須賀しのぶのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
面白かった。
日本の夏といえば、甲子園。
終戦直後の日本で、高校野球復活のために奮闘した新聞記者の姿を描いた小説。
タイトルは「なつぞらはっか」と読む。
夏空に白球が飛んでいく様を喩えたのか、と思ったら違う。夏空の下、グラウンドを走り回る白いユニホーム姿の選手のを譬えたのだという。
敗戦の1年後に、焼け野原の中で、主要な球場を接収された中で、高校野球の全国大会が開催されたなんて、よく考えれば奇跡だ。そんな奇跡が目の前で繰り広げられれば、選手たちはまさしく希望の真っ白な花のように、観客の目には映っただろう。
なぜ、日本において、こんなに野球が他のスポーツに比べて特別扱いされているのか?また、なぜ、日本にとってアメリカという国は特別なのか。
この本を読んでよくわかった気がする。
著者の須賀しのぶさんは、僕と同じ年代の方。
そのせいか、野球というスポーツに対する距離感がとても似ているな、という印象を持った。
野球への愛情を持ちながら、「野球道」からもアメリカン・ベースボールからも距離を置いた目。ただの感動物語でないところがさらに良い。
本屋大賞2019 1次投票第17位 -
Posted by ブクログ
初めて読む作家さん。
以前、某公共放送の歴史番組で、終戦わずか一年後に開かれた高校野球(当時は中等学校)の大会について視聴して驚いたことがあったが、この作品はその史実をさらに深掘りしてあって興味深く読んだ。
主人公が夏の甲子園大会の主催者である朝日新聞の記者でありかつて甲子園でプレーした球児であるものの甲子園で苦い思いを残したままというキャラクターならではの視点、そしてGHQ側、つまりアメリカ側から見る日本の「野球」とアメリカの「ベースボール」との違い、更には戦時中難しい立場で生きてきた日系人、更には当時すでに甲子園があこがれであり目標でもあった球児たちや球児たちを取り巻く大人たち、それぞれの視点や言い分、胸に秘めた思いなどが公平に熱く語られていて、その点でも興味深く読めた。
夏の大会再開に漕ぎ着けるまでの様々な苦労や交渉はもちろんだが、いろんな人々の葛藤も描いてあって良かった。
終戦直後で誰もが生きていくのに必死だったとき、今日食べるものすら手に入るかどうかわからない、そんなときに野球大会を再開するなんてトンデモ話だと今でも思うが、それを一年で本当に開いてしまうのだからすごい。
そして実際にこんな苦しい状況の中でも地区予選を勝ち抜いて全国大会にやってきた中等学校の球児たちの熱意、決して安くないチケットだったにもかかわらず満員の観客がいたということにも驚かされる。
さらに言えば、当時はプロ野球より人気の高かった東京六大学野球や、職業野球と呼ばれていたプロ野球も再開していたことにも驚く。
人が生きていくためには食料やお金だけではない、なにか熱中できるものが必要なんだと改めて思う。
一方で現在でも大会が開催されるたびに巻き起こる議論、日本ならではの精神論や「野球道」についての厳しい指摘もあり、このあたりも考えさせられた。
最後まで読み終えて、タイトルの意味がわかる。その情景を想像しただけでも感動する。 -
Posted by ブクログ
現代の高校球児、その時代は中等学校の球児だった朝日新聞の記者が、終戦直後に高校野球を再開させようと奮闘する。
史実にもとずくフィクションは大好物です。
初めは読みにくく、気づけば流し読みとなっていて、もしかして合わないかも?と残念に思っていましたが、ジョーの秘密に到り、ビビビと来てしまい、改めて初めから読み直しました。
高校野球再開に奔走する神住の熱意が今ひとつつかみにくい感じでしたが、この時代にあれだけの行動力は熱意なくてはできないことかと、後に読み込みきれていなかったことに反省しました。
高校野球、六大学野球、プロ野球の当時の立ち位置が、今とは少し違うようでとても興味深かったです。
近いうちに「二つの祖国」を読む予定です。
タイミングも良かったと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ著者作品は3作目。
ドイツが好きで、ヨーロッパの近現代史が得意分野と思っていたが、高校野球を題材にしたものもあるのも知っていた。その著者が、2018年夏、高校野球100回大会の節目に世に送り出したのが本書。
大戦後1年で復活を果たした高校野球。その史実を基に、その復活までの尽力を、朝日新聞社運動部の一記者神住を軸に描く。
舞台は、1945年夏の大阪、物語はあの玉音放送から始まる。それまでの正義、価値観がひっくり返り、食うや食わずの焼け野原の中、敗戦翌日からストーリーは動き出す。
物質的な困難は容易に想像つくが、GHQの存在、文部省との綱引きなど、周辺には多くの障害があったことを、ひとつひとつ丹念に描いている。そのあたりは、さすが歴史もの作家という筆致だ。読みやすい。
予想外だったのは、野球の普及には、当然、それを国技とするアメリカの強力な後押しがあったからと思っていたが、大リーガーに代表されるプロが魅せる“ベースボール”と、なぜか、当時は六大学に代表される学生のゲームが人気を博していた“野球”との違いに、アメリカ側=GHQが異を唱えていたという点。
職業野球は読売グループが東京を中心に動いており、六大学野球もまた別の動きをしている中、関西では甲子園球場での高校野球の再開に向け、朝日新聞が奮闘する絵図が面白い。思いもよらない障害が、内外の要因で錯綜する。
歴史的事実も実に興味深いのだが、そのような史実の後追いだけではないのが、この著者の巧いところ。主人公の神住を、かつて夢破れたの高校球児とし、さらには沢村栄治の同世代に設定した。熱狂する甲子園、それに翻弄される若者の夢、挫折の心情にも触れる。さらには戦争で徴兵される無念を沢村の人生に象徴させる。
また記者の立場として、地方を巡り当時の日本の敗戦直後の実情を描き出し、同僚たちの会話から、記者魂の他、マスメディアのあるべき立場、世間に対する責任までを論じようとする、実に欲張りな内容になっている。戦中、“紙の爆弾”(=大政翼賛の新聞記事のことだ)を放ち続けた新聞、その中に居た人間たちの生身の苦悶が生々しく描かれている。
史実部分より、実は、そうした同僚、先輩記者、カメラマンとの熱い会話が読み応えあったりする。さらには、妻美子が神住に放つ言葉は夢ばかり求めがちな男どもへの痛烈な警鐘に聞こえた。
「あんな、動機なんてどうでもええねん。言うとくけどな、調子乗っっとった男は、なんやうまくいかへんなった途端に、すぐ行動理念やの何やのと目に見えんこと言い出すけどな、そうなったらまずろくなことにならへんからな。戦争がええ例や。あんたらすぐ、精神論に走って目的見失って迷走して取り返しのつかんへんことになるやんか」
占領軍のアメリカ側とに芽生える不思議な友情も見ものだ。“キベイ”という存在も本書で初めて知った。「イッセイ」でも「ニセイ」でもない「キベイ」。多くの英語辞典に“kebei”という単語として掲載されている特別な意味をもった言葉。その運命を背負った一人の男が、学生野球の存在を良しとしないアメリカ側を説得する切り札として登場する意外性と、フィクション部分ではあろうが、アメリカ軍vs日本軍で合いまみえるテストマッチの清々しさ。 野球世代には響くものがある、実に読み応えがあった。なのに、平易な文章で読みやすいんだなぁ、これが。
あと巧いと思ったのは、タバコの使い方。昭和の記者は、ぜったいヘビースモーカーだったろうなというのがよく分かる。時代感を出す小道具としてタバコが活きている。また「朝日」という銘柄のタバコがあったのを上手に使っている点にもニヤりとさせられる。
細部にまで配慮の行き届いた、なかなかニクイ作品。 -
Posted by ブクログ
終戦直後、高校野球の復活を目指して全国を回る記者。彼はかつて投手として活躍していたが、苦渋を味わって野球から遠ざかった身だった。
そんな彼が、戦争の傷跡が深く残る世間に野球を復活させようと駆けまわる。彼を動かすものはなにか…そして、大会の再興を阻むものはなにか。
真摯にその時代を描き、野球にまつわる人々の思いを様々な側面から描いた物語。
この作者さんは、戦争ものも残酷さ含めて難なく描き、さわやかな青春小説も軽く描いてしまう幅広く豊かな作風を持たれています。
そんな手練れの作者さんが、いたってストレートに(フィクションとはいえリアルに)高校野球大会の復活までを市井の人々の視線で真正面から描いた物語は、あっという意外性や悲劇がなくともこんなに読ませてくれるのだと思うほど、いきいきとした力に満ちていました。
その力を生むのは、野球へかける熱い思いを持つ人、複雑な想いを抱く人、そして憎しみをも抱く人。さまざまな立場の人々の生きざまが文章を通して浮き上がり、話に温度を持たせてくれたと思うのです。
読み終えると表紙のような青空を仰ぎ見たときの気持ちになれる、とても素敵な小説でした。