森鴎外のレビュー一覧
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舞姫を読みたくて。
舞姫だけ読んだ感想です。
舞姫、高校の現代文の教科書に載っていたなぁ。
「これのどこが現代だ!」と、当時のわたしは思ったものですが、その感想はアラフォーになった今でも同じです。
英文を読むときと同じで、全体を通して読んでなんとなく内容をつかむ、というのが精一杯。
翻訳家でもない私が、英文を一文一文訳そうとするとドツボにはまるあの感覚。全体を通してストーリーをすくいとることができればOK、という低いハードルで読むべき。
「内容を理解できるか」と、いう点では、むしろ英語で書かれたほうがわかるのでは。
肝心の内容・感想について。
堪え性のない私は、もう二度と読むことはないだろうと思うので、自分の備忘録として記しておく。
日本からドイツに駐在・留学している主人公・豊太郎。
日本にいる母からも、上司(上官)からも期待され、期待に沿うように生きようと努力してきた。
豊太郎は、エリスという名の現地の少女と出逢う。その少女は、母と二人で暮らしており、貧しく、劇場の踊り子として働いている。
出逢ったときのエリスの描写が、とても美しい。主人公は道端で、エリスが声を殺して泣いている姿を見るのだけど、主人公がエリスを見て美しいと惹かれたのだろうことがひしひしと伝わってくるのだ。
主人公が思わずエリスに声をかけ、僅かな援助をし、二人の交流が始まる。
貧困ゆえに十分な教育を受けてこなかったエリスに、書や文字を教える豊太郎。
他方で、エリスとの愛に溺れる豊太郎自身の学び、生活は荒んでいく。
そんななかでエリスが懐妊。
豊太郎は、友人相沢から、エリスと別れるように勧められる。このときの相沢の言葉ば妙に詳しく描写されているのが、主人公のズルさ、言い訳に感じた。
「他者に相談するとき、相談者の中ですでに答えは出ていて、期待通りの答えをもらいたがっている」とはよく言われているが、そういう感じなのかな、と。
エリスの愛は失いたくない。でもこのままドイツで自堕落な貧しい生活を続ける覚悟もない。自分では決められない・・・そんな豊太郎の気持ちを汲むように、背中を押す相沢。
宙ぶらりんなとき、相沢が豊太郎に「君のような優秀な男が、いつまで一人の少女に引き止められているのだ。もったいない。俺が上官との間を取り持ってまた復帰できるように取り持つから、さっさと彼女とは別れろよ」なんて言われたら、背中押されるというか、豊太郎には「相沢が勝手に話をすすめ、俺は流された」という言い訳もたつ(エリスからすれば、そんな言い訳はたたないんだけど、あくまでも豊太郎本人の心持ちとして罪悪感が薄れる)。
結果的に、この物語は、「相沢のせいでエリスはおかしくなりました、相沢は良き友ですが、私は相沢に対して憎しみを持ってます」という主人公の感想(言い訳?)で終わっている。
「最後に言いたかったこと、これかよー?!」と、びっくりしたよ。
高校時代の教科書では、抜粋した文章が載せてあったから、どこが最後なのかまで意識していなかったからな。まさかこんな最後の一文とは。
あくまでも、豊太郎自身は最後までなんも悪いことしていない、という認識なのね・・・。
相沢こそ、何もおかしなことや悪いことはしていないんだけどさ。
どうしてこういう時代の小説家さんの自伝的小説って、悪くない友を悪者にするのだろうか(人間失格とか)。
誰かを悪者にして憎まないと耐えられない繊細な心の持ち主が、当時は小説家になっていたということだろうか。
そう思うと、今の小説家さんたちは大人というか、フラットな人が多いなぁと思う。
少し前に読んだ「中野のお父さん」に、「現代の価値観を当時(俳句が読まれた当時)の価値観に当てはめるのは無粋だ」ということが書いてあった。
「舞姫」についても、令和の私の価値観を、舞姫の時代(明治時代)に当てはめるのは、とっても無粋なことだろう。
男尊女卑の時代。日本からドイツに留学するほどの秀才男子が日本でどれだけ期待され価値があるものとされていたのか、現代では想像もつかないほどだ。
ただ、やはりエリスはかわいそうだと私は思う。
現代なら、「私は分不相応で、もともと私が一緒になれるような相手じゃない」みたいに思うのもしれないけど、エリスはきっと、学もなく教養もなく、生きることに必死で、恋愛については子どものように純粋な少女だったのだろうと思う。実際に16,7歳だろう。
そのような少女に、分不相応だと自覚しろというのは無理があるだろう。
現代的価値観の私としては、どんなことがあっても、エリスには赤ちゃんとともに力強く生きていってほしいと思う。
そして、現代においても、10代、20代の若い女性が精神的に不安定になる原因は、男絡みであることが圧倒的に多い、ということ。
明治時代(おそらく明治時代よりもっと前から)から変わらぬその営みが、女性として悲しくもありました。
しかし一方で、若者にアンケートをとると「恋愛、結婚に興味がないです」と回答する割合が増えているらしい。それって、ある意味人類が進化しているのかな、と思ったりもする。
それと、「舞姫」という題名のわりに、エリスが踊っている姿のほぼ描写はないよね。私が読み落としたのかな。
高校生の私は、「舞姫って、劇場で踊る美しい現地の少女の姿を見て、青年が恋に落ちる話」と思っていたのだけど、それは違ったわけだ。
実際に二人が出逢ったのは道端だし。エリスは踊ってたわけではなく門によりかかって泣いてただけだし。
ただ、もしこの本が「舞姫」という題名じゃなかったら明治時代から現在まで読み継がれる名作にはなってないんじゃないかと思う。
それくらい「舞姫」という言葉は、美しくて、人の興味をそそり、耽美的で心を惹きつける力がある。 -
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ネタバレうたかたの記:
何とも救いのない話。国王の身勝手に振り回されるマリイ親子。権力者から一方的に向けられる恋慕の情は怖い。(これは先輩後輩程度でも成り立つでしょう。)妻が襲われて、王に殴りかかるスタインバハ、アカデミー賞のウィルスミスを彷彿としてかっこいい、けどどちらも失うものが大きいことは、教訓にせねばならんのかな。
ふた夜:
ちょっと文語だと難しくて口語訳を読んでしまった。戦争、駅など、今の時代とは違うものが文語だと分かりづらい。
親の都合で結婚させられるのは、「文づかい」に通じるのかな。文づかいより救いがないのが辛い。
舞姫:
ロマンチックな話かと思いきや、クズのバッドエンドの話なんだな。情に負けても、子は成してはならん。豊太郎はそのままプロイセンで生涯を終えるべき。エリスを幸せにして欲しかった。
とはいえ、舞姫=貧しい、など、時代背景に沿った内容で、当時に思いを馳せた。
文づかい:
この話は好き。イイダ姫の父の、「血の権の贄は人の権なり」と言う言葉に、優れたものを持つ人でも、何かを犠牲にして生きている、という意味を感じ、ハッとした。我が身の上を嘆くイイダ姫が、胸中を明かして、想い人と結ばれずに物語が終わるところも現実味があってよい。(でも、どうなったんだろう)
普請中:
口語になるとこんなに読みやすいのかと思った。(舞台が日本であることにも関係するかも)
内容は短いが、当時のホテルでのシーンに思いを馳せることができた。 -
Posted by ブクログ
初めて森鴎外の作品に触れた。
舞姫。途中はがんばれ青年、と応援したのも束の間、最後はなんとも愚かな結末であり、その時代背景もあるだろうが、なぜそっちにいってしまったんだ、ともどかしい気持ちを抑えられなかった。
阿部一族は、ああ自分は絶対阿部側の人間だな、と思った。でも、子どもらに迷惑かけたくないから名誉なき自死はしないで自分だけ苦しもうとなるかもしれない。それで病むんだろうけど。自分だけ。
そのほか、「かのように」の葛藤も、「鶏」の滑稽さもとてもおもしろかった。こんな作品を書いているんだと正直驚いた。歴史ものはちょっとよくわからんが、森鴎外といえばドイツ、または医学、みたいなイメージを勝手に持っていたので、沢山の歴史ものがあることにそもそも驚いた。
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昭和54年10月15日 28刷 再読
鴎外日露戦争後、医務局長となり、自由に小説を書きはじめた時代の 短編12編
「杯」
明治43年1月 1910年
8人の少女達がそれぞれの杯で泉の水を飲む。一人は異国の少女で、陰湿な言葉で排除されようとするが、その態度と自国の言葉で自己を主張する。
凛として美しい。数ページだが、印象深い。
「普請中」
明治43年6月 1910年
ドイツから愛人だった女性が訪ねてくるが、拒絶する日本人参事官。日本はまだ政治も文化も普請中である、待ち合わせのレストランも工事中。
「カズイスチカ」
明治44年2月 1911年 臨床記録
医学士の青年が、開業医の父親の代診をした経験。父親の知識と経験に尊敬をする様になる。
「生理的腫瘍」の表現には、感嘆。病気だと思っていた妊娠のことでした。
「妄想」
明治44年3月 1911年
鴎外と思われる翁が自分の半生を振り返る。自分は、望まれた自分を演じてきたようだ、と。ドイツ留学時代、自然科学を研究しながら哲学を漁り、それが、その後の作品にも影響する。生と死にも言及しており、これからの生き方について考えいたのだろうか。
最後にきて、これらの著述自体を反故とする。と書き加えられていた。
「百物語」
明治44年 1911年
僕(鴎外)は百物語の催しに参加するも、話には興味なく、集まった人、開催して人を興味を持ってみる。
「興津弥五右衛門の遺書」
1912年 歴史小説集『意地』の一つ
難しくて読めない。
一番良い香木(初音)を買う為に人を斬ってしまう。でもそれは主人の願いだから許される。初音の一部は献上され(白菊)となり、今も徳川美術館に展示されているそうな。
「護持院原の敵討ち」
大正2年 歴史小説『意地』の一つ
盗賊に父親を殺された青年と父親の世話になった壮年の男が、敵討ちをする為全国を巡る。その過酷さに息子は離脱してしまう。最後は敵討ちをすることができる。
これは中々良い。心情が理解できる。敵討ち制度は明治初頭に廃止されたが、武士社会に於いて、重要な役割があったのかもしれない。
「山椒大夫」
大正4年 1915年 五説経 さんせい大夫原話
理不尽な人攫いにより辛酸をなめる安寿と厨子王。
昔は絵本でもありましたね。小説では、拷問のシーンは無く、自ら入水。焼印も夢の中の出来事となっております。後は、ほぼ同じ。
安寿の武士の家の姉たる悲哀、弟への愛情。
世界の何処かでは、まだこようなことが起きているのかと思う。
「二人の友」
大正4年 1915年 小倉にて
実在した二人の友と鴎外との顛末。
時代なのか、それぞれ頭脳明晰なのか、懐が深い三人。小倉で知り合ったが鴎外が、東京へ戻ると、それまでの生活を捨てて、二人とも付いてきてしまう。それぞれの得意な分野で学び合う。一人は結婚の面倒までみる。
現在では、考えられないような実話ですが、微笑ましくもあり、無鉄砲でもあり。
「最後の一句」
大正4年 1915年 太田蜀山人「一話一句」
死罪と決まった父親を助ける為、長女は自身と幼い姉弟を身代わりに差し出す。そこで、お上に審判を促す。少女の「間違いはございませんでしょうから」という、意思表示が表題となっている。
「高瀬舟」
大正5年1月 1916年 翁草 「流人の話」
高瀬川を下る舟に乗る罪人、喜介。彼の生き様に、安楽死と、知足を語る。
考えても、経験を積んでも、結論が出ない題材。純粋に感嘆して読んだ、が、その後の自作解説までは読んでいないので、本当に意図したところは理解していないのかもしれない。
森鴎外では、この短編集が一番、理解しやすいのでは、と思う。鴎外自身が、多少自由となったこともあるのかもしれない。 -
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昭和54年2月10日 62刷 再読
明治13年の出来事として、明治44年から書かれた鴎外中編小説。
母親を早く亡くした世間知らずな美しい女性“お玉”は、生活の困窮から、高利貸の妾となる。騙された思いもあり、自身の運命から逃避したいと考えてみるも、年老いた父・無学な自分を考え、その生活を受け入れていた。そんな折、図らずも顔見知りとなった医大生に心惹かれ始める。
「鯖の味噌煮」と「石にあたった雁」という偶然の出来事が、二人の関係を始まる前に終わらせてしまう。という哀愁漂う儚い恋愛物語。
幾たびかすれ違う二人の淡い恋心が切なく、決して成就しないだろうと思っていたけど、まさか、不忍池の雁に石投げて死んだのを鍋にする為こっそり持ち帰る為に、会える最後のチャンスが潰れてしまうとは。。。
女性の仕事が少なかった時代、誰かを頼るしかなく、自我より運に左右されていたんでしょうね。
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Posted by ブクログ
先日『鷗外の怪談』という舞台を観劇し、森鷗外の作品に興味を持った為、拝読した。
収録されているのは独逸三部作と言われている『舞姫』『うたかたの記』『文づかい』と、舞姫と関連の深い『普請中』、そして翻訳『ふた夜』。今回は鷗外の作品が読みたかっただけなので『ふた夜』はとばしてしまった。
独逸三部作は文語体の為多少の読みづらさはあるが、ストーリーは至ってシンプルなので、理解はしやすく、また描写も丁寧なので想像がしやすい。思ったより読みやすくて安心した。注釈も細かく丁寧に書かれているので、注釈ページと往復しながらじっくり当時のドイツを味わうことが出来てとても有難い。
森鷗外が日本のロマン主義文学の発端らしいが、その名の通りどの作品もとてもロマンチックだ。哀愁が漂い、どこか非現実的で、一昔前の少女漫画みたいな印象を受ける。男性が夢見るよりも女性が夢見そうな物語だと感じた。特に『うたかたの記』の冒頭、Cafeでヒロインが主人公の額にキスをするシーンなんかは、その大胆な行動に憧れる女性も少なくないのではなかろうか。現に私も「かっけぇ」という感想が口から漏れ出た。ロマンチックな描写が丁寧に書かれているからこそ、映像が色鮮やかに脳内で流れる。この時代からロマンを感じるものに変化はないのだなという感想を抱きかけたが、私たちがロマンだと思う物の礎を築いたのが森鷗外だと考え改めるとやはり偉大である。
巻末の解説によると、森鷗外は非常に勤勉・優秀で、軍医や大学講師も勤めながら小説を書き翻訳までしていたらしいので本当に凄い。睡眠も一気に取らずこまめに取る分割睡眠法だったとか。人間やろうと思えばなんでもやれるのだと勇気づけられるが、日々の忙しさから逃げる為にロマンチックな妄想を繰り広げていたのかもしれないとも考えた。
個人的にはとても楽しめた上に、森鷗外の生き方に勇気づけられたので、次は舞姫から約20年後に書かれた『雁』を読んでみる事にする。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ私自身が十代の終わりを迎えようとして、自分の性のあり方について考えている時に偶然この本を読み始めました。
この中で書かれている価値観のうちのひとつ、「恋愛と性が結びついていない」というものは私が自身に対して思っていたことと同じでした。
なので、男女の差や時代の差はありながらも、共感して読むことができました。
自分と近い価値観を持ちながら年齢的に私よりも大人になっていった金井の姿は、私の中にちいさな不安を残していきました。
私が将来、恋愛と性を結び付けられないまま大人になり、そしてどちらかを経験してしまったらどうなってしまうのだろうか、という将来への不安が出来てしまいましたが、将来のことを考えるきっかけになる作品だなと思いました。