帚木蓬生のレビュー一覧
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帚木さんの書く医療サスペンスが好き。本当に恐ろしいものは、悪意なんかじゃないというこを知った。岸川が行う行為は、自分の栄誉のためや金儲けのためじゃない。ただ岸川が持つものは、純粋な科学の追求。飽くなき好奇心。人間は、倫理という曖昧なものによって形作られてるって実感。それを失くした、というより持っていない岸川は、神か悪魔か。エンブリオを使った医療云々ももちろん面白かったけど、今回は岸川の人間性がまた興味深く、かなり印象深い作品になっている。岸川が行う数々の行為は倫理的にはもちろん、時に法律的にも問題を孕むけれど、彼が目指す医療の姿には考えさせることが多い。でも医療に関する法律は日々変わっているし
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天平時代を生きた人達の物語。当時の社会状況が、ことこまかに描かれている。現代ではもう見られなくなった、さまざまな職種の人達も登場。渡来人、百済人もよく描かれている。船や橋、建物などの記述も鮮やかでとてもよい。当時の食文化も読み応えがあった。鮨などにいたっては、当時から1200年以上の時を経て、やっと世界中で食べられるようになったのであるから、釈迦の真の教えが世界にあまねく広まるのは、まだまだ先のことであろう。金曜の夜に馬鹿騒ぎをし、ジーンズを履いて犬を散歩させ、大型スクリーンを眺めて暇を潰し、果てには飲酒運転で暴走してしまう、至極退屈な現代の日本人達と、当時を必死で生きた天平人、どちらが幸せな
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帚木蓬生の初期中短編3作。全てが医学もので、医学界の暗部を抉る強烈なものがある。
表題作「空の色紙」は、嫉妬をめぐる夫婦群像とでもいうのだろうか。狂気とは誰の内にでも存在すること、狂気を治療する医者の内部にさえ巣食っている事実をまざまざと突きつけてくる。そこに、戦争を交えることで、昭和というマクロと夫婦というミクロが同時に描かれていて、その広さと深さが読後感を充実したものにしてくれる。しかし、特攻で死んだ兄の色紙が実は幻だった、という終局は、なんだか稚拙さすらも感じられてしまった。それが残念。
「墟の連続切片」は、荒々しさも感じられる筆致で、ある面で「失敗作」と評されたことに納得もできる -
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解説を読んで、守田が作者の父だとわかり、上巻での疑問は吹っ飛んだ。だとすれば、作者は、父の顔も知らずに育つはずだった竜次。彼はその後、父から、何をどのように聞かされ、育ったのだろうか。全てを聞いたのではないだろう。だからこそ、作者は、小説という形で上梓しなければならなかったのではないか。父の語ったものの隙間を埋めていく作者の心中はいかばかりであっただろう。
結末は、やはり予想の範囲内ではあった。あの時期、逃げおおせた人や、逃げて捕まるのが遅かった人たちの多くが助かり、早々に捕まった人たちが生贄にされたのだ、という話はいくつか聞いていたから。逃亡期間が1年になったことで、確信は深まった。それ -
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とにかく難しいテーマだ、というのが第一の感想。戦後生まれの作者が何故、このテーマを選んだのか。そこにものすごく興味を惹かれた。
BC級戦犯といって取り上げられてきた人々は、例えば『私は貝になりたい』のように、上官命令で仕方なく現地人や捕虜を虐待・殺害したような人々が多い。その中で、「憲兵」という、訴追されても仕方ないんじゃないか、という諦めを覚えさせられる立場の人間を主人公に据えたのは何故か。この微妙な視点の置き所が、帚木蓬生という作家がいいと思う所以なのだと思う。
それでいて、ただひたすら、淡々と描く筆致も好きだ。余計な感情を挿まずに、ただ、そこにあった事象と語り手の心情だけに集中する -
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実のところ、国人が都に行くことになった辺りから、結末はほとんど予測できていた。下手をすれば、国人だって奈良登りにはたどり着けない。でも、国人が待ち望んでいた再会はなかった。それが、悲しい。たくさん、話したいことがあっただろうに。
都で、国人の感覚は、詩や歌を覚えることで、ずいぶんと華やいでいたと思う。人足たちの中でも、文字が読め、仏の意味も深く考えていた。すごく雅て見える。でも、奈良登りへ帰る道々、仲間を失っていく中で、どんどん荒々しいものになっていったように見える。そして、奈良登りの石仏の碑を彫りつけようとする国人の姿は、荒々しさそのもの。
これは、仏作りに関わって、聖なる者になってい -
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第二次大戦中香港で憲兵隊員として活動していた主人公。
しかし終戦と共に戦犯とされる事を受け入れられない彼は憲兵隊から逃亡し、中国そして日本、彼の過酷な逃亡生活が始まる。
主人公は憲兵ですが、よくある鬼の憲兵の物語ではなく一人の戦犯とされた日本軍人が戦後の混乱期の中をどのように生き抜いてきたかがメインのテーマになっています。
そしてその中で、戦犯として追われる主人公が家族と共に過酷な運命に対して立ち向かい、乗り越えていく姿はすばらしいドラマに仕上がっています。
終戦後の混乱期に日本人が何を考え、どのように行動し、そして生き抜いてきたかが鮮やかに描かれていて戦後史という面でも面白い作品になって -
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第二次大戦中香港で憲兵隊員として活動していた主人公。
しかし終戦と共に戦犯とされる事を受け入れられない彼は憲兵隊から逃亡し、中国そして日本、彼の過酷な逃亡生活が始まる。
主人公は憲兵ですが、よくある鬼の憲兵の物語ではなく一人の戦犯とされた日本軍人が戦後の混乱期の中をどのように生き抜いてきたかがメインのテーマになっています。
そしてその中で、戦犯として追われる主人公が家族と共に過酷な運命に対して立ち向かい、乗り越えていく姿はすばらしいドラマに仕上がっています。
終戦後の混乱期に日本人が何を考え、どのように行動し、そして生き抜いてきたかが鮮やかに描かれていて戦後史という面でも面白い作品になって -
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ドイツ物だからなぁ・・・manaの採点は甘い!だなんて思わないでくださいまし〜。本当に感動しました! 上・下巻に分かれているものの、あっという間に読むことができますよん。戦争中のドイツの残虐な行為についても書かれていますし、それに対抗しようとしていたアンダーグラウンド組織のこともでてきます。もう涙・涙ですよん。戦争の悲劇は人間を狂わせてしまうところですよね。日本国家を背負って駐在している主人公のヒューマニズムはだまってはいませんでした。しつこいですけど、満点をうなずいていただける作品だと思います。それにしてもこの剣道の防具、実存しているんですよ〜。フランスにあったらしいのですが、今は日本剣道協
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患者のためなら何をしても正義なのか。
上巻では、岸川先生は倫理的な問題を抱えつつも患者思いの名医という印象が強かった。
だが下巻に入ると、そのイメージは一変する。続きが気になって読む手が止まらなかった。
表向きは人格者で、誰もが惚れ込むほどの医療を提供する天才。
しかし裏では、自分にとって都合の悪い人間に対して冷酷で、罪悪感というものがまるでない。
全ては自分が正しいという確信のもとに行動しており、その姿はかなりのサイコパスだと思う。
善と悪が混在している人物だが、もし自分が患者の立場だったなら、きっと彼のことを神様みたいに感じてしまうのだろうなあと思った。 -
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不妊治療や流産・死産の経験がある人には、読むのが辛いかもしれない。
ショッキングな描写もあるが、残酷さを強調するのではなく淡々と書かれていて、その発想に驚かされる。
いくつかの症例が登場する中で、とりわけ印象に残るのは、亡くなった女性の卵子を人工授精させ、男性の腹部へ移植するというケース。
倫理的には完全にアウトで、世間から強く批判される類の治療だが、それでも医師の姿勢には揺さぶられるものがある。
患者に寄り添い、未来の医療を見据えるその信念を前にすると、本当に「なぜいけないのか」「倫理とは何か」と考えさせられる内容だった。
下巻の展開が楽しみ。