横道誠のレビュー一覧
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▼ムーミンシリーズを紹介しつつ。ムーミンの世界観が「発達障害」の人たちの感性世界観に近似値だということを触れていきます。
根っこには、
「発達障害的な現実社会との不適合感というのは、個人のシアワセとか生き様の豊かさを考えると、実は人間的で魅力的なのでは。少なくとも悪くはないよね。だってほら、みんなムーミンの特色ある世界観が好きでしょう?」
という通底音が流れている・・・というような本だったかと思います。
▼発達障害については、当方は不勉強であまり分かりません。ただ、かつて芥川龍之介さんは
「人生は狂人のオリンピックだ。その競技に疲弊したら、人生を降りるしかない」
みたいなことを言ってました。侏儒の言葉だったかと。
つまりまあ、世俗現実の中で十分泳いでいるように見える人だって、みんな顕微鏡で拡大したらどこかしらかオカシイ。というかオカシかったり、残酷だったり、鈍感だったり、そういう偶然的な条件が無いと、浮世を疲れずに渡れるはずがない、ということかと。どこかオカシイ人たちのマラソン競技みたいなもの。それは全くその通りかと。
だから浮世でうまくやれているから、「正常=善=正義」だなんてことはあるわゃあありません。むしろどっちかというと逆。
浮世の我慢比べみたいな競争に、「いちおりた」と開き直ってしまった方が健康にいいことは多々あるでしょう。
▼ムーミンシリーズの世界観は、そんなことを、
「何かをあからさまに批判するのではなく、ファンタジーの仕掛けで楽しく豊かに歌いあげている」
という要素があると思います。だから、時代と国境と言語を超えて愛されるのでしょうね。
もちろん、コミックス化に成功して、テレビアニメ化に成功した、というのが直接な原因なんでしょうが。でもどうしてそうなったのかというと、物語全体の特色はきっとそうなんだろうな、と思います。
▼キーワードはキャラクターたちの織り成す世界観なんでしょう。だって、(全部は読んでないですが)物語ひとつひとつが、こよなくエンタメでオモシロイ!ということはあまり無いと思うので。
▼ムーミンシリーズの原作は、2つくらい読んだと思います。ほかもいずれ読みたいな、とずーーーーっと思って果たしていないので、この本はムーミンシリーズの「100分de名著」的なダイジェスト解説みたいな魅力がありました。「ああ、読んでみたいな」と思わせる。愉しんだ読書でした。
しかしまあ、トーベ・ヤンソンさんの作品の世界観っていうのは、確かに際立って持ち味の輪郭があって、尽きせぬ興味がありますね。経済成長の狂騒曲幻想が終わって、低成長・マイペース・肯定感溢れる癒し、、、みたいなキーワードが浮上している世相では、特にそうなんぢゃないかと思います。 -
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「イカ京」という概念…「ファッションセンスが酷くて、いかにも京大生」、なるほど今も昔も変わらない。京都は本来「中央」なので「地方創生」という言葉は使わない、「地域創生」とあえて使う。大阪の言葉遣い、大阪弁は「バリバリにすごいな」「ギャアギャアうるさいねん」などと擬音語、擬態語を駆使しながら、かつストレートなメッセージ性を孕んだ言い方を好む。京都の人は、もっと婉曲に話す。例えば、大阪人なら「お前、もう死ねや!」などと簡単に言う。京都人ならば「なんとかは世をはばかる、なんて言わはりますからなあ」とナチュラル嫌味をぶちかますのが正統的な流儀。
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ムーミン本『なぜスナフキンは(以下略)』がきっかけで横道誠さんを知った。発達障害の当事者研究なるものをしているという。文学研究者でもある。高野秀行さんと対談などもしている。興味を持ったのでいろいろ著作を読んでみたいと思った。
高野さんによる書評が面白かったので、この本を選んだ。「障害者モード」という言葉が気になったのも選んだ理由のひとつだ。
「障害者モード」については、障害を抱える自分を受け入れて生きる、ということだと理解した。でもそれは、何かを諦めるとか、不遇を甘受するとか、そういうネガティブなことではなく、「ああ、自分は今こうなんだ、それならこうしよう」と前に進むための心構えなのだろうと思う。
ある人のある個性が「障害」、つまり生活するうえでの“差障り”になるかどうかは、どんな環境で生活しているか次第なので、その個性の側だけに“障害性”があるわけではない(障害の社会モデル、というそうだ)。そう考えると、「健常者と障害者」という二項対立を、人に当てはめる表現(あの人は健常者、私は障害者、など)は、間違った捉え方による言い方なのではないか。「私は、この状況においては健常者、だけど別の状況においては障害者」、ということが起こり得る。要はその環境、社会において困りごとがあるかどうかの違いなのだが、社会の側のあり方が固定的で限定的だと、ある個性を持つ人は常に困ってしまうから、まるでその人の側に障害の元があるかのような「障害者」という言い方になる。
そこまで考えると、「障害者モード」という言葉は、「今ここで私は困っている、ということを、自分も周囲も責めずに、冷静に認識すること」と言い換えられるかもしれない。障害者という言葉が悪いとか、害の字はひらがなで書くべきかとか、そういう表面的なことは置いておいて、診断されてラベルがつくことの意味は、冷静に受け止めるための手段のひとつというところにあるのかもしれない。
ここまで書いたことは、私がただ考えたことで、本には書いてない。それに私は、一般的な意味での障害者の経験する「困りごと」の、何万分の一も想像できていないで、相当ぬるいことを言っているだろう、きっと。でも、怪我や病気や老いやストレスなどで、誰でも困る日は来る。全ては、広い広い、だけど同じひとつの地平の話なんじゃないか、と思った。
…これだけ長く書いておいてなんですが、それはさておきですよ。なんかこの本、好きだったんです(急にですます調)。正直いうと、文学作品の引用部分とか、ウィーンの街歩きの記録とか、すっすと読み飛ばしたところも多いのですが、それなのに「なんか好き」と感じたのはどういうところだろう、と考えてなんとか言葉にしてみると、
・淡々としてるのに、事件だらけ
・事件だらけなのに、「ドラマ」じゃない
といった感じでしょうか。
私は作劇したことはありませんが、「事件がないとドラマにならない、ただの出来事の連続じゃあドラマとは言えないんだ!」、そんな格言ありそうじゃないですか。でも、私はまさにその「ただの出来事の連続」感が好きだと感じたのです。テーマだとか、筋道だったストーリーだとか、ここが盛り上がるところよといった焦点が、まああるっちゃあるんですけど、ひとつに定まってないというか、定めたくなさそうというか。「伝える」ことに対して貪欲なのかそうじゃないのかわからない感じ、を醸し出してるところが良い。スリリングな旅路、学びと研究の日々、アウシュヴィッツ訪問、どれも読み応えがあった。
それを味わったうえで改めてタイトルを見ると、副題の、単語が並べてある様子も、愛すべきとっちらかり感であるように思われて、「わかるよ、全部込めたいし、人間、そんな要約とか集約なんてできるもんじゃないですよね」と言いたくなる。著者にそんなつもりがあるかどうかはわかりませんが、私にはそんなふうに見えて、心地よかった。この心地よさは、誰もわかってくれなくてもいい、私の個人的な感じ方だから、と言えるレベル。 -
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著者の横道 誠さんは、1979年 大阪市生まれで、京都大学・大学院で学び、京都府立大学に職を得ました(現在、准教授)。京都に25年以上暮らす中で感じた京都人や京都への思いを綴っています。
京都中心主義とも言える考え方や歴史観を挙げ、大阪府や関西の他県人に対する優越感の理由や、丁寧に言えば言うほど皮肉が強くなるというイケズな物言いなどについても解説しています。
32回にもわたるフィールドワークで著者が撮影した写真が豊富に取り入れられていて、京都の名所や名物、歴史がよく分かります。
昨今、いつ行っても込み合っている京都なので、行かず(行けず)に、本書で京都について知るのもよいかもしれません。
京都が好きな方にも、京都が苦手な方にも、京都(洛中・洛外問わず)の方にも、小京都と呼ばれる場所に住んでいる方にも、オススメします♡
〔目次〕
第一章 京都ってこんな土地なんだぜ
●大阪の少年、京都に驚く
●京都イナカモンズクラブ
●KPのイケズ
【対話】京都観光のベストシーズンは?
●東京は「East Kyoto」か
●臨時的な首都
●かつてあった日本分割統治計画
●京都は大阪の衛星都市か
【対話】中心は京都駅?御所?
●平安京の前にあったもの
●京都市の区分けは「京」の取り合い
●京都は原爆投下の第一目標だった
●京都大学のある左京区は魅力たっぷり
第二章 京都をぐねぐねと歩きまくる
【対話】京都のメインストリートってどこ?
【対話】神社仏閣で珍しいものを見たい!
●京都人は金閣寺に行かない
【対話】苔寺、枯山水で詫び寂びを味わいたい!
●祇園をぶらぶらするなら
●シーズン・オフの嵯峨・嵐山の楽しみ方
【対話】京都人にも難読の地名は?
●京都で「銀座」観光
【対話】京都のゾッとするスポットはどこ?
【対話】「ここぞ!」という穴場を教えて
第三章 歴史的名所を偏愛してならない人のために
●平安時代ファンにいちばんお勧めできる場所はどこ?
●源平合戦ファンにいちばんお勧めできる場所はどこ?
●戦国時代・安土桃山時代・江戸時代初期ファンにいちばんお勧めできる場所はどこ?
●幕末ファンにいちばんお勧めできる場所はどこ?
第四章 文化的伝統の粋を味わう
●京都に来たら食べてほしい
●覚えておくとトクする京ことば
●現代人でも押さえておきたい伝統習俗
【対話】西陣織は一般人にも買える?
【対話】京都は観光大国を目指す日本の希望ですか? -
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発達障害の当事者である横道さんと、潰瘍性大腸炎の当事者である頭木さん。
それぞれの生きづらさについて2人が互いにインタビューをし合ったものをまとめた一冊。
タイトルに「対決」「ケンカ」といった言葉が並ぶが、意見を戦わせるような内容ではない。
むしろ対話をするなかで、自身の生きづらさを再確認し相手の生きづらさを知っていくような内容だった。
それによってお互いの共通点や相違点が見つかっていき、個人の話から社会の話へと広がっていったように感じた。
自分自身読んでいて、共感できるところや、想像しなかった生きづらさについて知れたことがあった。
特に印象的だった話の1つは頭木さんの、ほんとうは対応できるのに、少数の意見で「特別な配慮」はできないと、「ふつうのやり方」を押し切られてしまうという話。
そしてそれは、「ふつう」自体が動くとあっさり変わってしまう、と。
コロナ禍により、生活様式が急速に大きく変わったことに関しての話だった。
自分もコロナ禍により不便さが増えた部分は多かったが、コロナ禍以前より楽になった部分も確かにあったように思う。
例えば、体調が悪いときには無理せず休むことが推奨されるようになったこと、様々な用事や手続きがオンラインで済ませられるようになったこと等だ。
コロナ禍以前より望んでいた人もいたと思うけれど、結局のところ「ふつう」が変わらないとなかなか実現しなかったものもあるのだと思う。
個人の生きづらさに関することのみならず、社会の構造についても考えさせられた一冊だった。
ユーモアも交えていて読みやすく、横道さんと頭木さんそれぞれの他の著書も読んでみたいと感じた。 -
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はじめに書かれている「逆病跡学」あるいは「健跡学」というアイデアは、本書全体を通じてもちょっと分かりにくかった気がする。病であること、すなわち診断に裏打ちされていることにこだわらず、発達障害の特徴を作品や資料から見出す営みということでいいんだろうか?
内容は各章が短くまとまっていて、読みやすい。短いこと、まとまっていることが良いのではなくて、飽きない感じがする。文章が回転している感じがするのだけど、なんでだろう。そういえば小見出しが(一)(ニ)となっている、こういう反復性のなす効果だろうか。いずれにしても、この作品もまた創作者の体感世界が映し出されている -
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依存症というものは私にとって遠い存在で、当事者の人々がどんなことを考えたり思ったりしているのかの一端を知ることができて良かった。
「はじめに」で松本俊彦さんが「個人的には、人が健康に生きるためにはある程度の不健康が必要なのだ、と声高に叫びたいくらいです。」と書いているのが印象に残った。健康な方が絶対いいじゃん、として一蹴するには重たい気がして。また、人が薬物依存になるのは、快感ではなく苦痛の緩和の効果によるのでは、というのがとても腑に落ちた。それを踏まえて考えると、依存症の人を頭ごなしに叱りつけることなんかできないよなと思った。
「私がオークションの入札に夢中になっているあいだ、私は確実に孤独でした。孤独だからこそ、人生が変わるという幻想に取りつかれ、全宇宙が輝いていたのです。」
17回の横道誠さんのこの文章も、経験者ならではの臨場感があった。
その人がどんな風に生きてきたかを想像することは、人と関わる上で忘れてはいけない視点だなと改めて思った。 -
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こちら、タイトルを見て「うん。やめられないよね」と思って気になって読んだ本です。酒もたばこも。
依存症に関しての一冊だったのですが、これが本当に興味深くて興味深くて。「はじめに」で松本俊彦先生が「あまりにも大胆な、横道さんの「心のパンツ」の脱ぎっぷりでした」と書かれていて、どういうこと?と読み進めて言ったら、もんのすげぇ大胆な「心のパンツ」の脱ぎっぷりでした。それほど横道誠さんは色々開示してくださっていて、そこから展開されていく依存症の話がとても面白かったのです。
また、二人共文章の雰囲気が違うのがとてもよくて、テンポよく読めました。
この二人の往復書簡「ヘイ!マコト」「ヘイ!トシ」から始まっていて、なんだか仲良しな二人のやり取りをそっと見せていただいているような気持ちになってニコニコしながら読み進められました。「ヘイ!」がAA等の挨拶から来ているのも分かりつつ、内容は深くて真面目なものなのですけど。
興味深かったのが、ラットの実験です。孤独なラットは麻薬入りのレバーを押し続ける。仲間と一緒のラットは仲間たちとじゃれたりするから、麻薬入りのレバーを押さないというもの。本当にこれだよな。と。孤独だから、どうにもならない苦しさがあるから薬物などに手を出してしまう。というのよく分かります。
松本俊彦先生は以前から存じ上げていたのですが、不勉強で横道誠さんは今回初めて知りました。本書で著書から引用したり、著書のタイトルを上げてくださったりしていて、あぁ、この方の本も読んでみたいなぁと思いました。 -
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ネタバレ依存症に関する往復書簡。往復書簡というものに慣れてなくてどうも上滑りして読むのに苦労したのだけど(著者ではなく読み手の自分のせい)、とても面白かった。
依存症について、知っているようで全然知らなかったんだなということが多かった。例えば、違法薬物を使用したとして依存症になる人はその中の1割だとか、セックス依存症や買い物依存症は病気として正式な認定がされていないとか。とくに前者は、「薬やめますか?人間やめますか?」で薬物の恐ろしさを散々テレビ番組等で刷り込まれた人間としては驚き。酒だって飲んでる人全員がアルコール依存症になるわけじゃないでしょ、と言われてもやはり薬物は違うのでは?とこの本を読んだ今でも信じられない気持ち。
松本先生(トシ)の、専門医視点からの話はとても興味深かった。患者と家族両方の味方はできなくて、医者は常に患者の味方とか。
でもいちばん印象的だったのが、子どもの頃に同級生の女子にされたからかいに対するトラウマの話。なんか身につまされたというか身に覚えがあるというか。
それに対しての横道先生(マコト)のフェミニズムは被害者男性を救ってくれないという話もなるほどねぇと思って読んだ。まぁ救わないよね。(正直あまりそこに同情はしない薄情な女ではあるのだが)
あと、横道先生の話で自助グループの話とかAAとかの話を読みながら、前に読んだ石田月美さんの本に出てきた話と同じだなーと思ってたら石田月美さんの名前が出てきて笑ってしまった。みんな繋がっている。