あらすじ
貧窮のうちに無邪気に育ったお玉は、結婚に失敗して自殺をはかるが果さず、高利貸しの末造に望まれてその妾になる。女中と二人暮しのお玉は大学生の岡田を知り、しだいに思慕の情をつのらせるが、偶然の重なりから二人は結ばれずに終る……。極めて市井的な一女性の自我の目ざめとその挫折を岡田の友人である「僕」の回想形式をとり、一種のくすんだ哀愁味の中に描く名作である。(解説・竹盛天雄)
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
もう20年以上前、読書の楽しさを教えてくれた本。
文体が、鴎外の他の作品と比べて読みやすかった。
親を助けるために成金の愛人となった『お玉』と、スポーツも勉強も優秀で、将来を約束された男子学生『岡田』。対照的な二人の登場人物の繊細な心の通い合いを描いています。
鴎外のすごさって、女性の心理描写にあると思っています。
当時20歳そこそこの私が、「お玉の気持ち、めちゃくちゃわかる!」「そうそう、こんな時はこう思っちゃうよね~」と、共感しまくりながら読み進めました。
医者としても文化人としても超一流の鴎外。普通に考えると、女性の細やかな心の動きなんて想像もつかないんじゃない?と思ってしまいますが、全く違いました。
最後のシーンで、お玉が気持ちを伝えられず、岡田と別々の人生を歩む展開も良かった。読んでいて切なさ、悲しさを感じながらも、リアリティを感じ、ストンと落ちてくるものがありました。
Posted by ブクログ
まだ子供の頃に「よろめきドラマ」なる言葉があって大人が使っていた記憶がある。
今ならば「不倫物」というような意味だろう。
森鴎外という文豪の作品に果たして「よろめき物」というジャンルを当てはめて良いものかと
思いながらもその思いは拭えず読み進んだ。
男親の暮らしのために大学の寄宿舎の小使い上がりの高利貸し末造の囲い者になったお玉が大学生の岡田に想いを寄せ、なんとかその想いを伝えたいと焦る。
これだけを取り出せば「よろめきドラマ」としても成り立ちそうな気配。
その気配を打ち消すのはやはり岡田の放った石で命を奪われた一羽の雁の出現だろう。
あれは何を意味するのか。
Posted by ブクログ
個人的に非常に好みだった。末蔵の妻と妾に対する二面性やお玉の自我の芽生などが印象的であった。自我の芽生によってお玉は末蔵に対してのあしらい方を覚え、学生岡田に対する思慕を募らせる。岡田も満更ではないようであるが、何も起こることはなく2人は他人のまま終わるのである。この結末から鴎外が小説をロマンティックな展開を乗せつつあくまで現実に寄せていく、平凡に終わるように仕向けていると考えることができる。小説とはフィクションとノンフィクションを混ぜることで面白さが見えるからだろうか。
視点が岡田やお玉、末蔵ではなく岡田の友人の視点で語られることも非常に面白い。物語をただ当事者に語らせるのではなくなんらかを通して読者に伝えることで物語に深みが生まれる。今回はそれが岡田の友人だったのだろう。また、恋愛事情を第三者から見ることで、盲目ではないクリアーな描写ができているのではないか。最後のお玉の様子などは、又聞きしたものではなく、友人本人が見た様子である。こういった細かな描写が小説を作っているのだろう。
Posted by ブクログ
100年くらい前に書かれたお話
上野辺りが舞台なので現在と当時とでは
ずいぶん面変わりしてるだろうな
と思いつつ読む
前半の話と後半の話
合わせてひとつの話となるのが
からくり細工のようで
深みも出て面白かった
呆気ない終わりのようだけど
ちょうど良いキレ感と
微妙な余韻が残る感じが
さすが森鷗外だなと思った
Posted by ブクログ
瑞々しさと少々癖のある文章で描かれた、ミニマルな不条理
思えば登場人物全員が、
運命に翻弄されていたり、知らず知らずのうちに欺かれていたりする。
主役2人は尊い恋心を持ちながらも、
その熱は何かを果たすことなく、
石を投げられた雁のように儚く消えてしまう。
しかし、それが故、人生の残酷さと無常の美しさがこの物語にはある。
「ぼく」の視点で、2人から聞いた話を語っているという構造により、「曖昧さ」があって、それがノスタルジーさに繋がっている。
記憶を未正確なまま手繰り寄せることによって、「今ここの感情」と「過去の映像」が美しく再構築され、独特の浮遊感がある、あのノスタルジックという感情が沸いてくるのだ。
Posted by ブクログ
一年ぶり、「ヰタ・セクスアリス」ぶりの森鴎外
運命の悪戯。偶然の積み重ねによって岡田とお玉は結ばれることはなく、、、
けれどこれで良かったのではと考えることもできる。岡田は洋行が決まっていたから、せっかく結ばれたとしても又離れ離れになってしまう恐れがあるから。
語り手として話を進める僕の心情が推測される。彼は何を思ってこれを記述したのだろうか。「しかしそれより以上の事は雁と云う物語の範囲外にある。」
Posted by ブクログ
ラストの玉の表情の描写が印象的。高利貸しの妾として、蔑まれる中、恋心を抱く岡田に一声掛けたいだけなのに、それすら、できずに終わる。
この物語の周辺、岡田が歩いたあたりを周ってみようかと思う。
Posted by ブクログ
昭和54年2月10日 62刷 再読
明治13年の出来事として、明治44年から書かれた鴎外中編小説。
母親を早く亡くした世間知らずな美しい女性“お玉”は、生活の困窮から、高利貸の妾となる。騙された思いもあり、自身の運命から逃避したいと考えてみるも、年老いた父・無学な自分を考え、その生活を受け入れていた。そんな折、図らずも顔見知りとなった医大生に心惹かれ始める。
「鯖の味噌煮」と「石にあたった雁」という偶然の出来事が、二人の関係を始まる前に終わらせてしまう。という哀愁漂う儚い恋愛物語。
幾たびかすれ違う二人の淡い恋心が切なく、決して成就しないだろうと思っていたけど、まさか、不忍池の雁に石投げて死んだのを鍋にする為こっそり持ち帰る為に、会える最後のチャンスが潰れてしまうとは。。。
女性の仕事が少なかった時代、誰かを頼るしかなく、自我より運に左右されていたんでしょうね。
Posted by ブクログ
最後まで冷や冷やして読みました。
女は強い。強くなるから美しくもなるのだなと思った。
初めての恋は失敗だったかもしれないけど、あの後もきっといい出会いがあって、お玉は自分らしい人生を過ごしたと信じたい。
Posted by ブクログ
無縁坂とは不忍池を脇に入り旧岩崎邸庭園と東京大学医学部に挟まれた小さな坂である。文教と花街が混淆する地であった。その地を舞台とし学士と妾の邂逅をテーマに選ぶことで、森鴎外は前近代から近代へ移り変わる時代の変化を巧みに捉えたように思う。純粋無垢だったお玉が艶ある女性へ変遷することは即ち妾という前近代に染まることであり、洋行を決意する岡田は即ち近代化を示すのであり、交叉することなき異界の二人が交叉する過渡期を描くことで時代風景を描写しているのが本作品の主題かと思う。前近代と近代の決別が「雁」という象徴を投石にて死させる部分に込められている。岡田の本心を省略し、愛する人が外洋するお玉の哀切を描かぬことにより、人間模様をより昇華させた文学作品になっている。
Posted by ブクログ
高利貸の妾の純愛ものか?はたまたどす黒い愛憎ものか?
風貌と似あわぬ優しいタッチの鴎外。
「不しあわせな雁もあるものだ」 私の心はこの件に痛く反応した
Posted by ブクログ
直接言葉にしなくても、目と目を合わせただけで情熱的な恋ができた時代なんだな。
物悲しい読後感がなんとも言えない。
「僕」とお玉が相識になったきっかけと、その間柄について読者が興味を示すことを想定して、最後「読者は無用の憶測をせぬが好い」という文章で締めるところが粋である。
Posted by ブクログ
夏目さんより、鴎外の方が好きだという気がしている。
鴎外の文章、上品。格調ある感じ?
お玉、魅力的で素敵。
岡田さんとのすれ違いが、切ないけどああー!ありそう!
と思う感じ。人生は、少しの勇気とタイミングですね。
不忍池とか、その辺りを先日散歩したのでそれも相まって面白く読みました。
Posted by ブクログ
『雁』は1911年(明治44年)に発表されたこの作品で言わずと知れた代表作となっています・『灰燼』は同じく同年に発表され同時進行にて執筆されたと言われています。
『雁』の時代の設定は、1880年(明治13年)であります。高利貸しの妾・お玉が医学を学ぶ大学生の岡田に慕情を抱くも結局その思いを伝えることが出来ないまま岡田は洋行する。はかない女性の心理描写と身の上が如実に表現されています。
といった内容なのですが、『舞姫』の発表は、1890年(明治23年)となっていますので、御年28歳の時に発表された『舞姫』と49歳の時に発表された『雁』は、独逸留学つながりなので敢えて年齢の対比をさせていただきました。
言うなれば作品の設定が、鷗外先生が留学する前と留学した後に書かれた作品という事になります。
さて、この作品が何故鷗外先生の代表作なのか、と言う疑問が僕自身にはあります。
作品そのものは、どちらかというとはかない女性と岡田の物語で、取り立てて秀逸とは言えないと思ったからです。その疑問があって、この作品に限っては3回程読み直しました。
鷗外先生がこの作品を書かれたのは、満49歳、官職では陸軍軍医総監の位、陸軍省医務局長という軍医行政最高のポストにあったことを思えば、いかにも積極的な表現意欲といわざるを得ないが、僕の個人的な意見で言うなら49歳の年齢なれば本職の官職をこなしながら、『雁』と同時に『灰燼』も執筆しているのです。ここに何らかの因果関係があるのかと思わざるを得ません。しかしながら、そこでも作品自体の評価が高いことの理由が判然としないのです。
ただ、3回も読み返すと見えてくるものが、作品自体の内容ではなく作品の構成なのです。
巻末の解説にも書いていますが、「前に見た事と後に聞いた事と」を一つにまとまった「物語」に再構成されているのではないかと思うのです。
この構成の性格は、単に『雁』一個のものではなく、鷗外文学の深処に通じるものと思うのです。
「体験した話と聞いた話の融合」は、物語小説の世界では当たり前のように思われますが、例えば真ん中から折り畳める鏡があったとしたら、折り畳むと左右対象であることは「初めに見た物語をもってきて、最終部分にもまた見た話に戻る物語の進行で帰結しています。
これは、偶然か作為的なのかは分かりませんが、現実世界から夢を見てまた現実世界に戻ると言うものです。もしそれが作為的に構成を計算されたものであるなら、鷗外文学の真骨頂ではないかと思いました。一夜の長い夢を見た様な気分になりました。
ネットで検索をしても、この作品の書評はあまり見かけませんが代表作であるという理由は心情的に細やかな点と、思いが伝わらなかった残酷さを併せ持つ妙なのかもしれません。
既読の方も多いかと思いますが、今一度再読されてみては如何ですか。
Posted by ブクログ
森鴎外の作品を読む時には、いつも明治という時代背景を念頭にテーマ設定を考えてみる。
それは西欧文化に影響を受ける中での人々の心の葛藤のようなものではないか。(これは夏目漱石等の海外を知る明治の文豪に共通しているのだろう)
先日、文京区の森鴎外記念館を訪れたが、その際に鴎外がフェミニストであることを知る。娘の教育に対しても同様のことを感じた。
「雁」のテーマのひとつは、妾という旧態然の仕組みの中にあって、時代は女性の自立、自意識が芽生え始めている、その時代のミスマッチのようなものではなかったのか。
それは妾を抱える末造とその妻とのやり取りでも気付かされた。
以下引用~
女には欲しいとは思いつつも買おうとまでは思わぬ品物がある。
・・・
欲しいと云う望みと、それを買うことは所詮企て及ばぬと云う諦めとが一つになって、或る痛切で無い、微かな、甘い哀愁的情緒が生じている。
女はそれを味わうことを楽しみにしている。それとは違って、女が買おうと思う品物はその女に強烈な苦痛を感じさせる。女は落ち着いていられぬ程その品物に悩まされる。たとい幾日か待てば容易く手に入ると知っても、それを待つ余裕がない。女は暑さも寒さも世闇も雨雪をも厭わずに、衝動的に思い立って、それを買いに往くことがある。
・・・
岡田はお玉のためには、これまで只欲しい物であったが、今や忽ち変じて買いたい物になったのである。
Posted by ブクログ
やはり文体は難しいものの、ストーリーはシンプル。何かが少し違えば、その後の人生が大きく変わるという普遍的なテーマをこの頃から扱っている。平野啓一郎のお気に入りの作家とだけあって彼が、この森鴎外から思想的な影響を受けたことは納得。
Posted by ブクログ
【2025年8冊目】
僕が語る一人の妾と友人の話。金貸しの末造の妾になったお玉は、たった一人の肉親である父親を鑑みながら、慎ましく暮らしていた。だが彼女は、僕の友人である岡田に恋をしてしまう。行動を起こすことを決心したお玉だったが、一羽の雁が運命を狂わせるのだった。
初の森鷗外でした。序盤の話の流れと途中の流れが結びつかなくて、最初は物語がどう転ぶか全然わかなかったのですが、思わぬところで物語が交差し、そしてあっという間に離れていく建付けがなかなかに愉快でした。交差してからの終わりまでが超スピード。じっくりと語られた前置きがあったからこそ、どこか切なさが残りました。
味噌煮に悩まされたけど結果としては漁夫の利だったのかもしれませんね。
Posted by ブクログ
高利貸しの妾であるお玉に横恋慕した書生・岡田を「僕」が回想する形で描写する
結末としてはハッピーエンドでは無いが、高利貸し・書生・妾といった異なる社会階層に属する人々のことか詳細に描かれており、当時の今とは違ったリアリティを感じることが出来た
この点ではゾラやバルザックなどの小説に見られる「当時の社会を全て描く」といった思想の影響を少なからず受けていると思われた
屋台をやってる父親に庇護されてたお玉が末造に見初められて妾となっていくうちに身体的にも精神的にも成長を遂げ、末造すらも欺き自らが得心した恋愛に突き進んでいく、というのが臨場感と疾走感感じる筆致で描かれていて面白く読めた
中編で場面の転換も多く心情の描写も精細だから読みやすかった
作品が上野の無縁坂周辺で起こるため、そこら辺を地図などで確認しながらだともっと面白く読めると思う
Posted by ブクログ
日常的な他愛もないとした話。
ただ、登場人物は活き活きと描写されている。
上野に森鴎外記念館があり、当時ここに滞在して「雁」を執筆したらしい。
Posted by ブクログ
1回目の結婚も2回目の結婚も本妻にはなれず、妾や2番目の立ち位置にしかなれなかったお玉が医学生の岡田と出会い、運命を感じるが、いざ一歩踏み出そうとしたところで些細な偶然によって恋は燃え上がることなくしぼんでしまう…
お玉の自分は「自分は生娘だったころより美しくはなっても醜くはなってない」と言い聞かせる姿に哀愁を感じる。
Posted by ブクログ
文芸雑誌『スバル』にて
1911年から1913年にかけて連載された。
(wiki引用)
舞台は1880年(明治13年)
**
結婚相手に実は
妻も子供もいた事がわかり
絶望に井戸に身投げしようとする
裕福ではないけれど
美人なお玉さん…
そんなお玉さんを妾にした
高利貸しのおじさま…
お玉に無縁坂に家を買い与えて
毎夜通うおじさま
しかしお玉はある日
家の前を通り学校へ通う
岡田という青年に恋をしてしまう
**
まぁ皮肉三昧で
人生を物語ってます
今みたいにキャリアウーマンなんて
ありえない時代
男の力を借りなければ
生きていけない辛さが
ひしひしと伝わる…
とにかくお玉さんが不憫な…
高利貸しの妻も同じく不憫な…
*
純文学の面白いところは
よくありそうな話を
事細かに分解して
登場人物の心情の奥深くまで
掘り下げて来るのが
なんとも言えない
*
"欲しいもの" と"買いたいもの"
の違いを説明した文章は
欲と諦めの狭間の
微妙な人間の心理を突いた解説w
んーーよく分かる。
*
タイトルの雁がいつ出て来るのかと
最後まで読んで、納得…
そして住まいが"無縁坂"なだけある
なんとも粋で切ないお話し…
Posted by ブクログ
初めてまともに鷗外の本を読んだ気がします。途中までは読むのが大変だったけど、お玉が自覚してからの展開がすごく楽しかったし今と変わらないなと思いました。最後の偶然が重なって結ばれなかったところは少しお玉がかわいそうだったけど、結局あの人と縁があったと最後に書いてあって終わり方が斬新だと思いました。ドイツ語がたくさん出てきたのもおもしろかった!
Posted by ブクログ
男に騙され結婚に失敗した美しい娘・お玉は、末造という男の妾となり無縁坂にある寂しい家に住んでいた。しかしある時末造が高利貸しであることを知り、お玉は絶望する。だが唯一の肉親である父に心配をかけさせたくない思いから一人でふさぎ込むようになったお玉は、やがて無縁坂を散歩道としてよく通る医大生の岡田に恋するようになった。「僕」の目からは、岡田側もまんざらではなさそうに見えた。末造も女中も翌日まで戻らない状況をつくり出したお玉は、その日家の前で岡田が通りかかるのを待ち続ける。しかしその日に限って下宿の夕飯が「僕」の嫌いなサバの味噌煮だったために「僕」は岡田を誘って二人で散歩へ出かけ、お玉は岡田に声を掛ける機会を失ってしまった。散歩中、雁を逃がそうと思い岡田が投げた石が、偶然その雁に当たって死んでしまう。思惑違い、偶然の重なりが原因となり、二人は結ばれずに岡田は洋行してしまった…。
無縁坂を舞台とし、無縁坂により繋がった男女が結局は無縁に終わる話、と説明してしまうのは乱暴だろうか。だがこのような文学作品は、まず簡単にシンプルに捉えることがから始めるべきだというのが持論。タイトルでもある雁に関するエピソードとの関連、お玉の自我萌芽、些細な物事の交差により生まれる偶然という悲劇などなど、森鷗外というビッグネームに深長な考察をせっつかれて多くの論考が出されているが、まずは素直に読書として楽しみたい。
ハッピーエンドの青春ものよりも、私は「雁」のような非ドラマチックというドラマの哀感漂う雰囲気が好きだ。人間は皆理想を描くが決して理想通りにはいかない現実の無情性、それに出会うたびに、その人間の精神の在り方が妙実に現れるのではないか。まずその場面の森鷗外による心情の描写がとても巧みで美しい。
『今はそれが只妾と云うだけでなくて、人の嫌う高利貸の妾でさえあったと知って、きのうきょう「時間」の歯で咬まれて角がつぶれ、「あきらめ」の水で洗われて色の褪めた「悔やしさ」が、再びはっきりとした輪廓、強い色彩をして、お玉の心の目に現われた。』
お玉は一度目の結婚で相手に裏切られた際、自殺を図る。その後拾ってくれた旦那が高利貸しであることを知り心を閉ざす。そして最後、岡田へ恋心を抱くも自分と相手は「無縁」という現実に何を思ったか。それから35年後に「僕」に当時の話をしていることから考えても、お玉の心にそれがどれほど胸に刻まれた悔いであったことかは想像に難くない。一方岡田も同じくお玉に好意を抱いているが、おそらくお玉と無縁に終わったことをそれほど心に留めていなかったのではないか。35年後の岡田は、お玉のことなど記憶にもないのではないか。これが精神の在り方の違いなのか、それとも男あっての女であった当時の女性の在り方に関わるのか。一点の交差地点をすれ違った男女の哀感が、切なく私の心に入ってきた。
Posted by ブクログ
うーん…分からない…惹かれ合う二人の人物それぞれから話を聞いた僕が、自らのフィルターを通して二人が出会うまでを描いた作品という設定。また、友人岡田から聞いた話と後に懇意になるお玉から聞いた話の間に時間のズレも生じているという。だが、それが作風にどう反映されているのかいまいち分からなかった。雁というタイトルに込められた作者の意図も読み取れない。当てようと思わずに投げた石が偶々当たってしまった不幸な雁に、何を投影したのか?妾についてはよく学べた。主人の存在や、妾の背景など、丁寧に書かれている。哀愁味は確かにあるが、うーん…読む力がないのだろう。
Posted by ブクログ
家が貧しく老父を抱えた娘が高利貸しの情婦にされるも、医学生と秘められた淡い恋情を交わす。しかし、医学生は洋行し別れが…という悲恋を第三者の目から観察した一作。鴎外はやはり「舞姫」がいいな。
Posted by ブクログ
短いので手軽に読めます。
高利貸の妾お玉と医学生岡田の淡く若い恋を描いた作品……なんて表面をなぞればなんてことのない物語にしか聞こえないですが、無駄のない文章と行間に見える美しさ、人間臭さが味わい深く、クセになります。
Posted by ブクログ
最近は日本の近代小説にはまっているので鴎外にも手を出してみたけれどこれは私にはあまり合わなかった。読解力が足りませぬ。出直し必至。2013/377
Posted by ブクログ
年老いた父の暮らしを考えて、高利貸しの妾となった娘・お玉。
本当の恋を知らないまま、お玉は身のこなしだけは大人の女性となる。
そんな彼女が、時折窓から見かける美丈夫・岡田に恋をした。
純情に振る舞いつつも、内心は岡田に激しく恋い焦がれる。
岡田もまた美しいお玉を気にかけるようになった。
長らくいま一歩が踏み出せない二人だったが、遂に運命の日が訪れる。
******************
当時の湯島天神や本郷、上野などの描写が多く、「昔はそんなだったのかー」と今の景色を思い浮かべながら浸ることができました。
個人的にはお玉の方が岡田よりずっと想いの気持ちが強かったと思います。
岡田はどこか一線を引いて、「違う世界の人」と感じながらも憧れていたように思えました。
純粋な片想いって可愛らしいなー(*^^*)
気持ちだけが募っていく恋というのは沢山の人が経験していると思うので、読めばお玉に共感できるのではないでしょうか。