久しぶりに吉田作品へと帰ってきた。
クラフトエヴィング商會の装丁も大好き。
目次から楽しめる。
(途中にキーパッドの数字並びがあるのは何故なんだろう…)
表紙を眺め、開き、目次を捲り、本編に入る頃にはもう、読者は深夜の気分になっているから不思議だ。
目次のあちこちに居るカラスも、作品内に登場する。(
...続きを読むこちらはちょっぴり怖い)
やっぱり吉田ワールドに登場するネーミングが好きだ。
"調達屋"であるミツキや、松井のタクシー"ブラックバード"、片時町にある"食堂よつかど"…。
(そうか、ブラックバードの松井さんを呼ぶ時に電話をかける。だから目次にキーパッドの数字並びが忍ばせてあったんだね)と、20ページ辺りで気付く。
やっぱり隅から隅まで楽しい作品だ。
「びわ泥棒よ」
吉田さんの手にかかると、何でもない一言がこんなに魅力的に響くのは何故だろう。
他に沢山の心惹かれるフレーズが。
「…「言葉が重なる」という現象がたびたび起こる」であるとか、
「この街の人々は、自分たちが思っているより、はるかにさまざまなところ、さまざまな場面で誰かとすれ違っている」であるとか、
「コーラって、あんなに黒い飲み物だったかしらね」であるとか、
「何らかの目的にしたがってつくられたものーーとりわけ人間がつくる「道具」と呼ばれるものはあらかたそうなのだがーーそうしたものは壊れたときに、ようやく人間に従事することから解放されて、はじめて自由になる」であるとか。
最後の文章は古道具屋イバラギの持論なのだけど、便利を求めすぎた人間(勿論、私も含めてだが)への細やかな抵抗のように思われて、何故か気分が良くなった。
そんな彼の店の"客は減りゆく一方"らしい。
だが、なんといってもピーナッツ・クラッシャー大、中、小。(いや、ただのラジオペンチ)
そして小さな奇跡が起こる、"羽の降る夜"。
なんだそれ?と思われた方は是非本作を手に取ってみて下さいませ。
それから、"夜"や"映画館"などの、吉田さんのいつものキーワードも登場する。
いつもといえば、今回の食に関するキーワードは"ハムエッグ定食"と"コークハイ"だ。
キーワードというよりアイテムと言った方が、自分の中ではしっくりくる。
吉田さんが持つ幾つものアイテムの数々。
その中の幾つかが、いつも作中に登場する。
それがまた何故か、とても魅力的で心に染み込む。
私は自分の中に染み込んでくる、その感覚がとても好きだ。
だから定期的に吉田作品に帰ってきてしまうんだ。
魅惑の吉田アイテムの他に、今回はキーパーソンが。
名探偵シュロことマイティ田代!
マイティ田代って…笑
こちらも、なんだそれ?と思われた方は是非本作を手に取ってみて下さいませ。
都会の夜に起こる、少し不思議だけど有りそうなお話。
懐かしいAがすぐ近くを通る。あの時○○していれば、Aに会えたかもしれない。
けれどひょんな事から、"あの時"を逃してしまう。
かけようとしていた電話を切ってしまう。
帰ってしまう。
道を間違えてしまう。
たまたま職場を休んでいる。
無論本人達は、"あの時"を逃していることに少しも気付いていない。
ここで二人が出会えたらいいのに…ブラックバードに乗ればいいのに…そう思う読者をよそに、物語はすれ違う。
又は、イバラギとアヤノの会話。
同じ"夢"という単語を使って会話するが、彼と彼女の"夢"は、意味するところが違う。
話しは食い違っているはずだ。
それなのに絶妙に会話が噛み合って…。
「あっちを向いた人とこっちを向いた人が出会うと、二人のあいだにはちょうどいい均衡が生まれる。必ずしも同じ方を向いていなくてもいいのである。」
イバラギの"夢"が、もうひとズレするのもクスリとするところ。
イバラギの営む古道具屋は、クラフトエヴィング商會の『ないもの、あります』みたいな不思議な店だ。
〈二階まであと一段〉を購入したアヤノにも、小さな奇跡が。
なんだそれ?と思われた方は………もういっか。
「びわ泥棒よ」の、何でもない一言が魅力的だと伝えたが、終盤、そのびわ泥棒についても素敵な出来事が。
ジグソーパズルの最後の一片、踏み出すための最後の一段、人はその最後の1つを求める一方で、チラリと"このまま、ここにいたい気もする"と思ってしまったりもする。
でも踏み出せばホラ、ささやかだけどこんなに素敵な出来事が待っていたりする。
すれ違っていた誰かと、出会えたりもする。
そうそう、然り気無く夜空の星達も見えたり見えなかったりと、いい演出をしてくれている。
あとがきにある、"連作短篇の交差点"という呼び名はぴったり。
吉田さんの頭の中をほんの少し覗けるような楽しいあとがきだった。(いつもだけど)