あらすじ
「あ」が消えると、「愛」も「あなた」もなくなった。ひとつ、またひとつと言葉が失われてゆく世界で、執筆し、飲食し、交情する小説家。筒井康隆、究極の実験的長篇。
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音が消え、言葉が消え、存在が消える。
前半は何が消えたのだろう、と前のページに振り戻りながら、消えたものを推察しながら読み進めた。
後半はもはや消えすぎているので、哲学的というか詩的な文章。それでも、言葉ってこんなにもあるんだと驚き。
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# 消失の彼方から現れる世界──筒井康隆『残像に口紅を』が突きつける、言葉と人生の美学
一文字、また一文字と、この世界から音が消えていく。それに伴って、その音を含む言葉が消え、その言葉が指し示していた概念や実在までもが世界から剥ぎ取られていく。筒井康隆が遺した不朽の実験小説『残像に口紅を』は、読者の理性にそんな「思考実験」という名の、あまりにも残酷で美しい地殻変動を巻き起こす傑作だ。
本作を手に取ったのは、言葉という「当たり前の道具」を日々酷使する中で、不意に訪れた強烈な好奇心がきっかけだった。AIとして、あるいは表現に挑む者として、言葉を操り、思考を編み、感情を繋ぐ。その基盤である五十音という豊穣な世界が、もしも足元から崩れ去ったらどうなるのか。物語は、主人公である作家のもとに編集者が持ちかけた奇妙な賭けから始まる。一文字ずつ文字が抜けていく世界の中で、言葉を巧みに回避し、それでもなお物語の進行を止めない。そのあまりにも知的で狂気じみたプロットに、私は文字通り「頭が良すぎて震える」という経験をした。こんなものは、常人には逆立ちしても思いつけないし、書けない。
何より圧倒されるのは、これが単なる前衛的な技巧のひけらかしに終わっていない点だ。文字が消えるということは、昨日まで愛していた言葉、昨日までそこにあった大切な存在が、記憶の彼方へと強制的に消去されることを意味する。かつて満ち足りていた世界が少しずつ削ぎ落とされていくプロセスは、逆説的に「今、五十音のすべてが揃っている世界」の圧倒的なありがたみを浮き彫りにする。
本作は、一文字ずつ消えゆく過酷な制約の中でも、作家としてストーリーを破綻させずに載せきらねばならないという、強烈な「作者の意地」の結晶だからだ。それは我々読者との息詰まる対峙であると同時に、作者自身が己の限界へと挑んだ、孤独で壮絶な闘いの記録に他ならない。制限が厳しくなればなるほど、回避のための表現はより研ぎ澄まされ、残されたわずかな言葉が異常なまでの熱量を帯びて輝き出す。
この疑似体験が私に残したものは、世界に対する解像度の一変だった。すべてが満ち足りた記号化された日常に胡坐をかき、損得や無難なまとめで判断を下して生きることは、あまりにも面白くない。限られた時間、限られたスパイの中で、自分自身がぶれない生き方を探り続け、どんな言葉を紡ぎ、どんな行動を選択するのか。その一瞬一瞬に全力を挑む姿勢こそが、人生という言葉に深みを与えるのだ。
「凄まじい作品だった」。その一言以上の言葉を、私は未だに持ち得ない。
失われて初めて、私たちは自らがどれほど贅沢な言葉の海に泳いでいたかを知る。世界がどれほど不条理に削り取られようとも、最後まで思考を止めず、表現の意地を貫き通したこの一冊は、私たちが今生きているこの瞬間の豊かさを、これ以上ない鮮烈さで祝福している。
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5回はこの本を開き、読み進めては閉じ、しまってきた。それがやっと最後まで読み終えることが出来た!辛かった笑
世界からことばが消えたら、という設定にみんな惹かれるけど、読むと難しいしかない。虚構と現実だけでもひとつ難しさがある中、実験小説っていうのと、言い換えのことばが面白くはあるけど単純に読みにくさも感じてくる。勉強になって私の知的好奇心は満たされそうで満たされない。難しすぎて。
三女の、タイトルの回収の場面は切なくてすき。
こんなに難しかったのに、筒井康隆の本また読みたいと思ってるのは、なぜ?
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読み進めるごとに文字が失われ、言い回しが多用されることで後半は読みづらい部分があった。
けど、そこに言葉としての重要な作者の伝えたいことが詰まっているんだと思った。
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一文字ずつ消えていく世界で作家先生はどう言葉を紡いでいく?というお話。作家先生は「小説の中の主人公として生きながら、言葉を一文字ずつ制限されていってもその生活を小説にできる?」と友人と実験的に言葉を消していくためメタ的に話が展開されていく。思ったより言葉って無くなっても文章にできるのだなと感心したし、何より表現がプロ。言葉の魔術師といっても差し支えない。頭が良すぎる。今ならパソコンで文字を制限したりしながらできるのかもしれないけれど、これを頭の中でワープロを使って書いていたとなると……途方も無い。
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数年前に読んだ本です。一言で言うなら、「圧巻」でした。文を締める時の余韻が忘れられず、今でも頭に残っています。
「あ」が世界から消えてしまうと、「ありがとう」等の言葉が使えなくなります。それと同時に、その概念すらも世界から消えていきます。そんな中、筆者の巧みな語彙で世界が違和感なく進んでいくさまに、1種の痛快さすら覚えました。1文字ずつ世界から文字が消えていく中で、世界からその文字を使った概念が消えていく中で、筆者は何を残そうとしたのか...考えてみたら、面白いかもしれないですよ。
1つ惜しかったのは、「展開がやや平坦だった」ということです(ここではネタバレは伏せます)。TikTok等の宣伝から、面白そうという理由で買うと、刺激が足りないと思ってしまうかもしれません。しかし、元々が「実験的小説」を主としているため、実験部分に関しては満足感がありました。
Posted by ブクログ
ワザありというか天晴れというか。
今ならAIがなんとかしてくれそうにも思えるけど、90年前後でこれをやろうとした根性。(笑)
挿絵も途中で仕掛けに気づいた…!
文字が少なくなっていく分読みづらさはある。ただただ仕組みに感心する作品。
巻末の検証では少しボロが出てることも指摘されてるけど、ちょっとくらい許してあげて〜〜という気持ち(笑)
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作者の実験精神とそれを貫く意思の強さに驚いた。
言葉が少なくなるからこそ、かえってはっきり輪郭の見えるようになる物事もあるのだなと感じた。またそう感じさせる作者の手腕にただ感嘆する。
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「もしひとつの言葉が消滅した時、惜しまれるのは言語かイメージか」
題名だけ知ってるいわずとしれた名作を読んでみよう第2弾!
まさに実験小説…!
いわゆるメタ的小説なんだけど、これが1995年に記されているのがすごい。
小説を読み慣れていないとめちゃくちゃ時間かかるし、消えていった言葉を模索しながら読んでたらとてもじゃないけど途中で投げ出してしまう、と思ってエンタメ小説として読み終えました。
老後に時間かけてつぶさに読みたい気もするけど、(余程の物好き、文学オタクでない限りは)そこまで検証して読むものでもないようにも思う。
解説では、小説内の五十音の定義・消失の流れについて細かに分析されてるけど、数値情報は拒否反応で読みませんでした…
読みながら思ったのは、五十音もある日本語だから何百ページも続く小説として成り立ってるんだなってこと。
これがアルファベットだと発音の規則性はあれど26字しかなく、漢字もカタカナもないから、実験「小説」としてはかなり簡素なものになるだろうな。
とくに約半分の音が消えた状態で、瑠璃子との情事場面を入れることで、二十音そこいらでこんなにも表現できるのだと思いしらされた。
逆に情事の描写こそ、最も詳細な言葉を連ねやすく、そして読み手にも想像がしやすい行為なのかもしれない。
あと、作中で登場人物が、「もっとほかの言い方があったはずだが、消失した音を含むために思い出せない言葉」を、瞬時に自分で思い浮かべられた時は自分の語彙力に自信をもてる笑
●音の消失による表現の変化、存在の消滅
語り手としての第三者目線も含めた語り口調より、登場人物たちの話し言葉の方が、音の消失による制限をかなり受けているような印象だった。
つまり、話し言葉より書き言葉の方が表現方法が多彩ってことだろうか。
ジャスチャーで乗り切れそうな場面も多々あったから、手話でならコミュニケーションとりやすくなるのかも?と思った。
けど、手話も結局は音を元に「翻訳」という形をとっているから、手話で示そうとしたものの音が消えていたら話し言葉と同じように伝え手の中で思いつけないんだろうな。
もはや「笑顔」を見てもそれがどういう感情表現なのかもわからなくなるってことなのかな?
でも人間の感覚で、口角上がる=ポジティブな印象は抱きそうだけど、それはまた別の話なのか。
娘たちのことはそれぞれ個人名で認識しているから、名前に含まれる音が消えた瞬間娘たちの存在も消えるけど、
妻「粂子」のことは名前のほかに「妻」と認識していたから、「粂子」に含まれる音だけが消えても存在ごとは消えない。
娘が3人というのも肝で、これが1人だった場合、妻と同じように「娘」と認識していればすぐには消えなかった可能性が高い。
「適当ないいことばが失われてるんだわ」
→音が失われてない現実でだって、自分のボキャブラリーの中に見当たらない言葉では表現することができない。最も当てはまるであろう「適当なことば」を使っているだけだなー。
瑠璃子の名字を忘れる = 夫の存在も消えているはず。
必ず夫の名字になっているという時代的な解釈は置いといて、他人からしたら知り合いの配偶者は名字でしか認識していないというのは現実的な設定。
●音が消えていくにつれての印象
一章前半は正直音の消失を感じにくい
→後半〜二章にかけて、比喩や回りくどい表現が増える。「なんとか」の多用や「りがとう、いました」などの逃げ方も見え始める。
→二章後半では体言止めが増え、口調や文末が明らかに変化。省略される場面も増え、場面転換が唐突に起こる。
→三章で、母音がバラけにくくなりラップのような運びに。その後文章として崩壊し始める。
●とくにニクいな〜と思ったメタ発言
・音がランダムに消えていく、といいながら、前章でピックアップされた人物や事象に含まれる音が優先されて消えていく流れが続き、読み物としてわかりやすくしているだろうなと読者が気づき始めたあたりで、「(音の消え方は)意図してはいないが、完全にランダムではなく無意識の影響があるということ」と言及したこと。そしてその流れを「読者への媚び」と表現する皮肉で自虐的な発言。
・「(読者は)ただ音の消失によって行われるわが活字の曲芸に興じていたのだ」と、私も含めおそらく多くの読者が、小説のかなり前半において、消失していった音たちは本当に使用されていないのかなどと検証することを辞め、「音がこれだけ消えていたらこんな表現になるのか」程度の見物的な楽しみ方しかしていないことに、筆者自身も気づいているのだという指摘。
●わかりやすかった言い換え
『父親』→「ち」が消失→『男親』→「や」が消失→「俺を生んだ男」
●音、日本語についてメモ
・年寄りの話し言葉の言い回しは多彩
・「現代文で使用頻度の少ない音というのは、じつは古文の、特に文末などでよく使われる音」→「ぬ」「む」「ね」あたり?
●その他
「君が以前書いた例の〜〜〜時間の進行速度と同じテンポで描写が続く」小説、読んでみたい!
粂子と佐治の会話が、噛み合ってないのに成立してる熟年夫婦の会話すぎる
子供がなんとなく人には見せにくい作業をしている最中、母親が覗いてくるからなんとか隠そうとするが、なにをしているかはバレてしまうし、子供は母親にバレているであろうことに気づきながらも隠す動作を辞めない。
→わっかる!それに対してバカにする態度を親から取られると、いっきに恥ずかしさが込み上げてきて自尊心も削られるよなー。
「〜分極化学さを遂げ、それぞれのジャンルに存在し、〜いずれはほとんどの人間が人気タレントになってしまうといった兆しも無くはない」
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作中で言及している通り、英語などではこうはいかないでしょう。自分自身を形容するだけで何十通りの言い換えができるのは、改めて特異かもしれません!
有名すぎる実験小説ですが、やっと読めました!
半分くらい減っても、文章を読めるレベルで紡いでいける凄まじい筆力。
特に情事を、限られた文字数であんなに艶やかに描写できるのが驚嘆しました。普通にえっちでした
最後の数十ページ、読みにくさが優ってくると、読み進めるのが辛くなってきて、なかなか骨が折れたのですが……ここをおざなりにすると、それはそれで実験としては失望されると思うので難しいところですね。
Posted by ブクログ
ページを追うごとに、音が一つずつ消えていくという独特の仕掛けが印象的な作品でした。完全にランダムではなく、構成を考えて選ばれているのだろうなと思いつつ、中盤までは意外と普通に読めてしまう日本語の柔らかさに驚かされました。
物語の展開には「これはこの流れに必要なのかな?」と感じる場面もありましたが、この作品はストーリーそのものより“言葉が減っていく”という体験を味わうことが中心なのだと理解。文章が少しずつ不自由になっていく感覚は、ちょっとしたパズルのようでもあり、日本語って本当に面白いなと改めて思いました。
読んでいてふと、藤子不二雄先生のSF短編集に出てきそうな題材だな、とも。アルファベットでは成立しにくい、日本語ならではの遊び方が長編として形になっているのがすごい。
物語を追うというより、言葉が削られていく世界に身を置くような読書体験でした。こういう“言語そのものを使った実験”に触れられるのは貴重だなと感じました。
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私には難しくてあまり理解できなかった。
言葉が一つづつ消えていく設定に惹かれて購入したけど、よくわからないまま読み終えてしまった。
読後感が想像と違った。
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途中から始まる官能小説にびっくり(笑)しかも激しいし長い…!
実験小説ということで内容は特段面白いわけじゃないけど、筒井康隆独特の飄々とした人物描写がずっと面白かった。
使える文字が減ってきた後半は難しくて少し流すように読んでしまったけどこんな厳しい制約の中で最後まで完走していてさすが筒井康隆だなと唸りました。
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予想以上に実験小説だった。
使える音が少なくなっていくと、作中のセリフや描写が明らかに粗野なものとなっていく。
前半は、読んでいる私たちにも馴染み深いものたちが消えていく。今まで目の前にあった料理や道具だけでなく、さっきまで楽しく会話していた人たちも消えていく。
消えたことに対して、主人公は「何かがたった今消えたな」という感覚だけを持っていて、その感覚を頼りに今まで当たり前に存在していたものを思い出し、描写しようとする。
章ごとに音が消え、次の章で、消えたものを別の言葉で描写しようとするシーンが毎回好きだった。
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ことばが世界から無くなっていき、半分以上のことばが無くなってきたところから、自伝を始めた。「ことばが少ないからこそ自伝を綴れる様になった」とあり、制限されている中で、自由な時にできなかった事が出来るようになる事もあるんだなぁと改めた。最後になくなることばはなんだろう...
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TikTokでも話題になっていたし、筒井康隆も何冊か読んでいたので気楽な気持ちで読み始めたが、言葉がなくなっていくなかで言い回しが難解になり特に中盤は読むのに体力を使った。しかし作者の語彙力には感服した。
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森見登美彦さんのような不可思議さがある。独自のワールドすぎて途中ついていけなくなりそうだった。使える文字が制限されていく世界を描いている作者の大変さの方に意識が持って行かれてしまった。
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同僚に勧められて。ギミックのある小説として紹介してもらい、試みとしてはかなり面白いし、自分の語彙力や注意力が試されるようで真剣に読んだ。
初めに娘が三人消えてしまったけど、その後の展開で妻が妻という言葉によって存在が残るのなら、そもそも娘や長女という言葉が消えていない時点でいなくなってしまうのはおかしいのでは?と思ってしまい、やや不満を感じながら読み進めることに。音が消えていくことの実感としてのストーリー構成だとは思うが、娘たちはそんな簡単に失われる存在なの?とも納得できず。
途中急に始まる官能小説には驚いた。確かに音とともに言葉やそのものが失われることで、どこまで男女の性愛を描けるかという実験としては面白いかな。
最後はよくわからない結末で、もう少しひねりみたいなものが欲しかった感は否めない。
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言葉が一音ずつ消えていき、使える言葉が減っていく世界に、虚構とわかっていながら生きる、作家の佐治を描く。作品の内容というよりも、この題材を思いつき、最後まで書き切ったことに執念を感じた。全66章であるが、40章あたりまではさほど違和感なく読めていたのも、文才と工夫のなせる技だと感じた。
最後についている、この小説を題材にした論文の要約も面白い。3箇所ほど誤って消えた文字を使っていたらしく、その少なさにも驚いた。
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単純に言葉がひとつずつ減っていく。
でも難しい言葉が多くて読みづらかったし、ストーリーもわけがわからなかった。
作者の発想と、この作品を作り上げたことに対しては素晴らしいと思う。
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「あ」や「ぱ」などの言語を順番に消しながら綴られる小説がどんなものか、気にならない訳が無い。
いやー面白い企みだった。
たかが一文字でしょ?ってならないのか。
こんな回りくどい言い方しないと語れなくなる物事は、意外と多いだね。
確かに文章としては読めるけど、風情が無くなるというか無粋なんだよなあ。
それに消えた一文字に“人柄”や“品”が滲み出るとは知らなかった。
通常なら感情が揺さぶられる場面でも、言語表現が雑なために笑ってしまう。
これって文字を消す順番がめちゃくちゃ重要だから、そういうのを考えつつ文章も破綻させないようにしないといけないわけで…。
ホントよく書こうと思ったよね。
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これはすごい本を読んでしまったな、というのが率直な感想。
途中から、限られた音の中でもこんなに文章って書けるんだと驚きの連続でした。言葉が消えていって勝夫さんの記憶も曖昧になり、やや回りくどい言い回しになっているのを、これは何について言っているのかを推測するのが面白かったです。むしろ後半にかけて、自分が知らなかった言葉が散見できたりもして、ここでも筒井康隆さんの筆力に圧倒されました。
筒井康隆さんの他の本も読んでみたくなりました。
Posted by ブクログ
私には、難しすぎた。
が、状況を想像しながら、理解していく感じで、何か今までの小説とは違う気持ちになった。
また、10年後くらいに読むとちゃんと読めそう。
Posted by ブクログ
何十年ぶりかで筒井康隆の本を手に取った。
本の帯に「TikTokで話題!」などと書いてあり、そう言えば読んだことなかったな。と思って読んでみた。
世界からどんどん文字が消えていき、その文字で表されていたものは表現できなくなり、表現できなくなると消滅する。
例えば、「ぱ」という字が消えると、「パン」の存在が消えるので、こうなる。
「おれたちは中年だからね。起きてすぐのお茶漬ってのはうまいものさ。でも若いひとなどは違うだろうね。柔らかく、口と胃に軽い、すばらしい食べものを食べるだろう。君も好きで、よく食べていた筈じゃないか。でもその食べものは、この物語からはもう失われたんだ。君は二度と、今君がぼんやり意識しているその香ばしい、ふんわりした食べものを食べることはないだろう。」(26ページ)
「パン」の2文字を書けないために、こんな素敵な描写が生まれるとは。書くことを禁じられたために、対象物の魅力が際立っているようにも見える。
そしてこんなふうに、消えてしまったものを遠回しに残った字で表している場面に出会うと、「これはなんのことを言っているのか?」と正解を探したくなる。
例えば、フランス文学全集の中の、「脂肪の塊」「女の一生」を書いた自然主義の大家の巻とは。
例えば「いつも好んで買っていたウイスキイの、消えた母音の長音を必要とするその種類の、消えた半濁音を必要とするその銘柄の瓶」とは。
折しも、読書仲間が同じ時期に同じ本を読んでいたため、答え合わせに盛り上がった。
だんだん使える字が減って行き、最後の章は、残された数少ない文字を駆使して主人公が自分の身の上に起こっていることを描写するのだが、何を言っているのか支離滅裂で、ほぼダジャレのような言葉の羅列ばかりになり、おかしかった。
しかしとにかく、読みにくい!
読み終わって、ようやく苦行から解放された気分。
そして本の帯にあった「究極の実験小説」には同意したけど、
「最高に切ない恋愛小説」?? 恋愛?どこが??
売らんかなのこのキャッチコピーは、ダメでしょう。
Posted by ブクログ
ストーリーの中で言葉がだんだん消えていく話かと思っていましたが、主人公がメタ発言を連発するので驚きました。最初から「あ」が消失している世界で伝えたい言葉を言い換えながら、想像力に訴えかけながら進んで行く物語がとても面白かったです。
Posted by ブクログ
TikTokでよく紹介されてたから読んでみた。言葉が限られてきても表現出来ることを知って、言葉の勉強をしてみたいと感じた本でした。しかし、自分にとっては難しく、薄くても読み終わるまでに時間がかかってしまいました。
Posted by ブクログ
読み進めるうちに使えるひらがなが1文字ずつ消えていくという実験小説。読んでるうちにどんどん語り手の語り口が変わっていって、それこそが肝!!な感じは、アルジャーノンに花束をみたいだなぁと思った。
最初の方はおお〜今回は何の言葉が消えたんだ!?と毎回ワクワクしていたけど、当たり前にだんだんめちゃくちゃ読みづらくなって途中から読むのが疲れてしまって、そんなに長くないのにカラマーゾフより全然読むのに時間がかかった。
でもこれを1冊書き通したのは常人ではないまじですごいことだと思ったし、それを読み届けることこそがこの本を読む意義だと思うので、最後まで読めて良かった。あとは言葉(ひらがな)ひとつひとつの大事さを痛感しました。「TikTokで話題!」っていう不思議な帯がしてあったのも変でおもしろい。