梨木香歩のレビュー一覧
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私がプロフィール画像を小鳥(ジョウビタキ)にしているのは小鳥が好きだから。
そして、小鳥たちの中でも一番好きなのが、スズメ。
野鳥は普通飼えないのだが、このスズメは生まれてすぐに巣から落下し、脚と翅に障碍を持っていた。
自然に返せるような肢体を持っていなかったので、保護するかたちで12年も一緒に暮らすことになった。
生まれてから老衰で死ぬまでのスズメの記録なんて今後出会うことはないだろう。
本編は150ページと短い。
本編が終わって原書の解説がある。
さらに梨木果歩さんの訳者あとがきに続いて、小川洋子さんの解説があった。
これらの解説だけで40頁もあり、本書の要約にもなっている。
人間にはイヌやネコと出会い一緒に暮らす人生と、出会わない人生がある。
小鳥と暮らす人生もあるだろうが、スズメと暮らす人生はほぼない。
動物は、成長し、成熟し、充実した時期を迎えると、自分がリーダーになりたがる性質が現れる。
これは、言葉を理解し人とコミュニケーションができた有名なヨウムの"アレックス"も同じだった。
ほとんどのペットは、飼い主が「主人」だ、と思い知らされる「しつけ」を受けてリーダーにはなれない。
いつの間にかリーダーの座を獲得しているのはネコくらいだ。
このスズメの"クラレンス"は、リーダー気分を味わえた。
キップス夫人がたくましくなった"クラレンス"を「立派な一人前の男になった」と喜び、余裕しゃくしゃくで彼の要求に答えたからである。
だが主従関係を感じることはなくて、お互いに信頼し合っている関係が伝わって来る。
ヨウムの"アレックス"は気持ちを人の言葉で伝えることができたが、スズメの"クラレンス"は人との共通言語を持たなくても理解し合えている。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ沼地のある森を抜けて
先祖がぬか床を持って駆け落ちして以来、ずっと守られてきたぬか床。叔母の死をきっかけに、叔母のマンションと共にそのぬか床を継いだ主人公の物語と、ぬか床の中の酵母やら細菌やらから見た物語とが交錯しながら話が進んでいきます。
自分のアイデンティティ、命のはじまり、何故有性生殖か?、そして命は何を目指してどこにいくのか?
こういった問いが詰まった(結局結論は出ませんが)難しい話を、ある程度の難しさを残してはいますが、エンターテイメントにしてしまう著者の力量はたいしたものだなあと思います。
ぬか床が呻いたり、ぬか床の卵から人が出てきたりと幻想小説っぽいところもありますが、「家守奇譚」のようにそちらが主ではないので、さらりと現実的に描かれていて、その点も面白いなと思いました。
ちょっと残念だったのが、「おおーこの構造は、”世界の終わりとハードボイルドワンダーランド”(村上春樹)だー」とものすごく期待したのですが、2つの物語の絡み方や収斂の仕方が今ひとつだったのが、期待が大きかっただけに残念です。
もうすぐお盆なので、自らの自出やご先祖さんのことを、無い頭で考えてみている竹蔵でした。
竹蔵 -
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ひな祭りの前に『人形の家』を読んでいたころに知人から勧められ、人形やぬいぐるみと人との関係に興味が尽きないところ。
ゴッテンの人形の家 に出てくる人形たちはエミリーとシャーロットの家に暮らしていたけど、りかさんは外からやってきます。
おばあちゃんから電話で、今度のひな祭りに何が欲しい?と聞かれたようこは、リカちゃん人形が欲しいと答えます。
おばあちゃんは、
「お人形のりかちゃんなら気立てのいい子だ、雛祭りにはぴったりだ…よし。」
怪しいですよね気立てがいいとか…おばあちゃん、知ってるのかな…
で、やって来たのは半紙に『りかちゃん』と筆で書かれて古い箱に入れられた、真っ黒な髪の市松人形だったのです!
あーあーあー。と人ごとなので面白く読んでいたんですが、
このりかちゃんにもちゃんと思いがあるのです。人形の家のトチーのように、願うのとはちょっと違いますが、思いのようなものが、特定の人に伝わるのです。その夜のりかのメランコリックな感情の粒で翌朝目覚めたようこは、いつもと違う部屋の感覚、草原の朝の気持ちよさを感じて、箱に入れたままのりかちゃんを出して声をかけてみる。
おばあちゃんからのりかちゃんの説明書を読むと、ようこがりかを幸せにする責任があるという。毎朝着替えさせ、髪をとかして、箱膳をしつらえて一緒に朝夕の食事をする…など。
ある日りかちゃんからいつもと違う空気を感じ、ようこはりかちゃんと話せるようになる。ようこの家のお雛様たちがもめているのだ。
この時のようこのあまり驚かない感じもとってもおもしろい。
この家のお雛様はりっぱなものだけど、お内裏様に問題があったのです。
ここも、大河ドラマ『光る君へ』を観てる人にはおおお!ってなるエピソード。
りかちゃんからようこはりかさんと呼んでくださらない?と言われるように、とても頼りになるお人形。どうやらおばあちゃんともこうして話してきたようだ。
それからりかさんとおばあちゃんの助けをかりて、この家のお内裏様、
お友だちの登美子ちゃんの家の人形たちの問題にもりかさんがかかわってゆく。
登美子ちゃんのおじい様は相当な人形の収集家で、後半の物語では戦争中の出来事まで遡り、ようこのおばあちゃんの助けを得て人形たちを幸せにしてゆく。
怨霊とも違った、優しい人形と人とのつながりの世界が描かれます。
ようことおばあちゃんの関係がどんどん深まって素敵なものになってゆくのは
『西の魔女が死んだ』にも通ずるものがありました。
おばあちゃんは、ようこが大人のように「ちょっとはなしがあって」なんて言って、大人ぶってかわいいこと。と思っても、そういうことは口にださないセンスがある。(ようこ談)
人形に興味があるあるのかないのか、登美子ちゃんのセリフにもはっとさせられる。
人形たちが昨日と違う場所にいた時、夜中の大冒険から元の場所に戻れず落ちたふりをしている。そういうことを察してからは、人形だけでなく世の中の物はみんなふりしてるだけなのかなぁって思い始めたと言うのです。
なんと哲学的な少女たち!
ご飯はご飯のふり、わたしはわたしのふり、お母さんはおかあさんのふり…
これもまた、児童文学を超えた、大人のお人形を愛したひとたちに響く物語とおもうのです。 -
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親族から相続したのはぬか床。そのぬか床から現れるものは。久美と風野さんはぬか床の秘密を求めて「島」へと旅する。
ずっと以前に読んでいたのだけど、何か消化不良で心にひっかかっていた本。再読です。
梨木さんは、今のモノ・コトについて、その記録のページを一枚一枚めくるように思索を掘り下げていくのが得意な作家さんで、けっこうなナチュラリストでもあると思います。この本ではその科学的知識と命の進化から、生命とは何か、生命はどこから来るのか、という根源的な問いを深める作品でした。
確か前に読んだ時は「結局そこに落ち着くのか」みたいな、ちょっとしたガッカリ感を感じたのではなかったかと思いますが、まあ今回も、そこまで広げておきながら結論はそこかあ。という感想にはなりました。ただ、最後の誕生を言祝ぐ詩にはすごくグッときたのですが、これは多分このストーリー(落とし所)だったからこその効果だったんだろうなあ、と感じました。
しかし改めて読み返して感じたこととしては、梨木さんがすごく真剣に命はどこから来るのか、どこへいくのかについて向き合いながら書いたんだな、ということでした。共生説や受精になぞらえたサブストーリーなんかをみても、その思索のあしあとは迫力がありました。
同じく生命のゆくえについては「ピスタチオ」でもテーマにしていたと思うので、こちらも再読してみようと思いました。 -
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ネタバレ子どもの頃に読んで、なんだかよくわからない難しい話という印象だけがありましたが、大人になってから読み返すと色々な感情が。
章ごとに時代が現代から過去、過去から現在へ移り変わり若かりしおばあちゃんとコウコ2人の目線で物語は進んでいきます。
章ごとでの主観人物の移り変わりやおばあちゃん視点の章の昔な文章の書き方、認知症?のおばあちゃんの介護や嫁の苦労など、なるほどこれは小学生の自分にはたしかに難しすぎたな、と納得でした。
当たり前だけどおばあちゃんにも若い娘さんの頃はあったんだよなぁ、と自分の祖母に思いを馳せ、コウコと覚醒したおばあちゃんとの解釈の違いに切なさを覚えつつ最期にあのような時間を過ごせたのは一生思い出に残るだろうな、と感じました。