横道誠のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
頭木さんの文章は好きだし、横道さんも注目の書き手なので読んでみた。
大変よかった。
確かにインタビュアーとインタビュイーが固定だと、インタビュアーは(自分は安全地帯にいるのに相手のことに突っ込むのはどうかと思い)遠慮したり忖度したりしてしまう可能性がある。交代で役割を変えることによって、自分も突っ込まれる覚悟を持ってさえいれば、相手にも突っ込めるというわけ。
特によかったのは、発達「障害」なのか?という日頃から抱いていた疑問に答えが出たこと。「発達障害」は行政用語で、障害ではなく「ニューロダイバーシティ」、つまり脳の多様性だという考えが90年代から出てきているらしい。かつては同性愛やトランス -
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Posted by ブクログ
精神科医とグループワークをする人の交換日記形式の書物。具体的で読みやすかった。グループワークする人は宗教2世で、今もアルコールをばっさばっさと飲む「経験者」だから、話が綺麗事じゃなくて実にリアルである。
人間誰でも条件が揃えば依存的になる。他人事ではない。推し活も立派な依存だと思う!
生活に支障が出るほどの依存が病気と呼ばれるのであって、何かに執着するのは趣味の範囲なのかなと思う。程度の問題。
【内容から学んだこと】
・アディクションの本質は孤立にある。なぜ続けてしまうかというともっと元凶にある原因から本人が逃げなければ生命の危機に関わるから。マインドを一時逃避させるために何か別のもの -
Posted by ブクログ
▼ムーミンシリーズを紹介しつつ。ムーミンの世界観が「発達障害」の人たちの感性世界観に近似値だということを触れていきます。
根っこには、
「発達障害的な現実社会との不適合感というのは、個人のシアワセとか生き様の豊かさを考えると、実は人間的で魅力的なのでは。少なくとも悪くはないよね。だってほら、みんなムーミンの特色ある世界観が好きでしょう?」
という通底音が流れている・・・というような本だったかと思います。
▼発達障害については、当方は不勉強であまり分かりません。ただ、かつて芥川龍之介さんは
「人生は狂人のオリンピックだ。その競技に疲弊したら、人生を降りるしかない」
みたいなことを言 -
Posted by ブクログ
「イカ京」という概念…「ファッションセンスが酷くて、いかにも京大生」、なるほど今も昔も変わらない。京都は本来「中央」なので「地方創生」という言葉は使わない、「地域創生」とあえて使う。大阪の言葉遣い、大阪弁は「バリバリにすごいな」「ギャアギャアうるさいねん」などと擬音語、擬態語を駆使しながら、かつストレートなメッセージ性を孕んだ言い方を好む。京都の人は、もっと婉曲に話す。例えば、大阪人なら「お前、もう死ねや!」などと簡単に言う。京都人ならば「なんとかは世をはばかる、なんて言わはりますからなあ」とナチュラル嫌味をぶちかますのが正統的な流儀。