森鴎外のレビュー一覧
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ネタバレうたかたの記:
何とも救いのない話。国王の身勝手に振り回されるマリイ親子。権力者から一方的に向けられる恋慕の情は怖い。(これは先輩後輩程度でも成り立つでしょう。)妻が襲われて、王に殴りかかるスタインバハ、アカデミー賞のウィルスミスを彷彿としてかっこいい、けどどちらも失うものが大きいことは、教訓にせねばならんのかな。
ふた夜:
ちょっと文語だと難しくて口語訳を読んでしまった。戦争、駅など、今の時代とは違うものが文語だと分かりづらい。
親の都合で結婚させられるのは、「文づかい」に通じるのかな。文づかいより救いがないのが辛い。
舞姫:
ロマンチックな話かと思いきや、クズのバッドエンドの話なんだな -
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初めて森鴎外の作品に触れた。
舞姫。途中はがんばれ青年、と応援したのも束の間、最後はなんとも愚かな結末であり、その時代背景もあるだろうが、なぜそっちにいってしまったんだ、ともどかしい気持ちを抑えられなかった。
阿部一族は、ああ自分は絶対阿部側の人間だな、と思った。でも、子どもらに迷惑かけたくないから名誉なき自死はしないで自分だけ苦しもうとなるかもしれない。それで病むんだろうけど。自分だけ。
そのほか、「かのように」の葛藤も、「鶏」の滑稽さもとてもおもしろかった。こんな作品を書いているんだと正直驚いた。歴史ものはちょっとよくわからんが、森鴎外といえばドイツ、または医学、みたいなイメージを勝 -
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昭和54年10月15日 28刷 再読
鴎外日露戦争後、医務局長となり、自由に小説を書きはじめた時代の 短編12編
「杯」
明治43年1月 1910年
8人の少女達がそれぞれの杯で泉の水を飲む。一人は異国の少女で、陰湿な言葉で排除されようとするが、その態度と自国の言葉で自己を主張する。
凛として美しい。数ページだが、印象深い。
「普請中」
明治43年6月 1910年
ドイツから愛人だった女性が訪ねてくるが、拒絶する日本人参事官。日本はまだ政治も文化も普請中である、待ち合わせのレストランも工事中。
「カズイスチカ」
明治44年2月 1911年 臨床記録
医学士の青年が、開業医の父親 -
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昭和54年2月10日 62刷 再読
明治13年の出来事として、明治44年から書かれた鴎外中編小説。
母親を早く亡くした世間知らずな美しい女性“お玉”は、生活の困窮から、高利貸の妾となる。騙された思いもあり、自身の運命から逃避したいと考えてみるも、年老いた父・無学な自分を考え、その生活を受け入れていた。そんな折、図らずも顔見知りとなった医大生に心惹かれ始める。
「鯖の味噌煮」と「石にあたった雁」という偶然の出来事が、二人の関係を始まる前に終わらせてしまう。という哀愁漂う儚い恋愛物語。
幾たびかすれ違う二人の淡い恋心が切なく、決して成就しないだろうと思っていたけど、まさか、不忍池の雁に石投げ -
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先日『鷗外の怪談』という舞台を観劇し、森鷗外の作品に興味を持った為、拝読した。
収録されているのは独逸三部作と言われている『舞姫』『うたかたの記』『文づかい』と、舞姫と関連の深い『普請中』、そして翻訳『ふた夜』。今回は鷗外の作品が読みたかっただけなので『ふた夜』はとばしてしまった。
独逸三部作は文語体の為多少の読みづらさはあるが、ストーリーは至ってシンプルなので、理解はしやすく、また描写も丁寧なので想像がしやすい。思ったより読みやすくて安心した。注釈も細かく丁寧に書かれているので、注釈ページと往復しながらじっくり当時のドイツを味わうことが出来てとても有難い。
森鷗外が日本のロマン主義文学の発端 -
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ネタバレ私自身が十代の終わりを迎えようとして、自分の性のあり方について考えている時に偶然この本を読み始めました。
この中で書かれている価値観のうちのひとつ、「恋愛と性が結びついていない」というものは私が自身に対して思っていたことと同じでした。
なので、男女の差や時代の差はありながらも、共感して読むことができました。
自分と近い価値観を持ちながら年齢的に私よりも大人になっていった金井の姿は、私の中にちいさな不安を残していきました。
私が将来、恋愛と性を結び付けられないまま大人になり、そしてどちらかを経験してしまったらどうなってしまうのだろうか、という将来への不安が出来てしまいましたが、将来のことを考 -
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「舞姫」
作者のドイツ留学体験をベースにした作品
主人公は自らの意志によって人生を切り開こうとするのだが
結局は、故郷のしがらみを捨てきれず
愛した女を裏切り、ついに発狂させてしまう
そのことで自分を責める彼は
例えばそれを「新生」などと言って居直ることもできぬまま
助けてくれた親友のことを密かに恨みつつ
帰国の途につくのだった
良くも悪くもサムライというかな
「うたかたの記」
過去の出会いが運命的な恋となって
まさにいま成就しようとした、そのとき
さらに過去から不幸の使者が甦り
すべてを水の泡に帰す
なお、日本における言文一致運動はすでに進んでいたのだが
ここまでのロマン主義的なアイロニ -
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岩波文庫の表紙によれば「鴎外史伝ものの代表作」なのだそうだが、まず史伝とは何であるのかが今ひとつわからない。歴史小説というのとも少し違う、強いて言えば伝記であろうか。題名のとおり渋江抽斎が主人公というか中心人物であるが、その親族や師弟、交友関係のそのまた親族まで、まさに虱潰しと言うべき執念で記録してある。これを読んでWikipediaみたいだと思うのはマヌケな感想だろうか。
固有名詞の大群に飲み込まれそうになるのだが、じっと耐えながら読んでいると、まさに江戸から明治にかけての大変革期に生きた人々の有様を覗き込んでいる気持ちになくる。
ルネサンス人的ともいえる医者が儒者を兼ねるのが当たり前な -
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実際は新潮文庫版でなく学研から出版されている全集もので読んだ。
森鷗外といえば『舞姫』のような堅牢な文章を操るイメージがあったが、『ウィタセクスアリス』においてはかなり平易な文体で書かれている。内容は草食系男子の性にまつわる体験に関するものだ。性にまつわる体験といいつつ、露骨なものに関しては匂わせつつもほぼ描かれないので安心して読める。
作中で「硬派」と「軟派」の2派が登場するが、読んでいるとどうも「硬派」というのがホモセックス野郎のことを意味しているようでド肝を抜かれた。寄宿舎生活の中で年少者は硬派の先輩の餌食になる。主人公が短刀を持って硬派の先輩から逃げ回り、アヌスの貞操を死守する場 -
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森鷗外の歴史小説三作品「興津弥五右衛門の遺書」、「阿部一族」、「佐橋甚五郎」が収録されています。
目的は「阿部一族」でしたが、この三作は鷗外の初期の歴史小説として代表的な作品で、三作まとめて単行本『意地』に収録されていたものとなります。
いわゆる「鷗外歴史もの」として書かれた三作であり、セットで語られることも多いため、鷗外を知るには丁度いい文庫だと思います。
・興津弥五右衛門の遺書 …
興津弥五右衛門という老人が細川三斎公の十三回忌にて、切腹をします。
その切腹は殉死であり、本作は殉死した興津弥五右衛門の遺書という体となっています。
文章は口語ではなく当時の文体で書かれているため、不慣れで