山岸真のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
年明けからこれ一冊にかかりきり。荒っぽい速読派の自分にはまったくの例外だが、いやあ、それだけのことはあった。やっぱりイーガンはすごい!想像力というものの深さと広さを思い知らされる。いや、もちろん、作者のビジョンを共有できたわけでは(全然)ないけれど、その一端を垣間見ただけで、スケールが桁外れであることはわかる。
奇数章と偶数章で別の話が語られていくが、奇数章はじまりの舞台は「ディアスポラ」と同様の遙かな未来社会。「ディアスポラ」ではその設定自体に度肝を抜かれたが、ここでは人類の末裔がとっている形は既定のものとして背景に退いている。数百万年後の人類は他の幾多の種族とともに「融合世界」という文明圏を築いていて、それは物質世界と電脳世界にまたがっており…といった設定はさらっと流されていて、うーん、これは「ディアスポラ」とはまた違った地平に連れて行かれるのだと予感する。
一方、偶数章には「奇妙な世界の異星人」たちが登場し、この昆虫型の生命体が自分たちの運命を知り、破滅を回避するために、その世界を統べる法則を見つけ出していこうとする姿が描かれていく。ここがねえ、とてつもなく「ハード」なのだ。すっかりわかろうなどと思ってはいけないのが、イーガンのハード作のお約束、「ディアスポラ」を読んだ時みたいにわからないところは飛ばしちゃえ!と思ってバシバシ斜め読みしてたんだけど、半ば過ぎまで来てふと気づいた。あら?もしかして偶数章の方がメインじゃないの?ここを読まなかったらあんまり意味ないんじゃないの?
(以下、どれだけ正しいかにまったく自信はないものの、わかったつもりの「内容」に触れているので、これから読む方はパスしてください)
うーん、仕方がない、腰を据えて読むか、と覚悟して再度読み直す。むむ…、やっぱり難しすぎ。でも何となく、これは特異な世界の物理法則を一から探っていく過程を、現代の用語を使わないで説明していくという力業を見せられているのだということはわかってくる。そしてこの「スプリンター」という岩石状の世界が、大ブラックホールの近くにあるんじゃないかという見当もついてくる。ここら辺、物理学に詳しい人にはすごく刺激的だろうと、文系人間としては推測するしかない。(読後ネットを見たら、イーガン本人によるものやらいろいろ解説があるらしい)
奇数章では、こちらのパートの主人公であるラケシュが、未知の生命体探索の果てに「スプリンター」と同じような世界にアバターを送り込んで、そこの個体と接触することになる。ここが意外や「人間ドラマ」的面白さがあるのだ。「祈りの海」「しあわせの理由」で追求されていたアイデンティティをめぐる考察を思い出す。
最初に読んだイーガンは「祈りの海」、これ一冊で自分にとって最高の作家の一人になった。何に一番心打たれたかというと、合理的思考を突き詰めていって行き着くところが、きわめてヒューマンであることだ。これはイーガンの大きな美点だと思う。ラケシュたち人類の末裔は、不死で(バックアップデータがあるから)、ほぼ全知全能で(ヒョイヒョイとなんでもできちゃう描写が面白い)、そのせいで退屈しきってたりするんだけど、残酷な皮肉屋ではないところがいい。
また、知的であることと幸福の関係というのも、かつての短篇で登場していたモチーフだが、本作ではそれが一つのテーマとなっている。イーガンが、たとえそれが苦しみの元となろうと、人は真実を追い求めることをやめられないと考えているのは明らかだ。ラケシュと接触することで、ただ一人「覚醒」してしまうゼイの絶対的な孤独が切ない。(だから、ラケシュの行動と仲間のパランザムへの信頼感にぐっときた)
正直に告白すると、初読では、「孤高世界」の正体がわからなかった。ということはつまり、奇数章の世界と偶数章の世界のつながりも見えなかった。解説を読んで、ああ!そうだったのか!と、そのつもりで再読。いろいろ腑に落ちるところもあったけれど、わからないこともまだまだある。しばらく楽しめそうだ。 -
Posted by ブクログ
『ハローサマー、グッドバイ』の続編。
続編、とは言っても前作から数百年単位であとの世代の話。だけれど、その数百年の“記憶”が上手く話に生かされているので、前作を読んでから読んだ方が絶対に楽しめる。
記憶遺伝子をもつ人間型の種族で、世代間に記憶が継承されていく(制限はあるし、自主的に制限をかけることもできる)という設定がとても面白かった。
それにしても、前作のドローヴとブラウンアイズのいちゃつき具合も大概だったけど、今作のハーディとチャームもなかなかのものでした…(笑)まあ、どちらも愛は世界を救うというところなので。良い青春恋愛SFでした。 -
Posted by ブクログ
圧倒的スケールにして緻密。読者を選ぶ物語ではあるけれど、量子力学と認知科学のある程度の知識があれば、何とかついていける。ただし、これは宇宙オタクを満足させるためだけの衒学的な語りなのではなく、こういった舞台の中でしか語り得なかった物語なのではないか。知性とは何かということを読みながらたくさん考えた。
非知性ソフトウェア創出が作り出したヤチマという個体が〈私〉を獲得するまでの18-54pのくだりで心を鷲掴みにされ、そこからは理論的な部分が少々わからなくても一気に読み進められた。一気に読む、ということが褒め言葉ではないと思うけれど、読まずにはおられない、この物語と少しでも多くの時間結合していたい、そう思わせる素晴らしい読書体験。 -
Posted by ブクログ
ハードSFの大家グレッグ・イーガンの11の短編を収録した本書は、文中の言葉を借りるならば、「きみがきみであること」「自分が何者であるか」、すなわちアイデンティティを共通したテーマに据えている。
SFの手法でアイデンティティを語る作品としては、個人的にはロボットを題材にした作品が多い印象を受けるのだけど、本書においてはそれに依存することなく、多彩な視点からアイデンティティを捉えている。
ヒューゴー賞/ローカス賞を受賞した表題作もさることながら、次の2作品が特に素晴らしかった。
・『ぼくになることを』
衰退する脳を排出し、その代わりに衰えることを知らない"宝石”を移植することが一般化した未来社会。"宝石”を移植しても、その人物の思考は従前までと何も変わらない(移植するまでの間、脳と"宝石”は常にシンクロナイズされているからだ)。だけど、脳のない人間は、果たして"人間"と呼べるのだろうか…
"宝石”の移植を頑なに拒む主人公の顛末。それが、とにかく割りきれなくて、心に刻まれるほど気色悪い。
・『百光年ダイアリー』
未来には行けないが、知ることはできる社会。主人公をはじめとした一般市民は、"未来の自分が記した日記"により、将来を理解していた。"自分という存在"は、過去と未来の自分によって形作られる。そんな社会を甘受していた主人公だが、ある日、歯車が狂い始め…
アイデアとなにより展開が秀逸!これは面白かったなぁ。
全作品を通じて、とにかく後味は良くない。
心を覆い尽くすのは、不安。だけど一抹の希望が潜んでいることを否定できない。
そんな不透明な心境に陥るのだけど、でもアイデンティティを認識した時って確かにそんな気持ちかもね。決して爽快な気分じゃないと思うんだ。
そう考えると、微妙なセンチメントを表現してくるグレッグ・イーガンは、流石と言わざるを得ない。 -
Posted by ブクログ
進みすぎたテクノロジーと、それに置いていかれた人の精神を取り扱う、イーガンならではのセンスが光る短編集。
あらすじを語ること自体がネタバレになってしまうので、実にもどかしいのですが…。
短編集の一話一話の密度が濃く、どれも考えさせられます。
「ぼくになることを」を読んだショックは相当なものでしたし、
「貸金庫」は今まで読んだSF小説の中で一番ほろりと来ました。
紙面には、幾何学や量子力学の話題がばらばら出てくるので、一見読みづらいと思うかもしれませんが、そんなのは雰囲気作りの装飾です。本質はもっと分かりやすくて、不可解なところにあります。最初は苦痛に感じるかもしれませんが、是非読み通してみてください。 -
Posted by ブクログ
手塚治虫の漫画のような、毎回示唆に富んだテーマを近未来を舞台に展開した小説です。本作は極めて高度な科学考証を基盤とする「ハードSF」であり、私としては専門的な文章が難しく、毎回テーマとしているところを汲み取れず、WEBで解説を読む始末でした。だいぶ難しいイソップ童話といったところでしょうか。内容を追うので精一杯でした。その中でも医療サスペンスの枠組みに近く、ストーリーがわかりやすかったのは「チェルノブイリの聖母」や「血を分けた姉妹」ですかね。
純粋にSF要素を楽しむべく読むやりかたのほうがよかったのかな。何かを得ようとする読み方への限界を感じてしまった。またいつかリベンジしたいですね。