ジェイン・オースティンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ものすごいいいところで分けたと思う、下巻。
とりあえずエリザベスの葛藤から始まるわけですが、この子の「公正さ」へのこだわりすげぇな、と昔の自分を見ているようでした(笑)。父譲りの皮肉屋なんだけど、自分が本来正しいと思うべきだったものに対しての全面降伏が早いというか、妙なとこ素直なんだよね……。上巻で言及した通り、彼女の自尊感情には健康的と言うには少し足りていない部分があるのですが、この場合はいい方に折れたのだなあと。
ダーシーのほうも、上巻でのやりとりで既に、彼女が公正さへのこだわりを抱えていることを知った上で、再チャレンジを目論んだのだろうかと感じました。なので下巻の、いったん振られたはずの彼の様々な働きかけが自己中、迷惑にならず、そして万事上手くいったのだと思う。
さて、100分de名著では、終盤の子馬への言及に関し、彼女が馬鹿にしていた母親の価値観である物質的なものの価値に毒された、みたいな締め方をされていたような記憶がありますが(記憶違いだったらごめんなさい)、これは、そういう話ではないと思う。
完全な人間が肉体と精神と魂の合一であるように、完全な物事の本質というのも、精神と物質、双方の価値を(正しく!)具えていなければならないのではないか。
その点、ダーシーの邸宅の素晴らしい庭や調度品の描写は、それを「魂を知る者が財力を傾けた物質」という意味で、地上にあるものとして完全、理想に近かったのだろう。
そして、それを踏まえた上で、母親の妄執を「おちょくる」「ネタにする」ようなスタンスでの、叔母への手紙での言及だったのではないだろうか。「魂のない物質を追求してもしょうがない。私の手に入れるのは、本物なのだ」「持っているだけではない、使うのだ」「それも、本来屋敷に立ち入るべきではないとされる階級の、本物の魂を持っている親族とともに」といったあたりである。
もちろん浮かれている、上から目線(天狗)になっている、という側面もないではないだろうが、全体的には「視野が一段階広くなった」ように見えた。
しかしエリザベス目線の物語としてだと、「自分も成長した」というのが第一の収穫、達成なのだけど、彼女の物言いとか解説、親友の結婚の周辺で説明された事情をふまえるに、
「取るに足らない、相続権もなく働くことも許されない女性が、財産もある立派な男性の生き方を変えた!」
というのもとても大きな達成なんだろーなー。
そのあたりといい、結末に明かされるダーシーの心の動きといい、前から言ってる少女漫画あるある『「クッ、面白え女」メソッド』まんまである。庶民出のヒロインが御曹司の生き方変えるやつ。
しかし最近のコンテンツなら「変わった女」「図々しい」「度胸ある」くらいで全て説明が済んでしまうこのメソッド、ここまでちゃんと解説する必要あったんだな、19世紀には……(笑)
そしてあれ。これは避けて通れないのでは、という感想が
「元祖ツンデレップルかよ!」
だった……。いやはや、ツン→デレという古典的テンプレを見た。個人的にイギリスツンデレップル1位はハウルとソフィーなのだが、いいところまで迫ったかもしれない。
(最も心に残るツンデレは、ジェイン・エアの「チェンジリングめ!」ですが、あれは旦那様を元気づけようとする、いわばお仕事ツンデレなので、感想はむしろ「尊い……」となり別カウントです)
ごちそうさまでした。 -
Posted by ブクログ
お も し ろ い。
「100分de名著」で取り上げられていたため読みました。もともと数年前の映画や、かの「高慢と偏見とゾンビ」などからタイトル・あらすじなどは知っていたものの、まあ、面白いんだろうなーとは思っていたものの、私の「単なるロマンス小説」には手がなかなか伸びない悪癖が邪魔をしていてこんな時期に。
さて上巻。100分de名著の紹介と比較すると、ダーシーの嫌さ加減が、本っ当に嫌でした!(笑)
そしてマッハで恋に落ちていくさまにめちゃくちゃウケた。昔のツンデレ男はジェットコースター的にデレていくのが流行かなんかだったんでしょうか(ジェイン・エアの旦那様とか)。
ツンデレと言いましたが、これは完全に「キャラ小説」ですね。ブロンテ姉妹もキャラの濃さで話作ってそうなところがありますが、こちらは主人公やメインキャラもさることながら、周囲のキャラ性が濃いこと、濃いこと。そのあくの強さたるや、まるで派手な色の髪のキャラしか出てこないラノベのごとし。
内容としても、若者が喧嘩して恋愛して成長して収まるべきところに収まるっていう、三巻完結ぐらいの少女向けラノベっぽい筋立てでした。
恋愛関係の話は下巻の感想に譲るとして、気になったのが家族のキャラ立て。
すぐに感情的になっては家族をコントロールしようとする母親と、金銭以外のあらゆる問題から目を逸らそうとする父親。ニヒルになってみるスタンス自体は彼本人の防衛反応なんでしょうが、子を持つ大人としてやってはいけない、そして「よくある」父親の姿ですね。
その結果子供達が見事にスポイルされており、長女、四女、五女の振る舞いはそのまんまAC(アダルトサヴァイヴァー)っぽいですし、ヒロインエリザベス(次女)もまた。いや、長女と次女が母のカウンセラー務めながら妹の教育に苦心しなきゃなんないとか、ほんと機能不全家庭あるあるすぎて(笑)
エリザベスとお相手ダーシーの、高慢とか虚栄心って言われる奴も、自尊感情の低さだと思う。ダーシーも、ご両親が領主として優れた人だったかもしれなかったけど、育て方間違っているのは下巻で語られているわけだし。(だいたい、一緒に育てたあいつがああなってることからしても、相当教育ベタだったんじゃねーかと思うぞお父ちゃん)
んで、下巻の話ついでに、ダーシーが変わろうとできたのって、手ひどく指摘を受けたのが、エリザベスが誤解してた点と「彼自身、うっすら気づいていた直せる可能性のある欠点」だったからなのではないかと……もし突っ込まれたのが「自分がアイデンティティを感じていた部分」だったら受け容れられないと思う。いや、上巻ラストの時点ではまだ受け容れるところか大反発してるわけですけど。
そこを非難されたわけではなかったので、ちゃんと見てもらった上で振られたんじゃなきゃ、諦めて次に行けねえよ、みたいな。
つまりこの話を読んで連想した現代のヒット作は、「逃げるは恥だが役に立つ」だったのだ。
以下次号(下巻)。 -
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ネタバレジェイン・オースティンの作品の素晴らしい点は色々あるけれども、一つにはその卓越した表現だと思う。クドいわけではない必要最低限の言葉で、読者が容易に個々のキャラクターを頭の中で想像することができる。しかもこれほど似ている主題で書いておきながら、他作品とは全く別人として書き分けされているのだから凄い。
ついに私はよく議論される「高慢と偏見」と今作のどちらが好きかについて意見を言える。エマには正直、過度の期待はしていなかったのだが私は確実に「エマ」の方が好きだ。ダーシー氏もナイトリー氏も理想的な紳士ではあるが、「エマ」は読んでいて腹が立たないし、表現や登場人物などが円熟しているのは素人の私にも分かる。紳士の好みで言うなら、ダーシー氏は痛い目を見て己を省みたけれどナイトリー氏は最初から立派だったではないか! 作者が言うような、エマ本人は「読者が好きになれない主人公」ではない。寧ろエマにはエリザベス・ベネットより大変好感触。私が好きになれないタイプは、作品も含めて大人しいファニー・プライスの方だ。
私のように、少女漫画や恋愛小説は嫌いでも、オースティンの作品は好きだというケースは往々にしてあると思う。それは、ジェイン・オースティンの小説のジャンルが単なる恋愛小説ではなく、あくまで「novel of manners / 風俗小説」や「comedy of manners / 風俗喜劇」であり、教訓めいたものがあるからではないかと私は睨んでいる。個人的には、作者の生涯よりも時代背景や風俗やテーマについて掘り下げていきたい。取り敢えずWikipedia(en)を読んでみると、例えば今作「エマ」では「階級」というテーマの他に「食べ物」にも意図があるなどとあって大変興味が湧いたので、絶版となっているものも多いが関連本を幾つか読んでみたくなった。 -
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ダーシーに起こった変化は、「注文を寿司屋の大将に拒否されて驚いた資本主義信奉者の客が、書いての高慢を捨て、売り手との共創について考える」という類のもので、非常に普遍的なパラダイムチェンジといってよいものである。一方エリザベスに起こった変化は、アドホックに一人の人間に対する一つの偏見を解消するもので、彼女は「私偏見いだきがち〜今後の人生では第一印象で判断しないように気をつけよう〜♪」くらいの示唆しか得ないだろう。ここに高慢&偏見と双頭のテーマとなるには些かアンバランスさを感じた。強いて注文をつけるなら、であるが。
手垢のついた解釈だが、結婚やシンデレラ願望が、資本主義闘争的な面を、これは現代においても多分に含み、そこまで卑下されるべきでないところであることは、学びになった。 -
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まさに高慢と偏見で。
典型的少女漫画みたいな流れで、現代にもパターンとしてはよくある。
現代少女漫画を読めば、またこのパターンかよ!という。
だけど、とても面白かった。
いかに金持ちと結婚できるか?二十歳過ぎるともう遅いという感覚。
キャラクターがはっきりしていて、面白い。すれ違いでイライラするところとか意外性からときめくのとかも王道だけど、だいたい結末はわかってるのに、先はどうなるのか早く知りたくなる。
ちょっと気になったのが、ダーシーなど男性で「〜ですもの」という訳。ちょっと女性っぽいので、「〜ですから」とかそういう感じにしたらいいのになと思った。
イギリスBBCドラマ、コリン・ファースの高慢と偏見を録画しているので次はそれを観てみよう。
→観た。ほぼ原作通りでオススメ! -
Posted by ブクログ
上下巻一気に読んでしまった。ここまで面白いとは。本当に文学というのはその時代に生きた作者の思考だったり価値観だったりエゴだったりがよく分かっておもしろい。この作品の作者、ジェイン・オースティンはかなりの人間観察好きで、それだけではなく人間の心理の深いところまで巧妙に描いている。人間の愚かさとか馬鹿さ加減をここまでユーモアたっぷりに書けるなんて!だから楽しく読めたんだろうけど。私も彼女みたいに人に対する苛立ちとか怒りを笑い飛ばせるようになったらいい。あと絶対に触れないといけないのはエリザベスとダーシー氏の恋愛物語。こんなにも読者にじれったさを感じさせて、興奮させる展開があっただろうか!!というくらいとにかく面白かった。訳者の中野さんもこの作品は恋愛作品としても一級品、とあとがきで述べていた。本当にそうだと思う。ジェイン・オースティン…おこがましいようだけど私自身と少し似ている考え方を持っているようだし、女性ということもあるし、、、これからの人生の伴侶になりそう。他の作品もぜひ読んでみよう~♪
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Posted by ブクログ
ネタバレこの下巻はまた色んな事があります。リジーの妹リディアの結婚とか・・・。
現代では駆け落ちとか、そんなにたいした事ないと思いますが、この時代では家族全員の評価を著しく下げ、未婚の者は結婚など無理!ってなってしまうぐらいとか本当に現代は開けましたね~。
この時代では異性の手が触れるなんてダンスの時だけだったと映画のメイキングで言ってたような~?なのでこの駆け落ちがいかに大変な事だったかというのも、よく分かります。
リジーとダーシー様はというと、高慢で鼻持ちならない以前の彼とは比べ物にならないぐらい気さくな姿に、リジーが段々心を開いていく姿を丁寧に描いているので感情移入出来るというか、この二人が早く幸せになるのを今か今かと待つ感じで凄く楽しめます。
欲を言えばラストがあっさりしているので、ようやく結ばれた二人のその後をもう少し描いてほしかったかな?って感じかな。
でもあっさりしていますが終わり方も凄く良いんですが・・。
本当に世界中で愛されている作品というのも分かる素晴らしい作品だと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ映画を物凄く気にいったので原作も!と買いまして今回海外ドラマ版を見た事で読みかえしました。
まず読みやすく翻訳してくれているのでスラスラ読めるのがとてもいいです。昔の作品なので読みにくいかも?と思ってましたが全然大丈夫でした。
内容はリジーとダーシー様の結婚までの道に色々な事が起きるって感じですが、この上巻はダーシー様がリジーにプロポーズして、こっぴどく振られ弁明する所までですが、非常に面白いので次!次!ってなります。
また映画ではそんなに感じなかったリジーの母の出来の悪さを今作では嫌って程知らされることにもびっくりでした。
あの母からリジーやジェインが生まれたのが不思議なぐらいです。
ダーシー様も最悪なプロポーズをしたもんですが、彼がそう言いたくなる気持ちも凄くよく分かるぐらい(笑)
また女性で身分が低かったりしたら本当に大変な時代だというのもよく分かる作品でもあります。 -
Posted by ブクログ
古典恋愛文学!
お互いが気にしているうちに好きになっていく様子がとてもかわいい。
再度ダーシー氏が現れてからの、互いに様子を伺っている状態も、ふたりがうまくいってどんどん仲良くなっていく様子も、どきどきしながら見守った。台詞の遠回しすぎるくらいの言葉の選び方は、恐らくもっと意訳してもよかった部分であり、賛否両論ありそうだが、溢れる想いを押しとどめながら言葉を選びえらび伝えたいという気持ちが表現されているようにも感じられて、盛り上がった。
ジェーンとビングリー氏は他人の意見に左右されすぎ。それだけ互いに気を遣ってしまう優しいふたりだということなのでしょう。
21歳の処女作だということにびっくり。
映画は役者も映像もきれいで、とても良かった。