山崎ナオコーラのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
あなたのマイルールは?っていう質問が出演者にたいして投げかけられるのだけど、これが面白い。とても一般的なことを答える方もいれば、え?それってどういうこと?と答えるような内容もある。ただ、どの回答も、よくよく話を聞くと、なるほどそうか。と思う内容で、上っ面でなくきちんと腹に落としたマイルールがあることがすごいなと。
こうしたルールは最初からあるのではなくて、インタビューや内省の過程で形作られているんだろうけれど、きっと作家さんというのはそういう過程をごく自然なこととして普段からされているんだろうな感じたし、その過程と表出した事柄が、私の関心ごとなんだな。って気づけた。 -
Posted by ブクログ
題名通りの内容の本。文庫化に際して「『太陽がもったいない』を改題」と記載があるが、この文庫の題名が良い(原題のままの文庫化だったら、書店の棚にあっても、私は気づかなかったかもしれない)。
家で仕事をする小説家が、ベランダに植えている花やハーブや野菜などについてのあれこれから、ときに園芸とは関係ないあれこれを想像したりするエッセイ。「コンパニオンプランツ」(一緒に植えると相性のいい植物の組み合わせ)から“自分で決めること”について考えてみたり、江戸時代の変化朝顔に見られる「奇形を愛でる文化」から、「世間」と作家の文章力の話に飛躍したり。正直なところ、これらの個々の“考えたこと”に対する私の感想は「小説家とは、難儀な生き方だなあ」だった。
あとがきの後の「そのあとのていたらく」(文庫化の2019年に追加された文章)によれば、子どもが出来たことで園芸という趣味からは距離を置いているらしい。いつでも自在に距離を縮められたり、離れたり出来る。それが“趣味”の価値だよなあ、と思い返す。 -
Posted by ブクログ
余命という言葉で、与えられた生を生きている状態から死に向かっている状態へとストーリーが反転する。
登場人物が妻に対していろんなことを決めつけ、あからさまに無神経だと読者が感じるように描写することで、主人公にとっての正解を示唆するような場面が多々あって、それが最初嫌だったけど、主人公の目の前ではそれが真実であり正解。完全に共感はできないが、現実味がある。
当たり前のように感情がゆれうごいて周りにいらいらするけど、あとから、理屈ではこうするべきだった、こういう情動は理に適っていなかったと反省会をする。そしてまた当たり前のように心が頭に先行して反省会を繰り返すのも人間らしい。
延命治療などという言葉でコミュニケーションや状況の簡便化を図ろうとするから互いにすれ違いが生じる。言語の副作用が出ている。
dnarは、人生を諦めモードで生きます、何も抵抗せず大人しく死に向かいます、という意味ではない。
死までの残り時間を未来と呼ぶのであれば、無限ではない未来がどんな状況でも誰にでも生まれた時から死ぬその瞬間まで存在し、死を宣告される前も後もその内容は変わるはずがない
余命宣告後もただそのまま生を続けたい、その気持ちを医療者や世間相手に伝えるのがこれほど大変だということがもどかしい122-138p
妻の死についてストーリーを欲して点と点を無理やり線で結ぼうとしたり、綺麗な姿で最後を迎えられてよかったね、などと的外れなことを言ってきたりする外野に主人公が憤慨していたが、それはちょっと致し方ないよなあ
妻の考えなど誰にもわかるはずないのだから、いくら慮ろうとしても本心あてゲームみたいな感じになってしまうし、人の死という何かしらリアクションをせざるを得ない場面でそこまで厳密に妻の想いを推測しろというのも無茶な話では。ただ確率論で物語ったり、人の死の原因を知ることで自分が死から逃れられる安心材料にしようとしたりするのは、「ある人の人生がこうなった」という圧倒的100%の事実の前では無意味
妻が死んでからの距離が良かった
人生のなかで生きている時間と生きていない時間が死を境にしてあるが、その存在は常に他者との距離を持ち、近づいたり離れたりしていく。ただ刻々と過ぎていく時間の中でその距離の変化を慈しむ、そんな恋が素敵だったような気もしてくる -
Posted by ブクログ
ドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね』1話で、杉咲花が読んでいた本。
ところどころ私は作者に似ているかもしれない、と感じる部分があった。
ナオコーラさんに限らず、作者の恋人との何気ない会話やエピソードを読むのがとても好き。
私は恋人と、夏になったらとか、春になったらとか、ちょっと先の未来の話をしたことがあっただろうか。私からはとても怖くて言えない、本当は話したいのに。と、スケートリンク、というタイトルのエッセイを読みながら思った。
*可愛いね、その桃色のピアス
*私はプレパラートを作るように文章を書きたい。
*私のコンタクトレンズは特別製で、恋の終わりが見える。
*じゃあ、本当は二週間後なんだけど、早めに『誕生日おめでとう』って、言って
*クラムボンはかぷかぷわらったよ(宮沢賢治のやまなし、より。) -
Posted by ブクログ
あきらめることにより、新たな気づきを手に入れることが出来ると思えたお話しでした。
山崎ナオコーラさんの、こうなったらもっと生きやすいのではというメッセージを感じました。
近未来、望めば火星に移住も可能だなんて、夢があって行く人、或いは現実から逃げる手段としても、そういうのもいいかもと想像してしまった。
例え世の中が変わっても、家族のあり方、子育て、人間関係、自分についての悩むところは同じというところに何故か安心感。心は同じであってほしい。
自分は思っていたより大きかったのだと、あきらめる気持ちと共に持てば得られるものは大きい。
あきらめるとは、自分自身を理解して折り合いをつけること。
周囲に助けも求める。勝つことだけが良しではない。
現実的ではないのに現実に刺さった。
読後、気持ちがすっきりした。