山岸真のレビュー一覧
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ネタバレ待遇のいい公務員の息子「ドローヴ」と、世間的には下層と扱われる家の娘「ブラウンアイズ」との愛を軸に展開する青春&恋愛&SF小説。
未熟な少年少女の物語を通じた成長、身分違いという障壁(=燃料)により燃え上がる愛、ライバル登場による三角関係、(良し悪しはともかく)世間体に縛られた大人との対立、そして彼らの行動が世界の危機と直接的に結び付くSFの仕掛けはセカイ系のように彼らの物語を盛り立ており、屈指の青春恋愛小説という裏表紙のうたい文句にも納得である。
以下、多分にネタバレを含む。
上述のとおり恋愛モノ、というか物語に付き物の三角関係についてが素晴らしい。主人公もヒロインも脇役もかなり人間臭く、敗北者に対する慈悲などは存在しない。所詮は敗北者だろうと言わんばかりに、ほろ苦くも仄かな甘味と退屈さを提供してくれる恋愛小説の常識を叩き潰してくれる。
恋愛小説のサブヒロインというのは、時としてヒロイン以上の魅力を放つが、それでいてサブとしての宿命を逃れられない。彼女にストレートな幸福を掴む権利はないのだ。だからこそ、ひとつの恋の終わりまでに至る万感の思いが読者の魂を壊れるほどに揺さぶるのだと思う。読者はサブヒロインの幸せを願ってやまない。漫画やアニメならファン投票で正ヒロインが破れるパターンである(ファンに好かれてもサブヒロインの救いにはならないのだが)。
恋愛小説の華とは、失恋である。
しかし、この物語において、サブヒロインに救いなど用意されてはいない。正ヒロインに「品がなくなった」「意固地で嫌な人」「あのことはつきあえそうにないわ」とまで言われるサブヒロインなど、武者小路実篤『友情』の野島以外、私は知らない(思い出せないだけかも)。彼女は幸せを掴むことも、幸せだった思い出を胸に生きることも許されず、惨めに死んでいく。
でも、青春なんてそんなもんである。どんなに脚色をしたところで、どんなに無粋だと糾弾したところで、勝ち組と負け組の存在は揺るぐことは無い。自分で動かなきゃ救済なんて存在しないのだ。
『ハローサマー、グッドバイ』という表題は、次に進む主人公たちの台詞ではなく、置いていかれる者たちへのお悔やみ、あるいは置いていかれる者たちの遺言なのかも知れない。屈指の青春恋愛小説である。 -
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グレッグ・イーガンの作品は、それを読む前と後で読者の考え方を大きく変える程の力を持っているが、この本も例外ではない。
ストーリーを支える設定としての科学的考察があまりにも専門的すぎる(しかもあらゆる科学ジャンルを横断する)ため、1ページめくる毎にWikipediaを開くなんてことがしょっちゅう起こる。
しかし、文章の向こう側で何が起こっているのか、用語を調べながら必死に内容を咀嚼するのは、それでとても楽しい作業だった。
どうしても理解できないと、ものすごく悔しいし、もっと理解したいと思う。それで関連する本を買って読み漁ったこともある。
もちろん詳しい考察は適当に読み飛ばして、想像力でストーリーを補うこともできる。そしてそれでも十分に内容を楽しむことが出来る。
表面的にストーリーを楽しんだり、反対にどこまでも科学的考察に深入りしたりすることも出来る。つまり複数のレベルで楽しむことが出来る。何度読み返しても新しい発見があるので飽きない。
「ディアスポラ」は、そのように複雑な魅力を備えた良書だと思った。 -
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映画『インターステラー』が好きならきっと好きになるSF小説。ただし難解と言われているインターステラーよりさらにはるかに難解な設定なので、読むのにはそれなりの気合が必要だと思います。
21世紀最重要SF作家と言われるグレッグ・イーガンの”直交3部作”の1作目。3作目の「アロウズ・オブ・タイム」まで発売されているので、引き続き読み続けたいシリーズです。
(ただ、ちょっと前に「これは!」と思ったヒュー・ハウイー著のサイロ三部作も2作目「シフト」の途中で飽きちゃったし、SFの傑作「星を継ぐもの」も続編の結構早い段階で飽きちゃったので、今回も完走できるか怪しいけど…。)
本作の最大の特徴は、地球(というか僕たちが住む宇宙)とは別の物理法則に支配された世界を構築し、その世界での出来事を描いているという点。
「時間」と「空間」の区別がなく等価、という世界で、ミンコフスキー時空ではなくてユークリッド時空にもとづいた世界になっています。
「”時間軸”が特別な軸ではないので、別の空間時間と交換することは可能」。
その特性を生かして、目前に迫る危機的な状況を救うべく、時間の進行に直交する方向へロケットを飛ばし、解決方法を見つけるまで何世代もかけて科学を進めるという一大プロジェクトをスタートさせる、というのが開幕編の本作の大まかなストーリーです。
本作の魅力はなんといってもこの”設定”で、物理法則のとある式の1つの符号を+から-に変えたことで生じる様々な変化を”そういう世界”として物理的に完全構築しています。
物語自体・設定自体がおもしろいというのもあるけれど、それ以上に、1つのアイデアからそこまで世界を広げられるイーガンという人間の「妄想力の強さ」がすごい!
“設定”が中心にある作品ってSFに限らずいろいろとあるけれど、ここまでの世界を作り上げるのは本当にすごいな、と。
そして、妄想力の強さ以上に、”ご都合主義”を挟み込まずに理論で矛盾なく構築していく「自分の妄想への”忠実さ”」そして「”誠実さ”」にときめいてしまう。
こういうものづくりの姿勢って、本当にかっこいいなぁ!
そして、この設定の伝え方もうまくて、作品内で不自然に”説明的”ではないんです。
というのも、主人公のヤルダは、最初は何も知らない田舎の女の子なんだけど、世界に様々な疑問を感じ、やがて物理学者になります。
そして、この宇宙におけるいわゆる”相対性理論”的な法則を発見するんですが、その過程が描かれることで、作品世界中の物理法則が読者にも自然に説明できるというわけです。
一方で、物理法則同様に、主人公たちの生態にも大きな特徴があって、主人公はおそらく”不定形 “のアメーバみたいな生物なんです。
この生態については特別に説明がなされることはなくて、例えば”後眼で様子を確認して、新しい腕を一本発芽させた “みたいな文章から想像していくことになります。
これも、例えば普通の小説で人間の身体的特徴の説明描写がないのが普通なので、あくまで作中の宇宙における”普通の描写”に徹しているということ。ここでも著者の誠実さが光りますね。
ほかにも、主人公たちの種の生態が、現実世界における男女の格差とか、社会における育児・出産の様々な問題を想起させていて。
SF作品ってやはり”寓意”があってこそ、みたいなところもあって。こういう設定のうまさもやはり素晴らしいSF小説でした。 -
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ちょっと苦手なイーガン。比較的読みやすいということで懲りずに挑戦。
舞台はイラン。2012年の政権交代と第一部とし2027年以降の近未来を第2部とする構成。相変わらず、イーガンの言い回しとか表現とか理解しにくい感じがつきまとう。よっぽど僕には合わない作家なんだな。でも、テーマはまさにタイムリーなAIのななめ上を行っている。人格そのものもを仮装空間にアップロード(本文中ではサイドロードという表現)できるか、できたとしたらどんな問題が引きおこされるのか?
自分という人間の「プロキシ」と表現されているのが上手いなぁと思う。脳スキャンによって不完全なマッピングを前提にした部分的人格(?)は人間なのか?不死の存在となるのか?意識と呼べるのか?興味は尽きません。
読んでいる最中に母が入院という、状況的にも心に刻まれる一冊となりました。 -
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ネタバレバーナード嬢曰く。に影響されて買った本。
訳はちょっと読みにくい(直訳調)ところもあったが、丁寧に訳してくれているという印象。あとがきを見て訳者さんの苦労を知って、素直に尊敬した。
途中までは☆3.5くらいの評価だったのだが、終盤で一気に☆5に。
最初はこれジャンルSF? 異星設定以外、ファンタジーと言われた方がしっくりくるなあと首を捻って読んでいたのだが、うん、まぎれもなくSFでした。
……どうでもいいが、表紙の女の子ってブラウンアイズ? 彼女は海辺の町に育った健康的に日焼けした女の子ってイメージなのだが。本文中にも褐色の肌、みたいな表現があったような。
この星に住む人間が寒さに発狂するほどの恐怖を抱いていて、フリーザー、フリージング(凍るほど~だ)という言葉が汚い言葉(英語でいうfu〇k)になっているという設定には目を瞠った。変った動植物の存在よりもこういう文化の設定が、この小説が異星の物語であり主人公たちが地球人ではないということを印象付けてくれたように思う。
主人公は思春期反抗期少年って感じでひねくれている。自分の親を筆頭に、周囲の人たち(主に大人)を見下している。それは終盤まで変わらないのだけれど、読者目線で見ると、そんなに酷い人たちかなあ、と同情したくなる。特に主人公の父親とか。そりゃ権威主義的なところはあるけど、彼は彼なりに必死で、間違いなく家族を愛していたと思う。両親の愛情が最後まで主人公に伝わらなかったのは残念。
全体的に、善悪がはっきり分かれているタイプの物語ではないのでいろいろ考えさせられる。たとえば主人公はパラークシの人々側に立っていて、議会・役人側を敵視している。頼んでもいないのに勝手に戦争を始めて自分たちに不自由を強いる議会を憎悪するのは当然なのだが、議会(国全体)から見ると申し訳ないとは思うが国を守るためには仕方ないんだ受け入れてくれ、と言うのは当然だろう。このあたり、パラークシが海辺の町だということも相まって日本の某問題と重なった。解決しようのない溝だ。
(……まあ、終盤に差し掛かるまでは、の話だが)
最後に。ロリンに会ってみたい。ロリンは主人公たちと人種が違うが人間で、毛が多いという見た目と文明を持たないことから蔑まれ使役されている、心優しい被差別者……という妄想を抱いてしまった。 -
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まさに、ハード・SF。圧倒的な時間とスケールの世界が描かれる。章立てが変わるたびに次元が変わってその世界観にクラクラした。
原子やワームホールの理論的に難しい話はさておき(しかも話の核ではなかったし、よく出てくるコヅチ理論の位置付けも謎だった)、肉体を離れた後の人類が、ソフトとして「生み出され」、人の「意識」や「思考」を持ち「交流する」。肉体を持つ人々は肉体、遺伝子、神経に手を加え進化を遂げている。
そんな世界の話だけでも充分夢中になれるのに、次々に高次の宇宙が現れて、その宇宙の真理を知っているのは、真理は何なのか…私たちの想像を超えた思考と宇宙の話。ひたすら圧倒される。
でも物理空間をせっかく脱却できたのに、自分たちがトカゲ座の二の舞にならないよう肉体に近いCZポリスとクローンで、宇宙空間に出なければならないことが皮肉な感じがした。肉体を持たずに広域に散らばるイメージがなんか矛盾している。
理論やストーリーが、綿密で面白いかはちょっと微妙だけど、こんな宇宙の捉え方、発見があるのかもしれないと垣間見られただけでも熱くなれる!
アーサークラークの「幼年期の終わり」をちょっとだけ思い出した。 -
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短編集。イーガンはハードSF作家として有名でなかなか手に取り難い。
本書は表題作「しあわせの理由」の設定(感情が脳の化学物質によって左右されてしまう)に興味を抱いて読んだ。
期待に違わず表題作はとてもおもしろかった。廃人のような時期と多幸感に溢れた時期が躁鬱病患者のようであるが、冷静な分析がそれに骨格を与えていて、ただの情緒不安定な人ではなく、ちゃんと希望が0の人と4千人の幸福を持った人として説得力がある。ただし、ストーリー最後はあまりにも「まとめ」的な形で、安っぽく思えてしまう。それほど直接的に語る必要はあっただろうか。
しかしこの直接的な、ある種の説教臭さは他の短編にもかなりある。とくに血を分けた姉妹は人間の命の功利主義への猛烈な批判で、寓話的であり、あまりに主張が激しすぎて(イーガンは病院で働いていたそうなので、説教臭さはそこに由来していると思う)、その主張のためにキャラクターを設定しているように感じた。私は読んでいて全然面白くなかった。
その他の短編はチェルノブイリの聖母・ボーダーガードを除いてどれもなかなか良い。
適切な愛はその中でも設定が良い。愛撫もスリラーで面白い。 -
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「直交」三部作完結篇。もっとひねった終わり方かと思っていたが、意外と素直に大団円を迎えた感じだ。今回は、私にはチンプンカンプンのサイエンス部分が少なく、三部作随一の読みやすさだった。これまで辛抱して読んできて良かったー。
ま、理屈がわからないのは前作と同じなんだけど、今度は「未来からのメッセージ」というワクワクする要素が中心なので、難解さが気にならなかった。もし現実にそういうことが可能な技術が開発されたとしたら、一体どうなるんだろう。ここの「孤絶」社会は、きわめて規模が小さく、外界とほぼ隔絶した特殊な状況にあるわけだが、その中で繰り広げられる議論や策動、各人の葛藤が身に迫って考えさせられる。
やはりイーガンには人間性に対するゆるぎない信頼があるのだなあと、これはあらためて強い印象を受けた。特に理性・知性というもの、そこに基盤を置いた科学=真理の探究の営みこそが、ヒトを人間にするのだというメッセージを感じる。 -
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『直交』三部作の第2。われわれの宇宙とは物理法則が符号がちょっとばかり違う宇宙。そのような宇宙を設定すると、われわれの相対論的宇宙と違って、時空をかなり簡単に図示できるのがメリットなのだが、この数学と物理学、私は十分わからないまま読んでいる。それでも物語は面白いと思えるからまあいい。それで挫けてしまう人にはお勧めできない。そして登場「人物」もまた人間ではない知的生物なのだが、彼らの惑星の未来への進行方向と直交方向から星団が飛んでくることがわかり、いずれ衝突して彼らの惑星は滅びてしまう。そこで山ひとつを世代間宇宙船〈孤絶〉にして、直交座標の横方向に高速で飛んでいくことにする。この宇宙の物理法則だと十分に高速で飛ぶと、船内の時間経過は故郷の惑星よりも早くなり、そこで時間稼ぎをして、つまり科学技術を発展させてからなんとか故郷に戻って、直交星団との衝突を回避しようというのが、ミッションであり、この三部作の設定である。
『クロックワーク・ロケット』では主にわれわれの宇宙の相対性理論に相当するものが発見されていったが、本書の科学の発展は量子論に相当するものである。〈孤絶〉が飛行するなか、別の天体を発見するのだ。そしてこれが反物質の相当するもので、という展開。前巻のヤルダから数世代あとの時代、天文学者タマラと物理学者カルラが活躍し、エターナル・フレイムを発見するのである。
そしてもうひとつの重要なテーマが生物学。この物語の知的生物は、雌雄があるのだが、人間の生殖とはまるで違う。女性が四分裂して二組の男女ペア(これを双という)を生む。そしてこの双が人間で言うところの夫婦であり、次の生殖を担う。双子は産まれながらにして夫婦であり、「出産」は女性の死を意味し、残された双の片割れの男性が育児を担うのだ。これ、結婚・出産で仕事を断念せざるをえない人間女性の置かれた立場の強烈なアリュージョンになっており、『クロックワーク・ロケット』でも女性科学者の苦悩として描かれている。
しかし本書では四分裂すると、世代間宇宙船の中でどんどん人口が増えてしまう。そこで女性たちは自ら食事を制限している。飢餓状態だと出産時に二分裂になる可能性があるからだ。さもないと子どもを間引かなければならない。これは摂食障害に苦しむ女性のアリュージョンか。カルラの双であるカルロは生物学者であり、この問題に挑んでいく。 -
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読んだぞ、とにかく。おもしろかったよ、そう言っていいのかどうかわからないけど。だって、サイエンス部分が前作「クロックワークロケット」をしのぐ難しさで、ほとんどチンプンカンプン。科学的な議論が始まると、そのくだりは無念無想の境地で字面だけ追い、人間ドラマ的部分(「人間」じゃないけど)にさしかかると我に返って熟読、ということの繰り返しだった。こういう読み方でも「おもしろかった」って言っていいですか?
いやまったく、出だしからガツンと「物語」にひきこまれて、「わからないにもほどがある(byバーナード嬢)」ところがどんなに多かろうが、読むのをやめようとはちっとも思わなかった。この第二作は、特異な出産の形態に焦点が当たっているので、ちょっとフェミ的な読み方ができるのかもしれないが、あまりそうした方面にひきつけず、あり得る文明の一形態として見るのがいいように思った。とにかく、人間とはおよそかけ離れた生態の異星人たちの姿を、徹底的にリアルに、かつクールに描き出すイーガンの手腕に脱帽。
「白熱光」でもそうだったが、文系人間にはサイエンス部分の細部が(どころか大枠さえ)理解不能であっても、「ああこれは、この私たちとは違う世界の物理法則を探求しているのだな」ということはわかる。そして、その設定がおそろしく徹底したものであることもビンビン伝わってくる。この部分を知的な興奮とともに楽しめる方たちが本当にうらやましいが、一体どれぐらいの人がこの内容を咀嚼できるのだろうかとも思う。
あとがきで山岸真氏が、最終章にある「記録学者」の言葉に、そうしたイーガンのスタイルの理由が見てとれると書かれていて、これはなるほどと思った。
「想像してください。いまから1ダース世代のち、波動力学があらゆる機械の動力となり、だれもがそれを当たり前だと思っている時代を。それが完全な完成形で空からふってきた、とその時代の人々が考えてもいいんですか。じつはその幸運は、史上もっとも強力な変化のエンジン-つまり、科学について論じる人々-に負うものなのに」
テクノロジーは「魔法」ではなく、世界の真理を追究してきた人たちの営為のたまものだ。その姿勢が揺るぎないものだから、どんなに難解だろうが、またイーガンを読む気になるのだろう。 -
Posted by ブクログ
『白熱光』に似て非人類の女性科学者の物語である。『直交』三部作の第1。
舞台は、ある惑星だが、こことは違う宇宙。われわれの宇宙とは物理法則がちょっとばかり違うのだ。数式にするとプラスとマイナスの違い。しかしそれが大きな差異を生む。われわれの宇宙では光速は一定である。どこで観測しても一定である。これはとても奇妙なことで、地球上で静止して観測しても、亜光速で飛ぶ宇宙船から観測しても同じ速度である。日常生活では目の前を走り去っていく自動車は速いが、その自動車に伴走する車に乗っていたら止まって見えるのに、光速だけは一定。神の眼のような視点は存在し得ず、観測する系によって宇宙の見え方が違うのがわれわれの宇宙であり、これが相対性理論のわかりにくさ。
さて、われわれの主人公ヤルダの宇宙では神の眼の視点が存在する。縦軸を時間、横軸を(一次元に省略した)空間とすると、この直交座標の中で光速は一定。しかしより縦向きの光は一定時間内に進む空間が少ないために遅く観測され、横に倒れた光は速い。よって、ヤルダの惑星から星を見ると、星は虹のような尾を引いている。波長によって光の速さが違うから、速い波長の光ほどその星の過去の位置に見えるので星の移動に伴って尾を引くのである。この宇宙の法則は直交座標の中に簡単に図示できてしまうのがミソで、ヤルダが発見した宇宙の法則は回転物理学といわれる。
で、この直交座標の上のほうにヤルダの世界は進んでいく、つまり未来に進んでいくのだが、横方向、つまりヤルダの世界の進みの直交方向から星団が飛んでくることがわかる。ヤルダの惑星とぶつかってしまうのだ。ベイリーの『時間衝突』みたいな話である。さて、どうするか。これを避けるテクノロジーはヤルダの世界にはまだない。では科学を進歩させるための時間を稼ぐしかない。そこで山ひとつを宇宙船にして、直交座標の横方向に高速で飛んでいくことにする。宇宙船内では大変な時間が経過するが、惑星のほうではほとんど時間が経過しないという現象が起こるからである。われわれの世界のウラシマ効果の逆である。
基本的にはこういう話で、田舎生まれの科学者ヤルダが首都で物理学の新発見をするとともにこの世界の危機を知り、それを回避する方策に向かう苦闘が描かれる。本巻では宇宙船〈孤絶〉が惑星を飛び出し、ヤルダが〈孤絶〉の中で生涯を終えるまでである。イーガンが描きたいのは愛は世界を救う、ではなく知識が世界を変える、ということである。
ヤルダたちは人間ではないがおおむね人間と似たような形態で、眼は前後に二対ずつ、四肢は増やしたり引っ込めたりできる。そして女性は自分の命と引き替えに子孫を残すという生態を持っている。心理的にはまったく人間である。物理法則の違う宇宙の異質な生物が人類と同じような精神構造を有するとは到底考えられないが、異質な心理から異質な世界を描いたら理解不能な実験的小説になってしまう。それはそれで読んでみたいが。