あらすじ
哲学講師の金井湛君は、かねがね何か人の書かない事を書こうと思っていたが、ある日自分の性欲の歴史を書いてみようと思いたつ。六歳の時に見た絵草紙の話に始り、寄宿舎で上級生を避け、窓の外へ逃げた話、硬派の古賀、美男の児島と結んだ三角同盟から、はじめて吉原に行った事まで科学者的な冷静さで淡々と描かれた自伝体小説であり掲載誌スバルは発禁となって世論をわかせた。(解説・高橋義孝)
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Posted by ブクログ
予てから気になっていた作品。ようやく読むことが出来ました。
軍医であった鴎外がこれを出したら、そりゃあ世間は騒然とするだろうなと当時の発禁も納得。
鴎外の考え方が多分に描かれているため、非常に興味深かった。
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おもしろかった!
性(性欲)というのは幼少期から欲求と共に探索されてきたもの。でも他方、性の発見や自覚はつねに不快感を伴うものでもあった。本書ではこの欲求と不快感っていうアンビバレントな感情が素朴に描かれていて、それが微笑ましくもあり、巧いなあと思った。
とはいえ、あくまで男性目線での性(性欲)なのだけど。
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ヰタ・セクスアリス=Vita Sexualis。ラテン語で「性欲的生活」の意味。
大学の哲学講師・金井が自己の半生を振り返って書く、「性欲」に関する記述に特化した回顧録という体裁をとっている。大筋では鷗外の体験に基づき、事実と虚構が混淆となって描かれた作品である。
あえて一言で言えば“童貞日記”。が、金井の手にかかれば、童貞にありがちな、妄想に耽る悶々とした日々……というのはどこ吹く風である。金井(=鷗外)は、ただ淡々と、自らの性欲的生活を客観的かつ科学的に記述していくのみである。そこにこの小説特有の諧謔があって笑える。当時の書生の習俗も垣間見られて興味深い。
鷗外の精神構造が金井のそれと同じだというならば、鷗外が『舞姫』のような、女性への慈愛の感じられない作品を著したのも、うなずけるというものだ。
文体は鷗外の美文ときた。短いが“珠玉”と称するにふさわしい優れた小説だった。
Posted by ブクログ
鴎外の若い頃の経験が、如実に認められた一作に思います。聞き馴染みのないドイツ語などが多用されており、注釈と行ったり来たりしながら読んだので少し疲れました。
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当時としては斬新だったのかな。哲学者が息子の性教育に使うため、自分の性欲への目覚めや性体験について振り返って本を書くという話。本の内容を追想する形?で話は進む。見合いを急かす母に対して「俺はあんまりカッコよくないし女側にも男を選ぶ権利はあるだろう」と母に談判するシーンが面白かった。また、流れで遊女と寝ちゃって「案外セックスって大したことないな……」と気づくシーンも良かった。「別に、やろうと思って行ったわけじゃないし……喧嘩しようと思って出かけたわけじゃないけど流れで喧嘩しちゃうことあるじゃん?あれと同じだし……」ってなんかめちゃ言い訳してるのも、お母さんに「ずいぶん遅かったわね」ってしっかり遊んできたことバレてるのも面白かった。森鴎外ってこんなおもしろ作品も書くんだなと思った。まあ英語やドイツ語はたくさん出てくるけど、なんとなく話の流れで読める感じ。
めちゃくちゃ前の作品なのに、似たような奴らでつるむから男友達同士で全員童貞のまま学校卒業する感じとかなんかすごくリアル、というか現代と大して変わらない感じがする。
最後の方で「なんだかんだ貞淑ぶってないといけない世の中だからなかなかこれを世に出すのは憚られるな〜」みたいなこと書いてるのもとても素直でよかった。これが発禁になるなんて本当に貞淑な世の中だったんだねえ。ある男の性生活、というだけで全然エロい描写とかはないし、面白く読めた。ところどころ関わった人がどうなったかまで書かれてるのがより味わい深くてよかったな。
Posted by ブクログ
そういえば読みたい登録していたなと思いだし、自分のヰタ・セクスアリス書いているなと思って参考がてら読んだ。面白かったし長くないのでするする読めました。大胆な性欲描写が問題となり…とウィキペディアに書いてあるものの、その後に「もっとも、実際に性行為が直接描写されていることは無く、この処分は当時軍医総監という立場にあった森鷗外に対する非難を受けての対応であったともいわれる」という方がまだ理解できる笑。全然これで発禁処分になってたら驚きもいいところだよ…アニーエルノーとか、ミランクンデラとか失神ものだなって思いました。笑
この時代の男女の距離感がこういうところがあったんだろうなと思うと、風俗史をみているようで面白かった。日本人らしい気もするなとか思いました。飼い慣らせる性欲
Posted by ブクログ
森鴎外らしい小説だが、その中でもチャレンジな作品だったと思う。
明治の近代文学は、まさに動的な時代でもあり、森鴎外もその作風の変遷があるし、それが偉大な作家といわれる所以である。
近代が、個人を見出す時代であるとすれば、特に西欧の哲学も学んでいた鴎外からすると、性を科学的に取り上げることは、ひとつの大きなテーマでもあったのだろう。
主人公が哲学を学んでいる設定としているところも、その意図がより感じられる。(フロイトとか)
鴎外の特徴が、登場人物を、少し離れた場所から、描写するところ。登場人物が、映像のように現れる効果。
詰まり、傍観者的に観ているからこそ、その効果が出てくるのかもしれない。
トーンとしては、理性が欲を律する、ということ。
これが何を意味するのか。
自然派に対する批判なのか。
鴎外の小説の特徴は、”はっきり書かない”、ところ。
それ故に読者が様々な判断を楽しむことができる。
性を通じて、当時の社会風景が読み取れるところも面白い。
男色については、江戸期も含めて、歴史的にみれば、珍しいことではない。
却って、江戸以前の方が、性に対して、オープンで、近代、西欧化が進むことで、それがタブー視されるようになったのではないか。
Posted by ブクログ
こじらせて性生活がなんか上手くいかん男
自伝体の小説
これが発禁になる世の中むしろ気になるが
私が拾いきれてないだけなのか?
よくわからんが文章は最高
きんとん食ってるシーンが好き
Posted by ブクログ
小さい頃に感じた春画や周りの大人子供たちに関する違和感が成長するにつれ確信に変わっていくことが、私自身も似たような経験があるのでとても共感できました。個人的には、寄宿舎の生活で硬派の逸見が金井を狙うところのシーンの描写に緊迫感があってハラハラさせられました。森鴎外の著書は、高校の時に「舞姫」を少しかじった程度だったので、その時にも感じてはいたのですが、やや読みにくいと感じてしまいました。
Posted by ブクログ
私自身が十代の終わりを迎えようとして、自分の性のあり方について考えている時に偶然この本を読み始めました。
この中で書かれている価値観のうちのひとつ、「恋愛と性が結びついていない」というものは私が自身に対して思っていたことと同じでした。
なので、男女の差や時代の差はありながらも、共感して読むことができました。
自分と近い価値観を持ちながら年齢的に私よりも大人になっていった金井の姿は、私の中にちいさな不安を残していきました。
私が将来、恋愛と性を結び付けられないまま大人になり、そしてどちらかを経験してしまったらどうなってしまうのだろうか、という将来への不安が出来てしまいましたが、将来のことを考えるきっかけになる作品だなと思いました。
Posted by ブクログ
実際は新潮文庫版でなく学研から出版されている全集もので読んだ。
森鷗外といえば『舞姫』のような堅牢な文章を操るイメージがあったが、『ウィタセクスアリス』においてはかなり平易な文体で書かれている。内容は草食系男子の性にまつわる体験に関するものだ。性にまつわる体験といいつつ、露骨なものに関しては匂わせつつもほぼ描かれないので安心して読める。
作中で「硬派」と「軟派」の2派が登場するが、読んでいるとどうも「硬派」というのがホモセックス野郎のことを意味しているようでド肝を抜かれた。寄宿舎生活の中で年少者は硬派の先輩の餌食になる。主人公が短刀を持って硬派の先輩から逃げ回り、アヌスの貞操を死守する場面がちょこちょこ登場するが、これが鷗外の自伝的性質を帯びた作品であることを踏まえると、男性読者なら当時の寄宿舎生活の凄絶さに恐怖を禁じ得ないはずだ。尻穴を狙う硬派から命からがら逃げ回る、そう、これはほとんど「ウォーキング・デッド」の世界なのだ。
ところで「金井湛君は哲学が職業である。」という書き出しは端的で内容にスッと入れるいい書き出しだ。「石炭をば早や積み果てつ。」に並ぶぐらいのいい書き出しだと思う。
Posted by ブクログ
大学で哲学を教える男の、性欲的側面から見た自伝的小説。解説を読むと分かるが、この男は鷗外自身に重ねられており、実質的に鷗外の自伝のようになっている。
性欲的側面といっても、生々しいところはまったくなく、ほとんど受け身的に見聞きし体験したことばかりである。鷗外も同じように奥手だったのだろうか。
本書そのものが自伝なのではなく、本書の中で主人公が自伝を書くというメタ的な構造になっている。しかも、主人公は最後にこの自伝をお蔵入りさせる。主人公はお蔵入りさせたが、鷗外は出版しているというところがなんとなく面白い。
Posted by ブクログ
哲学の先生である金井が自分の性欲の歴史を書く、というお話。性への目覚めや性欲の萌芽、初体験などを冷静に見つめ考え、淡々と描いている。それには現代の人々となんら変わらないような体験もあれば、明治の性風俗ならではの体験もあり、とても興味深かった。特に、軟派と硬派に分かれていた話や男色の話が私には馴染みのない新鮮さがあり、面白い。
Posted by ブクログ
【本の内容】
哲学講師の金井湛君は、かねがね何か人の書かない事を書こうと思っていたが、ある日自分の性欲の歴史を書いてみようと思いたつ。
六歳の時に見た絵草紙の話に始り、寄宿舎で上級生を避け、窓の外へ逃げた話、硬派の古賀、美男の児島と結んだ三角同盟から、はじめて吉原に行った事まで科学者的な冷静さで淡々と描かれた自伝体小説であり掲載誌スバルは発禁となって世論をわかせた。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
Posted by ブクログ
愛とか性欲とか自然主義とかは、よく分からないから、この本に対して、たいした感想は書けないけど、気になることが一つ。 この時代の十代は、酒や煙草を飲んでも罪にならないのか?
Posted by ブクログ
めちゃくちゃ鴎外やな〜〜という文ですがやはり私はそこまで得意ではありませんでした。整えられすぎて少し作者に距離を感じるからでしょうか。
短い話がたくさんあるような構成なので鴎外の文体が好きな方はとても楽しめると思います。ひたすら鴎外文がたくさん集められた作品な気がします。内容はないようです多分。
Posted by ブクログ
哲学講師である金井湛による、己の性欲史。六歳のときに目にした絵草紙の記憶から、ドイツへの洋行が決まり筆を置く二十一歳まで、性とどのように接触してきたかが綴られていて、ずいぶん奥深い一冊だった(なんと注釈だけで50ページに及ぶ)。
本書が文芸誌『昴』に掲載された当時は、ポルノグラフィーとして読まれたがために発禁になったというのだから驚きである。
けれど、子どもの性への芽生えや、思春期の性への好奇心って、昔も今もそんなに変わらないものなのかもしれない、などと思った。
〈世間の人は性欲の虎を放し飼にして、どうかすると、その背に騎って、滅亡の谷に墜ちる。自分は性欲の虎を馴らして抑えている。〉
〈只馴らしてあるだけで、虎の怖るべき威は衰えてはいないのである。〉
性欲の歴史だけじゃなくて、その考察も面白かった。
Posted by ブクログ
難しすぎてよくわからんかった。
自分の性欲の歴史?についての小説らしいけど所々英語が入ったり難しい表現が使われたりとほんっと何も見えてこなかった。めっちゃ悔しい。
だけど性欲を客観的にというか少し離れた位置にあるものみたいな見方をしているのは少し共感できる。自分も性欲を感じる時、自分ではない別の何かに無理矢理動かされる不快感みたいなのをたまに感じる。に主人公の場合は早くに知りすぎたから自分には制欲の成長がないみたいな表現があったけど、それはまわりも影響してるんじゃないか?と思った。
性欲に突き動かされ破滅もしくはうまくいかない人の未来を度々挟み込んでたのも何かよくわからないし、もしかしたらそこに著者のそうなって欲しいという望みでもあんのかな?と少し思った。
Posted by ブクログ
主人公の金井君の、どこか不器用な人物像に思わずクスッとしてしまった。これは哲学者として名を馳せるようになった金井君が、自伝的に自身の性の目覚めやこれまでの経緯(主に学生時代)について振り返る形で始まる物語。彼の性の自覚は比較的早く、男女の性差に興味を持った幼少期には悪知恵を働かせて、近所の女の子に着物を捲らせて下半身を覗き見る行動に出ている。しかしそのように頭が回ったかと思えば、外語学校に入学し寄宿舎に身を寄せると、自身に好意を抱く男色家の先輩の手管に見事引っ掛かり、危うく貞操の危機に瀕していたりもする。このエリートなんだか、ポンコツなんだか分からないブレ幅のあるキャラクターが良い。
金井君は実際学業も優秀なのだが、性には酷く鈍感なところがあるらしい。堅物、と呼んでもいいかもしれない。年頃の男子達が集まる寄宿舎、先輩と後輩同士で惚れた腫れたの色恋沙汰が起きていても、金井君は基本無関心だ。「そういうことがあるらしい。僕には理解できないが」というように、我々読者に淡々と報告してくる。
なお、その鈍感さは先に述べた学生時代のエピソードもそうだが、ある程度大人になっても発揮されてしまう。とある依頼で新聞に原稿を寄稿した金井君は、その打ち上げの席でなんとハメられ、行くつもりもなかった遊郭に強制連行されてしまう。元々は終了次第、お母さんの待つ自宅にきちんと直帰する予定だったが、それが叶わなくなってしまったのだ。あれよあれよと部屋に上げられ、段取りが整い、目の前に女性が現れる。ここまできて「帰ります!」なんて言えない。そこで金井君は、覚悟を決めて布団に横たわる。「別にその場に流されたわけではない。僕も少し興味はあったのだ」と若干カッコつけながら。
そんな突発的に起きた童貞喪失トラブルの後、自宅でお母さんに「遅かったじゃないの」と出迎えられた金井君が、後ろめたさを感じているのがまた面白い。その後冷静になって「性病にかかってはいないか」と心配する様も。金井君、なんとも愛すべきこじらせ主人公だ。
また金井君はどうやら自身の容姿にコンプレックスを持っているようで、金井君の友人には数名の美少年や美青年が登場するのだが、金井君は彼らの説明をする度、自身の容姿を引き合いに出し、どこか自嘲的になる節がある。
金井君にとって恋愛や性愛というものは、自身とは別の世界線で起きていることのように思っているようで、これがそうした「隙」に繋がるのかもしれない。
熱心な読書家でもある金井君は学生時代に様々な本を読み漁る。しかし恋愛をテーマにした小説に関しては「これは容姿端麗な男女によって紡がれる、夢のような世界の話なのだ(よって、女性に好かれる姿形をしていない自身に縁はない)」と結論付けている。このように、自分への自信のなさから異性との交流、あるいは恋愛に対しても消極的になってしまう人は現代にもいるような気がする。
当時掲載された雑誌は発禁処分となったようだが、正直言って内容はそんなにエロくはない。馴染みのないドイツ語が文中に頻繁に入り混じるために注釈がないと読みにくいのが難点だが、これはエリート金井君の視点で書かれる物語なので致し方ない。(余談だが、ドイツ語にするとどんな下ネタ用語もやたら格好良く聞こえる。幼少期の金井君がワクワクして辞書を捲っていた気持ちがなんとなく分かってしまう。)金井君という、愛すべきこじらせ男子の"青春"を温かく見守ってあげよう。
Posted by ブクログ
「性的」なものを書く小説は多いけれど、「性欲的」な生活を書く小説は、たしかにあまりなかったような気がする。それが時系列に淡々と語られているからなお不思議な感じがした。
Posted by ブクログ
昭和53年10月30日 46版 再読(全く覚えて無かった。)
1909年 明治42年 発表
哲学講師の主人公が、自身の性欲の歴史をを、幼児期の体験から、淡々と語る。
最初は、発禁処分を受けた作品のようですが、文学的で内容も鴎外が発表できる程度です。
まあ、どんな文豪も経験の蓄積は重要ですよね。ちょっと、ドキドキなところは、学生寮のお話。可愛い男子は、いろいろ大変ですね。腐女子必見。
Posted by ブクログ
ヰタって何て読むんだろう?から手に取った。正解はウィタ。
アリスも可愛らしいと思ったが、日本語訳はファンタジーの欠片もない「性欲的生活」でした。
鴎外の分身とも言える金井湛くんの性欲との出会いとお付き合いが朴訥と、時にユーモアも交えて書かれている。
文章にはリズムと美学があって、あぁ文芸に触れているという感じ。
これは心地良くて病みつきになる類のもの。
当時は漢詩が身近だったから、文章のリズム感に優れているんだろうなぁ。
坂の上の雲の時にも書いた気がするが、明治の人たちの勉強熱心で自身の哲学を持っている生き様が格好良い。
貧富の差や女性差別の上に築かれた上澄みの部分しか見えていないが、
若者が日本社会と自分の立ち位置を踏まえた上で、世界を見据えている溌剌とした感じが良いなぁ。
題材としては、誰がどう性に目覚めようがそれほど興味はなかったが、
程よい自虐のスパイスが効いた森鴎外史と、当時の日本が垣間見れたのは面白かった。
Posted by ブクログ
古典的な文章は得意じゃないけど
教養として読んでおこうと思って手をつけた。
何の予備知識もなく読み始めたから、始まりの
「性欲的生活について書き記してみよう」で
そういう感じの内容か〜と覚悟したけども
ハッキリした描写は一切無く、
欲にありつける環境に身を置かれながらも
頑なな態度を見せる金井君の心情を楽しめた。
文章にドイツ語が頻出するのも独特。
最後の VITA SEXUALIS 表記は
「だからこのタイトルなのか〜」と納得して
スッキリした。
個人的には、最後の高橋氏の解説にもあった、
児島君のきんとんのくだりが
一番印象に残っているし好き。
Posted by ブクログ
当時、発禁処分になったとのことだが、理由が分からないくらい、性的描写はない本。
森鴎外が、当時流行りだしていた自然主義に対して、賛同?意義?、とにかく挑んでみた作品。
主人公は、森鴎外の諱の一文字を名前に持つ金井澹(しずか)。哲学者を生業として、教鞭をとっているが、ある日、夏目漱石やら自然主義の台頭をきっかけに、自分もこれまでのこしかたを振り返って、自らの性的エポックメイキングな出来事を綴り、芽生えなかった性的欲求の芽生えを探ろうと試みる。
鴎外自身が医者だったからか、さっぱりと描かれており、いやらしい感じはしない。実在のモデルが人でも学校でもすべて存在し、鴎外の人生と重なるので、どこまでが、フィクションなのか気になってしまう作品。
作品の中で、金井が成長、学習する過程で興味を持った書籍やら思考などが紹介されるので、文学史的知的欲求も満たされるし、主人公の澹の考えを通して、鴎外の?思考の流れが分かるようで興味深く、決して性的なだけの著作ではない。
知らなかったのだけれど、その福沢諭吉の学問にたしての姿勢は功利的だったらしい。当時は、その考えが蔓延しており、その中でも澹は「学問の為めに学問をする」という考えの持ち主である。その考えにも共感したし、お見合いをさせられた相手に対して、文句のない相手だし、嫌いではない。だけど、その相手の様な娘は他にもたくさんいて、この娘でなければならない理由がなく、どう決断していいのか悩むところに、主人公の意外な正直さを感じて、共感した。
Posted by ブクログ
自分の性欲の歴史を淡々と、客観的に、時には自分への考察を入れながら振り返っている。そして最後に残ったのは、自分は人生の早い段階で”わかってしまった”故に情熱を失ってしまったのではという悲しい推測。
性欲を抑えられなかった為に退学落第していく中で、自分は順調に進んできたが、どこか冷めているのはそのせいなのかもしれないと。児島もそうなのだろうか。
Posted by ブクログ
金井という大学講師を通して作者たる森鴎外の半生を追っていく作品かと思いきや、微妙に年代がズレるだけに止まらず段々と創作部分が大半を占めていく。
どこまでが半生でどこまでが創造なのか。注釈からなんとなく判断出来るが読んでいてクラクラした。自伝体小説だけあって現実と虚構が非常に曖昧でした。
Posted by ブクログ
文豪としては珍しく、性について書いてある本です。
当時の性への考え方、社会状況が分かる本です。
当時はデリケートな内容のため発禁になったようだ。
Posted by ブクログ
ある男の少年から大人になるまでの、「性について思ったこと雑記帳」。
これを掲載したことで発禁処分になったなんて、明治の世は、厳しかったんだなぁとつくづく思う。
直裁な表現はないけれど、漂い漏れてくる当時の様子は、性に対して大らかな感じがするのに。
今よりずうっと、“秘め事“だったんだなぁ。
Posted by ブクログ
これは、雰囲気は大分似てるけど、でもやっぱり表紙が違うわー。
これもはるか昔に読んだ本の読み直し。
ヰタ・セクスアリス とは、vita sexualisで、要は、性欲的生活のこと。
なんか、ドイツ語やら英語やらを混ぜ混ぜ文章を書いているのが面白い。
舞姫と違って、全部現代語に改められて書かれていた。
元の語調が分からないのはつまらないとも少し思ったけれど(舞姫の時の感動をもう一度味わいたかった)、でも同時に、当時の人の気持ちに少しなって読むこともできたので、それはそれでよしとも思った。
(なんか、ちょっと、言葉遣いが影響を受けつつあることを自覚 笑)
自分が人生においていつ性欲を感じてきたのか。その歴史を書くのは……非常に難しいな、と。思いました。
それをこんだけつぶさに書いた「金井さん」は偉いっすょ(笑)。 ていうか、超新しい。。。
吉原の位置とか、昔のいろんな遊郭のあった位置が、意外と知らなかった場所だったりもして面白かった。あそこってそういう場所だったの!的な。