吉田篤弘のレビュー一覧
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過去の自分を認識して受け止めて、前に進めさせてくれる物語。
吉田篤弘さんの本は2冊目。電球交換士で心を奪われ、他のも読んでみたくなった。
結果、ものすごく良かった!個人的に良い本というのは情景や人物が勝手に思い浮かぶ本。頭の中で映像のように動き、その成行きに目を奪われる。
そして読み終わったあとに少し現実の世界がどこか変わったような感覚になる。
まさにそんな印象を受けた本だった。
あとがきに書いてあったが、実は本書は3部作のうちラストらしい。これだけで十分面白かったのに…!
これは他の2冊も読まなければ。
はぁ。久しぶりにいい読書をした。 -
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どの短編も時間は、ほぼ午前一時の出来事。
深夜に起きる出来事は、いつもの吉田篤弘さんの世界だなと思い、楽しみながらの読書でした。
タクシー会社〈ブラックバード〉の松井が乗せたミツキの探し物から、どんどん人が繋がっていきました。
読者の私が好きなのは、古道具屋〈イバラギ〉の店主。品物の名前の付け方で、物の見方が変わるというのが面白かったです。
あとがきによると、連作短編のようでいて、実は吉田さんの頭のなかにある10冊の本が交差点のように交わったもの、だそうです。読めば読むほど全体が繋がってきて、最後にはいい方向に皆が向かっている感じがしてきました。
日常から離れて、この本の世界に入り込む -
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地方ラジオ「サイレント・ラジオ」を受け持っている曽我。ある時、彼自身とよく似ている肖像画を見たというメールが届く。自身が17歳の時に、一人の女性に描かれた記憶がふとよみがえった。一つのパーツからスルスルと人のつながりが広がっていく。派手さはない。けれど一人の夜に求めていたのは、こういう物語だったのかもしれない。
<感電>
17歳の曽我を書いた女性、多々さんが恐れた「感電」にすごく共感を覚えた。彼女は「感動」を「感電」と表現する。「感動することに戸惑いを覚える」「うっかり、感電してしまいそうになると慌てて席を立って続きを見ないこともある」「むやみに心を動かされたくないでしょう?」このフレーズを読 -
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吉田篤弘さんにはいつも関心させられます。大袈裟ではなく、本当に読んでいて声が出そうになります。本の世界へ戻りたい。
本作『エデンの裏庭』では「メインストーリー」とそれを書くに至らしめた児童文学を吉田マジックで味付けされたものが四編、そして各作品ごとに「物語の舞台袖」なる項目(作品の前後を著者の目線で解説するパート)が用意され、最後に「あとがき」の4パートに分かれています。一つの小説に4つの独立しパートを登場させ上手い具合に混ざり合わせていること自体、ある意味発明です。
そして毎度のことながら本作もクラフト・エヴィング商會さんの装丁家としての手仕事が極まっております。文字のレイアウト、スピン -
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この心地よさ。言葉の迷路をくぐり抜けてきた爽快感。吉田さんの作品には不思議な魅力を感じます。
『不思議の国のアリス』
『ガリヴァー旅行記』
『星の王子さま』
『モモ』
読者の私が子どもの頃に出会った4つの物語。その〈物語の舞台袖〉を吉田篤弘さんが書いてくれました。物語の前にも後にも物語は続くと考えると、永遠に物語は終わらないなんて壮大です。物語の空白が書かれた舞台袖の創作作品は、どれもなるほどねと思わせてくれる楽しい作品でした。吉田さんの原点も知ることができました。
舞台袖の創作作品のあとには〈舞台袖からの報告〉。吉田さんと作品たちとの不思議な繋がりを感じることもできました。
そして〈エ -
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吉田篤弘先生の本はもったいなくて大事に温めて静かに穏やかにひっそりと読むのが常です。この本もまたそうやって今私の手元にあるのですが、これまでのストーリーを編まれた本と構成が違っています。「アリス」「ガリバー」「星の王子さま」「モモ」にまた違った色合いのスポットライトが当てられているステージの舞台袖で篤弘先生が自分を語り、思いを示してくださる。なんと生の先生の声が聞こえてきそうなほど!
そして第2部、「エデンの庭」初めてお目にかかるのによく知っている人たちの登場するおはなし。
あとがきを読んでまた、ため息。
なんと素敵な時間を持つことができたのか、しみじみと余韻に浸ってます。 -
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隅から隅まで面白かった。「“読む”は読む前から始まっている」という考えは、私もぼんやりと思っていたことではあるが、この四人のおかげで私の罪と罰読書も、読んでないけど始まったぞ!と感じた。
四人の自由で対等な雰囲気がまたとても良かった。罪と罰を読んでない者同士で話すという企画なんだから対等なのは当然だが、誰かの持っていた文学や歴史の知識がヒントになるときも、ガイド役の学者先生的な人の授ける解説を拝聴するみたいな空気は一切なく、プロ作家としての作劇的勘で何かを言い当てようとするときも、「ここできっと二人の対話が八十ページ続くんですよ」とか「結婚式で繰り広げられる七日七晩にわたるロシアの宴の描写