上田真而子のレビュー一覧
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フクラム国に届いた小包に入っていたのは、なんと赤ん坊だった。ジム・ボタンと名付けられたその赤ん坊は、やがて大きくなり、機関士ルーカスと機関車エマとともに旅に出る。彼らは姫を救うため、度重なる困難と危険を乗り越え竜との戦いに挑む。
まだ半人前のジム・ボタンが勇気を奮い起こし、窮地を脱していく姿に感動する。機関士ルーカスがジムの勇敢さを称えるシーンもたまらなく誇らしい。旅からの帰り道、待ち受ける人たちの興奮や歓迎を読むのも楽しい体験だった。
分厚くなかなか手に取られないが、本格的な冒険物語を求める子に差し出したい本。というか、全部読んであげたい。旅を通して学び成長するジムの姿は、子どもたちの心にきっと大事なものを残してくれると思う。
まだ物語は完結してなくて、13人の海賊との対決は待っているのかとか、ジムが読み書きを習って姫と結婚するのかとか、気になることがいろいろ。『ジム・ボタンと13人の海賊』も読みたい。
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「親友をおいてきぼりにするなんて、ぼく、できない。ぼくたち三人ともここにいるか、みんなで出ていくか、どっちかしかないよ。ここにみんなでいられないんだから、出ていくしかないーーみんなで。」P40
「ぼくを、つれて、きて、よかった、だろ?」
「ジム・ボタン!」ルーカスはいいました。「きみは、偉大なちびだ! きみがいなかったら、もう、おしまいだったよ。」P172
「そしてこれからは、人でも、ものでも、近よってよく見もしないうちにこわがることはぜったいにするものかと、心の中で思いました。このトゥー・トゥーさんのような場合もあるかもしれないのです。ジムは、これをしっかりと心にきざみつけておこうとちかいました。」P200 -
Posted by ブクログ
ネタバレなんと言うか思ってた物語とはちょっと違ったと言うのが正直なところ。
下巻はいよいよバスチアンが本の中のファンタージエンに入り込み女王と世界の危機を救う冒険が始まるのだと思っていた。
そのワクワクさは下巻冒頭の女王やライオンのグラオーグラマーンに出逢う辺りまでは世界に満ちていた…のだけど、そこから後はひたすらバスチアンが愚かになっていく過程を見せられていく事になってしまって苦しかった。
現代的な感覚で言うとちょっと道徳的と言うか、教訓話になってしまって物語としての楽しさは減じてしまった様に思う。
ストリー的には何かを失うことで成長すると言う王道の結論に落ち着くのだけど、もう少し主人公に魅力が欲しかったし、自分の力でなにかを成し遂げて欲しかった。
そう言う意味でファンタジー的爽快感が足らなかったのは残念。
あと途中に幾つも「これはまた別のお話」の言及があって、その物語も読んでみたいと思った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ古典的ファンタジー作品
もちろん名前は知っていたし映画になったのも知っているけれど、ちゃんと読んだことはなかった。
読んでみて思ったのは文字通り実に古典的なファンタジーだなと言う感想(なんだそれ^^)
と言うのも今ではいろんなところで出会う定番のモチーフが散りばめられていて、例えば、読者が本の中に入り込む展開や、知るものがいなくなると滅んでしまう(消えてしまう)存在や、行方も分からない冒険者を待ち受ける試練の数々など。
そう言ったモチーフがこの物語由来なのかどうか僕には知識がないけれど、そう言った意味で始まりの物語ではないかと思うのだ。
上巻はラストで見事なタイトル回収からいよいよバスチアンが本の世界に飛び込むところで終わっていて、下巻でどんな冒険がなされるのか期待が湧くね。
あと白い竜が出てきたところで、映画の予告編を思い出した^^ -
Posted by ブクログ
この本はノンフィクションという分類の児童文学、作者のリヒターが子供の頃の事実を物語風に描いた作品。
作者リヒターの友達のフリードリヒが、ユダヤ人であることだけで、迫害を受け17歳で殺されてしまう。なんとも不条理な物語。
記録は1925年からはじまり1942年で終わる。
68歳の私が読むのに適した本かというと、そうではない気がする。
私のサラリーマン人生で、申し訳ないが「ナチス側」につくことはよくあることだったし、それに、あらすじは知っていたのでストーリーの新鮮味がなかった。
やはり、私には児童文学に対して免疫ができてしまっているのか、体温が上がらなかった。中学生ぐらいが読む適齢期では?
この本は河合隼雄さんのいろいろな著書で、紹介さている。たとえば、「子どもの宇宙」「うさぎの穴からの発信」など -
Posted by ブクログ
戦間期、ハイパーインフレがようやく収束しつつあったドイツ。同じアパートに住む同い年の「ぼく」とユダヤ人のフリードリヒは、時に喧嘩もしながらともに少年時代を過ごす。
ナチスによるホロコーストが激化する以前から、ヨーロッパには歴史的・宗教的な背景によるユダヤ人に対する潜在的な差別意識が存在していた。しかし、ぼくとその両親は、フリードリヒたちシュナイダー家と分け隔てなく親しく付き合っていた。
だが戦争が始まるとそれが少しずつ、街の中から変わっていく。ユダヤ人の店への嫌がらせ、経済的な背景も手伝っての露骨な排斥、学校からの排除。特に、フリードリヒの転校のところは先生の温かい言葉とその直後の行動の対比が衝撃的だった。
シュナイダー家が追い詰められていく一方で、ナチ党員になったぼくの父の待遇がどんどんよくなっていくところにも、社会が分断される生々しさが表れている。
ぼくにとってフリードリヒは変わらず友達なはずなのに、次第に表立っての付き合いができなくなってしまう。自分の家族を守るため、結局シュナイダー家を守ることができないやるせ無さ。抑圧された一人一人が、こんな地獄を味わったということを思うとそれだけで苦しくなる。
この悲劇はいつの時代のどこの場所でも起こりうるのではないかという恐怖を感じずにはいられない。