上田真而子のレビュー一覧
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なんと初出は1979。私が読んだのは1988年13歳、以来の再読、きっかけをくれた息子に感謝の大感動でした。これは、、、、記憶は前半のアトレーユがバスチアンを探索するところまでしかなかったけど、後半のバスチアンの冒険こそが主題なんだなと。ダークサイドに落ちて支配者になろうとし、叛乱を起こされて(しかもアトレーユ軍との戦い!)とか本当にマジな話で驚きながらの後半でした。そしてラストは、、、大人、特に息子の父となって読めて本当に良かった、死ぬまでに再読出来て良かったと心から思いました。願わくば、本物の『はてしない物語』、ハードカバーで読みたかった!
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すばらしかった。
ハイジがアルムに帰ってきてからの日々を描く下巻は、ずっと幸せな気持ちで読める。上巻でホームシックにかかり、一人で悩みを抱え込んでつらい日々を過ごしたハイジに寄り添ってきたからこそ、この下巻の喜びを満喫できる。
ハイジとクララを心から愛おしく思っている大人たちが本当に素敵で、この物語のいちばん好きなところはそうした大人たちの姿かもしれない。クララが歩けるようになることは文句なしに感動できるのだけれど、読んでいていちばん嬉しいのは、大人たちみんなが心の底から喜びを表している姿だった。アルムじいさん、ゼーゼーマン老婦人、ゼーゼマンさんと、順繰りに驚き、喜びを爆発させていく様子を -
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アルムの美しい自然の中で、アルムじいさんと素朴な生活を送るハイジの喜びが、自分のことのように感じられて満ち足りた気持ちになった。高原や花々が夕陽に照らされて輝く景色を見たハイジの感動が忘れられない。
「岩にね、火がもえて、ばらがいっぱい。それから、青い花や、黄色の花。ほら、わたし、もって帰ったのよ。見て!」(76)とアルムじいさんに興奮して話すハイジが微笑ましい。その「夕方の火」がどこからくるのかをじいさんに尋ねたとき、「あれはお日さまがなさるんだ。山におやすみをいうとき、いちばんきれいな光を送ってこられる。あくる日の朝またのぼってくるまで、忘れられないようにな。」(78)と答えたじいさんも -
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本作の冒頭で、主人公の少年・バスチアンが「はてしない物語」をじっと見つめたときの彼のつぶやきは、本が好きな人なら誰でも一度は感じたことがあると思う。こんなに夢中になれる世界が、両手に収まるサイズに綴じられた「本」のなかに広がっているなんてすごいことだ。
物語の舞台となるファンタジーエン国を救うために選ばれた少年・アトレーユが、国をおかす「虚無」の原因をつきとめるべく、勇気と誠実な心をもって冒険をする。不思議であふれるファンタジーエンの景色や生き物が生き生きと、正体不明の虚無がじわりと迫る恐怖とともに描かれ、それを読み手であるバスチアンを通して私たちも物語の世界を体験する。
物語の世界と読み -
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ネタバレ『物語は新しくても大昔のことを語ることができるのです。過去は、物語と共に成立するのです。』
『望みって、どこから起こってくるんだろう?望みって、いったいなんなんだろう?』
ファンタージエン国で過ごす中で、
人のため、自分のため、望みを叶えながら、
自分を失っていくバスチアン。
シュラムッフェンのことば。
『おれたちゃ命令がほしいのさ!指図してもらいたいのさ。強制してもらいたいのさ。禁止してもらいたいのさ!おれたちゃ、なんか意味のある生き方をしたいのさ!』
自分で考えるより、指示されたこと、良いと言われることををきちんとやっていると思えること、あるいはしてはいけないと言われることをしてい -
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いじめられっ子のバスチアンは、いじめっ子たちから逃げるために飛び込んだ古本屋で一冊の本と出会う。本の中では勇者アトレーユが国を救うために旅を続けていたが……→
子供の頃にテレビで見た「ネバーエンディングストーリー」の原作だろうな?という気軽な感じで手に取ったんだけど……全然ちがーう!!あの映画は上巻にオリジナルエンディングをつなげた感じ?みたいで、物語としては序章やんってなった。
たぶん、これは下巻が本番。上巻は王道の冒険ファンタジーで
下巻がガチのガチなんよ(何が?と言われるとわからんが笑)
私はもうね、アイゥオーラおばさまと出会えただけでね、この物語を読んでよかったって思えたよ。おばさ -
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本の中の世界、ファンタージエン国に飛び込んだバスチアン。彼は、望みが叶うメダル「アウリン」を用いることで大切なものを失いながら、やがて自分が真に欲することー「真の意志」ーを見つけていく。
だれかを愛することができるということが生きる悦びであり、それこそがこの世界をよくしていくものなのだというメッセージが伝わってくるクライマックスがすばらしかった。
だれかを愛することができたら、バスチアンのように、あるがままの自分でありたい、もうほかのものにはなりたくないと思えるようになる。生きていく悦びを感じることができる。自分はきっと、少し前までは「?」だったと思うけど、愛している妻や息子がいる今はなん -
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バスチアンは、本を盗んだ。その本「はてしない物語」が、自分を魅きつけて放そうとしなかったからだ。バスチアンは、学校の物置部屋に隠れ、本を読み始める。それは、ファンタージエン国の危機を救うために選ばれたアトレーユの冒険の話だった。バスチアンは、「はてしない物語」に没頭して胸を躍らせながらも、物語とそれを読んでいる自分が、奇妙にシンクロし始めていることに気づいていく。
「はてしない物語」の場面と、物置部屋でその物語を読んでいるバスチアンの場面が入れ替わりながら描かれていく。近くの塔の時計が打つ音でバスチアンは「現実」に引き戻されるのだけれど、読み手もそこで同じように「現実」に引き戻されている感覚 -
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ネタバレ好評と不評のレビューが極端なのを見て改めて感心。
ミヒャエル・エンデに生み出されし古典であり、駄作ではないのに、無条件でいいものともされない不思議。
読者と同じ土俵まで降りてきて、読者と本で取っ組み合いをし始める感じですよね。美しい世界のファンタジーのはずなのに、気軽には読み切らせてくれません。上下巻読み切るのに結局3日かかってしまいました。上巻は半日、下巻が2日半。
ファンタジー物で明確な悪役を作らず、勧善懲悪でなく話をまとめ上げた作品を他に知らず、ああ、これが空想の世界の現実、とノンフィクションを見る気持ちです。空想によって救われる生き物は空想によって苦しみ、欲しいと空想するものは毒であ -
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ネタバレ大切なことが数えきれないほどたくさん詰まっている!
・私たちがファンタージエンは虚偽だと思うことで人間界も含めた2つの世界は救えなくなる。
・人間は虚偽に支配されやすく、そのために生き物の命がむごい形で利用されてしまう。
・虚無の吸引力はすごくて、狂って飛び込んでしまいたくなるけど、アトレイユは自分の足で一歩ずつゆっくり遠ざかる。
・フッフールは幸福を信じて進むからこそたくさんのピンチを切り抜けられる。
・善悪・美醜・自分が耐えられること耐えられないこと、すべて区別しない幼心の君の強さと美しさ。
・自信がなくて重要なことに対して踏み出せないとしても、既にその渦中におり、逃げ出す道はない。
・解 -
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事実を押さえた筆致で綴る。筆者リヒテルがフリードリッヒと過ごし、関わった17年はモノクロで再現され、取り囲む景色、人々、会話が再現される。
善悪を語るのではなく、これを読んだ人間がどう感じ、どう捉えたか、それぞれの胸に手を置いて考える事を突き付けられる。
ナチスモノを始めて読んだのは14歳の時の「アンネの日記」
日本でぼちぼちナチスの罪状に陽が当てられたころで私の頭では余りの惨さに現実味を感じられず、咀嚼できていなかった・・そして子供等と見た「シンドラーのリスト」・・無論彼彼女らは無言のうちに感想すら吐けなかった。
子育てに段落が付き、仕事の合間にナチスモノを読み続けて来た。。読むことは人 -
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アルムに帰ったハイジはみるみるうちに健康を取り戻し、アルムおじいさん、ペーター一家の心を解していきます。
アルムおじいさんは長年意地を張って避けていた村人との交流を再開し、ハイジも教会や学校に通うことになります。
そのころ、ハイジがいなくなり寂しいゼーゼマン屋敷のクララは、アルムへの療養を心待ちにしていました。
まずゼーゼマン一家の友人である医師がアルムに行きます。哀しい出来ごとが起きたばかりの医師ですが、アルムの空気とハイジの優しさ、アルムおじいさんとの交流で心が晴れていきます。
やがてクララたちもやってきます。
堅苦しい都会と違い、毎日が輝きに満ちた山の生活で、クララもみるみるうちに健康に