山岸真のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
SF小説の中でも有名な作品を一通り読んでみようキャンペーンの7作品目。
SFと言えるのか大いに疑問だが、ストーリー自体は良いです。
あらすじは
夏休暇をすごすため、政府高官の息子トローヴは港町パラークシを訪れ、宿屋の少女ブラウンアイズと念願の再開を果たす。
粘海(グルーム)が到来し、戦争の影が次第に町を覆いゆくなか、愛を深める少年と少女。
だが、壮大な機密計画がふたりを分かつ…少年の忘れられないひと夏を描いた、SF小説であり戦争小説であり、恋愛小説。
舞台は太陽系外の異星人が住む惑星で人類ではない。
そのため、独自の自然現象や生物については理解が追いつかない。
だだ便宜上、登場人物は人型(ヒューマノイド)ということになっている。
タコ型生物の恋愛模様でないのでご安心を。
SFじゃなくてもいいじゃん!と思ったけど結末を読んで、しぶしぶ納得。
作者がSFだって言ってるんだからしゃーない。 -
Posted by ブクログ
現代最高のハードSF作家と呼ばれているグレッグ・イーガンの初期短編集。元々は河出書房の「奇想コレクション」の一冊として日本オリジナル編集されたといういきさつもあり、SF風味の薄い「奇妙な話」系の作品も多く含まれています。一読しての印象は、
「イーガン、分かりやすい話も書けるんだ・・・」
ということヽ( ´ー`)ノ冒頭の「新・口笛テスト」は本当にシンプルなワン・アイディア・ストーリーのSFで、キャラクターの造形もわかりやすく、何だかイーガン読んでる気がしないなーと思いましたヽ( ´ー`)ノ
でも、読み進めると確かに「イーガン節」とでも言うべき独特の世界観が広がってきて、結局はあの手応え十分なイーガン作品なんだなー、という当たり前の感想に至りました。
鴨は、まだ数えるほどしかイーガン作品を読んだことがありません。正直なところ、まだまだ鴨には手が届かないです(^_^;ハードSFとしてのハードルの高さはもちろんのこと、感情移入しづらい人物造形や読者を放り出すようなストーリー展開といった「取っ付きづらさ」が、どうも苦手です。そんな鴨でも、それなりに楽しく読むことが出来ましたし、イーガンらしさもそれなりに堪能できます。コアなイーガン・ファンには、きっと物足りないと思うんですけどね。
鴨的に気に入ったのは「悪魔の移住」。イーガン、こんな作風もできるんだ!とちょっと驚きな、オフビートな文体が堪りませんですわ。まぁでも、ラストの救いの無さがイーガンそのものなんだよなー。 -
Posted by ブクログ
最後の最後で、SF的大どんでん返しに驚かされた「ハローサマー、グッドバイ」の続篇。何十世代も後のあの星が舞台だということで、今度はどんな物語が展開するのかと楽しみに読み出したのだが、あらら?なんだかいろいろ違うではないか。
前作では限りなく地球人に近かった住人たちは、はっきり異星人として描かれており、前作にはなかった設定が次から次から出てくる。それはそれで興味深くはあるけれど、ちょっと途惑うのも確か。
「記憶遺伝子」という設定をはじめ、異星の奇妙な文化のありようがみっちり描き込まれており、殺人事件の犯人捜しというミステリ的な面白さもある。しかし何と言っても話のキモは、裏表紙の紹介文に「真相が今語られる」とあるように、例の大ネタに合理的説明(あくまでSF的に、だけど)がつけられることだ。これをどう思うかで、人によって読後感はずいぶん違うと思う。
私は、こういう理屈抜きの前作の方が好きだなあ。なんだかよくわからんところが、かえって魅惑的じゃあないの。あの「ハイペリオン」も、背景が明らかになる「没落」より第一作の方がより好きだし、「ラギッドガール」は大傑作だと思うけど、「グラン・ヴァカンス」の世界により魅了されてしまう。いやまあ、これらは別格に好きな作品で、背後の世界が明かされていくことの愉しさも大きいのだけど。
そういう意味では、本作の「説明」はちょっとどうかなあ。「キキホワホワ」とか、うーん、どうももう一つぴったり来ないのだった。 -
Posted by ブクログ
いやー、まいったまいった。全然わからんかった!わけのわからんことを考える人が世の中にはいるもんだなぁ。
人格をソフトウェア化して、仮想都市で生き続ける世界。星の終わりによる不可避の終末。それから逃げる/新たな世界に進出する過程「ディアスポラ」を描く。
なんやようわからんかったけど、最後の方に主人公たちは一応の安全への道を手にいれるのね。新しい世界への切符を手にいれる。でもそれを得る過程でみつかった、さらに先を行く人「トランスミューター」を追いかけることを選ぶ人がいて。まだ見ぬものを求めるって、なんなんだろうね。こんな世界に生きている人がいるんだろうなぁ。 -
Posted by ブクログ
下巻の展開は、上巻を読み終えた時点での想定とは大きく異なるもので、これはかなりの衝撃だった。マリアとダラムが物語の主軸を担う点は上巻同様に変わらないが、その他の登場人物の物語はそれと交わることなく、並行して進んでいく。そしてより大きな問題が順列都市に出現し、その根本を揺るがす大転換がもたらされる。この意外性こそ、この小説が他の小説とは一線を画す点なのだろう。
認識により世界が変革されるという観念が、本書終盤の鍵となる。悪貨は良貨を駆逐するとは言い過ぎかもしれないが、真実もまた相対的なのだという主張が見え隠れする。これを読んで、以前に聞いた次の話を思い出した。それは経済活動に関する新しいモデルが提唱されると、経済全体がそのモデルに従い始めるという現象があるという話だ。現実は摩訶不思議である。
解説を読み、冒頭の詩がアナグラムとなっていることに気付かされた。曰く、アナグラムこそ塵理論の本質であり、この『順列都市』という小説もまた、塵理論の実践なのだと。世界と認識との関係は、上巻の感想でも述べた形式と内容との関係に当たるだろう。だとすれば、塵理論の言わんとすることは少し理解出来たのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
人物のスキャンが可能となり、電脳世界で生き長らえることが出来るようになった世界で、自己とは何か、生きるとは何を意味するかに迫る物語。『順列都市』の世界において鍵となるのは、次に挙げる三つの概念である。第一に、現実。これはボトムアップ型の概念であり、素粒子のスケールから計算された物理法則に従う世界を指す。これをコンピュータ上で再現するには膨大な計算力が必要で、『順列都市』の世界においても不可能である。第二に、コピー。これは現実の生理学をブラックボックス化することで、計算を単純化し仮想現実を可能にするトップダウン型の概念である。世界中の富豪たちが自らのコピーを作り、死ぬ間際にスキャンすることで、その存在を半永久的なものにしていた。そして第三に、オートヴァース。これはオートマトン(逐次的に状態が遷移する数学的なモデル)の一種であり、現実とは異なる物理法則で動くが、その法則は原始的なレベルから巨視的なレベルにまで作用し、その全てを統率する。一方で現実とは異なり計算量が小さく、コンピュータ上で再現可能な概念である。
上巻では複数の人々による群像劇として話が構成されている。コピーによる実験を行うポールとダラム、莫大な資産を担保にコピーとして存在し続けるトマス、オートヴァースに魅了されたマリア、そして何かを企てるカーター、ピー、ケイト。それぞれの物語が鍋の底で燻り続ける泡のように現れるも、本書では未だその全容は分からない。下巻において、散らばった数々の伏線はどのように回収されていくのだろうか。
下巻の解説を垣間見て、塵という単語が目に入った。塵理論についてはよく分からないが、私が本書を読み感じたのは解釈に関する問題である。無秩序に並ぶデータをどう解釈するのか。その方法によりその内容が決まり、そこに意味が生まれる。形式と内容、シンタックスとセマンティクスの対応が、本書で鍵となる概念なのではないだろうか。原子の並びに意味は無く、そこにメモリ上の電子情報との差異はない。異同があるとすれば、それは解釈する側の問題で、解釈することに意味があり、意志があるのだと。
本書では章毎に色々な人物に視点が映るので、最初は戸惑うかもしれない。世界観にとって重要な用語や概念も、後に説明される場合があるので気軽に読み進めても問題ない。ただオートヴァースは分かりにくいので、この本を読む前にセル・オートマトン、ライフゲーム等について調べると良い。分かりやすい動画がネットには豊富に存在するので、それを参考にすると想像しやすいだろう。