森鴎外のレビュー一覧
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『高瀬船』
ざっくりと「安楽死」がテーマの話、くらいの認識しかなかった。改めて読み返すと「こんな話だったっけ?」という発見があった。
まず、喜助が悲しんでいない。むしろ喜んでいる。自分の記憶の中では、弟を「殺し」てしまった喜助は罪の意識に苛まれ船上では悲壮感を携えながら揺られている、というイメージがあった。しかしそのような喜助の姿はそこにはなく、むしろ穏やかな雰囲気で居るのである。
「弟を殺してしまったことで罪の意識が生じ、罪人としての自分が罰せられることに喜びを感じているのかな?」と喜助の感情を解釈してみたりしたが、どうもそのような様子は読み取れない。場合によっては、そのような感情を持っ -
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ネタバレ舞姫
確か初めて読んだのは中学生のとき。
そのときは、豊太郎はなんてクズなんだろうと思った。同じ女性として、捨てられたエリスがかわいそうだと思った。(読書感想文にも豊太郎の悪口を書きまくったように記憶している。)
しかし、今、大人になって再読してみると、豊太郎が「ただのクズ」から「理解できるクズ」に変化していた。
位階をとるか、愛する女性をとるか。このチャンスを逃したら、もう二度と故郷での栄達は望めないかもしれない。そんなときに「当然、エリスを捨てて故郷での出世を選ぶんだよね?(意訳)」とまるで確定事項のようにお偉いさんや友人に言われてしまったら(しかもエリスのいない場所で!)、本心はどうあれ -
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鷗外の作品は、読者の洞察が必要、とドナルド・キーン氏が述べている。
ただ、短編だと、その洞察がいい具合に効いてくるのだが、長編だと散漫になるきらいがあるだろうか。
ところどころに当時の反自然主義文学の匂いがするし、性に対する抑制的な表現も、その表れなのだろう。
鷗外らしく、ところどころに哲学的、思想的なエッセンスが埋め込まれており、それを噛みしめながら読むのがいい。
以下抜粋~
・(日記について)「人間はいろいろなものに縛られているから、自分をまで縛らなくても好いじゃないか」
・「利己主義の側はニイチェの悪い一面が代表している。例の権威を求める意志だ。人を倒して自分が大きくなるという思 -
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森鴎外らしい小説だが、その中でもチャレンジな作品だったと思う。
明治の近代文学は、まさに動的な時代でもあり、森鴎外もその作風の変遷があるし、それが偉大な作家といわれる所以である。
近代が、個人を見出す時代であるとすれば、特に西欧の哲学も学んでいた鴎外からすると、性を科学的に取り上げることは、ひとつの大きなテーマでもあったのだろう。
主人公が哲学を学んでいる設定としているところも、その意図がより感じられる。(フロイトとか)
鴎外の特徴が、登場人物を、少し離れた場所から、描写するところ。登場人物が、映像のように現れる効果。
詰まり、傍観者的に観ているからこそ、その効果が出てくるのかもしれない。
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瑞々しさと少々癖のある文章で描かれた、ミニマルな不条理
思えば登場人物全員が、
運命に翻弄されていたり、知らず知らずのうちに欺かれていたりする。
主役2人は尊い恋心を持ちながらも、
その熱は何かを果たすことなく、
石を投げられた雁のように儚く消えてしまう。
しかし、それが故、人生の残酷さと無常の美しさがこの物語にはある。
「ぼく」の視点で、2人から聞いた話を語っているという構造により、「曖昧さ」があって、それがノスタルジーさに繋がっている。
記憶を未正確なまま手繰り寄せることによって、「今ここの感情」と「過去の映像」が美しく再構築され、独特の浮遊感がある、あのノスタルジックという感情が -
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舞姫を読みたくて。
舞姫だけ読んだ感想です。
舞姫、高校の現代文の教科書に載っていたなぁ。
「これのどこが現代だ!」と、当時のわたしは思ったものですが、その感想はアラフォーになった今でも同じです。
英文を読むときと同じで、全体を通して読んでなんとなく内容をつかむ、というのが精一杯。
翻訳家でもない私が、英文を一文一文訳そうとするとドツボにはまるあの感覚。全体を通してストーリーをすくいとることができればOK、という低いハードルで読むべき。
「内容を理解できるか」と、いう点では、むしろ英語で書かれたほうがわかるのでは。
肝心の内容・感想について。
堪え性のない私は、もう二度と読むことはないだろ