上田真而子のレビュー一覧
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購入済み
何度読んでも素晴らしい
中学生の頃に読んで大好きになった本。
初めて読んだ時は、自分が物語の主人公になった気持ちでワクワクしながら読んだのを覚えています。
また大人になって改めて読んでみても、やはりワクワクは変わらない。そして、子供の頃と違った視点で読めるのも面白さの1つに加わりました。
物語を読み進めている内に映画も観たくなり合わせて観てみました。映画を観たあとに本を再開して読むと背景や登場人物が更にハッキリして読み進め安かったです。両方とも素晴らしい作品です。 -
Posted by ブクログ
立て!アクション!ファイト!ジムボタンのように― 勇ましい主題歌がいつまでも記憶に残っていて、この本のタイトルを見た途端、ぱあっと小学生のころに見たアニメを思い出した。
でも1枚目のさし絵を見てびっくり。アニメで見たジムボタンと全然イメージが違う。
読み進めたら、さらに違いは歴然に。ジムボタンは黒人の男の子で、ジムのズボンが何回縫っても同じ所に穴があくので大きなボタンを縫いつけたのが名前の由来だって。ボタンパンチのボタンじゃないんだ(笑い)
でも、そんな違いなんかすぐ忘れるほど、ストーリーに入り込んでしまった。最大の理由は、ジムや機関士ルーカスといった登場人物が、すごくいいやつだってこと。ジムは、冒険に行くと決心したとき、ワクワク感だけでなく、残していく育ての親のおばさんのことを思って悲しくなるし、ルーカスはジムに黙って故郷を去ろうとしたのを偶然ジムに気付かれ、最初は言い逃れようとしてたのをジムの顔に固い決心と不満の色を見て心が動き、それからはジムを本当の友達として認め一緒に行動するし、また、ふとっちょで年寄りの機関車エマも、しゃべれないけど、いい場面で汽笛を鳴らして人の気持にこたえてくれる。
それと、エピソードの豊富さも、大きく引き込まれた理由だ。私にとってのベストは、機関車エマが力を使い果たし動けなくなり、ボイラーの内側からネジを抜かなきゃいけなくなった話。
ルーカスはジムを友人と認めて、誰かが内側からネジを抜く以外に方法がないと正直に告白する。それを聞いたジムはすべてを理解し「ぼくが入る」って即答する。しかし、水が入ったタンクにジムは潜ったものの、中は真っ暗で何も見えないし、ルーカスも、水の中からなかなか戻ってこないジムに、いても立ってもいられずタンクに向かってジムの名前を叫び続ける…
このあとどうなったかは読んでのお楽しみだけど、ジムとルーカスのかわす会話が本当に胸にグッとくる。物語作者エンデの本領発揮ってとこじゃないかな。
冒険物語といえば、多くの人がONE PIECEを想像するだろう。たしかにそっちもエピソード満載だし、キャラも多彩で、上質な作品なのはまちがいない。でも、あたり前だけど、ゴムみたいな体とか特殊な力なんて普通の人は持ってない。自分たちと同じ能力しか持たないジムやルーカスが、友情を高め、その力で困難を乗り越えていくから、私はONE PIECEよりこの作品にシンパシーを感じる。
(2012/9/30) -
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ハイジはフランクフルトからおじいちゃんの元へ帰ってきました。そしてフランクフルトからクララがやってくることになったのです。しかし秋口になり、病弱なクララが山へ来ることは難しいためクララの主治医がまず山へ来ることになりました。先生は妻を昔に亡くし、最愛の一人娘も亡くしたばかりで打ちひしがれていました。落ち込んでいる先生にゼーゼマンが提案したのです。
下巻にもなると、アニメで省かれているエピソードも幾つかありました。
でも私の中ではそれは意味のある省略だと感じずにいられませんでした。
最も大きく省かれた、宗教的な表現について。改めて原作を読むことでもう既に知っているエピソードにより深みを与えてくれました。
お医者さんのエピソードは、こういう背景があるんだなぁと、原作を読んだならではのお得感を感じられました。
ペーターと車椅子のエピソードは、笑っちゃいかんながらクスリと笑えてしまいました。
全体的に宗教的な表現や訓えが多いと感じます。それがより物語に深みを与えてくれて、何より感動しました。心の拠り所が常にある宗教観は素晴らしいと感じました。
おじいさんのお話がたくさんあるところもすごく良かったです。村の人々と打ち解ける場面や、クララのお世話をみるあたりが特に好きです。 -
Posted by ブクログ
デーテおばさんに連れられて、ハイジはアルムの山の上のハイジのおじいさんの所に行きました。麓の村ではおじいさんのよくない話ばかり。いい仕事に巡り会えたデーテおばさんはハイジをおじいさんのところに置いて世話をしてもらうことにしたのです。
気難しいおじいさんにも、山羊使いのペーターや山羊たち、そして雄大なアルムの山々の自然にもすぐに打ち解け親しんだハイジ。山での暮らしがすっかり気に入りました。
子どもの頃から大好きなアニメ。原作をやっと読みました。
昔の訳だと少し難しい表現かなと思っていましたが、全くそんなことはなくスイスイ読み進められました。
私が最も感動したことは、アニメで省かれているエピソードがほとんどないということです。
先にアニメを知っているので、読めば読むほどアニメーションのハイジ達が頭に浮かびます。どの場面でも浮かんでくる。それってすごい事だなと感動しました。
原作を読んでもやはり、ハイジのいじらしさやまっすぐさに涙します。私の原点だなぁとしみじみ感じます。 -
Posted by ブクログ
ハッピーエンドが好きです。登場人物のがんばりが報われる物語が好きです。しかし世の中そんな話ばかりでないことも知っています。
戦時中のドイツでの物語。ドイツ人のぼくが見た友人のユダヤ人フリードリヒの生涯。ユダヤ人迫害の様子が、ドイツ人の目から淡々と描かれています。
つらい展開が見えているため、手に取ることを躊躇していました。思い切って読んでみると、静かな文章がスルリと胸に迫り、つらさに目を背けることなく読むことができました。重い内容のものを読ませることができるのも小説の力なのでしょう。
まだ平和だった幼年期から書かれているため、世の中の変わりようがはっきりと感じられます。
徐々におかしな方向へと進む社会。気が付けば暴動に参加していたことへの恐怖。差別意識が日常化する怖さ。友人を救いたいのに救えない無力感。
これは昔あるところであったことだけでは括れない問題でしょう。現代の日本でも大きな問題として存在するでしょう。
ぼくの感情描写を表立たせないことにより、読み手に考える余白が与えられます。 -
Posted by ブクログ
この岩波少年文庫版「きつねのライネケ」は読者対象として小学5.6年生を想定しているようです。 つらつらと思い出してみるに、KiKi がその年齢層だった頃、子供のための読み物というものの大半は「勧善懲悪」「予定調和」の物語ばかりだったように思います。 そうであるだけに KiKi は読中、まるで当然の事でもあるかのように「ああ、最後にはライネケには罰が当たるんだろうなぁ」と思いながら、ライネケの口から出まかせ答弁を楽しんでいました。 ところが・・・・です。 な、な、なんとライネケは勝利を収め、ライオン王の片腕となって動物王国(?)の重鎮となってしまうなんて!!!
でもね、よくよく考えてみるとまさにゲーテさんが最後の最後に仰る言葉どおり
さてさて世の中とはこんなもの、いつの時代でも、永久に変わりないのではないだろうか。
だよなぁ・・・・・と。 とは言うものの・・・・・・。 こんな救いのない終わり方の物語が児童文学であって、いいんだろうか???とちょっと複雑な気分です。 だってこれじゃ「憎まれっ子、世にはばかる」だし、「正直者は馬鹿を見る」だし、「最後に勝つのは悪賢いヤツ」みたいじゃない・・・・・・。 (まあ、現実としてはそういう側面もなくはないけどさ・・・・・)
(全文はブログにて) -
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冒頭部分、生まれたばかりのバンビの成長の日々は読んでいるこちらも幸せになってしまいますが、長くは続きません。
突然森に現れる災いのもと【あいつ】。あいつが体の一部から轟音と炎と嫌なにおいを放つと、離れた場所にいる森の仲間が血を流して倒れ、死んでいく・・・。
あいつってなんだろう。あいつは何がしたいのだろう。
森の仲間はあいつの思うがまま死んだり、生きたりしているのだろうか。
森の古老と触れ合ううちにバンビは気づきます。あいつも、自分たちも同じ、より偉大な存在の一部ではないのかと。
対象年齢は小学5~6年以上ですが、自分が小学5年生だったら、どこまで深く読めただろうか、単に物語の筋を追うだけにとどまっていたと思います。一度読めば何度も読み返したいと思うだろうか。今読んだことで味わえる感動がありました。
そしてとにかく【あいつ】が怖かった。
『動物たちにとっては、銃を持ち、狩りに突然やってくる【あいつ=人間】、どうしようもなく逃れられない相手、人間にとっては「津波」のようなもので、とにかく逃げるしかないのよ』
私の中の【あいつ】に対する言いようのない恐怖の正体はこれだったのか、この本を読んだ友人の言葉に目の覚める思いでした。 -
Posted by ブクログ
実はまだ読んでいなかった名作。やっと読みました。
昔、映画で見た時中盤までは面白くわくわくしながら見たのですが、ラストがどうしても納得できずモヤモヤ感が残ったのです。バスチアンの役割が腑に落ちなかったんですね。
そうしたらば、映画は原作の序盤部分しか映像化せず無理矢理終らせていたことが判明。なるほど本当の物語、バスチアンの物語はこれから始まるところだったのかと納得。
壮大な物語の中で主人公が出会う人々にもまた物語があることを示唆する「けれどもこれはまた別の物語」という一文に、物語世界のはてしない広がりを感じます。そのことが最終段階で意味を帯びてくることにも驚嘆させられます。いやもう本当に物語の面白さを堪能できます。
バスチアンの心の動きも丁寧に描写されているので成長物語としての魅力も味わえます。途中すごく嫌な奴になっちゃうのですが、成長にはそういう部分も必要なんでしょうね。自分の嫌な部分に対面することも。
そうかと言って説教臭くなく基本どきどきわくわくの物語だというのが一番の魅力なんでしょうけどね。