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Posted by ブクログ
連合赤軍で活動していた西田啓子は何故「夜の谷をを行く」ことになったのか?
刑期を終え、ひとり目立たぬ様に暮らしてきた彼女は告白する。「確かに、あたしは自分のやってきたことは、どこかで道を間違えたんだと思う。でも、出発点は間違っていなかったと思う」と。
連合赤軍のトップだった人たちも無惨にリンチで殺されていった人たちもきっとそうであったのだろう。
まだ自分が小学生だった頃の事件。
おかしな人たちの起こした無惨な事件てしてしか見ていなかったが、この作品を読んで、彼らの言葉も読んでみたいと思った。
主人公の啓子は親にも死なれ、妹の和子ともあまり関係が良くなく、過去を知られた姪からも拒否される。
そんな彼女の過去を知りたいと近づく若いライター古市。
啓子の事を記事にはしないと言いながら、何故彼女の話を聞きたがるのか?
それは最後の1ページ、彼女が頑なに守り通してきた秘密から彼女を解放し、物語にひと筋の光を投げかける。暗く苦しい物語から解放された。
Posted by ブクログ
1971年頃は、大学のバリケードの撤去が始まり、学生たちの全共闘運動も一段落といった風潮だった。
その後、際立った活動をした一つが連合赤軍だった。
山岳ベースで武闘闘争のために訓練を行っていたグループの集団リンチ事件が明るみとなり、凄惨な状況は社会を騒がした。
その後、官憲から逃走したグループは、あさま山荘に籠って銃撃事件を引き起こす。
そして、これらの事件解決後、日本の過激派と呼ばれる極左運動は完全に地下に潜ることになり、日常社会は穏やかになったとの印象が私には遺っている。
社会問題に対してデモ闘争を繰り返しても、鉄壁の官憲の壁は崩すことができず、国会では強行採決が繰り返されていた時代だ。
その後の若者たちの政治的関心は、体制側の見事な管理が功を奏して完璧に希釈され、一見平和的な社会となったような気がする。
Posted by ブクログ
文庫版のこのカバー装画を見ていると、どことなく陰惨なイメージが浮かんでくる。
それはいわゆる1971〜72年に起きた「山岳ベース事件」を基に描かれた作品だからだろう。
とはいえ陰惨なシーンは少なく、その後を生き伸びた人間の葛藤や秘密などが、主なテーマだと思われる。
ベースから逃走し、逮捕されて刑期を終えた主人公の女性の人生が、約40年の時を経て「永田洋子の死」と東日本大震災から、再び動き出す。
家族との関係の変化、元同士との再会、記憶の差異、そしてラストはやはり……と読み進めて、納得する。
過去は蜘蛛の糸のように、一生ついて回るものでもあることを認識させられる。
当時の永田洋子像の描き方が、今まで見聞きしていた従来のものとは違い、そういう一面もあったのかもしれない。
Posted by ブクログ
去年、反日武装戦線の元メンバーで、本名は桐島聡だと名乗ったあと病死した男のことを思い出しながら読んだ。
この小説の「啓子」は桐島と違って、捕まったあと服役し、ひっそりと生活していた。
それは、ずっと逃げ回る日陰の身か、元犯罪者として、家族からもそのことを周りに知られないよう生きていくことを暗に強いられる身か、の違い。
親族の結婚にまで過去の犯罪は影を落とす。
桐島も啓子も、若気の至りなんて軽い言葉では片付けられないが、死ぬまで引きずる十字架はなんて重いのだろう。
実在の人物の桐島聡や永田洋子。彼らも、こんなことになるなんてと暴走しすぎてしまったことを、最期には後悔しながら亡くなったと思いたい。
桐島が最期に本名を名乗ったのも、逃げおおせたというフラッグではなくて、反省と謝罪の意味だったと思いたい。
それとも思い通りの革命ができず無念のままだったのだろうか。もう知る由もない。
この小説の啓子は投獄され、出所後も過去に引きずられ、でも誰かに分かってほしいともがき苦しむが、ラストのシーンのある男の「僕はお礼を言いますよ」の言葉に全て救われる。
Posted by ブクログ
閉鎖的かつ観念的な組織が、国家でいう「死刑」を行うときや、その「死刑」行為を正当化する時には、その組織独自の言語・概念を適用します。
連合赤軍なら「総括」
オウム真理教なら「ポア」
ナチスドイツなら「最終的解決」
どれもその殺人行為には「浄化」の意味合いが込められていますが欺瞞的です。また、その観念のよりどころは、ある個人を中心に数年で急激に累積してきた恣意的な組織文化に依存しています。
「革命」は多かれ少なかれ「暴力」に帰結していくことがあります。ただ「暴力」をその組織の目的にしているのではないため、矛盾が生じてしまい、その行為を正当化するためにどうしても欺瞞的になっていきます。
啓子もその欺瞞性に気づきながらも、世間からは準ドロップアウト的に生活しています。
それでも、当時見ていた「革命」いわゆる「理想」は間違っていないと信じている。
でもその「理想」を他人に分かってもらおうとはしていない、なにか伝えることを諦めているような節があります。
その「理想」は具体的に何だったのかはラストに明かされていくわけですが。
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