ネタで終われれば、面倒事は多くても命をすり減らすことなんて無かったかもしれないが、生憎と地球と宇宙の対立が激化する中では人権なんて軽視される
そのような過酷な環境でミシェルは恐怖の果てに何をして、リタは覚悟の果てに何をしたのだろう?
そうした過去を同様に持つ筈のヨナはどのような感情を伴ってフェネクスやそこに含まれるリタを求め続けているのかな…?
『不死鳥狩り』を行うシェザール隊にルオ商会を介して無理やりねじ込まれた形のヨナ。おまけにガンダムタイプを任されているとあれば彼にどのような秘密があるのかと作中人物だけでなく読者すら疑問に思う
けれど模擬戦での様子を見る限り、彼に特別な才能が有るわけではないのか……?なら尚更にどうしてナラティブを預けられたのだろう?
一方のジオンサイドもフェネクスを求めるのか。その中心人物が4人の女性とはちょっと珍しい形だし、そこに関わるゾルタンは滑稽を通り越して恐怖を覚えさせるタイプ。一つ一つの動作が子供じみたものでありながら、他者を挑発する怖さを持っているね
どうしてこのような人物が部隊を率いているのだろう?
…まあ、その点は冒頭のキャラクター紹介で若干のネタバレがされているのだけど。これってやっぱり映画を見ている事を前提としたコミカライズだったりするんだろうか……? -
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『ラプラスの箱』解放から1年が経った宇宙世紀が舞台の物語ですか。あれだけの騒乱と覚悟と願いの果てに『箱』が開かれたというのに、大して世の中が変わらなかったというのは虚しいね…
ただ、本作の場合は単純に『箱』解放から1年が経った世の中を舞台とするだけでなく、むしろジオンが地球にコロニーを落としてきた悲劇をこそ源流としているのか
予知のような形で人々を悲劇から救った三人の子供達、『奇蹟の子供たち』こそ新たなる騒乱の始まりのようで
源流のズレは新たなる物語の開始を意味するわけだけど、それでもUCとNTを繋ぐ存在が居れば物語は繋がっていると感じさせる。その役はあのマーサに任せられた感じか
ユニコーンやバンシィなどを生み出したビスト財団の首魁、連邦政府の裏を統べるような人間だからこそ知りうる『フェネクス』の情報をNTの主要人物たちへと引き渡せるわけだ
と言っても、この第1巻はほぼ序章のようなものである為にマーサがどのような情報を握っているかは判らずじまい。また、メイン機体となるナラティヴも顔見せ程度
『奇蹟の子供たち』と呼ばれたヨナ達がどうして連邦やルオ商会に拾われ、新たなる騒乱に身を投じていくのかは次巻以降に明かされるのかな -
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圧倒的な物量でユニコーンやバンシィを押し潰さんとするネオ・ジオング。おまけにフル・フロンタルが見せてくるのは刻の終わりですか
どれだけの奇跡によって可能性が示されても変わらずに争いを続けた人類が行き着く先。それこそがフル・フロンタルが見たニュータイプとしての絶望か…
未来への可能性を考えられなくなったフル・フロンタルにバナージが示すのは「それでも…」という人間の可能性と刻の終わりに至らない永遠の光
正直、この辺りの描写の意味は観念的過ぎて自分にはよく判らなかったりするのだけど、空っぽの器でしかなかったフル・フロンタルが本物のシャア・アズナブルと巡り会えた、その一点でフル・フロンタルが持ち得なかった可能性へと奇跡的に至れたと解釈出来るのかな……
そしてフル・フロンタルとは別方向からやってくる可能性を潰す『砲火』
これを主導するのがマーサだけでなく、リディの父であるローナン議長というのは因果な話。息子のリディは『箱』を守ろうと心を変えられたのに、ローナン議長は無茶苦茶な理論武装をして『箱』を潰そうとし続けている。『可能性』を無くしてしまおうとしている
そんな彼を驚愕させるリディの居所。既にスイッチは押されてしまったとはいえ、ここで彼が発射停止に動いたり、何か叫んだりしないのはそれだけ「平和を守る為」という無茶な理論武装が自分自身を縛っているからなのだろうね
『箱』の呪いで縛られていると思いこんでいた彼を本当に縛っていたのは「平和の為なら犠牲を許容する」というお題目であったわけだ
だとしたら、サイコ・フィールドによってコロニーレーザーを防いだユニコーンとバンシィは人々が不可能だと思っていた事象を可能にするという、いわば『可能性』を実現する存在となったと言えるのかな
だからこそその状態でミネバは『可能性』に懸けて『ラプラスの箱』を開示できたのだろうね
冒頭の口絵が良いね。序盤に行われた二人のデートは戦争を止める目的があった為に街の散策は主目的とならなかった。けれど、口絵の日常に溶け込んでいると伺わせる二人の様子はそういった散策を堪能できる日々に辿り着いたのではないかと思わせるものだったよ
まあ、実際は『箱』が開かれても戦争は続くわけだから、本当の意味で二人がそういった日々を体験できたのかはそれこそ『可能性』の話なのだろうけどね
実はこの作品に対して、物語の終わり方がとても納得出来なかった為に作品全体の評価を下げてしまった過去があったりする
こうして再読してもやはり終わり方には納得できていなかったりするのだけど、それでも正体不明の『ラプラスの箱』に振り回されながらも、様々な『可能性』を求めて藻掻く人々の生き様が描かれていたのだと再認識できた意味で価値ある再読だったと言えるかな -
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サイアム・ビストが語る宇宙世紀の始まりと、そこに秘められたささやかな善意。
これから果てしない世界へ送り出される宇宙棄民への贖罪の一文。最初は何の意味もなかったそれがジオン勃興とニュータイプ神話に拠って意味が様変わりし、憲章に関わる人々を呪い縛り、それが知られた時に何が起きるか判らないという恐怖を刻み込んだ
それこそが『ラプラスの箱』の正体だったわけだ
いわば『箱』は可能性そのものだね。憲章の一文も未来の可能性に言及しただけ、その憲章を今持ち出しても連邦が認める可能性は少ない。だが旗印にしたい者達が新たな闘争の御旗として掲げてしまう可能性がある
ユニコーンガンダムを巡る一連の旅もいわば可能性を探す為のもの。宇宙世紀に纏わる様々を知る事で可能性に至る歴史を知る為のもの
そして可能性の象徴であるニュータイプと思われるバナージの返答が良いね
ニュータイプだからではなく、『箱』を託された者だからではなく、ビスト家の末裔だからではなく。一人の人間として人の持つ可能性を信じると言った
その考え方だって未来に責任を放り投げてしまうものかもしれない。それでも『箱』に飼いならされる現状を確定してしまうよりずっと良いのかもしれない
バナージの選択はあらゆる可能性を潰さないもの
対してフル・フロンタルは可能性を持たない人間か
作り物の器として人の想いを注ぎ込まれた人間。けれど模倣先が数年前に死んだシャア・アズナブルであるならば、フル・フロンタルに未来への発展はない。だからフル・フロンタルが『箱』を使って望むものは現状維持の先にある未来となる
『箱』を開いて変化する未来へ進もうとするバナージにとって最大最後の敵となるに相応しい相手
フル・フロンタルが用いるネオ・ジオングは色々な意味で恐ろしい機体だね
その圧倒的質量を持つ見た目だけでなく、他の機体を意のままに操り同士討ちを生じさせる。それはフル・フロンタルがバナージ等を相手にやろうとしている未来を奪う行為そのもの
バナージとリディ、ユニコーンとバンシィ。並び立たないと思われた2つが立ち向かうはネオ・ジオング
『箱』を巡る物語は遂に終局へ至る、それを飾るに相応しいカットでしたよ -
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本作において、かなり異質なエピソードを含むこの13巻。けど同時にネェル・アーガマでの内紛を描くことで異なる立場の集団による信頼や許容の難しさをこれでもかと表現しているね
前巻ではユニコーンが発する虹の光に包まれた事で連邦とジオンの間に和解への道が開かれたのではないかと思われた。でも、その程度の奇跡で和解できるなら、それこそアクシズショックの時に和解できていたはず
それを思い知らされる内容だったね
ネェル・アーガマに拾われマリーダも救出できた状況。ジンネマン達としてはそれだけで充分と言えるかもしれないのに、戦争が終わったわけではない彼らはその程度で平和なんて享受できない
というよりも対策と監視が出来ていなかったネェル・アーガマ側の失態とも言えるのか
ただ、それによって割を食ってしまうのはいつだって振り回される側の人間であるわけで
ジンネマンと協力してミネバやマリーダを連れ戻せたのに、その人達を威嚇するための銃を渡されるとか堪ったもんじゃないよなぁ……。バナージって多くの戦場に介入し今もガンダムに乗り続けているけど未だに軍属じゃないのに……
そうして当然のようにネェル・アーガマを乗っ取ったネオ・ジオンを責めるのは果たして正しいと言えるのか…
元々連邦とジオンは敵対していた。ガランシェールとネェル・アーガマという別枠を見つけられた所で大枠が変わらないなら状況は変えられない。この段に来て、ジオンの服装に身を纏うミネバは本当に敵になってしまったかのよう
でも、ここで面白いのはミネバがそうしてジオンの姫君として振る舞う行為は、フル・フロンタルがシャア・アズナブルの見た目を纏う行為とどこかリンクしている点かな
フル・フロンタルはシャアではない。しかし、あの見た目と思想を纏うことでシャアであるかのように偽装できる。彼はそうやってネオ・ジオン残党を纏め上げている
なら同じようにミネバだってジオンの服を纏うことで偽装していると考えることも出来る
その思惑が明らかになるのがタクヤへの伝言であり、ちょっとお転婆な医務室での殴打だね
一方、カイ・シデンが仮の主人公となる形で関わる事になったアーメットとバハールの兄妹
彼らの境遇は悲惨の一言。ダカールを襲撃したテロリストと同じ宗教を進行しているというその一点で迫害を受け、父も理不尽に殺される。父の訃報を前にしたアーメットの態度はある意味当然のものだったかもしれないが、そこで流されてしまっては復讐の連鎖に取り込まれる
それを止めたバハールは確かに真の善へ向かおうとしていた。だというのに……
カイが向かい合うことに成るのは地上の人々の物語。宇宙では『ラプラスの箱』を巡る陰謀と疑念が渦巻いているが、カイはそれによって人々の間に生じた様々な歪さと向き合っている。だからローナン・マーセナスの誘いにも乗らない
彼はひたすらに無力な人々と関わり続けるね。ただ、彼はもうMSに乗るわけじゃないし、敵となるのだってMSではなく人間
その状態で何が出来るのか……
宇宙と大地それぞれで行われる対立と疑念、それに抗う変化への道。バナージやミネバ、そしてカイは可能性を示されても変われない者達を前に何を示せるのだろうか? -
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マリーダやミネバだけでなく多くの人を助けたいバナージ、ミネバだけを助けたいリディ。そこにこそ大きな差が生じてしまった気がするよ
体制に抗い続ける人間、体制に呑まれてしまった人間。そういった両者を前にしてザビ家の生き残りとして藻掻き続けるミネバが手を取りたい相手なんて決まってる
だからってあの状況で瓦礫から手を離して自由落下を選択するのは度胸があるとかそんなレベルじゃないけど
バナージを信じていたから飛べる。バナージなら助けてくれると確信しているから待てる
人を傷つけ殺すしか出来なかったユニコーンでようやく大切な人を助けられたバナージは大きな分岐点を正しく乗り越えられたように思えるよ
ミネバを助けてユニコーンを人を助ける機体と出来たなら、マリーダだって助けられる。「必ず連れ戻すよ」と約束する際のバナージとミネバの顔がいいね。二人はあんな顔ができるようになったのだと成長を感じられる
でも、本当の意味でマリーダを助ける役目を課されているのはジンネマンであるのは良いね
ジンネマンも多くを失って、彷徨って、何を壊すか何を守るかに藻掻いた人物。そんな彼が『ラプラスの箱』やバナージと関わる中で最も守るべき相手と定めたのが娘の名前を付けたマリーダか
単純に助けるとか守るとかではなく、「帰るんだ」の台詞にジンネマンの本質的な願いが凝縮されていると感じられるね
そしてそしてのガランシェールとネェル・アーガマの接触、大きな枠で考えれば連邦とジオンという敵対勢力。でもどちらもその大きな枠から外れるが如く自己の理念に従って行動する場面もあった。だから連邦とジオンでありながら本当に守らなければならないものの為に協力できる
その両者を結びつける役をユニコーンガンダムが担う展開は良いね。ユニコーンはどちらの艦にも乗船したし、どちらの艦の為にも戦った
ケーブルを掴むためにNT-Dを発動させてしまうのは大げさであるように思えてしまうけど、ミネバ救出の一件でユニコーンを滅ぼす者から救う者に変えているのだから、これは正しい意味で使われていると言える。だからこそ救いの虹が関係者を包み込むわけだ
この時、バナージが救おうとしてけれど救えなかった人たちが助けてくれる描写が入るのは良かったなぁ……
ミネバに拒絶された末にバンシィに魅せられるリディ、蹂躙され人心が乱れたダカールに降り立つカイ・シデン
ユニコーンが新たな意味を掴んだ中で選ばれし者ではない者達による物語が始まりそうだ -
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バナージの意思で止められる筈のパラオでの戦闘。けれど、戦闘を止める為のマリーダとの会話が逆に戦闘を引き伸ばしてしまうという……
これを欲をかいたと表現すべきか、それとも戦闘を止める為に全力にならなかったと見るべきか…。また、バナージにとって不幸と言えるのはNT-Dの存在だね。ニュータイプを殲滅するシステムはバナージの意思に反して苛烈な戦闘を行ってしまう
常人には不可能な戦闘はバナージがユニコーンの処理装置となる事で成立してしまう。戦いを忌避するバナージの存在が戦いを継続させる構図はあまりに残酷
だからこそ、最後の最後に意思をねじ込んでユニコーンを止めてみせたバナージは変化の兆しを手にしたといえるのだろうね
マリーダへの攻撃を止めた後に繰り返し発され、マリーダにも教え諭された「それでもと言い続けろ」 これはバナージにとってとても大切な指針となるね
既にバナージが戦場を構成する一つの単位になっている事実は変えようがない。その中で誰かを殺してしまう可能性も変えようがない。けれど、それが可能性であるならば最後の最後まで自分を戦闘単位として扱わない事でバナージは戦場を変えられるかもしれない
マリーダとの再戦はバナージにユニコーンの恐ろしさを突き付けたけれど、同時にユニコーンで戦場を変えられる可能性も示したわけだね
そういった可能性が示されつつも、状況が動き続けている点はどうしようもない。連邦もネオ・ジオン残党も『ラプラスの箱』を求め続ける。その鍵となるユニコーンの使い手であるバナージが状況の中心を為す構図は変えられない。バナージの意思は無視される
だから今のバナージには自分を再びユニコーンに載せようとするダグザは「悪い大人」に見えてしまうのかもしれない
一方でダグザ自身もバナージをそういった状況に追い込む自分に忸怩たる思いを抱いているという構図は好み
彼は自身を組織を構成する歯車であると認識し組織の論理に従って行動しているけれど、その中でどうにかしてバナージを「一人の大人」として守ろうとしている
その想いが現れたのがユニコーンへの同乗なのかもしれない
バナージもダグザもとても大きな存在の構成単位である事実が有るために、思い通りの行動は取れないどころか想いは無視される
バナージはそれと出逢ったばかりだから向き合い方が判らず藻掻いてばかり。けどダグザがそれとずっと向き合ってきたとするならば。この二人が同じコックピットに乗り込んで会話を積み重ねるのはバナージのこれからにとってとても良い影響を齎すのかもしれない
そして宇宙世紀始まりの場所にて起きる不要な筈の戦闘。ここでもバナージに難しい選択が突き付けられるね。ギルボアが求めるのはマリーダの奪還。つまりギルボアの要求を通せれば戦闘は止められる
でもそれは敵の言い分だし、そもそもシャトルからどうやってマリーダを救い出すというのか?どう動くか判断の難しい局面に再び現れる赤い彗星
マリーダとの戦闘で得た変化の兆しをどう扱うのかという点が試されているかのようだ -
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巻の前半はフル・フロンタルの襲撃後の話
面白いのはリディとバナージが似た構図を取り始めた事か
リディは敵方であるミネバから、バナージは敵方であるマリーダからそれぞれ異なる立場の話を聞いた。そして最終的に敵方を助けるため、もしくは敵方こそ自分を助けてくれる存在になる
よくガンダム作品は単純な勧善懲悪でも正義と悪が対峙する物語でも無いなんて言及されるけど、バナージとリディが異なる所属の人間と交流する様が描かれる事で、これまでただの敵と思われていた相手の事情が見えてきて、ガンダム作品らしくなってきたように感じられるよ
そんな中で描かれたバナージとフル・フロンタルの会談は意味深な部分が多いね
フル・フロンタルは自分からシャア・アズナブルであると名乗る気はないようだけど、他者からそう見られる事、そして他者にそう誤認させる事には積極的であるように見える
本人が言うように彼は器であり、そこに何を見出すかは他者の自由だからこそ、彼への問い掛けはどうしても重い意味を持ってしまう
だとしたら彼に戦争の理由を問い詰め、テロ行動を批判し「あなたはシャア・アズナブルなんですか!?」と詰問したバナージの行動は蛮勇と言え、同時にフル・フロンタルという器に何が入っているか、それどころかフル・フロンタルとは何者かを見定めようとする行動と取れるのかもしれない
そういった意味ではバナージはまだ何も知らない人間だね
自分が戦闘の中で人を殺したことも、ジオンに与する形で生活する家族が連邦をどう思っているかも
マリーダが話したのは教科書に乗らない宇宙棄民の苦難と信仰の話。そして軍人としての心構え
バナージが何処まで受け止められたかは曖昧なまま。けれどティクバが差し出したクッキーをかじれたなら、バナージは自分が知らない様々を飲み込み始めたと言えるのだろうね
そうして始まるバナージとユニコーンを取り戻す隠密作戦
たったそれだけの為に引き起こされる新たな戦闘。以前にバナージが戦った理由はそれぞれ、コロニーから敵を引き剥がすため、オードリーを戦争の道具にしないため
今回はパラオからユニコーンを連邦の手に戻すため。いわばバナージの意志によって戦闘を終わらせられる
ただ、終わらせる為には敵を倒す必要があって…
どちらにせよバナージにとって再び辛い戦いになりそうだ