上田真而子のレビュー一覧
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確か実家にこのハードカバー版があって子どもの頃目にしたことはあったけど、はてしないという題名に途方もなさそうな感じを受けてページを開くこともなく敬遠してしまっていた。
大人になった今、文庫本を購入して読んでみたら、これは大人向けの児童書というか、私にとっては大人になった今だからこそ出逢えて良かったと思う内容だった。
下巻では、バスチアンの感情や望みが映し出された世界が美しくもあり、恐ろしくもあった。
バスチアンが万能感に酔いしれて段々記憶だけでなく大事なものを失っていく姿には、アトレーユやフッフールと一緒にヒヤヒヤしたり落胆したりしながら読み進めた。
バスチアンがずっと欲しかったもの、押し殺してきた感情、それらを見失ったまま冒険を続け、ファンタージェンで創造主になって賞賛を得ても満足することなく、代わりを求めて彷徨い続けた。
そんなバスチアンの心の穴が、アイゥオーラおばさんの家で過ごすうちに満たされていき、真に欲しかったものが浮き彫りになっていく場面は胸にくるものがあった。
物語の至るところにエンデからのメッセージを感じた。
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Posted by ブクログ
バスチアンがファンタージエンの世界に入り込み、物語の中での冒険が始まる。
わくわくするような色んな風景や生き物が出てくるけど、ただ楽しいだけでは読めない。
ファンタージエンでバスチアンの望みが一つ叶うごとに、バスチアンは現実世界での記憶を一つずつ失くしていく。
記憶を失うごとに、何かを望み続けることが難しくなっていく。
力や権力を得るごとに、自分が本当は何者だったのか分からなくなっていく。
本当にものすごい設定だと思った。
最近流行りの異世界転生ものとは根本的に違う。強いメッセージ性を感じる。
物語の世界は、現実と対立するものではなく、現実をより豊かにする力を持っているはず。
想像力なくして人間の発展はないのだ。
手元に置いておいて、何度も読み返したくなる名作。 -
Posted by ブクログ
第一次世界大戦から第二次世界大戦までにおける、ドイツのユダヤ人迫害をドイツの一般国民である少年の視点から描いた作品。
主人公はユダヤ人である友人フリードリヒと、家族ぐるみで良好な関係を築いていた。ただ時代の流れによって徐々に居場所がなくなっていくフリードリヒのことを、支えたくても周りが許してくれない中で、見ていることしかできない辛さを、主人公の目線を通して読者にも追体験させられているような気分にさせられる。
大衆心理の恐ろしさも非常に感じられる。ドイツ人の集団が、ユダヤ人の居住に強盗のような形で押しかけ、家を荒らし、金品を奪い去っていく。その最中、恐ろしさで躊躇している主人公が、周りからお前もやるよう強制され、逃げ場が無くなって遂には加担してしまう。そして1度加担してしまえばタガが外れ、罪の意識もなく暴力行為を行ってしまう。ユダヤ人の友人がいても、その場にいなければその友人のことなど忘れてしまう、人間の弱さや愚かさを思い知った。
小説の最後には、ユダヤ人迫害に関する年表が掲載されている。ヒトラーが総裁の地位についてからの、ユダヤ人に対する法律が時系列に沿って淡々と述べられていて、年表を見るだけでもこの時代の異質さが際立っていることが分かる。資格の剥奪、学校からの強制退校、美容院の入店禁止、果てには暖房のついた部屋の使用禁止と、人間はここまで恐ろしくなれるということを知り、自分への戒めとしても心に留めておきたい作品だと思う。 -
Posted by ブクログ
河合隼雄先生のこころの読書教室で紹介されていて手に取った。
主人公はドイツ人の少年。そのぼくと同じアパートに住むユダヤ人のフリードリヒ一家との交流や、時代の流れの中で否応なしに悲劇に巻き込まれていく様子がぼくの視点から克明に描かれています。
独裁者がどのような仕組みで社会を支配していったのかがよく分かります。レッシュのように率先して迫害を推し進めた者から、ぼくの一家やノイドルフ先生のように心を持って変わりなく接していた人たちもいた。ただそのような人たちにもユダヤ人に手を貸すと家族や自身が危険に巻き込まれる恐怖からそうできないように圧力がかけられて、どんどんユダヤ人を孤立無縁な状態にしていく。
人間の残忍さや愚かさ、弱さをまざまざと感じた。支配された時に考えることを放棄し暴力にまで加担してしまう人が大勢いた。フリードリヒの親友であるぼくでさえ、素性をよく知らない相手であればユダヤ人見習い工の寮に他の民衆と押し入って物を破壊しまくり、それを楽しんでさえいた。元々良心的な人でも想像力を失った時の行動は恐ろしいと感じた。
フリードリヒが学校を退学させられた際の担任のノイドルフ先生の生徒たちへのメッセージがとても心に残った。ユダヤ人には何故ここまで優秀な人が多いのだろうと以前から不思議に思っていたけど、ノイドルフ先生の言葉を聞いて納得した。
「痛めつけられ追いたてられはしないかと、常に恐れていなければならない者は、それでも堂々と胸を張れる正しい人間でいようと思えば、非常に強い精神を持たざるを得なくなる。ユダヤ人は金銭欲が強いとか、人をだますなととも、よくいわれる。だが、そうならないでいられるだろうか?ユダヤ人は、何度も何度も財産を強奪され、没収された。また、持っているもの全てを残したまま逃げなければならなかった。いざという場合、命をあがない無事を買いとることのできるのは、お金以外にないことを彼らをその経験から身につけたのだ。しかし、こういうひどいユダヤ人嫌いでさえ認めなけらばならない点がひとつある。ユダヤ人は有能だということだ!有能な民族だからこそ、二千年にわたる迫害にも耐え抜いてきだのだ。ユダヤ人はその居住国の人たちより、大きい、よい仕事をして、次第に尊敬を勝ち取り高い評価を得てきた。多くの偉大な学者や芸術家がユダヤ人だった。現在でもそうだ。ユダヤ人を軽べつするのを、もし君たちが今日にでも明日にでも見聞きしたら、次のことをよく考えてほしい。ユダヤ人は人間だ。われわれとまったくおなじ人間なんだ!」 -
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ネタバレいじめられっ子の主人公が本の中の世界を救い、大切なものを見つけて現実世界に戻る物語
この本の異質さ、素晴らしさは、主人公が強力な力を手にして世界を救った後に、大切なものを失い、取り戻すパートにあると思う
太っていてかっこよくもなく、いじめられている現実から、本の中の世界ではたくましくかっこいい姿に変身し、世界を救う、そんな物語の中に入ったら、元の世界に戻りたくなくなる、誰しもそんな気持ちには共感できるのではないだろうか
しかし、逃げ出したくなる現実の中にこそ、本当に大切なものがある
現実世界で自分の物語に向き合うとする主人公の決意は、子どもだけでなく大人になった私にも力を与えてくれた
自分が特に好きなのは、以下のセリフ
悪も善も、美も醜も、愚も賢も、すべてそなたにとっては区別はないのだぞ
これがこの本に流れているテーマと感じる
二項対立で価値判断しがちな世の中だが、実際にはそれは単にマジョリティの物差しに過ぎず、しかも時代とともに変わる
だからこそ、比較ではなく自分の物語を生きなくては、と思わせられる -
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第二次世界大戦前の1925年にドイツで生まれたドイツ人の“ぼく”とユダヤ人の幼馴染、フリードリヒとの日々を通じて当時のヒトラー政権下のドイツを描く作品。
これはできるだけ多くの人に読んで欲しい
当時のドイツにいるユダヤ人たちの状況がとてもリアルに描かれているのではないだろうか。
とてもつらい。つらいけど、きっとそうだったんだろうな、と思う。
訳者あとがきによると、著者はフリードリヒたちと同じ1925年生まれ。おそらく作品内のほとんどが著者自身が体験したことだろうと書かれている
120ページで主人公の父が、フリードリヒの父親であるシュナイダーさんに「(中略)早く、でておいきなさい!」と言うシーンがあるんだけど、もうね、これが全てなんよ……主人公一家含むドイツ人たちが今まで共に生きてきた大切なユダヤ人たちに言える唯一の言葉なんよな……。
ほんと、戦争は嫌だ。 -
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ネタバレ会社の同僚と、エンデの話になった。私にとってエンデは、小5の頃に出会って夢中になって読み漁った思い出のある作家であるけれど、大人になって『モモ』を読み返して以来、疎遠になっていた作家でもあった。同僚が『はてしない物語』を絶賛している話を聞きながら、子供の頃、自分もバスチアンのように物置で本を開きながら本の世界に入って冒険できたらどんなにいいだろうと憧れたことを思い出し、本棚から久しぶりに引っ張り出して25年ぶりに読んでみた。
上巻はとても楽しくワクワクしながら頁をめくっていたのだが、下巻になって、読み進めるのが苦しくなった。バスチアンの姿に、自分自身を重ねてしまったのだ。誰かに認められたい、人から羨ましいと思われたい、美しくなりたい、賢くなりたい……。子供の頃はそんなことも考えず純粋に冒険譚を楽しんでいたと思う。でも大人になって、どれだけありのままの自分をそのまま認めて愛することが難しいか、知ってしまった今では、バスチアンの苦しみがより身に染みてしまった。そしてバスチアンが旅の終わりを迎え、生命の水にたどり着き、現実世界に帰ってくるシーンでは気づいたら自分のことのように泣いてしまった。私自身、今の自分自身を、ありのままに見つめて、愛せているだろうか?
確実に小5の私はそんなことを思わず読んでいたと思うが、それでもあの頃もこの本を読んでエンデにハマったのは事実で、あの頃ファンタジーエンを夢中に冒険してた少女が大人になって、同じ物語を全く違った目線で楽しむいい経験ができたと思う。今読み返してよかった本だと思う。
蛇足だがたまたまこの前に読んだ本がワイルドの『ドリアングレイの肖像』だったが、まさかの同じような題材の本(自分自身の内面に目を向ける本)を立て続けに読むことになり、本と本がリンクする不思議も久しぶりに。というよりもどちらも自分のお気に入りの本のため、自分の好みなのかもしれないが。 -
Posted by ブクログ
ネタバレファンタージエンに行ったバスチーユの物語。危うさを感じながらバスチーユの物語を読み進める。バスチーユの考えや判断がだんだん良くない方に傾いている不穏さが満ちてくる。スターウォーズのアナキンがシスに堕ちてしまうところに似て、苦しい。どうしてこうなってしまったんだろうと思ってももう戻れないところに来ている。しかも多くのことを忘れてしまっている。どうやって人間の世界に戻れるのかわからない。わからないままにどこへ向かえばいいのか、何をなせばいいのか、投げてしまいたくなるような世界。バスチーユとともに旅を続けるアトレーユとフッフールが最後は助けてくれるが、やや呆気なさも。あの辛い辛い辛いトンネル部分が面白さになる。