田口俊樹のレビュー一覧
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政府による通信の無差別監視。実際に行われていたという話には暗澹とした気持ちになります。しかもアメリカがやるとなれば世界的な影響があります。インターネットのインフラも、人気のあるサービスもアメリカに集中しているわけですし。
スノーデンは日本のNSAにデルの社員として派遣されていた時に、機密情報のリークへの気持ちを強くして行ったようですが、日本で何を見たのかがきになります。「それまでより高次元の監視上の機密」「無人機によって殺される運命にある人々の監視映像を見たこともあります」等記述はありましたが。
この本では当然触れられていませんが、日本政府がこの件をどう捉えているのか、今後どういうスタンスで行くつもりなのかも気になるところです。 -
Posted by ブクログ
米国のインターネット盗聴を暴露したスノーデン。その情報を得て発表した記者グリーンウォルドによる、事の顛末とその影響を描いたノンフィクション。ロシアに逃れたスノーデンは、米国政府の引き渡し要請や国防観点からの非難があり、いまだ進行中の案件である。情報を渡していた米IT業界の各社についても、秘密情報の保持という点で信用を落としており、これまでのように無条件に信頼を得れらる存在ではなくなっているようだ。
世界の通信情報を収集するという「PRISM」の存在についてはスノーデン以前から噂にはなっていたものの、自分としては現実のものとも思えずトンデモの類かと思っていた。本書を読み、本当にここまでやっていたのかというのが感想だ。全ての情報を収集するということが、その対象となる量からして現実的とは思えないことと、全てを収集できたとしてその情報量が多すぎてそこから有益な情報を得るのが難しいのではないかと直感的に考えていたからだ。
電話の仕事をしていたらCALEA (Communications Assistance for Law Enforcement Act)対応機能が米国向けでは必須であることは知っていた。司法の許可があれば米国内の全ての通信は傍受可能とするのが目的だ。その思想を敷衍するとすべてのインターネット通信を捕捉しようとするのは当然の帰結なのかもしれない。特に911の後の世論やジャーナリズムは、これをよい機会とする人々によって利用された。
米国ではHuaweiやZTEなどの中国製ネットワーク機器は国家安全保障上のリスクから採用されないということになっている。中国のメーカーは、本当にそういうことをやっているのかもしれないが、自らが外国に対してそのようなことをしているという事実からこそ逆に実行されている政策とも言えるだろう。そこまでやるのか、という観点で見ると、先日のOpenSSLのバグも、彼らが置いたバックドアなのではという噂も現実的になってくる。米国が選定した暗号方式であるAESについても何か裏があるのではとこうなると勘繰りたくなる。日本の通信などは裸になっているのだろうか。
著者は、第4章で政府が監視しているという事実が社会与える影響について論じる。監視の対象になるのは、悪いことを考え、悪いことをしようとしているものであり、われわれはそのために庇護されるのだという考えを非難する。
フーコーが『監獄の誕生』以降で分析した内的監視のメカニズムがまさにすみずみまでその射程に捉えようとしている。人は、自らの自由意志という錯覚をもってその監視社会の中で住むことになる。それは、抑圧的で不可逆的なプロセスであり、自分は悪いことをしていないので、気にならない、という話ではないのだ。
著者は、米国政府だけでなく、唯々諾々として政府の意図に沿う大手ジャーナリズムも批判する。それこそが大きな問題なのかもしれない、と。
物語としても面白いが、事実として知っておくべきが書かれている本。 -
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[不条理の交差点で]ある出来事が引き金となりアルコールから抜け出せなくなった私立探偵のスカダーは、コールガールから「ヒモとの縁を切りたい」との依頼を受ける。男との話し合いもつつがなく進み、何事もなく幕が引かれると思ったのだが、男とそのコールガールが面会をした翌日、彼女がとあるホテルの一室で惨殺されたという報がスカダーの下に届き…...アメリカ私立探偵作家クラブのシェイマス賞を1983年に受賞したハードボイルド・ミステリーです。著者は、映画『マイ・ブルーベリー・ナイツ』の脚本も手がけているローレンス・ブロック。訳者は、ミステリーの翻訳を主に手がける田口俊樹。
(限りなく良い意味で)小説から漂ってくるすえた雰囲気がたまりません。無関心と不条理に貫き通されたニューヨークという舞台で、これ以上なく渋く、それでいて人間臭く生活を送るスカダーというキャラクターにまずは心を奪われるはずです。ハードボイルドという言葉がなんとも時代遅れに感じられる今日ではありますが、本書中で交わされる会話も含め、この作品にはまさにその形容がピッタリと来ます。
ミステリーの側面でもこれまたお見事。特に後半に至ってグッとアクセルを踏み込んだかのようにグイグイと読者を引き込んでいく様に、「ミステリーにハマっちゃうのってこういうところなんだよね」と思わずにはいられませんでした。書かれた頃からずいぶんと月日が経過していますが、それでも色褪せない、というよりも逆にヴィンテージもののような渋いカッコよさがつきまとう一冊でした。
〜私には彼を許さなければならない義理などない。許すことは神の業だ。私のすることではない。〜
どうやらローレンス・ブロック氏の作品群の中でもこの作品が3本の指に入るようで☆5つ -
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小説を読むとは大なり小なり痛みを伴うものだ。もちろんどの小説もというわけではないだろうけれど、ミステリ読みのぼくにとっては、殺人や暴力が扱われることにより犠牲者の痛みを洞察せざるを得ない機会が少なくない。痛みを余儀なくされるという意味では、この作品ほど痛切な鋭さを持って読者に挑戦してくる小説は他に類がないような気がする。
インターポールの捜査官という主人公設定は珍しいのでないだろうか。アメリカ小説でありながら、独特のヨーロッパの深みを与えた世界を描き切っている作者の腕が見事である。捜査官ポアンカレはフランス人であり、リヨンやパリなど、ぼくにとっては訪れたことのある地であることから、想像しやすいという利点もあって楽しむことができた。
カオス=混沌といった言葉が原題(邦題ではサブ・タイトル)に組み入れられている通り、わかりやすい犯罪ではない。ましてやポアンカレが身を引き裂かれるような運命に出くわす経緯なども、わかりやすい動機などはどこにも存在せず、まるで殺意は悪魔のもたらすそれのようだ。ましてやそれは本作で取り上げられるメイン・ストーリーですらない。
主人公は天才数学者ポアンカレのひ孫という設定。実在した数学者アンリ・ポアンカレ(1854-1912)は「ポアンカレ予想」で知られる数学者。数学と聞いただけで鳥肌が立つタイプのぼくにはその功績はよくわからないのだが、ここでの主人公捜査官ポアンカレは捜査の途上で祖父の理論に繋がるかもしれないヒントを犯罪現場から入手してゆく。それはさまざまな画像であり、小説中に挿入され、目眩を呼び起こす。葉脈、山脈、市街図、稲光、木の枝。カオスは深まる。
あらゆる意味で難解な犯罪でありながら、謎を解き明かす小説の面白さは群を抜いている。ハーバードで教鞭をとっていたという作者のデビュー作というには、途轍もなく緻密でしっかりとした書きっぷりであり、その想像力の広がりには度肝を抜かれる。その上、あの痛みである。この展開が許されていいのかというタブーにまで踏み込んでいる、破壊力抜群の国際感覚ミステリと言えよう。
ホテルの一室のみが爆弾テロで吹き飛ばされ、犠牲者は講演を予定していた数学者であったという派手な展開の事件に、獄中から殺し屋を雇う狂気の犯罪者。スケールの大きさや犯罪の奥深さで勝負するデビュー策としては大胆にしか見えないのに、しっかりと書き込んでゆく小説作法に好感を感じてならなかった。『このミス』あたりでもっと取り上げられるのかと思いきや、あまりポイントを得ていないようだ。それでもぼく個人としてはこの作品は奇跡的に思える。未だに、とんでもない作品に出くわしたとの印象が、拭えないままなのだ。 -
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ポアンカレと聞いて何かを連想する方はどの位居られるのでしょうか?
ここで言うポアンカレとは「ポアンカレ予想」でこの世に名を残した大数学者を指しており、本書の主人公「捜査官ポアンカレ」は彼のひ孫と言う設定です。
何だかルパン三世みたいですが、しかしポアンカレの方は以下でご紹介する粗筋からも伺える様に、かなり成熟したキャラクターです。
なお、本書の特徴として結構長いミステリーとなっている他、フラクタルにちなんだ挿絵が随所に差し込まれている等があり、独特の"風味"を持つ一冊となっています。
では前置きはこの位にして以下で粗筋をご紹介。
長年インタポールの捜査官として第一線で活躍してきた主人公、ポアンカレ。
そんな彼のもとにアムステルダムで起きた数学者爆殺事件の捜査が舞い降りてくる。
この事件には軍用ロケット燃料と言う特殊極まりない爆薬が使用され、また現場となったホテル最上階の居室のみが「まるでレーザー砲に切り取られた」様に綺麗に吹き飛ばされたいた状況から、捜査開始当初は容疑者はかなり絞れるのではないかと見られた。
しかし、その予想に反して捜査は難航。
一方、かつてポアンカレが逮捕した旧ユーゴスラヴィアの戦犯が彼の家族を狙い始め・・・
ハッピーエンドとそれとはほど遠い物が入り混じった終わり方をしています。
その為、単なる"苦い"ストーリーではなく、最後に奇妙な"甘さ"をも感じるミステリとなっています。
本書をあえて一言でまとめると、「人生は続く」と言った感じになるのでしょうか?
訳者の後書きによれば、本書は著者のデビュー作にして「捜査官ポアンカレ」シリーズの記念すべき第1巻目との事。
早めにシリーズ続巻の和訳版が出てきて欲しい所ですね。 -
Posted by ブクログ
俗っぽいけど敢えて言いたい。
「やべえ、ちょー、おもしれえ!」
出来ることなら、文字のサイズを倍にしたいくらい面白かった。
以下、ブクレポ。
主人公のレフはある日、落下傘で空から落ちてきたドイツ兵の死体を発見し、死体からナイフを盗んだことから、窃盗の罪で投獄される。そして時を同じくして、戦線離脱の脱走罪で投獄されてきた赤軍兵士コーリャに出会う。
人の命など屁とも思わないスターリン体制下のソ連では、二人は死刑が確実。しかし大佐から、ある条件をクリアできれば自由にしてやる、との思いがけない言葉をかけられた。
その条件とは… 「卵を一ダース手に入れる」こと。
ナチスに包囲されたレニングラードは極度の食糧難に陥り、赤軍幹部と言えども卵を手に入れることができなくなっていた。卵を手に入れるには、もはやドイツによって占拠された地域にまで、もぐりこまなければならない。
二人は問うた。
「なぜ、卵が必要なのですか」
大佐は窓の外から池の上で優雅にスケートに興じる美少女を目で示し言った。
「娘の結婚式にはケーキが必要だろ?」
かくして二人は、大義のかけらもない任務を負い、命をかけた冒険に出発する。
二人の性格は正反対。レフは内気で言葉も少ない。腕っ節には自信がなく、女性と恋愛をしたこともなく、存在感のない少年。
一方のコーリャは女性経験が豊富で、細身だけれど格闘術に長けている。そしてなにより饒舌だ。口八丁手八丁。劣悪な食糧事情のため一週間も糞が出ないという体調不良でもカラ元気。とにかくじっとしていることと、黙っていることができない。下ネタ大好き。童貞のレフをからかうときは輪をかけて舌も滑らかになる。
二人の掛け合い漫才(というかコーリャが一方的に話してレフがぼそっと言い返すだけだけど)を読んでいるだけでも、この小説は面白い。
この小説のメインテーマは友情だ。性格がまるで違う男同士が互いに励まし合い、困難を乗り越えていく冒険小説だ。また、主人公のレフがパルチザンの女兵士に恋をしてからは、青春小説のようにもなる。好きな女の子の前で、いい格好をしようとして下手を打ち、悩み、落ち込み、それをコーリャが冷やかしつつも、力になる。
しかし彼らは死と隣り合わせの状況下にある。
彼らの命は卵一ダースより軽い。そして彼らの行き先には、人肉を食う夫妻がいたり、鶏一羽のために命を落とす幼子がいたり、ベイクドポテト一皿のために敵兵に春を売る女性がいる。飢餓による刺すような痛痒をしくしくと感じる。
巻末の解説にあったが、実際に幼い子供を飢餓から救うために、さらに幼い赤子を殺して、その肉を与えたということもあったらしい。
ドイツによるレニングラードの包囲は900日に及んだ。本文中に起こる数々の悲劇に似た現実は、きっとたくさんあったことだろう。
コーリャが饒舌な理由も最後には明らかになり、読んでて、もう、なんだか泣けてきてしまった。レフもコーリャは奇異な巡り合いだったけど、本当の友情を結んだ。そしてラストにはかすかな希望が見えた。
もう一度、俗っぽく、
「まじ、感動した!」
どちらかと言えば男性向きの小説だが、銃後の悲劇を考える上でも、良い作品だと思う。
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Posted by ブクログ
オランダ人である著者が、新聞社時代に特派員として赴いたエジプトやイスラエル、イラクの取材を通じて感じた報道の実態を明らかにしている。
報道する側やされる側、受けとる側の三者が抱える不条理が、著者の徹底した中立的な視点で語られているところが興味深い。
イスラエルやイラクでも、ボスニアのようなPR会社が暗躍していたのだろう。財政難のパレスチナは欧米諸国のメディア戦に翻弄される、儚い存在なのだろうか。
イスラエルやパレスチナでも「我々は和平を望んでいる」としながらも、「相手は我々を憎んでいる」と民衆は口を揃えて言うのだとか。僅かな解決の糸口はここにあるような気がする。しかし、独裁政権は身の安定こそが重要で、メディアは都合の良いプロパガンダのためのツールであった。
メディアの中立性が存在しない世界に生きる人は、溢れる情報を無意識的に真実であると錯覚し、誤解どころか物事の本質に全く気付かぬまま一生を終わるということだろう。 -
Posted by ブクログ
「真実ってなんだ?」――本書を読み終わってまず思ったことだ。「真実」を報道するのがメディアの仕事だと思ってたから、その実態を知って驚いたし悲しくもなった。ある人が「真実を伝えなければ」と思っても、自分一人の力ではどうにもできないことがある。そうゆう人がいるかもしれないのに、できない。そうゆう人たちのことを思うと、やるせなさを感じる。
本書で初めて知ったわけではないけれども、一つの物事に対して様々な角度からの見方があることは忘れてはならないことだろう。そうでないと、偏った見方しかできなくなるし、それでは物事の全体を理解することができない。ある意味「現実」を見ていないことになるからだ。
とまあ、内容については全然触れませんけど、メディアリテラシーに興味のある方(もちろんそうでない方も)はぜひご一読を。「リアル」を知ることができると思います。