帚木蓬生のレビュー一覧
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天平時代を生きた人達の物語。当時の社会状況が、ことこまかに描かれている。現代ではもう見られなくなった、さまざまな職種の人達も登場。渡来人、百済人もよく描かれている。船や橋、建物などの記述も鮮やかでとてもよい。当時の食文化も読み応えがあった。鮨などにいたっては、当時から1200年以上の時を経て、やっと世界中で食べられるようになったのであるから、釈迦の真の教えが世界にあまねく広まるのは、まだまだ先のことであろう。金曜の夜に馬鹿騒ぎをし、ジーンズを履いて犬を散歩させ、大型スクリーンを眺めて暇を潰し、果てには飲酒運転で暴走してしまう、至極退屈な現代の日本人達と、当時を必死で生きた天平人、どちらが幸せな日本の姿であったであろうか。といっても、日本人の行動が世界中から注目されているのは事実であろう。きのう乗ったルーズベルト島とマンハッタン島を結ぶケーブルカーの中でおもしろい会話を聞いた。「俺は、朝6時に起きて毎朝運動をしている。おまえはロシア時代に軍隊を経験しているから、朝、運動をしているのか?」「ああ、ストレッチをしている。」「日本人も朝、運動をしているそうだな。」云々。皆、鮨を食べて運動をして長生きしたいのでせうか。
下巻の詩句に
宴安消霊根
酖毒可不恪
無以肉食資
取笑葵與藿
というのがあった。大日如来も現代日本人には苦笑いであろうか。 -
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帚木蓬生の初期中短編3作。全てが医学もので、医学界の暗部を抉る強烈なものがある。
表題作「空の色紙」は、嫉妬をめぐる夫婦群像とでもいうのだろうか。狂気とは誰の内にでも存在すること、狂気を治療する医者の内部にさえ巣食っている事実をまざまざと突きつけてくる。そこに、戦争を交えることで、昭和というマクロと夫婦というミクロが同時に描かれていて、その広さと深さが読後感を充実したものにしてくれる。しかし、特攻で死んだ兄の色紙が実は幻だった、という終局は、なんだか稚拙さすらも感じられてしまった。それが残念。
「墟の連続切片」は、荒々しさも感じられる筆致で、ある面で「失敗作」と評されたことに納得もできる。でも、私には、その荒々しい文章、全体としての脈絡を微妙に欠いたその一編、という存在にこそ、作者の描きたい心情が投影されているようで、ドキドキし、そして鬱々としながら読み進めた。ショックだったのは、東富士の実弾演習の振動や、学校の屋上スレスレを飛ぶ軍用機に怯えた経験を持つ私が、アメリカ、そして安保反対を叫ぶ若者に共感できなかったこと。いや、それ自体には共感できた。でも、それを無視して研究活動を続ける教授陣に「それでも人間か」と迫る学生や若い医師たちの姿には共感できなかった。今の私の立場とは、彼らに近しいものであるはずなのに。米軍問題と研究活動とを結びつけるものは私の中にはない。それが、学園紛争時代と今の学生との距離なのだろう。
「頭蓋に立つ旗」は、デビュー作であり、その点節々に稚拙さの目立つ作品。しかし、医学部内部のあり方と、戦時中の人体実験や障害に苦しむ一人の人間の心情を複雑に絡ませた意欲作だと思う。淡々とした語り口の中に、切々と訴えるものがあった。これが昭和か、と感じた。 -
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解説を読んで、守田が作者の父だとわかり、上巻での疑問は吹っ飛んだ。だとすれば、作者は、父の顔も知らずに育つはずだった竜次。彼はその後、父から、何をどのように聞かされ、育ったのだろうか。全てを聞いたのではないだろう。だからこそ、作者は、小説という形で上梓しなければならなかったのではないか。父の語ったものの隙間を埋めていく作者の心中はいかばかりであっただろう。
結末は、やはり予想の範囲内ではあった。あの時期、逃げおおせた人や、逃げて捕まるのが遅かった人たちの多くが助かり、早々に捕まった人たちが生贄にされたのだ、という話はいくつか聞いていたから。逃亡期間が1年になったことで、確信は深まった。それでも、最後まで、それでもやっぱり香港送りにされるのではないか、という可能性を残し続けたのは、それがまさに、あの当時巣鴨プリズンに拘留された人々のリアルだったからなのだろう。
守田が、どの瞬間に何を思い浮かべるのか。その選択にも優れた感覚を示している。人間、こんなときにこんなことを思い浮かべるのか、という驚きと、そうだろうなという納得。扱われている内容に対して、ゆったりと読み込める一冊だった。 -
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とにかく難しいテーマだ、というのが第一の感想。戦後生まれの作者が何故、このテーマを選んだのか。そこにものすごく興味を惹かれた。
BC級戦犯といって取り上げられてきた人々は、例えば『私は貝になりたい』のように、上官命令で仕方なく現地人や捕虜を虐待・殺害したような人々が多い。その中で、「憲兵」という、訴追されても仕方ないんじゃないか、という諦めを覚えさせられる立場の人間を主人公に据えたのは何故か。この微妙な視点の置き所が、帚木蓬生という作家がいいと思う所以なのだと思う。
それでいて、ただひたすら、淡々と描く筆致も好きだ。余計な感情を挿まずに、ただ、そこにあった事象と語り手の心情だけに集中する。もちろん、語り手に作者の思いを託しているのはわかる。それでも、作者ではなく、その語り手が語っているのだ、としか考えようのない筆力が素晴らしい。
一つの逃避行を終えた守田が、第二の逃避行で何を想うのか。下巻が楽しみ。 -
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実のところ、国人が都に行くことになった辺りから、結末はほとんど予測できていた。下手をすれば、国人だって奈良登りにはたどり着けない。でも、国人が待ち望んでいた再会はなかった。それが、悲しい。たくさん、話したいことがあっただろうに。
都で、国人の感覚は、詩や歌を覚えることで、ずいぶんと華やいでいたと思う。人足たちの中でも、文字が読め、仏の意味も深く考えていた。すごく雅て見える。でも、奈良登りへ帰る道々、仲間を失っていく中で、どんどん荒々しいものになっていったように見える。そして、奈良登りの石仏の碑を彫りつけようとする国人の姿は、荒々しさそのもの。
これは、仏作りに関わって、聖なる者になっていく話ではなく、仏と交わることによって、かえって俗に戻っていく話だったのだと思う。 -
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第二次大戦中香港で憲兵隊員として活動していた主人公。
しかし終戦と共に戦犯とされる事を受け入れられない彼は憲兵隊から逃亡し、中国そして日本、彼の過酷な逃亡生活が始まる。
主人公は憲兵ですが、よくある鬼の憲兵の物語ではなく一人の戦犯とされた日本軍人が戦後の混乱期の中をどのように生き抜いてきたかがメインのテーマになっています。
そしてその中で、戦犯として追われる主人公が家族と共に過酷な運命に対して立ち向かい、乗り越えていく姿はすばらしいドラマに仕上がっています。
終戦後の混乱期に日本人が何を考え、どのように行動し、そして生き抜いてきたかが鮮やかに描かれていて戦後史という面でも面白い作品になっています。 -
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第二次大戦中香港で憲兵隊員として活動していた主人公。
しかし終戦と共に戦犯とされる事を受け入れられない彼は憲兵隊から逃亡し、中国そして日本、彼の過酷な逃亡生活が始まる。
主人公は憲兵ですが、よくある鬼の憲兵の物語ではなく一人の戦犯とされた日本軍人が戦後の混乱期の中をどのように生き抜いてきたかがメインのテーマになっています。
そしてその中で、戦犯として追われる主人公が家族と共に過酷な運命に対して立ち向かい、乗り越えていく姿はすばらしいドラマに仕上がっています。
終戦後の混乱期に日本人が何を考え、どのように行動し、そして生き抜いてきたかが鮮やかに描かれていて戦後史という面でも面白い作品になっています。 -
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ドイツ物だからなぁ・・・manaの採点は甘い!だなんて思わないでくださいまし〜。本当に感動しました! 上・下巻に分かれているものの、あっという間に読むことができますよん。戦争中のドイツの残虐な行為についても書かれていますし、それに対抗しようとしていたアンダーグラウンド組織のこともでてきます。もう涙・涙ですよん。戦争の悲劇は人間を狂わせてしまうところですよね。日本国家を背負って駐在している主人公のヒューマニズムはだまってはいませんでした。しつこいですけど、満点をうなずいていただける作品だと思います。それにしてもこの剣道の防具、実存しているんですよ〜。フランスにあったらしいのですが、今は日本剣道協会が保管しているそうです。
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「ネガティブ・ケイパビリティ」
すぐに答えを出そうとせず、わからないこと・割り切れないこと・不確かなことを、そのまま抱えていられる力のこと。
「諦める」とは違う、ここが面白いところ。
諦める→「もう考えても仕方ない」
ネガティブ・ケイパビリティ→「まだ答えは出ない。でも、もう少しこの問いと一緒にいてみよう」
という違い。
小説を読んでいて、登場人物の気持ちや出来事の意味が最後まではっきりしないときにも、この力が関係する。
「つまりこういうことね」と早く答えを決めるのではなく、わからなさや複雑さを抱えたまま感じる。
最近読んだ『カフネ』のような、登場人物の表面だけではわからない思いや、簡単には割り切れない出来事を描いた作品とも、すごく相性のいい考え方だ。
そして個人的には、これは「弱さ」ではなく、むしろかなりの精神的な強さだと思う。
「答えを出さない」というのは、実は「答えを出す」より難しい。
すぐに白黒つけて、前進したい性格の自分には、とても厳しい考え方だな。