横道誠のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
頭木さんの文章は好きだし、横道さんも注目の書き手なので読んでみた。
大変よかった。
確かにインタビュアーとインタビュイーが固定だと、インタビュアーは(自分は安全地帯にいるのに相手のことに突っ込むのはどうかと思い)遠慮したり忖度したりしてしまう可能性がある。交代で役割を変えることによって、自分も突っ込まれる覚悟を持ってさえいれば、相手にも突っ込めるというわけ。
特によかったのは、発達「障害」なのか?という日頃から抱いていた疑問に答えが出たこと。「発達障害」は行政用語で、障害ではなく「ニューロダイバーシティ」、つまり脳の多様性だという考えが90年代から出てきているらしい。かつては同性愛やトランス -
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Posted by ブクログ
▼ムーミンシリーズを紹介しつつ。ムーミンの世界観が「発達障害」の人たちの感性世界観に近似値だということを触れていきます。
根っこには、
「発達障害的な現実社会との不適合感というのは、個人のシアワセとか生き様の豊かさを考えると、実は人間的で魅力的なのでは。少なくとも悪くはないよね。だってほら、みんなムーミンの特色ある世界観が好きでしょう?」
という通底音が流れている・・・というような本だったかと思います。
▼発達障害については、当方は不勉強であまり分かりません。ただ、かつて芥川龍之介さんは
「人生は狂人のオリンピックだ。その競技に疲弊したら、人生を降りるしかない」
みたいなことを言 -
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「イカ京」という概念…「ファッションセンスが酷くて、いかにも京大生」、なるほど今も昔も変わらない。京都は本来「中央」なので「地方創生」という言葉は使わない、「地域創生」とあえて使う。大阪の言葉遣い、大阪弁は「バリバリにすごいな」「ギャアギャアうるさいねん」などと擬音語、擬態語を駆使しながら、かつストレートなメッセージ性を孕んだ言い方を好む。京都の人は、もっと婉曲に話す。例えば、大阪人なら「お前、もう死ねや!」などと簡単に言う。京都人ならば「なんとかは世をはばかる、なんて言わはりますからなあ」とナチュラル嫌味をぶちかますのが正統的な流儀。
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ムーミン本『なぜスナフキンは(以下略)』がきっかけで横道誠さんを知った。発達障害の当事者研究なるものをしているという。文学研究者でもある。高野秀行さんと対談などもしている。興味を持ったのでいろいろ著作を読んでみたいと思った。
高野さんによる書評が面白かったので、この本を選んだ。「障害者モード」という言葉が気になったのも選んだ理由のひとつだ。
「障害者モード」については、障害を抱える自分を受け入れて生きる、ということだと理解した。でもそれは、何かを諦めるとか、不遇を甘受するとか、そういうネガティブなことではなく、「ああ、自分は今こうなんだ、それならこうしよう」と前に進むための心構えなのだ -
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著者の横道 誠さんは、1979年 大阪市生まれで、京都大学・大学院で学び、京都府立大学に職を得ました(現在、准教授)。京都に25年以上暮らす中で感じた京都人や京都への思いを綴っています。
京都中心主義とも言える考え方や歴史観を挙げ、大阪府や関西の他県人に対する優越感の理由や、丁寧に言えば言うほど皮肉が強くなるというイケズな物言いなどについても解説しています。
32回にもわたるフィールドワークで著者が撮影した写真が豊富に取り入れられていて、京都の名所や名物、歴史がよく分かります。
昨今、いつ行っても込み合っている京都なので、行かず(行けず)に、本書で京都について知るのもよいかもしれま -
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発達障害の当事者である横道さんと、潰瘍性大腸炎の当事者である頭木さん。
それぞれの生きづらさについて2人が互いにインタビューをし合ったものをまとめた一冊。
タイトルに「対決」「ケンカ」といった言葉が並ぶが、意見を戦わせるような内容ではない。
むしろ対話をするなかで、自身の生きづらさを再確認し相手の生きづらさを知っていくような内容だった。
それによってお互いの共通点や相違点が見つかっていき、個人の話から社会の話へと広がっていったように感じた。
自分自身読んでいて、共感できるところや、想像しなかった生きづらさについて知れたことがあった。
特に印象的だった話の1つは頭木さんの、ほんとうは対応できる -
Posted by ブクログ
はじめに書かれている「逆病跡学」あるいは「健跡学」というアイデアは、本書全体を通じてもちょっと分かりにくかった気がする。病であること、すなわち診断に裏打ちされていることにこだわらず、発達障害の特徴を作品や資料から見出す営みということでいいんだろうか?
内容は各章が短くまとまっていて、読みやすい。短いこと、まとまっていることが良いのではなくて、飽きない感じがする。文章が回転している感じがするのだけど、なんでだろう。そういえば小見出しが(一)(ニ)となっている、こういう反復性のなす効果だろうか。いずれにしても、この作品もまた創作者の体感世界が映し出されている