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貧窮のうちに無邪気に育ったお玉は、結婚に失敗して自殺をはかるが果さず、高利貸しの末造に望まれてその妾になる。女中と二人暮しのお玉は大学生の岡田を知り、しだいに思慕の情をつのらせるが、偶然の重なりから二人は結ばれずに終る……。極めて市井的な一女性の自我の目ざめとその挫折を岡田の友人である「僕」の回想形式をとり、一種のくすんだ哀愁味の中に描く名作である。(解説・竹盛天雄)
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Posted by ブクログ
まだ子供の頃に「よろめきドラマ」なる言葉があって大人が使っていた記憶がある。 今ならば「不倫物」というような意味だろう。 森鴎外という文豪の作品に果たして「よろめき物」というジャンルを当てはめて良いものかと 思いながらもその思いは拭えず読み進んだ。 男親の暮らしのために大学の寄宿舎の小使い上がりの高...続きを読む利貸し末造の囲い者になったお玉が大学生の岡田に想いを寄せ、なんとかその想いを伝えたいと焦る。 これだけを取り出せば「よろめきドラマ」としても成り立ちそうな気配。 その気配を打ち消すのはやはり岡田の放った石で命を奪われた一羽の雁の出現だろう。 あれは何を意味するのか。
主人公のお玉の自我の目覚めと落胆が見事に描かれていたが、末造の妻の嫉妬にもだえる姿の描写も見事だった。
100年くらい前に書かれたお話 上野辺りが舞台なので現在と当時とでは ずいぶん面変わりしてるだろうな と思いつつ読む 前半の話と後半の話 合わせてひとつの話となるのが からくり細工のようで 深みも出て面白かった 呆気ない終わりのようだけど ちょうど良いキレ感と 微妙な余韻が残る感じが さすが森鷗...続きを読む外だなと思った
瑞々しさと少々癖のある文章で描かれた、ミニマルな不条理 思えば登場人物全員が、 運命に翻弄されていたり、知らず知らずのうちに欺かれていたりする。 主役2人は尊い恋心を持ちながらも、 その熱は何かを果たすことなく、 石を投げられた雁のように儚く消えてしまう。 しかし、それが故、人生の残酷さと無常の...続きを読む美しさがこの物語にはある。 「ぼく」の視点で、2人から聞いた話を語っているという構造により、「曖昧さ」があって、それがノスタルジーさに繋がっている。 記憶を未正確なまま手繰り寄せることによって、「今ここの感情」と「過去の映像」が美しく再構築され、独特の浮遊感がある、あのノスタルジックという感情が沸いてくるのだ。
ラストの玉の表情の描写が印象的。高利貸しの妾として、蔑まれる中、恋心を抱く岡田に一声掛けたいだけなのに、それすら、できずに終わる。 この物語の周辺、岡田が歩いたあたりを周ってみようかと思う。
昭和54年2月10日 62刷 再読 明治13年の出来事として、明治44年から書かれた鴎外中編小説。 母親を早く亡くした世間知らずな美しい女性“お玉”は、生活の困窮から、高利貸の妾となる。騙された思いもあり、自身の運命から逃避したいと考えてみるも、年老いた父・無学な自分を考え、その生活を受け入れて...続きを読むいた。そんな折、図らずも顔見知りとなった医大生に心惹かれ始める。 「鯖の味噌煮」と「石にあたった雁」という偶然の出来事が、二人の関係を始まる前に終わらせてしまう。という哀愁漂う儚い恋愛物語。 幾たびかすれ違う二人の淡い恋心が切なく、決して成就しないだろうと思っていたけど、まさか、不忍池の雁に石投げて死んだのを鍋にする為こっそり持ち帰る為に、会える最後のチャンスが潰れてしまうとは。。。 女性の仕事が少なかった時代、誰かを頼るしかなく、自我より運に左右されていたんでしょうね。
無縁坂とは不忍池を脇に入り旧岩崎邸庭園と東京大学医学部に挟まれた小さな坂である。文教と花街が混淆する地であった。その地を舞台とし学士と妾の邂逅をテーマに選ぶことで、森鴎外は前近代から近代へ移り変わる時代の変化を巧みに捉えたように思う。純粋無垢だったお玉が艶ある女性へ変遷することは即ち妾という前近代に...続きを読む染まることであり、洋行を決意する岡田は即ち近代化を示すのであり、交叉することなき異界の二人が交叉する過渡期を描くことで時代風景を描写しているのが本作品の主題かと思う。前近代と近代の決別が「雁」という象徴を投石にて死させる部分に込められている。岡田の本心を省略し、愛する人が外洋するお玉の哀切を描かぬことにより、人間模様をより昇華させた文学作品になっている。
高利貸の妾の純愛ものか?はたまたどす黒い愛憎ものか? 風貌と似あわぬ優しいタッチの鴎外。 「不しあわせな雁もあるものだ」 私の心はこの件に痛く反応した
夏目さんより、鴎外の方が好きだという気がしている。 鴎外の文章、上品。格調ある感じ? お玉、魅力的で素敵。 岡田さんとのすれ違いが、切ないけどああー!ありそう! と思う感じ。人生は、少しの勇気とタイミングですね。 不忍池とか、その辺りを先日散歩したのでそれも相まって面白く読みました。
『雁』は1911年(明治44年)に発表されたこの作品で言わずと知れた代表作となっています・『灰燼』は同じく同年に発表され同時進行にて執筆されたと言われています。 『雁』の時代の設定は、1880年(明治13年)であります。高利貸しの妾・お玉が医学を学ぶ大学生の岡田に慕情を抱くも結局その思いを伝えるこ...続きを読むとが出来ないまま岡田は洋行する。はかない女性の心理描写と身の上が如実に表現されています。 といった内容なのですが、『舞姫』の発表は、1890年(明治23年)となっていますので、御年28歳の時に発表された『舞姫』と49歳の時に発表された『雁』は、独逸留学つながりなので敢えて年齢の対比をさせていただきました。 言うなれば作品の設定が、鷗外先生が留学する前と留学した後に書かれた作品という事になります。 さて、この作品が何故鷗外先生の代表作なのか、と言う疑問が僕自身にはあります。 作品そのものは、どちらかというとはかない女性と岡田の物語で、取り立てて秀逸とは言えないと思ったからです。その疑問があって、この作品に限っては3回程読み直しました。 鷗外先生がこの作品を書かれたのは、満49歳、官職では陸軍軍医総監の位、陸軍省医務局長という軍医行政最高のポストにあったことを思えば、いかにも積極的な表現意欲といわざるを得ないが、僕の個人的な意見で言うなら49歳の年齢なれば本職の官職をこなしながら、『雁』と同時に『灰燼』も執筆しているのです。ここに何らかの因果関係があるのかと思わざるを得ません。しかしながら、そこでも作品自体の評価が高いことの理由が判然としないのです。 ただ、3回も読み返すと見えてくるものが、作品自体の内容ではなく作品の構成なのです。 巻末の解説にも書いていますが、「前に見た事と後に聞いた事と」を一つにまとまった「物語」に再構成されているのではないかと思うのです。 この構成の性格は、単に『雁』一個のものではなく、鷗外文学の深処に通じるものと思うのです。 「体験した話と聞いた話の融合」は、物語小説の世界では当たり前のように思われますが、例えば真ん中から折り畳める鏡があったとしたら、折り畳むと左右対象であることは「初めに見た物語をもってきて、最終部分にもまた見た話に戻る物語の進行で帰結しています。 これは、偶然か作為的なのかは分かりませんが、現実世界から夢を見てまた現実世界に戻ると言うものです。もしそれが作為的に構成を計算されたものであるなら、鷗外文学の真骨頂ではないかと思いました。一夜の長い夢を見た様な気分になりました。 ネットで検索をしても、この作品の書評はあまり見かけませんが代表作であるという理由は心情的に細やかな点と、思いが伝わらなかった残酷さを併せ持つ妙なのかもしれません。 既読の方も多いかと思いますが、今一度再読されてみては如何ですか。
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