梨木香歩のレビュー一覧
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この2年以上、国民はリーダーの不在に流されてきた。本書の単行本が出たのは2020年7月。コロナ感染が急拡大して、国民が半ばパニックに陥っていた頃だ。その少し前の4月に政権が2枚の布マスクを全国民に配布していた時期で、新刊の棚に本書が並んでいるのを見た私は、ああ梨木さんも国に物申すのかなと思い、きちんと目を通していなかった。
今回、それが文庫版となって刊行された。ツカが出なかったのか、厚めの紙に、ゆったりとした組み方で、さらに書き下ろしが1章加えられている。それでも100ページほどの薄い本だが、内容は濃い。
読み終えた第一印象は、“あれ、思っていたのと違う”だった。私は梨木さんが、頼りない国を糾弾して、リーダーとはどういう人か、その考えを述べると思っていたのだ。だが、違った。本書の肝は、「あなたの、ほんとうのリーダーは、あなたです」に尽きる。私は無意識のうちに、自分の決定権を、誰かリーダーという他人に委ねようとしていたことに気がついた。だから、本書の内容を、タイトルを見ただけで想像してしまったのだ。
本書は、『僕は、そして僕たちはどう生きるか』文庫化の際の講演録がベースであり、年若い人たちに向けて語られているため、読みやすい。ふとした折にまた読み返してみたくなるかもしれない。 -
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ネタバレ渋い。深く味わいのある作品。
昭和初期に私が訪れた遅島は、もともとユタやノロに似た「モノミミ」のような民間信仰のある修験道の島で、寺なども多くあったが、廃仏毀釈の流れの中でモノミミはいなくなり、寺は破壊し尽くされる。その中で還俗させられた善照が「海うそ」=蜃気楼を見た場所で、私もまた海うそを見る。それと50年後に島が再開発され、元の姿を留めなくなった中で、同じ場所で海うそを見ることで、失われたものを嘆くだけの悲しみではなく、万物が移り変わってもそれはそういうものであって、あるものはある、みたいな悟りとしての海うそ、というのを感じた。
許嫁に自死され、両親を相次いで亡くした私が島で感じた色即是空。この世で生きるための足がかりのため、新しく恋をしなさいと島人は言う。全てがどうしようもなく移り変わっていく中で、あるがままを受け入れて生きていくための足がかりは永遠の愛、なんてことではなくて、実際主人公はそれほど劇的なものを妻に持っているわけではなくて、あるがままを受け入れてそこにある、ということが足がかりなのかなと思った。二つ家がただ寄り添ってそこに存在するように、次男曰く「慢性鬱」の私の隣にただ付かず離れずのポジティブな妻がいるように。 -
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ネタバレ地名に関する葉篇集
掌編ではなく~の理由が梨木さんらしくて好き
論文のように堅くなくてあくまでこうかな?そうだったらおもしろい、というスタンスなのが読みやすい。
実際にその土地に訪れたからこそわかる空気感が伝わる。行ってみたくなる。
子音+yuuの音
古代、使われていた言葉の発音は、今の日本語のようにかっちりしたものではなく、もっと風の吹く音のような、小鳥のさえずりのようなものだったのではないかと思うと、そういう言葉が飛び交う日常を想像して楽しい。
叱る声さえ、鳥の声のように流れていく、そういう日常。会議や怒号になると、大風が吹いているような感じなのだろうか。 -
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中盤から終盤までは、物語の根源風景がなかなか見えず、
少々読みあぐねたが、
文章自体はグングンと飛翔していくので、とにかく追いかけた。
終盤に「ぬか床」や「沼地」についてやっとこ入り込み、
「解き放たれてあれ」という名言に光を感じながら、
森を歩き、抜けていけた。
最終的に、自分の中でこの物語の世界観が心に定着したので安心した。
生命に問いかけ、根源を悟り、孤独と他者を知り、また始まっていく。
解説の一文
「個を超えた反復であり、同時にその場にしか生まれえないオリジナルでもある。」
のように生命の二律背反を感じつつ、時にそれを飛び越えていく物語だった。
にしても、このような物語を成立させる「言語」という機能は不思議で凄いなと感じる。人間の前頭葉のなせる技だろうか。
言語は人間から生まれたものであるならば、生命の型を持っているのだろう。
言語もそれだけでは「孤独」だから「他の言葉」を探し繋げ、
意味という膜、ウォールを作り、
他者に伝えていくのだろう。 -
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いい本を読んだなあ…と思った。
著者とその周りの人々の交流とかその景色が、外国の小説を読んでいるようで、エッセイという感じがしなかった。
その一方で、人が何かを考えている時、こういう風にするすると思考って流れていくよなあ…と思えるような、頭の中を覗いたような文章だった。
「理解はできないが受け容れる」ことって、理想ではあるけど体現するのは難しいことだと漠然と思っていた。
けどウェスト夫人のような人がいると知れて、人との交流は新しい価値観をもたらすものだと思ったし、人との交流をもっと広げていきたいと思った。
外国の風景も魅力的だった。この本自体が、英国の田園風景を想像させるような雰囲気を持っていると感じた。
2025/3/16 再読
外国に行って人種や文化の違い、経験の違い、信仰するものの違いを避けず、受け止めて考えていく経験が、自分にはないと感じた。 -
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旅に出られない日々に、こんな一冊もいい。
筆者が旅した土地とその名まえに引き寄せられた思いを書き綴ったエッセイだ。
旧街道の宿場、岬、島、峠。
国境、湖川の側の地名。沖縄やアイヌ語由来の地名。
心がざわつく地名なんていうくくりもある。
土地を訪ね、人々の暮らしを垣間見、時に歴史をさかのぼって調べる。
そんな営みを繰り返すエッセイだ。
取り上げられる土地は、知っている場所もあるし、全く知らないところもある。
なのに、この本を読んでいると、なぜか懐かしい気持ちになってくる。
私の生まれて3歳までを過ごした家も、旧街道の小さな宿場町であったせいだろうか?
谷戸と迫、そして熊。
いずれも地形に由来する名前だそうだ。
土地の様子がわかる地名がなくなっていくのは、確かに残念だ。
昔からの呼び声を聞き取ろうとする梨木さんの姿勢は、文章の引用方法にも見て取れる。
岡本かの子の『東海道五十三次』(そんな作品があったことも知らなかった…)を引用する際、旧仮名遣いはもちろんのこと、旧漢字で引用していた。
つい先だって、高島俊男さんの本で、新字がまったく意味の違う複数の漢字を一つにしてしまい、混乱させたことを繰り返し批判していたのを思い出した。 -
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ネタバレりかさん、の主人公のようこが大人になった蓉子としての新たな物語。
祖母が亡くなって、かつて祖母が住んでいた家を下宿にすることになり集まった若い女性たち。
孫の蓉子は染色、アメリカ人のマーガレットは鍼灸師を目指し、紀久は機を織り、与希子は機と図案の研究。
4人とも手仕事を共通にしながらの共同生活。
蓉子の大切な市松人形のりかさんは
祖母の喪にふしたまま、ひっそりとしたままだった。
4人で協力しながらの生活
紀久の故郷で墓の中から見つかったりかさんそっくりの人形。
それを辿っていく中でわかる与希子の家系と遠い親戚だったという事実。
紀久が必死に書いた機織りの原稿を大学教授に横取りされそうになる騒動。
マーガレットが身籠った子供、その相手の神崎が滞在しているトルコ、クルド人のこと。
4人の手仕事が集結した作品をお披露目した日。
与希子の余命僅かの父のタバコの火によって燃えていったりかさんの最後。
書ききれないほどの話の内容の濃厚さ。
りかさんの最後、ありがとうだ。 -
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「ヤービ」という、架空の動物の生態と、マッドガイド・ウォーターの岸辺に棲む、実在する鳥や虫、動物や植物の生き生きとした姿を、見事に同居させながら、薫り高い自然の息吹をも感じさせてくれる、この作品は、さながら、ファンタジーを塗した、「センス・オブ・ワンダー」といったところでしょうか。
それから、小沢さかえさんの画ですが、以前に読んだ「チャーちゃん」とは、全く異なる感じなのが、また印象的で、「チャーちゃん」の哀愁を感じさせる幻想的な美しさに対して、ヤービの画には現実感があり、架空の動物に血肉を与えたような、自然な佇まいには違和感がなく、実在するかのようです。
そんなファンタジー要素を含んだ世界であるのに、現実感の強い本書を読みながら、私自身もマッドガイド・ウォーターの、たそがれ川のボートの上にいて、ヤービとともに、クジャクチョウを眺めたり、湿原の冷たくて気持ちよい風を感じたりと、自然の素晴らしさを追体験しているようで、なんて素敵で心地好い場所なんでしょう。
ただ、そんな場所にも、人間の環境破壊を思わせる描写があることには、胸が痛む思いがしましたが、もしかすると、読者がヤービの暮らしを見ることで、自然保護の大切さを考えるきっかけになるのかもしれませんね。
そうした思いから、是非、多くの子供たちに読んで欲しいです(児童書なんですけど、内容的にはやや渋く、大人も楽しめるのは、梨木香歩さんがこの作品を、「永遠の子どもたちに」 捧げていることからも窺える)。 -
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旭川で買った『炉辺の風おと』(梨木香歩著:毎日新聞出版)をじっくり読む。読む量が一日10頁に満たなかったのは家事の隙間で開くからだが、「器用でもなく、意識をある深さに集中させる職人的な姿勢」(本書あとがき)で作られた文書を味わいたいからだ。『西の魔女が死んだ』の作者が、「人生の終焉近くなって、結局何がしたかったのかと問われれば『山の深みに届いた生活』と、心の中であこがれを込め、呟くだろう」と、八ヶ岳で山小屋暮らしを始めたことを「そうなんだ」と思って読んだ。
立ち止まるのは『言葉』について言及しているところだ。言葉への強い信頼と軽んじる者への痛烈な批判は、根本的な人間らしさを吟味する切れ味がある。山小屋暮らしの「もの」や「自然」にしても情緒的感傷から遠く、「他の誰でも無い、自分の生を生きていく」という姿勢で引き受けている。『家守奇譚』が良かったから続編の『冬虫夏草』も読み始めた。『僕は、そして僕たちはどう生きるか』も読んだらいいですよとママヨさんが言っていた。言葉は世界を分かりやすく楽しくしてくれると思って読んだ。
著者は必要最小限しか家族を語らない。どういう人生を歩まれたのかわからない。還暦直後の一人住まいの山小屋暮らしは想像するだけで孤独に思うが、それを人生でやっと獲得した豊かさと考える著者。こうした暮らしから発せられる言葉は聴くに値すると波風氏は思う。読み終えてから、また暮らしを大事にしている女性の発言者の随筆を手に取った。(続く)