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Posted by ブクログ
怖しい。
正に『デンジャラス』。
いつの世も女性の嫉妬や妬みは怖いし、
いつの世も、いくつになっても男性がそんな女性たちに振り回されるのは変わらない。
…と言うことか。
実際の人物たちをモデルにしていると言え、
作家の想像が入った小説。
そうだとわかっているが、
狡猾な女性がひとり登場していて、
どうも好きになれない。
なのに!
小説の最後に謝辞を記している。
“えっ⁈この小説の内容を知っているの⁈”
“自分がどう描かれているか知っているの⁈”
その心の余裕、器の大きさを知り、
印象が変わった。
こういう女性だから谷崎潤一郎のお気に入りだったのだろうか。
Posted by ブクログ
▼桐野夏生さんは、以前に「OUT」を読みました。血が沸るくらい面白かったのですが、あまりにエグ味が強くて、その後はなんとなく忌避しておりました。この度ご縁があって。
この本は、つまりは「谷崎潤一郎(晩年)と女たちの物語」です。
▼おそらく、関係者に相当な取材もして書かれたんだと思います。全て実名なので、その時点で確かにデンジャラスです(笑)。
谷崎ファン、細雪ファンには、たまらない内容です。谷崎も細雪も知らない人にとって面白いかどうかは、ちょっと分かりませんが、それでも十分に小説としてヤバい魅力に溢れいてることは間違い無いかと。
▼要は、谷崎さんは実際に・・・
「四姉妹の2番目である女性と結婚していて、
その四姉妹の三女と長く同居していた。
三女さんは細雪でいうと、雪子にあたる。
そして、谷崎は、妻をヒント的に題材としていくつもの小説を書いた。
その妹の雪子(役)にも同じように題材として細雪を書いた。
その後晩年は、義理の姪(当然ながら世代的に若い)にシフトチェンジして、瘋癲老人日記を書いた」
ということを題材にした、長い年月の物語。そして、何度も言及されていますが、谷崎さんは若くして大成功した作家で、教養人であり、文化人であり、お金持ちであり、十分な変態さんだったので、、、、、
ここがすごいんですが、
「自分の家族的な範疇には、女性だけを配置した。自分の王国では、男性は自分ひとりで、女性陣が自分を取り巻いている世界を作り、維持した」
というあたりですね。これが、実際そうだったんだろうな、という納得性が高い。
▼その閉鎖された異常な世界の中で、この小説は、主人公の雪子(役)の心理にこれでもかと抉り迫る。その向こうに谷崎の世界。物語を、小説を書くというドロドロした華麗な絵巻物。それが曼荼羅のように、えぐく、濃厚に展開します。脱帽です。面白い。さすが桐野夏生さん。
▼実は関係する谷崎の作品群でいうと、「瘋癲老人日記」だけ未読。近いうちに読もうと思いました。
Posted by ブクログ
「細雪」のモデルとなった谷崎潤一郎の妻、松子とその妹、重子、松子の前の夫との間にできた息子(重子の養子)の嫁・千萬子が小説家谷崎の家庭生活と創造生活を全てを司る様子が、重子の1人語りとてもリアルに表現されていて、これは重子の肉声なんじゃないかとさえ思ってしまった。
人気作家のわがままに翻弄されているのは結局のところ誰なのかわからない。最後、老い始めた谷崎を平伏させてしまうような重子なのか、それとも実は谷崎が重子に自分を足蹴にするように仕向けているのか。小説が現実を模しているのか、現実が小説を真似ているのか。
女たちの自分の存在意義を賭けた駆け引きや嫉妬などが繰り広げられるのだが、そこで生まれる不安やちょっとした哀しみは、小説家である男の庇護のもとで生活すること代償だ。創作意欲を与え続けることで、男を生きながらえさせる。それこそが自分の存在を証明するものなのだし、彼の働きがないと生活も苦しくなるのだから、舞台で踊り続けるだけだ。それでも、そんなに「支配されて抑圧された」感がないのは、何かそこにしたたかな生命力、図太さやしぶとさのようなものがあるからかな、と思う。桐野夏生が女を描くとこうなる。
Posted by ブクログ
私の大好きな桐野夏生が、私の大好きな谷崎潤一郎の生涯を描く。これは読んでみなければ。細雪のモデルとなった妻とその姉妹、そして谷崎本人を、まるでNHKの朝ドラのように描く本作。谷崎の残した文章や周囲の人の記憶といった点を、桐野なりのストーリーとして線にしていく。線はフィクションだが、谷崎自身や彼の作品を理解する補助となり、今すぐ彼の作品を再読したくなる欲望に駆られる。作家としての姿勢を谷崎に語らせて、実は桐野そのものを語らせている手法も面白く、桐野、谷崎両者をより深く堪能することができる。とにかく物語が面白く、久々にページを早くめくりたい気分になった。年末年始に楽しい読書ができた。
Posted by ブクログ
「夢と現の“あわい”を行ったり来たり」
最終盤、“幻の”谷崎潤一郎のひと言。
“あわい”という言葉、この春から何かと目に付き、いちいちハッとしてしまう。
ぼくが大好きな上白石萌歌さん。クリエイティブコンソーシアム“adieu”の最新EP『adieu5』を語る際のキーワードのひとつが“あわい”だった。
adieuが語った“あわい”についての、僕の意識がそうさせるのか、“あわい”の文字を目にした背景のことごとくに、adieuや萌歌さんの“影”を感じていた。いちいち数えることも億劫なくらいに、僕の目の前に現れては積み重なってゆく“あわい”の文字。
2027年1月放送予定のNHKドラマ『デンジャラス』に、萌歌さんは千萬子役で出演する。紛れもなく萌歌さんの“一部”となった本書『デンジャラス』もまた“あわい”の文字の、記憶のひとつに編み込まれた。
萌歌さんの千萬子役を耳にし、手にした『デンジャラス』。はたして彼女の役回りとは。そんな動機で読み始めたせいか、本書とは無縁のバイアス下で、物語への没入観に至る寸前に、淡い意識のベールがかかってしまった。
とにかく千萬子の存在ばかりが気になった。
タイトルからは思いがけず、穏やかな印象でした。終盤は、ハラハラしましたが、谷崎潤一郎が完全な脇役で、愛おしさすらおぼえました。『デンジャラス』とは大げさなタイトルとも思いましたが、人の心のうちに秘めたもの、言葉や態度にはならなくても、伝わるもの、にじみでるもの。本音と建前。逆に、それらに気づいていても、表出させない意思の頑なさ、発露したそれを認めるより早く、開き直る"太さ"。そういうところが『デンジャラス』の本質かなあ、と思いました。
ハシゴを外されたカタチになった千萬子の心持ちが、読後の気掛かりです。
いちばん『デンジャラス」な気配が...
さて。NHKドラマ10『デンジャラス』
千萬子を演じる萌歌さんいわく「新境地」とのこと。期待と不安の“あわい”で揺れ動く、ぼくのこころの成り行きやいかに。
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小説・文芸
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