筒井康隆のレビュー一覧
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「時をかける少女」を超えたジュブナイルというと似たような惹句だった「わたしのグランパ」はあまり印象に残る小説ではなかったんですが、これは傑作の言葉に偽りなしです。主人公の愛は12歳で母を失う。行方不明になった父を探す愛の旅が始まる。舞台は近未来と思われる日本。社会は治安が悪く、強盗・殺人が跋扈し、少女が一人で旅するには危険すぎる旅だった。そして、左手の不自由な少女のひだりがわには常に守ってくれるものがいた。特殊な能力を持った少女のロードノベルは、「時をかける少女」よりも「火田七瀬」シリーズを彷彿とさせたなぁ。テーマ的には別に珍しいことを書いている訳ではないんだけれど、「善意」と「悪意」について
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Posted by ブクログ
使える音が徐々に減っていく小説。音が消えるとそれを使うものが 実際に消えて行ってしまう世界。
読むのにかなり体力が必要だった。はじめはほとんど違和感なく進んでいくからいいのだけど、だんだんと難しい単語が増えていくから何を言いたいのかじっくり考えて辞書を引いていかないといけなかった。でもそれが楽しかった。
この本の後に読む本はいつもよりもサクサク読めると思う。トレーニングだ。
かなりメタ的な視点が含まれていて、作中の主人公が始めの方でいっていた現実と虚構が同時に起こっている感覚が少しわかった。
言葉が減ると登場人物の性格も変わっていくのが顕著に表れていて、人のパーソナリティと言葉が密接に関わっ -
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コピー&ペースト小説、漫☆画太郎小説、はたまた何度も見るが微妙に細部が違う夢小説、サザエさん小説、走馬灯小説、エンドレスエイト小説 形容できません
多分、真面目な読者程序盤早々に面を食らって本を閉じるか呆れると思うけれど、よく耳にする日本音楽を頭に浮かべて欲しい。恐らく同じ単語は繰り返されているし、何なら背景に流れる音楽は何周か同じフレームが流れているはず。そのガワを文学に取り入れたのがこの作品だと思う
物語、ストーリーテリングより技法運営を見る本、だろか。
何か20年後くらいの僕の頭の中、見え方はこうなっているような気がして。そんなこと考えながら読んでいたら本編339頁に4時間もかかりまし -
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ネタバレ職場の人に借りたもの。
筒井康隆は名前だけ知っている状態だったが、たいへん面白い。主人公の七瀬がいろんな家庭で人の心を覗き見るオムニバス形式。
夫婦や家族の在り方は、どの時代も似たようなものなのかもしれないと思えた。
好奇心で家庭に踏み込む七瀬を無鉄砲に感じたり、でも年頃の女の子らしいと感じたり、能力のせいか歳のわりに達観している様子も受けとめやすかった。
続編を見たくなった。
ちょくちょく表れる男性の欲望は、女性からするとやはり狂気で気持ちが悪く、恐ろしい。
「水蜜桃」は特にだった。自分も10代、20代の頃はよく変な男の目線や言葉に傷ついてきたが、素晴らしく気持ち悪い性欲を表現しているなと -
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マルチバース(という言葉)もインターネットもない頃に、これらがもたらした世界の中での自我というものが表現されていて凄いと思うし、終章に出てくる、「はっきりした本物などはない、それらもパロディ(模倣)である」という感覚も、生成AI作品時代を予見しているようだ。
著者の描く、非現実的な光景やドタバタの状況は、読んでいて「何が描かれているか」がわかりやすく伝わってきてストレスがないのを実感した。これは説明が筋道だって的確だからだろうと思う。
違和感を覚えた世界からの脱走という切り口での自我からの逃走というテーマが最後まで明確に貫かれていて、少し理屈っぽいというか、全編ドタバタではあるものの、個人 -
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老人同士のバトルロイヤルを、70歳のじいさんが書いたというだけで面白い。読み終えてから作者について調べると、同郷・同校だったこともあり、なんとなく親近感が湧いた。
一方で筒井康隆本人は、家の近所で気に食わない若者を杖で殴りつけるなど、かなり豪快で過激な人物だったらしい。いわゆる「老害」と呼ばれるようなタイプだが、私は結構こういうジジイは嫌いじゃない。
本書では、少子高齢化社会を「良識による悲劇」「何もできない老人の氾濫」と痛烈に批判し、介護に追われる家族の苦悩をさまざまな視点から描いている。
そんな作品を読むと、筒井さんは自分の傍若無人な振る舞いが社会や家族から白い目で見られていることを -
Posted by ブクログ
単行本は1986年刊。もとは「SFアドベンチャー」連載(84.4~86.6)。12話からなる。
読ませるが、筒井康隆にしては古典的だし、定型的過ぎないか。古典的・定型的というのは、「遍歴」小説風という意味で。後年のほかの作家の作品群(たとえば時雨沢恵一の連作『キノの旅』など)は、まったくもってこの路線だもん。
新潮文庫の解説は、筒井と同世代の、科学史の村上陽一郎(執筆時は東大教授)。一種のビルドゥングス・ロマンととらえている(ありゃ、「遍歴」小説じゃん)。そういえば、村上先生は、漱石の『三四郎』もビルドゥングス・ロマンと言っていたような。