栗本薫のレビュー一覧
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グイン・サーガ外伝19 初恋
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Posted by ブクログ
ネタバレ栗本薫の作品なので安心して読もうと思いました。
主人公の少女が幸福になって終わることを願っていました。
読み進むうちに、だんだん違和感が増してきました。
どうして栗本薫さんは、自分の世界に閉じこもっているのだろう。
もっと世の中に出て、大きな声で物をいった方がいいのではないかと感じました。
生前に栗本薫さんに一言だけ言っておけばよかったという悲しみのある一冊です。
自分の期待の甘さと、想像力の貧困に比べれば、
栗本薫の世界観の方が大きいのは分かります。
それでも何故、こんなに悲しい物語を書かないと行けなかったのでしょうか。
単なる量産という枠だけでは語れないような気がします。
墓前にお伺いを立てたいような気がします。 -
グイン・サーガ123 風雲への序章
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グイン・サーガ1 豹頭の仮面
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グイン・サーガ130 見知らぬ明日
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グイン・サーガ外伝22 ヒプノスの回廊
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Posted by ブクログ
グイン・サーガ、本当の本当の最終巻。
この本に、「ヒプノスの回廊」と「アレナ通り十番地の精霊」が載っているのは、いいチョイスだなとちょっと思った。
「ヒプノスの回廊」は、グインが、これまでのこだわり続けてきたランドックの世界を否定して、今のこの世界に生きることを宣言する話。
ここからは、彼は、ランドックのグインではなくて、ケイロニアのグインであり、中原のグインである。
彼が彼自身を見つけたと感じる物語であり、本当の物語のはじまりでもあります。
そして、「アレナ通り十番街の精霊」は、英雄そのものを否定する話。どんなに英雄が凄かったとしても、世界を動かしているのは、煙とパイプの人々や、そこに集う人々なんだというグイン・サーガそのものを否定してしまうようなお話。
ものすごく、できすぎたありがちなお話で、でも、この1編で、確かにグイン・サーガ150冊に匹敵するだけの力を持っている気がします。*1
完結しないグイン・サーガのでもこれは、2つの回答でもあるなぁと思いながら読みました。
さてあとは、ローデスとマルガか。 -
グイン・サーガ1 豹頭の仮面
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Posted by ブクログ
ついにアニメ化されたグイン・サーガを、今しがた見終わったばかりです。
1979年に、この第一巻『豹頭の仮面』が出てから、30年を経ての満を持した初めてのアニメ化ということで、ドキドキ期待して見ましたが、残念ながら、それほど、感心した出来栄えではありませんでした。
あまりにも、子ども向けすぎるのでは?と思ったのは私だけでしょうか。
もちろん、30年書き継がれた世界最長編のヒロイック・ファンタジーである孤高さを失わないで、などという気はもうとうありませんが、最も新しい読者である少年少女に対してだけに向けられた映像化のようで、大人の鑑賞に堪えられる部分をもう少し追及してほしかった、と思いました。
栗本薫については、オリジナリティがあまりない、とか、文章が下手で類型的だ、とかいう風評を聞きますが、私は全作品を読んでいて、彼女の、ミステリーやSFや問題意識のセンスは良いと思いますし、強いマインドを持っている作家である、と認識しています。(恥ずかしながら、実は、隠れ栗本薫ファンで、実際には誰にも告白したことはありません)
たとえ迫害されても、『グイン・サーガ』一作だけで、文学史に残る作家であると思います。
※2012年3月17日、誤字を一字だけ訂正して再レビューしたら、すべて消えてしまいました。ということで、新規登録みたいになってしまいました。
ところで、消えた文章をどこから引っ張り出したかというと、たなぞうのときに任意に選ばれて掲載された、ほとんどのレビューがまだ残っている「ヨムナビ」からです。ありがたいことです、感謝! -
グイン・サーガ16 パロへの帰還
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グイン・サーガ3 ノスフェラスの戦い
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Posted by ブクログ
ネタバレ単行本では小松左京が解説を書いている。
次世代の作家として、持ち上げたり、褒めそやしたり、うらやましがったり。
ラフイユテリブル
スラン
ミッドウイッチカッタ
ディーセント
サンタナ アブラクサス
エレクトロニックエンバイラメンt
などのわけのわからない単語が飛び交っています。
「風俗が風俗としての一つのまとまりをもたせ、さらなる異なる風俗の間の翻訳可能性をなりたたせているのは、構造的一貫性をもった論理があり、また逆に論理そのものも、一つの風俗のように時代的歴史的制約をまぬがれない、というのが、いわゆるクーンのいうパラダイムというものでしょう」
さすが大作家だけあって、構えが大きい。
「もるフィックアイデンティティはないがジェネティックアイデンティティはあるという種の存在を考え得るか」
「遺伝的には同一種でありながら一個体一個体が形態的にひどくかけはなれているような生物があったとしても」
才女を語るには、これだけの仕組みがいることがわかった。
本文の内容は、時代を超えた話でおもしろかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ栗本薫の作品には、桜がよくでてくる。
セイレーンは桜井だし、
緑の騎士は、桜を切る話から始まる。
栗本薫は、戦後の新人類(new generation)の日本人の典型なのかもしれない。
そう気がつくと、大正浪漫を書きたくなった気持ちも推測できる。
新撰組ものよりは、より現実味を帯びている。
あとがきの
「あまりに味気なく、そしてあまりにも色気も艶も、妖しさもふしぎな憧れも消えはてたいまのこの世であってみれば、なお。」
で想像がつく。
他人から見れば、栗本薫は味気があり、艶も妖しさもあり、
不思議ちゃんとして憧れる人なのに。なぜ。