鶴見俊輔のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
本著は世界を旅した体験と経験と知見と思索の過程を伝える良書である。
私たちは狭い視野の世界で生きている。文化や価値観というのは場所に根ざしており、それは風土による影響だったりもする。世界を見ても寒い国と暑い国とでは思想も宗教も価値観も異なることは歴史が証明している。
さて、本著は旅に出て、その先で出会った名も無き人々や文化、価値観に触れ視点が広くなった体験を述べる。国外へ旅をするのもいいだろう。国内を旅をするのもいいだろう。大切なことは多くの人たちと出会い、価値観を知り、深め、自分の中で思索し、落とし込むことで視野が広くなることだろう。これは、お金では買えない。体験するだけでは足りない。目的を持って旅をし、経験と体験を経て自分の中で思索し続けることが重要である。漠然と旅をしても何も視野や価値観は変わらない。もったいないのだ。
本著では、スキマと呼ぶ。私は自分の価値観と未知の価値観を知るときに生ずる感覚の出会いに気付くことがスキマであると解釈している。隣町や、県外に行くことでもそのスキマは充分に得られるだろう。新たな思索と視点を提案する良書である。 -
Posted by ブクログ
難しい。最近読んだ本が殆ど実学系のものばかりだったからか、この本は本当の評論という感じがしてとても難しい。学者、しかも哲学者の著作という感じ。自分の問題を作る、という一節があった。その方が学校の成績は良くなるとも書いてあった。著者もそこには反対の考えを述べている。これも今から20年以上前の本であることを考慮すると、この国では教育も殆ど変化ないんだな、と思う。
自分で問題を発見し、仮説・検証を試み、解決の方向へ進めていく力、これは自分で切り拓き、身につけていくしかないのだろう。教育という言葉はどうも上からの施しのように聞こえて気持ち悪いが、自己教育とか訓練という言葉に置き換えて試行錯誤の中から自らの血や肉にしていきたいし、子供達にも勉強とはそういうものだ、ということを経験を通して実感していってもらいたいと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ著者の本はお初。哲学者、思想家とのこと。
御齢80を超え、自身の戦中戦後の過去を通じて、知り得た知識や思索を重ねてきた思いなどを、自由闊達に語り尽くす。「一月一話」という連載ということは、月に1話、年間12話。それを7年間にわたり綴った、ある意味「知」の結晶だ。
2015年に亡くなられているので、最晩年の著者の、遺志に近いものだろう。
「少しずつもとの軍国に近づいている今、時代にあらがって、ゆっくり歩くこと、ゆっくり食べることが、現代批判を確実に準備する。」
「ところが歴史のない国、正確には先住民の歴史の抹殺の上につくられた開拓民の国アメリカでは、「金儲けの楽しさ」は妨げるものをもたずに展開していくことになる。」
2010年の著作、連載時期はさらにその前ではあるが、まさに現代に対する警鐘のような言葉が綴られていることに驚く。
〈もうろく貼〉という備忘を付けているという話も興味深い。からだの衰え、忘却のかなたへ消えゆく記憶と、いかに折り合いをつけて老いてゆくかの感慨も綴られる。
教育への不安と期待は、後世に送る切なる思いであろうとも思う。
「大学とは、私の定義によれば、個人を時代のレヴェルになめす働きを担う機関である。」
と、横並びの、金太郎飴しか作らない日本の教育への懸念はそうとうなもの。
「もし大学まで進むとして、十八年、自分で問題をつくることなく過ぎると、問題とは与えられるもの、その答えは先生が知っているもの、という習慣が日本の知識人の性格となる。今は先生は米国。」
青年期に米国留学もした著者ではあるが、今のアメリカの存在にも、要注意と語りかける。 -
Posted by ブクログ
戦後民主主義を領導した思想家として知られる鶴見俊輔と久野収が、現実と密接にかかわる日本の思想史の五つの潮流について論じている本です。
本書でとりあげられている思想は、白樺派の観念論、日本共産党の唯物論、「生活綴り方運動」にみられるプラグマティズム、北一輝らの超国家主義の思想、「戦後派」の意識に根づいている実存主義の五つです。とくに鶴見は、アメリカのプラグマティズムの洗礼を受けた思想家として知られていますが、生活綴り方運動に日本の現実に根差したプラグマティズムの具体的なかたちを認めることができると論じています。また、共産主義についての考察は、鶴見の主要な仕事のひとつとみなすことのできる「転向」をめぐる研究に通じる議論が簡潔ながらも説明されています。
さらに、徳富蘇峰のような思想家が戦後になってかつての民主主義的な考えの記憶を呼び覚ますことができたのに対して、「戦後派」は軍国主義的な教育が崩れ去ったあとに自分たちの依拠するべき思想の空白を体験したと著者たちは述べています。そして、こうした事情が「戦後派」の意識を深く規定しており、「実存主義」と呼ぶことのできるような特徴が彼らの思想的な態度を覆うことになったということが論じられています。
「戦後」という時代が、同時代の思想家たちによってどのように認識されていたのかという観点から、興味深く読みました。 -
Posted by ブクログ
「人生相談」とまとめてしまうと、荒っぽい感じがするので。各対談の表題を。
・動物から人間になる時/谷川徹三
・月征服は人間に幸福をもたらすか/谷川徹三
・日本語のリズムと音/外山滋比古
・「書く」ということ/鮎川信夫
・初対面/鶴見俊輔
・昔の話 今の話/野上弥生子
・いま、家族の肖像を/谷川賢作
谷川俊太郎の、自分が恵まれて育ってきたことへのありがたさと、だからこそ立てない視座があることへの辛さ?が繰り返されていて、驚いた。
父、谷川徹三との対談、息子、谷川賢作との対談から、息子というのは、どこか父とは離れた位置にいる存在なんだなと、ふと感じた。
「人間」と「人類」という言葉の持つニュアンスの違いについて語られた部分が面白い。
「ほんとうは、われわれが人類というほど、かならずしも地球上の人間たちはひとつになっていないにもかかわらず、月へ行くという非常に強烈なドラマチックな事件が起こると、われわれはわざわざ安易に人類というような理想像を持ち出してしまう。
ところが、人間というのは、もっと生々しい観念であって、それこそ人の間であって、自分と妻との関係、自分と友だちとの関係、自分と上役との関係、そういう日常的ないやらしい、それこそ人間的ないやらしい関係全部を含んでいる概念だと思うんですよ」
平等と差異についても。
「結局、つまり、もし人間が人間を平等にしたいんだったら、文化的な差異もね、生活程度の差異も全部なくさなきゃあいけないみたいなことに行きついちゃうわけでしょ。それを社会的制度として認めなきゃいけないとしたら、そんなことはありえないと思う。地獄だと思うんですけどね」
「そういういろんな文化の中で人間がいろんな生活をしていて、なおかつどっちが優れていてどっちが劣っているという視点を持たないでね、自分の精神的な一種の豊かさの中で平等になるっていうのが、いちばん望ましいって気がしてしようがないんですけどね」
これ、1973年に言ってるんだよなー。
すごいな。 -
Posted by ブクログ
-国史なんていっていると、いかに精密にやったって、国家と国旗が日常生活と連動しちゃうんです。そこが困るんですね。日常生活には国家の支配しきれない領域がある(鶴見)。
国家の支配しきれない領域の存在を、海民や職能民の歴史を通じて解き明かそうとした網野善彦。本書は、哲学者・鶴見俊輔との対談。
網野史学(と呼ばれるのを本書では拒否しているが)の仕事を、思想家の立場から解析すると何が見えてくるのか、というところが読みどころ。
少々、年寄りの繰り言のようなページも目立つのだが、現代は「戦前、戦中にはなかった特別の鎖国状態にある」という指摘は頷ける。 -
Posted by ブクログ
有名な本だけど,初めて読んだ。
吉田氏は大和の最後の天一号作戦に副電測士の少尉として乗り組んだ方。大和の生き残りだ。
文語体で漢字カナ交じり文だけど,改版で新仮名づかいになっているのはいまいち違和感。旧仮名でいいのにね…。
引用のとこは旧仮名。p.15のこれは手紙の引用
“便箋ニ優シキ女文字ニテ誌ス 「お元気ですか 私たちも元気で過してゐます ただ職務にベストを尽して下さい そして、一しよに、平和の日を祈りませう」”
かなが旧仮名でカナが新仮名というのはどうも違和感。でも改版当時(1981)はもうこの方が売れる,という判断だったのだよねぇ…。
GHQの検閲がなくなってようやく世に出た初版のあとがきに何か感じ入ってしまった。
"戦歿学生の手記などを読むと、はげしい戦争憎悪が専らとり上げられているが、このような編集方針は、一つの先入主にとらわれていると思う。戦争を一途に嫌悪し、心の中にこれを否定しつくそうとする者と、戦争に反撥しつつも、生涯の最後の体験である戦闘の中に、些かなりとも意義を見出して死のうと心を砕く者と、この両者に、その苦しみの純度において、悲惨さにおいて、根本的な違いがあるであろうか。"pp.167-168
"このような昂りをも戦争肯定と非難する人は、それでは我々はどのように振舞うべきであったのかを、教えていただきたい。我々は一人残らず、召集を忌避して、死刑に処せらるべきだったのか。…戦争を否定するということは、現実に、どのような行為を意味するのかを教えていただきたい。単なる戦争憎悪は無力であり、むしろ当然すぎて無意味である。誰が、この作品に描かれたような世界を、愛好し得よう。"p.168
21歳の若き少尉として大和に乗り組み,多くの戦友とともに艦を喪い,九死に一生を得た著者は,終戦直後にこの作品の初稿を書き上げたという。それは彼という人間の内から出てきた真実の声に違いない。戦争への反省は,文学の仕事ではなくて,批評の仕事だろうと思う。
戦後の観点からの批判を加えることをしない「戦争記録文学」が当時は格好の非難の的になったこと。
事実とデータを提示して,東電や政府を論難することのない早野先生が御用学者呼ばわりされるのも,これのミニチュア版なのかも知れない。 -
Posted by ブクログ
重松清は知っているけれど、鶴見俊輔という哲学者を私は今まで知らなかった。
教育、家族、友情、老い、師弟。
斬新な答えが出て来るテーマではない。
けれど、鶴見氏の圧倒的……なんだろう、人柄?
時代を渡り、多くの人を見つめてきたその人物がよく現れている、素敵な対談集だった。
弱みを見せて、余裕を持って、向き合っていく。
けれど、例えば挨拶のようなカタチを軽んじない。
そういうところが、いいなと思う。
その中で育つ人物とは、点数が取れるわけでも、一番でなくても、何かを為すのだろう。
そのことに、価値を見出さなくとも、いつも我慢が効かなくなって不安になる。
そんな自分への処方箋にもなった。 -
Posted by ブクログ
戦艦大和の最後の出撃に参加した吉田満が、戦艦大和の出撃から沈没までを綴った作品である。(一部に創作が加えられており、ノンフィクションではない)
吉田満は、東京帝国大学(当時)在学中に学徒出陣により召集され、1944年12月に戦艦大和に乗艦。翌1945年4月、最後の出撃(天一号作戦)に参加したが生還し、終戦直後の同年9月に、ほぼ一日で本書を書き上げたという。
執筆の動機について、著者は、「敗戦という空白によって社会生活の出発点を奪われた私自身の、反省と潜心のために、戦争のもたらしたもっとも生ま生ましい体験を、ありのままに刻みつけてみることにあった。・・・今私は立ち直らなければならない。新しく生きはじめねばならない。・・・その第一歩として、自分の偽らぬ姿をみつめてみよう、如何に戦ってきたのかの跡を、自分自身に照らしてみよう」と書いている。
そして、本書には、その時に若い海軍士官達が何を考えていたのかが綴られている。敗戦を覚悟して出撃した後、艦内では若い士官達が「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ 日本ハ進歩トイウコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダワッッテ、本当ノ進歩ヲ忘レテイタ 敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ 今目覚メズシテイツ救ワレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ」と語り、自分達の死に意義を見い出そうとしていたのである。
本書は、執筆直後にはGHQの検閲で出版が出来ず、小林秀雄が白洲次郎にGHQとの交渉を依頼したのだというが、実際に初版が出版されたのは1949年、決定稿とされるものが出版されたのは1974年のことである。
現在では一部に創作が加えられていることが判明しており、何故その必要があったのかという疑問は禁じ得ないが、日本海軍の象徴・戦艦大和の最期の出撃に参加した海軍士官の思いを知る作品としての価値はあろう。
(2010年5月了)