上田真而子のレビュー一覧
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本の中の世界、ファンタージエン国に飛び込んだバスチアン。彼は、望みが叶うメダル「アウリン」を用いることで大切なものを失いながら、やがて自分が真に欲することー「真の意志」ーを見つけていく。
だれかを愛することができるということが生きる悦びであり、それこそがこの世界をよくしていくものなのだというメッセージが伝わってくるクライマックスがすばらしかった。
だれかを愛することができたら、バスチアンのように、あるがままの自分でありたい、もうほかのものにはなりたくないと思えるようになる。生きていく悦びを感じることができる。自分はきっと、少し前までは「?」だったと思うけど、愛している妻や息子がいる今はなんとなくわかるような気がする。愛することができるということを、かけがえのないことだと噛みしめながら生きていくことができたらいいな。
バスチアンは、愛をうけたことで誰かを愛したいと思うようになった。だから、その誰かが愛をうけることで、また他のだれかを愛したいという思いが芽生えるというふうに、愛は果てしなくつながっていくんだと思う。
幼なごころの君のおしるし「アウリン」をもったことによって、バスチアンがさまざまな「望み」を叶えていく。人間は本当にさまざまな望みをもっているけど、それらの多くは表面的な望みで、叶えると何かが失われてしまうようなものだということに、バスチアンの姿を通して気づいていけるというところも面白かった。 -
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バスチアンは、本を盗んだ。その本「はてしない物語」が、自分を魅きつけて放そうとしなかったからだ。バスチアンは、学校の物置部屋に隠れ、本を読み始める。それは、ファンタージエン国の危機を救うために選ばれたアトレーユの冒険の話だった。バスチアンは、「はてしない物語」に没頭して胸を躍らせながらも、物語とそれを読んでいる自分が、奇妙にシンクロし始めていることに気づいていく。
「はてしない物語」の場面と、物置部屋でその物語を読んでいるバスチアンの場面が入れ替わりながら描かれていく。近くの塔の時計が打つ音でバスチアンは「現実」に引き戻されるのだけれど、読み手もそこで同じように「現実」に引き戻されている感覚になる。
その「現実」の場面で物語を読むバスチアンの心の動きが語られるから、すごくいい。本が大好きなバスチアンが、どのように物語を楽しんでいるのか、その様子が手に取るようにわかるから。アトレーユと自分の共通点を見つけて嬉しくなっていたり、彼の窮地で叫んだり、馬の死に泣いたり……。物語の登場人物たちに心を寄せながら読んでいるバスチアンの様子が面白い。同時に、物語を読むバスチアンの姿を自分が読んでいるという入れ子構造の奇妙な感覚にも浸れる。
本を読んでいるバスチアンの叫び声を、本の中の世界のアトレーユたちが聞いたのではないかと思わされるあたりから、「現実」と「物語」で二分されていた世界が融合し始める不思議がぐっと増して、すごく引き込まれた。そこからは、バスチアンとファンタージエン国の関係性についての「予感」が「確信」に変わっていく楽しさを存分に味わうことができた。
すごい世界観だなー。 -
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ネタバレ好評と不評のレビューが極端なのを見て改めて感心。
ミヒャエル・エンデに生み出されし古典であり、駄作ではないのに、無条件でいいものともされない不思議。
読者と同じ土俵まで降りてきて、読者と本で取っ組み合いをし始める感じですよね。美しい世界のファンタジーのはずなのに、気軽には読み切らせてくれません。上下巻読み切るのに結局3日かかってしまいました。上巻は半日、下巻が2日半。
ファンタジー物で明確な悪役を作らず、勧善懲悪でなく話をまとめ上げた作品を他に知らず、ああ、これが空想の世界の現実、とノンフィクションを見る気持ちです。空想によって救われる生き物は空想によって苦しみ、欲しいと空想するものは毒であり、真に自分に必要なものは暗闇で土を掘り続ける苦行からしか見つけられない。そんな話がどうして面白いでしょう。でも真実なんだよなあ。
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アルムに帰ったハイジはみるみるうちに健康を取り戻し、アルムおじいさん、ペーター一家の心を解していきます。
アルムおじいさんは長年意地を張って避けていた村人との交流を再開し、ハイジも教会や学校に通うことになります。
そのころ、ハイジがいなくなり寂しいゼーゼマン屋敷のクララは、アルムへの療養を心待ちにしていました。
まずゼーゼマン一家の友人である医師がアルムに行きます。哀しい出来ごとが起きたばかりの医師ですが、アルムの空気とハイジの優しさ、アルムおじいさんとの交流で心が晴れていきます。
やがてクララたちもやってきます。
堅苦しい都会と違い、毎日が輝きに満ちた山の生活で、クララもみるみるうちに健康になります。
そんななかヤギ飼いのペーターは、余所者に自分の居場所を荒らされたようなつまらなさを感じています。そしてクララの車椅子を破壊してしまうのです。
でもそれは、クララをより健康へと導くのです。
ハイジと関わった人々は皆人生の幸せに気が付きます。
ハイジも自然そのものに生きることも楽しいけれど、文字を覚えれば本を読むことができるし、大好きな人達に本を朗読してあげることもできるという楽しさが増えます。
そしてペーターの悪事を見抜いたアルムおじいさんと、ペーターの良心の呵責を言い当てたクララのおばあさん。神様は善いことも悪いことも見ておられます、あなたの苦しみも見ています。
罰ではなく、自分で気がつくという方法へ導びく。
悪い人はいない、未来も悪い影がない、気持ちがほぐれるようなお話です。 -
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アルプスの高原で孤独に暮らす老人のもとに、5歳(推定)の少女ハイジが連れてこられます。
天真爛漫なハイジにとって、山の生活は全てが輝いていました。干し草のベッド、搾りたてのヤギの乳、ヤギの牧草の番、焼き立てのパン、作りたてのチーズ。そして輝く草原に山の向こうから出るおひさま。
頑固なアルムのおじいさん(アルムは牧草地という意味)、山羊飼いの少年ペーター、ペーターのおばあさん、孤独だった人々はハイジに触れて人生の幸せを知ります。
しかしハイジは、フランクフルトのゼーゼマンさんのお屋敷のお嬢さん、クララの話し相手として都会に引き取られていきます。
何もかも人工的な都会もお硬いお屋敷のしきたりもハイジには馴染めません。とくに女中頭のロッテンマイヤーさんの厳しさといったら!それでも体の弱いクララや、屋敷の使用人たちにとって、ハイジの起こす騒動は愉快なものだったのです。
やがてハイジは心を病み、心配したゼーゼマンさんたちの判断により、アルムに帰されるのでした。
ハイジ5歳から8歳くらいまで。
牧草地の生活がもうキラッキラですね。
出てくる食べ物が美味しそう美味しそう、生活用品が楽しそう楽しそう。
なにもかも楽しい、誰も彼も大好きというハイジの真っ直ぐさが輝いて見えます。
フランクフルトに移ってからも、ハイジは寂しくてしょうがないけれど、読者としてはハイジが持ち込む騒動がかなり楽しい。
まあ大人になると、お屋敷の厳格なロッテンマイヤーさんがどんなに大変かも想像がつくので、ハイジに厳しくしても「…あなたも大変よね…」と思えるし。しかし私がこの屋敷に居たら、ロッテンマイヤーさんの見えないところでハイジの騒動をクスクス笑って歓迎することだろう(笑)
当のハイジは、クララや、クララのおばあさん、お屋敷の使用人セバスチャンたちのことは大好きで仲良くなるけれど、それでもアルムを恋しがり、でもそれを表に出すことは失礼だと言われて心を病んでしまいます。人間は感情を抑えるとどこかで無理が出ることが身に迫るように書かれています。
そしてハイジに神様の言葉を教えたクララのおばあさん。神様にお祈りなさい。必ず見ていてくれます。今は叶わなくても、最後には良いことをしてくださいます。
欧米のキリスト教社会の小説を読むと、人としてのあり方が読み取れますよね。 -
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文章にするのが難しい。とにかくすごい本でした。
まず、最初から最後までワクワクしっぱなしです。
ジム達が危機をどう乗り越えるのか、まるで一緒に冒険をしているかのように感じます。
次に、簡潔です。一つ一つの出来事が短くかかれているので、読んでいて飽きる間がありません。
登場人物も魅力的です。それぞれのイメージが持ちやすくて、どの人物にも愛着がもてます。
何よりも、書きぶりがすごいです。子供の心を取り戻せるような様々な表現。これは読まないと分からないと思います。
伏線をいくつか残したまま、終わりました。元々は上下巻の物語だそうです。もう1冊も楽しみです。 -
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読みながら苦しかった。読み進めるうち、徐々に苛烈になっていくユダヤ人迫害。深くなっていくフリードリヒ一家の絶望。シュナイダーさんの、ユダヤ人への迫害が20世紀という理性ある時代にもなって、そこまで酷いものにはならないだろうという期待に、胸が詰まった。どうしてこんな結末にならなければならなかったのだろうと思いながら、これが現実にいくつもあった出来事の一つなのだと思うと、頭が痛かった。アンネの日記とか戦争関係のものはいくつか読んで知ってたのにね。でも読んでよかった。
著者自らの経験をつづった3部作ということで、他の2作品もゆっくり読もうと思う。
ユダヤの文化について注付きで細やかに書かれていて面白かった。