吉田篤弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「さて、人はなぜ物語を読むのでしょう?」
「誰かが物語を書いたから」
「さて、人はなぜ物語を書くのでしょう?」
「誰かが書いた物語を読んだから」
吉田篤弘さんは子供の頃、学校の図書室の本を読み、物語を書く人になりたいと思った。
子供の頃は物語に答えを求めたことはなかった。
物語はいつも途中から始まって、途中で終わる。
本のページは終わるけど、物語はこの後も続いていくと思っていたそうだ。
吉田篤弘さんが書く物語は、突然終わることが多い。
だが、ときどき以前に何処かで読んだ物語の続きになっていることがある。
本書も「中庭のオレンジ」の物語が最初と中盤と最後に登場する。
オレンジ以外でしばしば登場するのが「おいしいコーヒー」と「右手と左手」
人と人が向き合い、対立の姿勢を取っている時は「右手と左手は握手ができない」
と言っておいて、最後は同じ一本の木を見ながら並び立ち、右手と左手が結ばれるシーンで物語が終わる。
この物語の問いかけや答えは明瞭ではなく、ぼんやりしている。
何だかよく分からないが、それでいいみたいだ。 -
Posted by ブクログ
読書会のヒントを探している時に手に取ったのが、岸本佐知子さん、三浦しをんさん、吉田篤弘さん、吉田浩美さんによる『『罪と罰』を読まない』です。
ドストエフスキー『罪と罰』を「実は読んでいない」ことで意気投合した4人が、「読まないで読む会」を発案したことから始まる対談集。
この企画の素晴らしさは、マイナスを遊びに変える視点と、それを本気で遊ぶ大人たちの遊戯性に満ちているところ。
特に三浦しをんさんの活躍がすごい。小説家だけあって、深読みは鋭く、博識だし、勝手に物語をポンポン創作してしまう様子がとても爽快です。
テンポの良い知的な読書会を舞台袖からのぞくような面白さがあり、「こういう大人たち好きだなぁ」とニヤニヤしながら読んだ一冊でした -
Posted by ブクログ
ネタバレ〈螺旋プロジェクト〉の一冊。
〈螺旋プロジェクト〉とは
「共通のルールを決めて、原始から未来までの歴史物語をみんなでいっせいに書きませんか?」伊坂幸太郎の呼びかけで始まった8作家=朝井リョウ、伊坂幸太郎、大森兄弟、薬丸岳、吉田篤弘、天野純希、乾ルカ、澤田瞳子による前代未聞の競作企画である。
ルール1 「海族」vs.「山族」の対立を描く
ルール2 共通のキャラクターを登場させる
ルール3 共通シーンや象徴モチーフを出す
(中央公論新社HPより)
私はクラフトエヴィング商會も吉田篤弘も、その作品は大好きだということを先に明言したうえで、この作品には全くハマらなかったと言わねばならない。
細かなディテールにも手を抜かない、精密な作品作りが彼の特徴であると思っていたのに、この作品は必要な時に箱から出して、出番が終わると箱に戻される人形の芝居のような嘘くさいような薄っぺらいような違和感がずっとあった。
後半、それは作者の思惑のうちだとはわかったが(そもそも登場人物の一人は元腹話術師である)、それでも面白さは微塵も感じられなかった。
まず、伊坂幸太郎に引っ張られ過ぎたのではないかと思う。
大勢の登場人物が、ぶつ切りのシーンの中で縦横無尽に動き回るのは伊坂幸太郎の得意パターンであり、吉田篤弘は、周辺部分を丁寧に書き込むことによって登場人物が浮かび上がってくるような作風と思うので、どうにも文体が馴染んでいないような気がする。
そしてキモとなるのが『ゴールデン・スランバー』だよ。
そこまで伊坂幸太郎気にしなくていいのに。
私は突拍子もない設定というのが割と好きだ。
なので、壁で分断された東京というのも、もっとうまく世界に溶け込んでいれば、受け入れるにやぶさかではない。
けれど、舞台が2095年、今からたった70年後に、ここまで東京が荒廃しているのに、壁を作った理由をもうみんな忘れているというのは信じがたい。
そもそも東京23区だけの問題なのだ、壁は。
じゃあ埼玉なり神奈川を経由すれば、交流が途絶えるわけがない。
加速度的に進歩する機械文明に人間は追いつくことができない、というので科学の発展を止める…どころかある程度後退させる〈レイドバック〉が施行された、という設定なのだが。
それが東京だけのことなのか、日本全体のことなのか、世界中の国が「いっせーのせ」で施行したのかは明らかではない。
〈レイドバック〉という概念が政策として浮上する時間、政策として一般市民に浸透させる期間、実行から実効までにかかる期間、を考えると、とても2095年では無理だ。
突拍子もない設定はいいのよ。
その世界で破綻さえしていなければ。
でもこれは、破綻してるでしょう?
全人類が、「いっせーのせ」で手放せるのなら手放したい核兵器でさえ手放せないのに、便利このうえない機械と情報を手放せるか?
だれが責任を取る?
システムを手放すための、壁を建設するための、金と人手はどうやって作った?
読めば読むほど疑問が頭を駆け巡り、目は文字の上をただ滑っていく。
残念。
余談だけれど、私はサルを、脳内で妻夫木聡でイメージしていた。
マコトもキングもいないけど、舞台は池袋じゃないけど。
だから、『もうひとつのエピローグ』でのサルの扱いに衝撃を押さえることができない。
慟哭。