森鴎外のレビュー一覧
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たけくらべ読み終えたところ。樋口一葉を読んでいなかった(日本文学をなんとなく敬遠していた)自分の愚かさを呪う。なんだこの瑞々しさ。おっとりした、それでいて景色のわかる気持ちの持っていかれる文運びと表現(これは現代語訳の賜物かもしれないが)。あー、、、、とにかく今日読めてよかった。
三四郎読み終えた。NHKの100分de名著の漱石特集を観てうっすら冒頭は知っていたけども、そこからの印象とは違くなっていって。とても良かった。これも繰り返し読みたい。三谷幸喜さん演出の漱石を題材にした演劇、ベッジ・パードン(野村萬斎さん主演)を思い出しつつ、漱石自身の思想はどこかと想いつつ。
青年、終えた。森鷗外という人は頭のいい人だったんだなあ。初めて読んだ。いやあ、よかったな。ちょっとお風呂にでも入ってゆっくり考えてみたい。話の筋そのものではなくて(失礼)、何に惹きつけられるのかについて。
夏目漱石にしてもまあみんなそうなのだかもしれないが、この時代の若者はよくモノを吸収し、考え、悩み、自分なりの答えを出していることに改めて感服させられる。一言が、一単語が、自身から出てきていて、深く読んでも私などが自分の言葉で表現しえないだろうことを含んでいる。
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ネタバレ個人的に非常に好みだった。末蔵の妻と妾に対する二面性やお玉の自我の芽生などが印象的であった。自我の芽生によってお玉は末蔵に対してのあしらい方を覚え、学生岡田に対する思慕を募らせる。岡田も満更ではないようであるが、何も起こることはなく2人は他人のまま終わるのである。この結末から鴎外が小説をロマンティックな展開を乗せつつあくまで現実に寄せていく、平凡に終わるように仕向けていると考えることができる。小説とはフィクションとノンフィクションを混ぜることで面白さが見えるからだろうか。
視点が岡田やお玉、末蔵ではなく岡田の友人の視点で語られることも非常に面白い。物語をただ当事者に語らせるのではなくなんらかを通して読者に伝えることで物語に深みが生まれる。今回はそれが岡田の友人だったのだろう。また、恋愛事情を第三者から見ることで、盲目ではないクリアーな描写ができているのではないか。最後のお玉の様子などは、又聞きしたものではなく、友人本人が見た様子である。こういった細かな描写が小説を作っているのだろう。 -
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山椒大夫を読みたくて手に取ってみたものの他にも衝撃的な作品が多くものすごく考えさせられます。
「最後の一句」
これは、まさにいちの最後の一言につきる作品。心に突き刺さります。今現在の多くの政治家に読んでほしい一編。人が人を信じるということはこれほどにも重く心に響くことであろう。
「高瀬舟」
こちらも今時な・・・
安楽死は罪か?個人的には罪には問いたくない犯罪であると思っています。安楽死への原動力は優しさであることが多々あると感じる。一概に全てとは言わないけれど、医療用が全てを救えない今の段階では一考の余地があるのではないかとかんがえます。
そして、貧困。これも今の特殊な社会状況下においてはこの物語に匹敵するような経済状況に置かれているだろう人がいるだろうということ。喜助のような清貧な心を持つひとならばよいが、それだけではすまないはず。
色々併せ考えると、喜助の出来た人格か浮かび上がる。 -
購入済み
面白い
旧仮名版だけでなく新仮名版があるので読みにくいという方はそちらをオススメします。ですが、旧仮名で読むと現代とは違った言葉使いを知ることができて面白いですよ。
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購入済み
考えさせられる
現代の司法制度に対して問題提起しているかのような意味合いを受けとることができた。罪に対する罰の多寡を決定するときに、その人の境遇なり心情なりを考慮することの大切さを再確認した。文章量が多くないから、短時間で読み終えられる。
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教科書にも載っている有名作品とその他による短篇小説集です。
まず擬古文が手強い。現代口語訳みたいなのが欲しいところです。
それにしても、心情の描写や嵐の描写など目を見張るものがあります。
解説者は舞姫を犠牲者としていますが、本当にそうなのかな?男を手玉に取った女優という見方もありだと思うな。
イタリア統一運動の描写があるけど、当時の戦争ってのんびりしたもんなんですねぇ。
舞姫(1890)
うたかたの記(1890)
文づかひ(1891)
そめちがへ(1897)
ふた夜-Friedrich Wilhelm Hacklaender(1890)
著者:森鷗外(1862-1922、島根県津和野町、小説家)
解説:稲垣達郎(1901-1986、敦賀市、日本文学) -
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いやはや、これは。
はぁぁあ。
なんとも。
いいっ!
カーソン・マッカラーズの「結婚式のメンバー」のあとがきで、「たけくらべ」を思い出した。だなんて村上さんが書いてたもんだから、気になって気になって文庫をペラペラとめくってみたんですが、原文はもとより、口語訳でさえなんだかちんぷんかんぷんと思ってたところ、池澤夏樹編の日本文学全集で、川上未映子が訳してるって聞いて、そりゃぁ好きだわきっとと思い、このかわいいピンクの全集を手にしました。
それがほんとに私にしっくりピッタリ!だって川上未映子の「乳と卵」も、「先端で、さすはさされるわ…」も面白いねと思ってたから、そりゃもう楽しめたし、好きだったし、これ読む前に川上未映子の普通の小説も読んでおこうと思って「ヘヴン」も読んだとこだしで、しっくりハマりすぎました。
なんて繊細で、生き生きとした物語がえっといつの時代ですか?これは江戸ですかね?一葉が書いたのは明治ですかね?まぁとにかく大昔に、私の大好きな青春文学の世界が繰り広げられていたとは…
大黒屋の軒先で信の鼻緒が切れて、声もかけられない切ない美登利のあの姿、あれを知っているのはやはり「ガラスの仮面」で読んだからですけどもww
いやぁ、美登利は、「悲しみよこんにちは」のセシルだったー!! -
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表題2作が読みたくて。どちらも短い作品ながら深く考えさせられるテーマを背負っています。多くを語っていないぶん読み手によって様々な捉え方や考え方ができるので、読後に他の方の意見を聞いてみたくなりました。
数年後に再読したらその時々で異なる登場人物に心を寄せている気がします。
好きとは違う、心の奥に根付くような名作。
『山椒大夫』
私の父は「『山椒大夫』=『安寿と厨子王』じゃないか!」と読後に膝を打っていたので、世代によっては後者のタイトルの方が童話などで馴染み深いのかもしれません。
人買いによって悲運を辿る幼い子供たち――現代の日本では考えにくい描写が多々あります。しかし姉と弟、早々に離れ離れになった母親、三者どの立場を想像しても心苦しく、それぞれの胸の内が痛いほど伝わってきます。一つ一つの行動が自分より家族を想ったものばかり。さまざまな覚悟のかたちを見出だせます。
『高瀬舟』
罪人を舟に乗せ護送する役を務める者たちのなかでも、特に嫌われていた高瀬舟の担当。その役に就いている庄兵衛はある日、まるで「遊山船にでも乗つたやうな顔」で高瀬舟に乗り込んだ罪人の喜助を護送することになる。
大きなテーマは「知足」と「安楽死」。
特に後者については喜助と同じ状況になった場合、頭ではこうだと思っていても実際の状況ではもっと感情的になるだろうと思うと他人事とは思えません。「君はどう思う」という問いが反芻しました。 -
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表題、山椒大夫も高瀬舟も、とても有名な話。
高瀬舟は、確か学生の頃に教科書か何かで読んだ気がする。
けれど、どちらも、こんなに短い話だったろうか。
記憶にある限りでは、もっと長かったような気がしたのだけれど。
読み終えた時にはそう思ったのだけれど、少し間があいて、また読み直してみたら、同じ印象を抱く。
こんなに、短い話だったろうか。
言葉を尽くして説明されているわけではなく、むしろ読者に判断をゆだねるかのように完結に記された部分も多いのに、なぜか、心には長く残る。
いつか、どこかで、「本当にそれで伝わるなら、言葉など一言で事足りる」というような話を聞いた記憶があるが(夏目先生だったろうか?)、森鴎外の小説は、それなのかもしれない。 -
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渋い。
渋すぎます。
表紙の装丁が素敵な角川文庫版。(手ぬぐい屋「かまわぬ」とのコラボシリーズは、大好きです)
この1冊、面白かった。
レベル高い。さすが、森鴎外さん。有名なだけのことは、アルんですねえ。
「山椒大夫」
「じいさんばあさん」
「最後の一句」
「高瀬舟」
「魚玄機」
「寒山拾得」
「興津弥五右エ門の遺書」
「阿部一族」
「佐橋甚五郎」
というのが収録作品。
好みで言うと、「魚玄機」「興津弥五右エ門の遺書」あたりはそんなにでもなかったです。
「高瀬舟」も、安楽死の問題など有名ですが、改めて再読してみて、他ほど小説としての衝撃はなかったような。
●「山椒大夫」
安寿と厨子王、という別称?で知られる物語。平安時代かくらい。
簡単に言うと、中級貴族の子女が人買いに拉致監禁されて、長男だけが脱走して救われ出世する、というお話。
コレ、森鴎外さん、すごい。
日本語使いとして、わざとこの短編は平易で判りやすい文章。誰でも判ります。児童文学のような語り口。
それでいて、センチメンタルにならずに、悲劇をあおらずに、過酷な物語をザックザクと大根を切ってごろんごろん投げ出すように語ります。
それがまあ、なんともどっきり、なんともズキッと読み手の心を抉る効果になっています。
全体の、ややもするとおとぎ話になるところが、そのキワドイ語り口で、すごく味わいのレベルが高い読み物になっています。
※ちなみに、戦国時代や江戸時代まで、僕らの日本という国では平気で人身売買、拉致労働が行われていたんですね。
その辺りは全く学校の授業で教えませんが、とっても大切なことだと思います。善だ悪だという次元とはまた別に、「数百年まえまで、それが普通に行われていた」という認識。
※で、なんでこの話の題名が「山椒大夫」であるのか?それだけが不思議。「安寿と厨子王」でええやんか...。
「スター・ウォーズ」のタイトルが「ジャバザハット」だったと考えると、不可思議な思いを共感していただけるか...。
●「じいさんばあさん」
これ、渋すぎます。年老いても仲が良いじいさんばあさんの過ごした過酷な歳月、という話なんですけど。
とにかく、語り口が確信犯的に淡い。渋い。
「えっ」っていう呆気なさの向こうに、じわじわと味わい。
なんていうか…「大自然の素晴らしさ」というタイトルの絵画を見に行ったら、墨で淡く一本の曲線が書いてあって、それが山の稜線なのだった。そんな感じ。
すごい。
こういう地平線を見せられると、現代の挑戦的なブンガクなぞ、泣いて吹っ飛んでしまうような気がします。
●「寒山拾得」
これは更にその俳画的、水墨画的世界を推し進めたもの。ほとんど実験小説と言っても過言ではないというか。
禅問答が小説になったような...。
まあでも、謎なんて無いと言えば、無い。
中国を舞台に、俗物の高級官僚が、高名な禅僧の寒山と拾得を訪問したら...というだけのオハナシ。
これはほんとに、口あんぐりな終わり方(笑)。
●「最後の一句」は、さほどでもない罪で死罪になりそうな男がいて、その娘が「身代わりになりますから父を許して」と奉行所に行く話。
●「阿部一族」は、なんだかちょっとした不幸と偶然が重なって、一族で反逆者となってしまい、死を前提に戦って、やっぱり死んじゃった阿部一族。と、その周辺の武士たち。
乱暴に言うとどっちも、江戸時代の武家社会が官僚化していく中の悲劇をえぐっています。
そしてどちらも、大真面目に悲劇をえがきながら、奥の奥で喜劇だったりします。
官僚化して、実際的ではなくなった人間の組織の馬鹿馬鹿しさ。でもそれが実際に個人を支配していく怖さ。
そんなことでいうと、これは実はものすごく奥が深い。
きっと森鴎外さんも、言うに言えない明治大正の世の中の世知辛さ、あほらしさを反映させていると思います。
●「佐橋甚五郎」
徳川家康がまだ生きている、江戸時代初期。
朝鮮から外交使節が来た。家康が会った。その施設の中に、「かつて徳川家に仕えてた佐橋甚五郎がいた」と、家康。
佐橋甚五郎の履歴。
どうやら、つまり、現代風に言えば。
会社組織、好き嫌い、評価、人事、付き合い、不条理、理不尽、宮使え。
そんなことに嫌気が差して、徳川家を出奔。
国という枠組みまで超えて、自分なりの安息を掴みました。よかったね、という話が、これまた、渋く語られて。
ところがこれはこれで、微かな文のゆらぎの中に、後味としては、
「日本と言うナショナリズムまで含めた、こうあるべきだ、という国家や上層部が押し付ける人生モデルなんて、くそくらえ」
みたいなロック魂が香り立つんですよね。
うーん。ただそれがあまりにも渋く渋く包まれている。その微かさが、もう、快感。
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森鴎外さんは、明治の軍人官僚エリートの家に生まれたんですね。
(生まれたときは江戸時代でしたけど)
スーパーエリートでドイツに留学、そこでは、まあ今風に言えばストリッパーの少女とずぶずぶの恋愛になって、故国とエリートコースと血縁家族を捨てる寸前まで行った。
でもそこから挫折して戻ってきた。
それから、諦めたように黙々と、軍医として陸軍の官僚組織を生きて、見合い結婚して一家の家長として全うしました。
ただ、ずーっと兼業で小説家をやっていたんですね。
ドイツ語に堪能で、最先端のヨーロッパの文学を理解して。その上で様々な小説を書いた。
その語り口は、この本に納められているような、戦略的に素朴だったり、戦略的に江戸時代のような文語体だったり。
そして、表層から割れて微かに光芒がこぼれるようにほの見える、世間、俗、官僚、「お上」、「政府」、「国家」、へのロックな反骨精神。
この人は、この人なりに奥が深い。
また別の森鴎外さんを読むのが愉しみです。
まあただ...渋すぎますよ...鴎外さん...ほんと...。なんていうか...口当たりは悪いし、味は苦みとえぐみ。着色料も調味料もゼロ。味が薄い…。
お酒でもファッションでも音楽でも、仕事上の技術でも...ここまで渋いとねえ...判りにくいというか、ほとんど魅力が分かんないだろうなあ...というくらいに渋い...。
根っこかじってるような、なんじゃこりゃ的な味が、どこかで ふわあぁっ! とほのかに深い味わいが広がるような...
これも、40過ぎて再読して良かったなあ、という。
多分、いくつかの短編は昔も読んだんだと思うんですが、記憶がほぼ消失していましたね。多分、当時の自分は、サッパリ面白くなかったんでしょう(笑)