桐野夏生のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
高級タワマンに暮らすママ友たちの人間模様を描いた『ハピネス』の続編。
前作で主人公・有紗の夫が出張先のアメリカで女子大生と不倫したという告白を聞いた一件を経て、今作では有紗自身がタワマンの一階下の住人(『ハピネス』にも登場した高梨という男)と怪しい関係に、そしてやっぱりというか、親友の美雨ママは別のママ友の夫と相変わらず不倫&修羅場継続中という、何だかドロドロとした展開のお話である。
『ハピネス』ではタワマン住民内にある格差みたいなところがテーマとして前面に出ていたと記憶しているけど、今回はお受験に関する話は出てくるものの、プライベートな不倫ネタがメインとなっており、やや俗っぽくなった印象だ。
もちろん俗っぽさがダメというわけではなく、むしろ無国籍風な登場人物の多かった近年の桐野作品と比べて感情移入しやすくなっているところはあると思う。
本作の終盤、主人公が自由を求めてあることを主体的に決断してそれを実行する様は、なかなか清々しいものがあるなと感じたけど、登場人物たちが身近に感じられるからこそ、不倫が絶対に許せないっていう人は受け付けないだろうから、読者を選ぶところはありそうで、このあたりはやっぱり桐野作品に通底するところかなと思う。
そしてラストのモヤモヤっとした展開は更なる続編を匂わせているのか、それとも娘のいる母親の物語としてはここまでが限界なのか、『ダーク』みたいに大爆発するのかなとちょっと期待したけど、さすがにそうはならなかったか・・・
それにしても『ハピネス』に登場したときの高梨は、冴えないおっさん程度の印象しかなかったのだが、とんでもないクセ者だったとは。
実際、この押しの強さは同じオトコの目線で見て大変勉強になった。
彼の人物造形はかなりイヤ~な感じが出ていてとても良かったと思う。 -
Posted by ブクログ
2001年刊。『柔らかな頬』の2年後で、『グロテスク』の2年前。桐野さんのキャリアの中では比較的初期の作か。
桐野さんの近年の作品の文体はずいぶんと薄っぺらく人物の風貌や情景はさほど書き込まないまま、スピーディーにプロットを追うようなものが多いようだが、『OUT』(1998)辺りでかなりきめ細やかな文章力を発揮していた。
本作もそれに近く、特に冒頭は何やら文学的な雰囲気が漂っている。しかし、そんな文章を噛みしめつつ読み進めると、突如強烈な、ショッキングな出来事が起きてビリビリと来た。第1章の主人公有子は上海の学生寮に住む留学生なのだが、同じ留学生の女性が、その寮で数人の日本人男子留学生(社会人が多い)と一緒に酒を飲んでいたところ、いきなりレイプ未遂?されたというのだ。
否応なく襲いかかる激甚な苦痛。これがきりの文学だ、とうなってしまった。
実はこの事件の真相は各人の証言が相反し、どうもはっきりしないまま闇に包まれてしまうのだが、とりあえずここでは、異国における日本人の男どもの卑屈な性欲の無様さがむき出しとなり、日本社会そのままのおぞましい男-女間の非対称的な構造が明るみに出される。
本書は各章ごとに主人公が変わるのだが、現代の留学生有子を主人公とする章は2つあり、そこでは日本社会のジェンダー問題がどうしても出てくる。しかし本作自体は社会問題としてのそれがテーマであるわけではなく、複合的な恋愛小説となっており、社会的ジェンダー問題は男女間の日本的な軋轢の一つとして要素の一角を占めるに過ぎない。
現代に生きる30歳くらいの男女の恋愛と、70年前の男女の恋愛との諸相がさまざまにかき分けられており、男女を問わず人物の心理の襞がとても繊細に捉えられていて、これはとても優れた心理小説となっているのだ。他の桐野作品では、男性は戯画化されていて野放図に幻想的な欲望主体として描かれることが多いが、本作で代わりばんこに主人公となる男性陣はリアルで、適切にその心が描かれていると思う。
有子のストーリーは、奇妙に「複雑な女」とされるこの女性が、やがて「自分を壊し」、娼婦のような存在となるという展開を見せる。この、「女性が娼婦となることで解放される」というテーマは桐野夏生さんは『グロテスク』などでも主要なテーマとして展開しているが、この衝撃的な主題は私にはすぐさま呑み込めるものはなく、とりあえずはその衝撃を味わっているほかない。たとえば吉行淳之介の小説では、逆に娼婦はいまいるこの娼婦街から脱出することを夢見ているばかり。むしろこちらの方が常識的な把握ではある。しかし時代も違うし、今や娼婦とは何なのか、私から遠いその世界はぼんやりと想像することしか出来ない。
男女関係の多様な展開を描き、それぞれのプロセスに立ち現れる深い痛苦を刻んでゆくこの小説は、私はなかなか優れたものと評価する。とてもエンタメ小説などという枠の中に閉じ込めて済ませてしまえば良いなどとは思えない。もったいない作品だ。もっとも、多くの読者にとっては、結末のねじくれて終わるような印象や、娼婦となって「解放された」有子のその後が気になってしまう終わり方が、いささかスッキリしないかもしれない。それはエンタメの鉄則からは遠く離れた文学的な到達点なのではないかと、私は解釈するのだが。 -
Posted by ブクログ
文庫本になってから読む利点は解説があるから、それがいいのか、邪魔なのか。
この文庫版の政治学者白井聡の解説は、なるほどなあと思う。桐野夏生さんの作品が現代の(平成の)新しいプロレタリア文学ではないか、というところはおもしろい。
ここに集められている7短編は、何かに隷属させられて藻掻くか、打ち破れる人間たちだ。現代見聞きするありがちな事情あり、昔の時代にさかのぼったのや、もっとおとぎ話的なのもあるが、それぞれが救われないどうしようもない状態なのは一緒で、作者は怒りに満ちて描いている。
デストピアの世界といっても、人間たちが構成している世界だから、そこに矛盾が生じるのは当たり前、前向きに、個人の努力で、なんて言うのんきさからくる希望のかけらもないのである。
作者の小説はいつも「放っぽりぱなし」の結びなのだが、ことさらこの短編たちは途切れて、漂ってしまうようだ、令和の世に。 -
Posted by ブクログ
本書のストーリーのベースとなっている事件は、ウィキでは「山岳ベース事件」として扱われている。それを引用する。
【引用】
山岳ベース事件とは、1971年から1972年にかけて連合赤軍が群馬の山中に設置したアジト(山岳ベース)で起こした同志に対するリンチ殺人事件。当時の社会に強い衝撃を与え、同じく連合赤軍が起こした、あさま山荘事件とともに新左翼運動が退潮する契機となった。
【引用終わり】
事件の首謀者の1人であった永田洋子は裁判で死刑を言い渡される。ただ獄中で病を得て、死刑執行の前に病死する。それは、2011年2月、東北の大震災の直前であった。
永田が地裁で死刑判決を受けた際の判決文は、下記のように事件の原因を論じている。これも、下記に引用する。
【引用】
被告人永田は、自己顕示欲が旺盛で、感情的、攻撃的な性格とともに強い猜疑心、嫉妬心を有し、これに女性特有の執拗さ、底意地の悪さ、冷酷な加虐趣味が加わり、その資質に幾多の問題を蔵していた。
【引用終わり】
本書の文庫版の解説は、本事件を扱った弁護士の1人が書いている。この弁護士によれば、本事件を上記のような永田個人の資質のせいであるという判決はおかしく、控訴審では、「可能な限り事実を正確に、何が起きたかのかを歴史に刻む」ことを方針として裁判を戦ったということであった。
以下、ネタバレにならないように、本書について書く。
桐野夏生は、本事件に参加していた女性に注目し事件の、1つの側面を捉えなおし、ストーリーをつくっている。裁判ではなく、小説でありフィクションであるので、「可能な限り事実を正確に」というよりは、「この事件の本質」を本小説を通じて明らかにしようとしているのだと思う。まるで良くできたミステリーのような衝撃的な結末であった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ桐野さんが好きで、本屋に立ち寄ったら半ば無意識に一冊買う癖がついています。この本も何か月も積読した後ほぼ無意識に読み始めたら、大谷崎の話でした。
私は桐野さんのグロさも好きですが、大谷崎の耽美沼も好きです。10代の頃細雪を読んでうっとりして、映画も舞台も美しく、大好きです。偉大なる谷崎潤一郎の晩年を、敬愛する桐野さんが描いているなんて、終始わくわくドキドキしながら読破しました。
読みながら、大谷崎は女が働くこととか嫌っていたこととか、わかってはいたけど私は受け入れられない価値観だとつくづく感じました。姉の夫に喰わせてもらう重子だって、物語の語り手としておもしろく頼りにしながらも、ただの寄生虫だと軽蔑する気持ちさえあります。それでも、それはそれと思わせる小説の世界があるのです。クリエイティビティとかそういうことなのだけど、横文字で言ってしまうには惜しいその深い関心。谷崎作品をもっとちゃんと読みたいと思いました。