横道誠のレビュー一覧

  • 創作者の体感世界~南方熊楠から米津玄師まで~

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    自閉症とADHDの当事者であり文学研究者でもある著者が共感する創作者たちを取り上げ、発達障害が見せる世界を語る。


    ラルフ・ジェームズ・サヴァリーズ『嗅ぐ文学、動く言葉、感じる読書』を読んだ際に自閉者が既読の古典を別解釈で解体していくさまに魅せられたのでこの本も同じようなものを期待してしまったのだけど、本書は作家論が主でテクスト読解とはまた違うベクトル。最初は少しがっかりしたが、これは直前に読んだミア・カンキマキの『眠れない夜に思う、憧れの女たち』と同じく言葉のなかにロールモデルを探して彷徨う読者のものがたりではないか、と気がついて頭が切り替わった。ミアにとっての〈夜の女〉と、横道にとっての〈水中世界〉の人びと。
    本書を読んでいると、一般に言う「天才っぽさ」や「クリエイターらしさ」はすべて発達障害が引き起こす世間とのズレからきているのかとすら思われる。西洋で胆汁質とか憂鬱質、〈土星の星の子ら〉にカテゴライズされてきた人びとは他者から見た自閉スペクトラムのイメージを背負ってたのかもなぁとか。
    なんでもかんでも発達障害に結びつけすぎだと感じる人もいるだろうけど、それこそが創作物を「読む」行為の自己満足的な楽しさだと私は思う。作品が語ることをぜんぶ自分に引きつけて考え、作者は自分なんじゃないかと感じ、妄想のなかでイマジナリー・フレンドになる。それってオタクやってて一番楽しい瞬間じゃないか。
    横道はオタクの生き方を肯定し、従来の批評家から「自己満足的」とマイナス評価されてきた表現にシンパシーを寄せる。その裏側には、既存社会で仰がれてきた「普遍性」なんて結局マジョリティのものでしかなかったというこの時代の気づきがあると思う。
    と同時に、横道が反応する孤立感、疎外感、ナイーヴ感、「宇宙人」感といったものは古典的な文学の大テーマだし、それこそ普遍的だ。前掲書でサヴァリーズも「文学がそもそも自閉的なのだ」と言い切っていたことを思いだす。横道は「じぶんの自然な挙動を諦めて、観察したかぎりでの『ふつうっぽさ』を装いながら生きる。じぶんの魂に対する一種の殺害」をし、擬態して生きてきたと話す。本書に太宰がいないのは不思議だ。
    各論で一番よかったのは庵野秀明論。私は庵野作品をまともに見たことがないので作品論の妥当性はわからないのだけど、監督自身の「僕らは結局コラージュしかできない」という発言を受けての、「コラージュしかできないという諦観と、じぶんのオリジナルな人生で全体を束ねるという意志は、まことに自閉スペクトラム症的だ。(中略) じぶんの内部に侵入してきた雑多なものをまとめあげたいという強い欲求が生まれる。じぶんの人生を創作物へと再構築しながら、じぶんを圧迫してきたものの壮大なコラージュへと成形していく」とまとめた段落は、現代ポップカルチャー全体の「コラージュ感」をも説明してしまっていると思う。オノ・ヨーコ論も目を開かれるようだった。

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    2024年08月02日
  • 創作者の体感世界~南方熊楠から米津玄師まで~

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    想像以上に面白かった。
    発達障害や精神疾患についての知識があればあるほど、筆者の言っていることがわかり、納得がいき、より一層本書の理解が深まる。
    発達障害領域の人と、かれこれ30年近く接してきている私には、ここに書かれていることのひとつひとつがわかりすぎるほどわかる。

    本書にもあるが、まあどんな人にも発達障害的傾向は多少なりともあって、その濃淡の中にみんないるのだから、誰しもわかり得る部分はあるだろう。かくいう私も、障害になるほどでは全くないが、ややその傾向があるなというのは自分でもわかる。

    人類の発展は、発達障害者による突飛な発想やインスピレーション、衝動性や強烈なこだわりが生んだという説があるが、まことそうかもしれない。というか、きっとそうだと思う。
    何もないところから何かを生み出すエネルギーは、いわゆる定型発達者の力だけでは到底賄いきれないくらいの膨大なものだ。
    迸るエネルギーが(定型発達者から見れば極めて特異なものに映ることも多いけれども)人類に進歩をもたらし続けていることを思えば、発達障害の人々がいてくれてよかったとみんな思って然るべきじゃないの?
    私が数々の発達障害当事者と接してきていつも強く印象づけられるのは、彼らの溢れる人間的魅力。本当に、素敵な人が多いのですよ。だからこの仕事をしているとも言える。

    本書を読んで、いろいろ読みたい本がまた増えちゃったなー。
    筆者の本も読んでみたかった作品があったけれども、筆者自身にもとても興味が湧いた。候補に入れてなかった他の本もいろいろ読んでみたいなー。

    追記
    著者によれば、高野秀行氏も角幡唯介氏もADHDを自認している、と。まあ、でしょうねと思うけれど、とすればお二方とも大好きな私はやはり、思いっきり、その気があるタイプの人に惹きつけられやすいってことですかね、自分もそれっぽいとこあるからね、、、。

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    2024年07月09日
  • ケアする対話 この世界を自由にするポリフォニック・ダイアローグ

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    P149「創造行為自体が症状の等価物であって、発症する代わりに作品を創った」
    P178「天才は病んでいると言うよりは、常人以上にタフなレジリエンスを有しているのではないか」
    P187「当事者研究は見かけ上はサイエンスという形式で文学をやっていこうという新しいムーブメント」
    なるほど…。

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    2024年06月16日
  • 創作者の体感世界~南方熊楠から米津玄師まで~

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    作家や芸術家を深く知ると「この人はもしかして発達障害だったのではないかな」と思うことがよくある。

    発達「障害」、発達障害の「診断」という言葉には抵抗があることは言っておく。「障害」という言葉には定型発達者の傲慢が感じられる。あくまで脳のクセのようなもので、病気ではない。だから「診断」するものでもない。ただ今のところ「発達障害」という言葉しかないので仕方なく使う。

    だからこの本が出て、目次を見たとき、南方熊楠、宮沢賢治、石牟礼道子らには「やっぱりそうか」と思ったが、小津安二郎や与謝野晶子などは「えっ、そうなの?」と感じた。発達障害の当事者である著者なので、もちろん私なんかよりその視点は鋭いわけだから、私が気づかなかったのだろう、と思いながら読み始めた。
    はじめは「ほうほう、そうかそうか」と読んでいたのだが、だんだん、自分も含め、大抵の人にはこういう傾向があるよな、と思うようになった。
    もしかして私も発達障害かも、とチェックリストを確認すると、ASDにはわりと当てはまる。
    読み終わって、発達障害的傾向は誰にでもあり、まさに「スペクトラム」で、切り分けられるものではないと感じるに至った。生きていくのが辛すぎるほどその傾向が顕著な場合「障害」認定するというだけ。(辛さを与えているのは私たちなのに、「障害」とするなんておかしいとは思う。)歴史に残る芸術家や作家は自分の作品に対するこだわりが尋常でないから名作になっているわけで、そういう人達に発達障害的なものがあるのは当然である。
    著者は当事者だからその特性を敏感に感じるし、より心に響くのだろう。
    そして、この本に取り上げられた人々は、当然著者の好きな作家やアーティストなのである。当時は分からなかったけど、この人は発達障害だったでしょう、なぜなら…、という本ではない。だったら最果タヒや米津玄師ら現代の人を入れなくても良いのだ。あくまで当事者としてこの人のこの表現にグッときた、ということ。そしてその理由を当事者と研究者の視点で解説してみた、という本。
    私なら水木しげるやグレン・グールド、エミリ・ディキンソン、バルトーク、アンデルセンなんかを入れるなあと思ったが、それはそれらの人々が好きだから。
    定型発達ってなんなんだ。全てが定型発達の人もいないじゃないか。全て定型発達だったら、この世は面白くもなんともない。極めてつまらない。そもそも発達障害の人達の生き辛さを緩和することは、発達障害の人だけが得することではない。
    生き辛さが芸術や研究成果に昇華された、と美談にしないこと。

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    2024年04月01日
  • 発達障害の子の勉強・学校・心のケア~当事者の私がいま伝えたいこと

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    椅子に座れない子がいる。
    それは、定型発達の子のために作られた椅子だからだ。
    周りにとって困った子は、困っている子。
    ゲーム依存はやめたくてもやめられないこと。
    没頭してそれが逃げ場になっているなら、見守る。

    この言葉たちに衝撃を受けた。
    私は定型発達であるという自覚も意識もない。
    忘れっぽい、すぐ物を無くすなどたくさん失敗をしてきた。
    作者も自分自身の発達障害の特性を、周りの環境になんとか適応させてきたことがよくわかる一冊であった。
    当事者視点になって考えることはどんな職であっても大切にしていきたい。

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    2024年04月01日
  • 唯が行く! 当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記

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    「ケアする対話」の読書体験から辿り着く。当事者研究、オープンダイアログについて体験も踏まえて物語風に書かれているので、また当事者として書かれているので分かりやすい。関連して、ナラティヴ・セラピー、中動態、そしてハイデガー、アーレント、バフチンへの言及など盛りだくさんであった。最後に今の私に一番響いた文章。最小のジャッジが、大きなジャッジに連絡し、他者を切って捨てる役割を果たしていることを自己観察すること。そうすることで、「人は『ジャッジする生命体』としての自分の本性に気づいて、自分の凶悪な刃が他者に振り下ろされるのを阻止しやすくするのではあるまいか。」

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    2024年03月31日
  • 唯が行く! 当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記

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    面白いアプローチの本。

    小確幸。しょうかっこう。村上春樹の造語。小さいけれど確かな幸せ。
    発達障害の特性を人格と混同しないことにしている。私の発達特性を仮に悪魔の球根と呼ぶことにします。この名前に深い意味はありません。その悪魔の球根は私は嫌でも飼育せざるを得ない状況に置かれていて、悪魔の球根のせいで、私はほとほと困らされてしまっていると考えている。そのように、自分の人格と分けることで、問題の処理が簡単になる。問題の外在化と呼びます。
    パニックのようになった時は、パソコンみたいに自分で一旦強制終了して改めて再起動している。例えば湯船と冷たいシャワーを交互に浴びるなど。自分用に最適化されたメソッドを確立していくことが大切。
    当事者研究
    苦労を自分のものとして引き受け直すことで自分で扱えるものに仕立て直す。フランクル 苦悩において成熟し、苦悩において成長するのであって苦悩は我々をより豊かにかつ強力にしてくれる。

    シアン組織 ユマニチュード(フランス語)人間らしさを意味する造語 認知症ケア
    時間がないことが問題なのではなくその時間内にどんな行為を選択しているかが問題なのだ。

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    2024年03月24日
  • あなたも狂信する 宗教1世と宗教2世の世界に迫る共事者研究

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    正しさに/答えに拘泥し超越論的存在や陰謀論に依存する。確かにそんなに珍しい話でもないわけで、タイミングやきっかけ次第で容易に「あなたも狂信する」のだということ。

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    2023年12月26日
  • 信仰から解放されない子どもたち――#宗教2世に信教の自由を

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    色々と考えさせられる本でした。
    「カルト」は宗教以外でもあり得ることという見方に目から鱗でした。どこかで「カルト=宗教」という繋がりでしか見ていない自分がいて反省。
    またどの宗教でも「宗教2世としての被害」は起こり得ることとして、対岸の火事にならないように自覚し、認識していかなければいけないと改めて思う。「自分たちは違う」「自分たちは大丈夫」という考えから、被害を訴える声を邪険に扱ったり、無碍に扱ったりしてしまわないよう、心がけて欲しいし、心得ていきたい。

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    2023年11月24日
  • ある大学教員の日常と非日常

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    面白かった。
    普通のエッセイと紀行本の中間みたいな本。

    作者は自閉症とADHDを患っていて、当事者研究として障害者への知識を深めている。
    そのため、旅行や生活の中で起こる様々なイベントに対して、自分事なのに俯瞰的に見て分析するパートが多くて面白かった。

    とくに「注意欠如・多動症的ビールストック」「自閉症スペクトラム症的ビールストック」の部分は笑った。
    ADHDの目についたものに興味を持ちやすい傾向と、自閉症のこだわりが強い傾向がビールの銘柄に表れるのも面白いし、ネーミングのパンチが強くて良かった。

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    2023年11月23日
  • 発達障害の子の勉強・学校・心のケア~当事者の私がいま伝えたいこと

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    人は誰もが幼い頃から、褒められて認められて成長してゆくと思って今まできたけど、何かしらの特性を持つ子ども達が、普通じゃないからと言って、やる事なす事認められずに過ごしていると思うと、涙が出てしまいました。子どもが不幸にならないように、その子にとって何が幸せなのか…まずは家族が一番の理解が求められるけど、そこには親として、特性を受け入れるのは、かなりの覚悟が要るんだろうと察します。

    この本を読まれて、こんな方法があるのか、こんな相談出来る場所を探してみようとか、前向きに一歩踏み出せると良いなぁと思います。

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    2023年11月04日
  • 発達障害の子の勉強・学校・心のケア~当事者の私がいま伝えたいこと

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    発達障害を抱えた子に対してどのように接すれば良いのか。発達障害についてー特にこどものときに保護者の立場でどのように接すればよいのか、筆者の当事者体験を元に綴られている本。発達障害について理解が深まるほか、事例として紹介されるライフハックは定型発達者にも参考になるかもしれないと思った。誰もが自尊心を失わずのびのびできる社会が現れると良いなと思う。

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    2023年11月02日
  • ひとつにならない 発達障害者がセックスについて語ること

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    人間関係の構築や継続に困難を覚え、生き辛さを抱える発達障害者の性の問題についてインタビュー形式で自身の体験とも比較しながら書かれた本である。題名通り「ひとつにならない」感覚を持つ人から、そうでない人まで、生きる根本な形で性の問題は現れる。それぞれ多様な形で性の問題を通じて、それぞれの生き方が語られているという印象。

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    2023年10月29日
  • 信仰から解放されない子どもたち――#宗教2世に信教の自由を

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    宗教2世勉強中なので。宗教2世の人のインタビューと編著者と識者の対談の形。やっぱ経験者の話が興味深いけど、識者の話も面白かった。天理教が入ってて、おーと思う。わが友も苦悩したんだろうか。今はどうなのか、信仰してるのか、聞きたいけど、聞けないもんなー。恐るべし宗教問題。やや日刊カルト新聞も初めて知ったわ。上教大に宗教社会学の先生がいたのも知らなんだ。

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    2023年08月06日
  • みんなの宗教2世問題

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    「カルトの子」に衝撃を受け、何度も読んでいる身としては読まずにいられないテーマ。宗教と発達障害の関係については考えたこともなかったけど、人生がうまくいかずに宗教に助けを求めることを思えば、生きづらさを感じやすい人たちがはまってしまうのはなるほどと思う。当事者のインタビューは読みやすかったけど、専門家のところはちょっと読み飛ばすところも。信田さよ子さん、久しぶりに読んだけど、やっぱ分かりやすかった。斎藤環さんとの対談のとこも。こういう本を読むと、あの高校時代のエホバの子を思い出す。今どうしてるんだろうなぁ。エホバの個別訪問が辛い思いをさせて、コミュニティへの帰依を高めるためだという意見にはなるほどーと思った。しかし、こういうのって誰が仕組んでいくんだろうな。金なのか権力なのか性的なものなのか、絶対どこかの少数がうまい汁を吸ってると思うんだよな。

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    2023年07月15日
  • みんなの宗教2世問題

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    宗教者、精神科医、ジャーナリストなどこの問題に向き合っている様々な専門家との対談や取材と2世当事者の声を集めた章が秀逸。
    むしろそこだけでも良かったのでは、と思うくらい。
    最後の方の章は著者自身の著作や宗教関連の文学や映像作品の紹介と見解が多く、興味を惹かれるものもあったが映像に関してはほとんど見ることのできないものが多いこともありちょっとうるさく感じてしまった。蛇足感がある、と言ったら言い過ぎだろうか。

    p253で著者が創価学会について、エホバの証人のように2世問題を唱えてる人や宗教被害を受けたと言っている人が実数からすると多いと思えない、ゆえにエホバが2世問題を生み出しやすい宗教と言えるかも、という趣旨のことを言ってます。2世問題というくくりの中で共通する困難さや生き難さなどもあるでしょうが、宗教の中身によって確かに問題の深刻さや複雑さはかなり違うだろうと思います。
    一括りでは解決できないところにどう対処していくかというところにまだまだ全然現状はたどり着いてないと思います。
    鈴木エイトさんが懸念するようにこの問題がコンテンツとして消費されてもやもやと終わらされないことを願っています。

    斎藤環さんが言うように、宗教をR20にするというのはかなり名案だと思います。私自身も子供のころから親の入信した宗教に結婚後も振り回され(本書に出てくる当事者の方々とは困難さは比較になりませんが)「何故自分に意志で入信したものでない宗教にこれほど神経をすり減らされなければならないのか」とその理不尽さに怒りをずっと抱いていたので、本当にそのような法律ができてくれたらどんなにいいだろうと思いました。
    …まぁ現実にはほとんど無理だとは思いますけども。

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    2023年07月08日
  • みんなの宗教2世問題

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    1章は聞書のためか整っていない文章に読み取りにくさを感じると共にとてもリアルに訴えかけてくるものがあった。3章の識者による宗教2世論はとても興味深く、宗教、特にカルトの問題をどう捉えるかの指針となる。特に釈撤宗氏の項で述べられているように宗教教団側の取組むべき課題を明確にし、2世問題を家族の問題だけに留まらせないように社会はしっかりと向き合っていかなくてはならないと感じた。
    宗教問題を取り扱った本や映画の紹介もあり、続けて手にしていきたい。

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    2023年04月27日
  • ある大学教員の日常と非日常

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    横道さんの目を通した世界を覗き見る本。ウィーンの街並みは一緒に回っているかのように楽しめる。これは興味が似通ってることだけでなく文章が読みやすく心に染み入りやすいからだと思う。
    そして一緒に旅しながら、彼のもう一面の発達障害の行動を覗き見る。
    「イスタンブールで青に溺れる」「唯が行く!」も面白かったのでおすすめ。

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    2023年01月18日
  • 唯が行く! 当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記

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    オープンダイアローグに関心があって手に取った。
    当事者研究。中動態。はてはハイデガーやアーレントも出てきて、ぜんぶ理解できたわけではないのだけど、患者と治療者がいる世界じゃなくて、ある意味みんな当事者なんじゃないの、と感じた。あと、ポリフォニー。ポリフォニーのある状態を作り出すのがなかなかむずかしいなと。

    興味をそそられたので、オンラインイベントなども見てみる予定。

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    2022年05月05日
  • 自分の弱さを研究してみた。:当事者研究という新しい冒険

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    ネタバレ

    発達障害診断を受けた文学研究者横道誠さんと、多分発達障害だろうなと自覚するYouTuberだいまりこさんのお二人が、生きていく上で引っかかりのある人たちをテーマに弱さというワードから考察していく一冊。
    隣町珈琲という場所で対談をしながらその場のお客さんやオンライン配信を見ているお客さんの質問を受けリアルタイムで受け答えしつつ進めていくそれぞれの回の記録を起こしたもののよう。

    自分も隣町珈琲の配信を何回か見たことがありますがお二人の対談は見たことがなくいつか見てみたい。
    浦河べてるの家を始めた向谷地さんが書かれた、弱さについての本を先日読みましたが、本書にも浦河べてるの話がちらちら出てきて、何らかの生きづらさを抱えた人たちにとってはいまや当事者研究というワードは避けられなものとなっているのだろうか、などとまず思いました。

    気になる言葉が目白押しでした。
    たくさんありすぎるので少しだけ抜粋。
    (20p)いろんな問題に関して、「これは自分ごとだ」と感じて、考える人の数が増えると社会全体の空気が上向いていく。
    (p23)たとえば発達障害の子供が「何か困ってる?」と聞かれたら「何も困ってない!」って答えることが多いと思います。発達障害の大人でも そうかもしれません。小さい頃から自分が困っていることが当たり前の状況だから、自分がいつも困っていることを認識できていないんですよ
    (同じ内容として)(p180)おとなになってから、いろんな知恵や知識が身についた後に、「本当はずっと困ってきた」と把握できるようになるわけです
    (p123)(頭木弘樹さんの話の流れから)障害も異文化だということ(p178)親にしても学校の先生にしても、イライラ せざるを得ない状況に置かれているという構造的問題があってその土壌から叱る行為が芽吹いてくる(略)多くの場合、叱りたくて叱っているわけではない

    発達障害者の人の場合、結構困ってることに気づいていない、または何に困っていると明確に言葉にできなくて困っているけど困っていると言えないということは多くあるように思います。しかしこれは周りも察することは難しいことが多いので、困ったままずーっと暮らしている人はかなりいるのては、と感じます。

    p34にアライ(当事者を支援する非当事者。主にLGBT支援で使われることが多い言葉)について書かれている指摘について考えさせられました。要約としては、関心の高い人はアライが増えることでみんなが幸せになると分かっているからやってるけど、ほんとうに分かってほしい人たちは関心が向いてないからどうしたらそこの回路を開けるのだろうかということ。
    これはLGBTの話だけでなく、障害者や要介護者など全ての福祉に関わる問題点だと思います。
    まず関心のない人たちにどうやったら関心を持って自分にも関係あることとして関わってもらえるのか。
    横道さんは諦めずに戦っていくことで変わってきたこともあるからそうしていくしかないという意味のことを話しています。
    何でもやはり諦めたら終わり、ですね。
    自分も身内に障害者や社会的弱者がいるから関心を持っているけれど、もしそういう人間が近くにいなかったら福祉に関心の薄い人間になっていた可能性は高い気がします。
    やはり関わってもらう、関心を持ってもらうには自分は関係ないというスタンスをどうにかしてそういう人たちに変えてもらうしかないんでしょうね。

    p220、子供を持ったら希死念慮が減るのでは?とだいさんが考えた著書を横道さんが読んで「自分には全く理解できない感覚」と話す場面がありました。
    自分も似たようなことを考えたことがあり(ということは希死念慮があった時期があるということですが)、そういう考え方は産む性である女性ならではの考え方というか乗り越える方法の一つなのかなと思いました。
    それが書かれただいさんの著作を読んでないので「だから(たいさんは)子供を産んだ」ということなのか、その考えとは別にお子さんを産んだのかはわからないのですが、自分はそう考えたあとに「自分の生きる道を確保するために生きる理由として子どもを産むのは違うのではないか」と思ったと同時に「もしそう思って子どもを産んでもやはり希死念慮が薄められなかった」となって万一自分が死んでしまったら残された子供はどうなるのか無責任ではないか、と考えてそんな理由で子供を産んではならないのでは、と強く思ったことを思い出しました。
    子供を産むからには、純粋に産まれてほしい、子供が欲しいという気持ちで持たなくては子供に申し訳ないのではと考えました。結果的には色んな理由で子供を持たない人生を生きているわけですけども。

    繋がりを持つ、関わる人を増やす、孤独だと感じる時間をどうにかして減らすか薄める。
    それが大事なのだなぁとお二人の対談を総括してそう考えました。
    そして著者やこの本の内容に関心のある人達がこの本を本当に手に取ってもらいたいと考えるのは、おそらくまずこういう本を絶対に手に取らないような人たちでしょう。
    (だからその回路!をどうしたら…)

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    2026年09月19日