大好きな島本作品。同じく大好きな西さんが「私はもう恋愛小説を書かない」と言うほどの作品とはと思い購入した。
島本さんの作品らしい展開ではあるが、難しかった。恋愛は二人で100ということを再確認した。同様にある作品を思い出させた。大学のゼミで精読した、ウィリアムフォークナーの『響きと怒り』だ。
2つとも、現在の話と過去の話が交錯する。『響きと怒り』の方はそれを分かりやすくするためか普通のフォントとイタリックで分けて書かれている。しかしこの作品はそれがない。尚更難しいと感じさせた。
作品中で「私」は、子として、恋人として、そして愛人として数多の苦しみを抱く。手首を傷つけながら。彼女が求めているものは何だろう、そう思いながら読み進めた。
後半、今まで「あなた」の方が思いが強かったのが、直樹との別れもあるのか逆転する。そして「あなた」は離れていく。胸が痛んだ。恋愛はなぜこうも報われないのかと強く感じた。
『一度でいいからなにも奪われずに底なしに甘やかされたかった。でも他人と比較するから眩しすぎて実態が捉えられないだけで、実際はこの世に底なしに甘やかされて育った人間なんていない。もしそういう人かいたとしても、それが幸福なこととはむしろ言い切れない。それも分かった上で捨てられない幻想を大事に抱いていたくせに、その感情を口に出すことすらできなかった。私だけを見て。いつもここに帰ってきて。私だけを選んで愛して。子供のように泣きながら、あなたに素直に言えば良かった。』(本文159貢より)
ここが彼女の本心のように思えた。彼女は本心をさらけ出しながらも、遠慮している。何て謙虚なんだ。何て生きづらいんだ。そう強く思った。同時にこの言葉に強く動かされたということは、私もこう思っているのだと気づかされた。涙が溢れた。
書きながらも、私はこの作品を理解できていないなと痛感した。もっと様々な作品に触れ、そしてこの作品も再読し、理解を深めたい。