山崎ナオコーラのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『母ではなくて、親になる』というタイトルからまず考えたのは、ジェンダーについての問題を含んでいそうだということ。母になるということはつまり世間一般にいう「お母さん」になるということ。「お母さんにはならない、私は親になるのだ」というこのタイトルには、性別的な役割の違いを限定せずに、ときには父親的に、ときには母親的に振る舞うことの意思表示だと思う。
ボクが子育てをしていてよく思うのは、母親はこうあるべきとか父親はこうあるべき、なんて時代はひと昔前に終わってるよなぁということ。
父親が子どもたちの面倒を見つつ晩御飯をつくる。その間に、母親はゆっくり友人とお酒を楽しむ時間にしたっていい。どっちがどっ -
Posted by ブクログ
「母ではなくて親になる」を読み、ナオコーラさんの性別に対する考え方がおもしろいなーと思って読んでみた。
小説家になったとたんに「女性作家」と取り沙汰され、外見をネットでたたかれて…という導入部、本が売れなくて悩む…というあたりは、エッセイで読んだナオコーラさん像と重ねあわせて読んでしまった。
だからなのか、主人公の雪村の行動が急に極端に感じてしまって、半分過ぎた頃からついて行かれなくなってしまった。
小説の雪村と、作者は別人格、小説はフィクションである、とわかってはいるんだけど。
胸の切除(乳腺の切除ではなく、乳房のほう)、ネパールへ行きエベレストを目指す…。
唐突すぎて、え?!と驚いた。
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Posted by ブクログ
ナオコーラさんの本は実は初めて読みました。
確かにタイトル通りの極端なボーイミーツガールの短編集。3編ずつ短編が3セットあり、合計9編の物語。セット感も緩く繋がっており、少し違うセットの登場人物が顔を出したりします。私はこういう演出が大好物。
それぞれの物語の冒頭に象徴的なサボテンが写真付きで紹介されています。そして、物語の中にサボテンがそっと登場する。こんなにいろんな場面や人に寄り添えるくらいサボテンって種類が多いんだなと素直に驚きです。
お気に入りは、入鹿くんと勇魚(くじら)くんの海獣兄弟の物語。兄のクジラくんは引きこもりで松田聖子の動画を漁る日々。対してイルカくんは勉強、運動どちら -
Posted by ブクログ
子育てエッセイだと思って読むと、期待を裏切られる。特に、子育ての大変さや子どものしぐさ、成長などに共感したい場合は注意(私もそうだった)。
まず、子育てが辛いと思わないということが何度も書かれていて凹む。寝かしつけや後追いなどに苦労しているような描写も少しだけあるけど、それも辛くはないらしい。
子どもの性別は子ども本人に聞かないと分からないから書かない、「男の子(女の子)らしい」服は着せないなど、固定観念に囚われたくないという考えがかなり伝わってくる。タイトルからして、世間が求めるイメージ化された「母親」ではなく、単に「親」になるのだという意思表明だ。
でも、「夫の稼ぎが少ない」「夫を養 -
Posted by ブクログ
主人公は主夫の妹子とその息子のタロウ。
妻のみどりは書店の店長をして家計を支えている。
妹子は普通ってこうだよね、って思いながらその普通から自分が外れていることも自覚している。少し後ろめたさも感じてるんだろうけど、妹子にとって「普通」に振る舞うことはとてもエネルギーがいることなんだと思う。
妻のみどりもそんな妹子を認めるわけでもなく、当然として接しているのが深い。認めるってことは、感じてる違和感をそれはそれで良しとするってことで、ふたりの間に違和感があることになる。でも実際そうじゃない。
稼ぎを出さない家事や子育て、すれ違う人との雑談だって後ろめたさを感じることじゃないってみどりは思ってる -
Posted by ブクログ
特別に人嫌いではないんだけど、誰とでも上手に合わせるってのが苦手だから、許されるもんなら専業主夫になってみたかった。地縁とかで選り好みできない付き合いはあるとして、仕事での付き合いがなけりゃあ随分と無駄?な付き合いが削れる。社交性なんて不本意なもんはそこそこに、常識的な群居性さえ備えてりゃいい。妹子は主夫であることの卑屈な思いを払えず、主夫業を時給換算してマイナス男だのヒモならぬリボンだのとうだうだ言ってるけど、まだ今の社会通念じゃそうだろうね。ま、みどりの理解があるんだし、タロウもじきに手が離れるんだから、それまででも専業主夫を貫けるってうらやましいよ。