上田真而子のレビュー一覧
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立て!アクション!ファイト!ジムボタンのように― 勇ましい主題歌がいつまでも記憶に残っていて、この本のタイトルを見た途端、ぱあっと小学生のころに見たアニメを思い出した。
でも1枚目のさし絵を見てびっくり。アニメで見たジムボタンと全然イメージが違う。
読み進めたら、さらに違いは歴然に。ジムボタンは黒人の男の子で、ジムのズボンが何回縫っても同じ所に穴があくので大きなボタンを縫いつけたのが名前の由来だって。ボタンパンチのボタンじゃないんだ(笑い)
でも、そんな違いなんかすぐ忘れるほど、ストーリーに入り込んでしまった。最大の理由は、ジムや機関士ルーカスといった登場人物が、すごくいいやつだってこと。 -
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ハイジはフランクフルトからおじいちゃんの元へ帰ってきました。そしてフランクフルトからクララがやってくることになったのです。しかし秋口になり、病弱なクララが山へ来ることは難しいためクララの主治医がまず山へ来ることになりました。先生は妻を昔に亡くし、最愛の一人娘も亡くしたばかりで打ちひしがれていました。落ち込んでいる先生にゼーゼマンが提案したのです。
下巻にもなると、アニメで省かれているエピソードも幾つかありました。
でも私の中ではそれは意味のある省略だと感じずにいられませんでした。
最も大きく省かれた、宗教的な表現について。改めて原作を読むことでもう既に知っているエピソードにより深みを与えて -
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デーテおばさんに連れられて、ハイジはアルムの山の上のハイジのおじいさんの所に行きました。麓の村ではおじいさんのよくない話ばかり。いい仕事に巡り会えたデーテおばさんはハイジをおじいさんのところに置いて世話をしてもらうことにしたのです。
気難しいおじいさんにも、山羊使いのペーターや山羊たち、そして雄大なアルムの山々の自然にもすぐに打ち解け親しんだハイジ。山での暮らしがすっかり気に入りました。
子どもの頃から大好きなアニメ。原作をやっと読みました。
昔の訳だと少し難しい表現かなと思っていましたが、全くそんなことはなくスイスイ読み進められました。
私が最も感動したことは、アニメで省かれているエピソ -
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ハッピーエンドが好きです。登場人物のがんばりが報われる物語が好きです。しかし世の中そんな話ばかりでないことも知っています。
戦時中のドイツでの物語。ドイツ人のぼくが見た友人のユダヤ人フリードリヒの生涯。ユダヤ人迫害の様子が、ドイツ人の目から淡々と描かれています。
つらい展開が見えているため、手に取ることを躊躇していました。思い切って読んでみると、静かな文章がスルリと胸に迫り、つらさに目を背けることなく読むことができました。重い内容のものを読ませることができるのも小説の力なのでしょう。
まだ平和だった幼年期から書かれているため、世の中の変わりようがはっきりと感じられます。
徐々におかしな方向 -
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この岩波少年文庫版「きつねのライネケ」は読者対象として小学5.6年生を想定しているようです。 つらつらと思い出してみるに、KiKi がその年齢層だった頃、子供のための読み物というものの大半は「勧善懲悪」「予定調和」の物語ばかりだったように思います。 そうであるだけに KiKi は読中、まるで当然の事でもあるかのように「ああ、最後にはライネケには罰が当たるんだろうなぁ」と思いながら、ライネケの口から出まかせ答弁を楽しんでいました。 ところが・・・・です。 な、な、なんとライネケは勝利を収め、ライオン王の片腕となって動物王国(?)の重鎮となってしまうなんて!!!
でもね、よくよく考えてみ -
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冒頭部分、生まれたばかりのバンビの成長の日々は読んでいるこちらも幸せになってしまいますが、長くは続きません。
突然森に現れる災いのもと【あいつ】。あいつが体の一部から轟音と炎と嫌なにおいを放つと、離れた場所にいる森の仲間が血を流して倒れ、死んでいく・・・。
あいつってなんだろう。あいつは何がしたいのだろう。
森の仲間はあいつの思うがまま死んだり、生きたりしているのだろうか。
森の古老と触れ合ううちにバンビは気づきます。あいつも、自分たちも同じ、より偉大な存在の一部ではないのかと。
対象年齢は小学5~6年以上ですが、自分が小学5年生だったら、どこまで深く読めただろうか、単に物語の筋を追 -
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実はまだ読んでいなかった名作。やっと読みました。
昔、映画で見た時中盤までは面白くわくわくしながら見たのですが、ラストがどうしても納得できずモヤモヤ感が残ったのです。バスチアンの役割が腑に落ちなかったんですね。
そうしたらば、映画は原作の序盤部分しか映像化せず無理矢理終らせていたことが判明。なるほど本当の物語、バスチアンの物語はこれから始まるところだったのかと納得。
壮大な物語の中で主人公が出会う人々にもまた物語があることを示唆する「けれどもこれはまた別の物語」という一文に、物語世界のはてしない広がりを感じます。そのことが最終段階で意味を帯びてくることにも驚嘆させられます。いやもう本当に物