鶴見俊輔のレビュー一覧
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何を書いても薄っぺらい感想になってしまうのが申し訳ない。だけど、この薄さにしてはすごく内容が濃かった。昔の時代を生きた人たちが培ってきた知恵など、現代を生きる自分たちにとってもすごく勉強になるところが多い。今の箱詰め式の教育じゃなくて、テストの点数よりももっと大事なところを伸ばしていけるような教育環境になっていったらいいなぁと思う。
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筆者の吉田満は、学徒動員の一環として応召され、副電測士(電測士というのは、レーダー要員と理解した)として、沖縄特攻作戦に参加する戦艦大和に乗り込む。1945年春、終戦まであと4ヶ月の時である。
既に米軍は、沖縄を勢力圏に置いており、そこを本拠地とした本土攻撃を遅らせるために、日本軍は本土防衛作戦の一環として「天号作戦」を立案する。「天号作戦」には、一号から四号まであり、戦艦大和が参加したのは、「天一号作戦」である。700機の特攻機が沖縄の米軍を攻撃するのを支援するために大和は、計10隻の艦隊の中心艦として参加するが、帰還は想定されておらず、行きの燃料のみを積んで、広島県の呉港を出港した。
本文中にある、本作戦の目的についての記述を引用する。
【引用】
本作戦ノ大綱次ノ如シー先ズ全艦突進、身ヲモッテ米海空勢力ヲ吸収シ特攻奏功ノ途ヲ開ク 更ニ命脈アラバ、タダ挺身、敵ノ真只中ニノシ上げ、全員火トナリ風トナリ、全弾打尽スベシ モシナオ余力アラバ モトヨリ一躍シテ陸兵トナリ、干戎ヲ交エン
【引用終わり】
勝ち目のない、成算のない作戦であることは乗組員は分かっている。「圧倒的数量ノ前ニ、ヨク優位ヲ保チ得ル道理ナシ タダ最精鋭ノ錬度ト、必殺ノ闘魂トニ依リ頼ムノミ」と筆者も書いている。
大和は沖縄近海までやって来るが、そこで100機を超える、米軍の航空機部隊から攻撃を受ける。攻撃は一度で終わらずに、七波、八波と続く。その間、大和は相手にほとんどダメージを与えられないまま、一方的な攻撃を受け続け、沈没してしまう。筆者は、奇跡的に助かり、他の艦船に救助され、佐世保港に戻る。
本書は、大和の出陣から、筆者が救助され佐世保に戻るまでの記録である。
戦闘場面、大和の最後、筆者が九死に一生を得る場面等、実際に起こったことの記述の迫力にまずは驚かされる。本書は文語体、かな部分は、ひらがなではなくカタカナで書かれており、決して読みやすい本ではないが、ほとんど一気に読んだ。
しかし、心が痛んだのは、戦争の悲惨さ、理不尽さだ。それも、「戦争が一般的に悲惨で理不尽である」ということではなく(もちろん、それはそれで真実だと思うが)、日本軍というか、日本国(大日本帝国)の、この戦争に対しての理不尽さである。
この「天一号作戦」に参加した艦船10隻のうち、帰還したのは4隻のみ。特攻攻撃に参加した700機の航空機のうち、350機は撃墜され、かつ、米軍には、ほとんどダメージを与えることが出来なかった。ほとんど意味のない作戦を実行したのである。
しかも、行きの燃料しか持たずに大和が出航したことが示すように、「こうなることは、あらかじめ分かっていた」うえでの作戦であったのだ。
沖縄が米軍の勢力圏に入った後の戦争の展開も既に分かっていたはずである。実際に、その通りに戦争は進んだ。日本は本土を空襲され、広島と長崎に原子爆弾を投下される。終戦間際には満州にソ連軍が攻撃を開始し、そこにおられた方は大変な想いをされ、多くの兵士がシベリアに抑留され、また、兵士でなくても、例えば、多くの「中国残留孤児」を生んだ。しかし、この作戦が失敗してからも、降伏するまでに数か月、何の成算も、何の意味もない戦争を続け、兵士ばかりではなく、一般の人たちに多くの犠牲者を出し、悲惨な想いをさせたのである。それは、本当に理不尽なことだと思う。
本作は以下の通りの終わり方をしている。万感が込められた終わり方だ。
徳之島ノ北西二百浬ノ洋上、「大和」撃沈シテ巨体四裂ス 水深四百三十米
今ナオ埋没スル三千ノ骸
彼ラ終焉ノ胸中果シテ如何 -
Posted by ブクログ
久野収・鶴見俊輔の両氏による1956年に共著。白樺派、日本共産党、生活綴り方運動、超国家主義(北一輝とか)、戦後の世相の5つに対して、鋭い分析が加えられる。本書刊行時、久野さんは46歳、鶴見さんに至っては34歳ということにまず驚く。
超国家主義は久野、それ以外は執筆が執筆している。あとがきによるとあくまでも全体が共同討論の結果とあるが、やはり鶴見さんの執筆部分には独特のウェットさが感じられる。たとえば、戦前の日本共産党の運動方針を手厳しく批判しつつも、「私たちは、思想を大切なものと思うかぎり、日本共産党の誠実さに学びたい」と付け加えたりするのは、久野さんにはない筆致である。また、生活綴り方運動(いわゆる作文教育)をアマチュアを含めて全国民的スケールで広く展開された運動として、また米国のプラグマティズム哲学と対等に比較できる思想として高く評価する点も、鶴見さんらしいまなざしを感じた。 -
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読む前まで、フランクリンについては避雷針発明に寄与した人くらいの知識しかなかったが、この本を通じて、彼は有能な社会起業家だと感じた。
それを特徴付けるのは、彼の優れた調整力と構想力だと思う。
まず調整力について、彼は自らが立案したことであっても敢えてその起案者をかくしたり、あるいは他人を立案者に仕立て上げたりすることで、その案に反対する人が出ないような努力を惜しまない。また、言葉の表現にも拘り、どのようにすれば案が通りやすいかを真剣に考えている。
次に構想力について、彼は世の中がこうあるべきだろうという規範意識に基づき、それを具体化している。それは人間関係のあり方から、より広く社会制度のあり方にまで及ぶ。そして、宗教的な関心からある種演繹的に生じることもあれば、自らの経験から生じる規範もあるように感じた。
おそらく、調整力がなければ夢想家になっていた可能性があり、構想力がなければソフィストになっていた可能性がある。
社会を作り、また変えるために何をすべきかの一端を垣間見た気がした。 -
Posted by ブクログ
訳者(鶴見俊輔)のあとがきの通り、近所のおじさんおばさんが語ってくれるような親近感を、私は受けた。「読みやすい」という評判は訳者のおかげもあるのかもしれないが、フランクリン自身の語り口も謙虚で率直であって、その意味でも読みやすい本だった。ベンジャミンフランクリンという18世紀の「アメリカ合衆国建国の父」という肩書きからは予想もできないほどの読みやすさにとても驚かされたのが、まず大きい感想。
内容としては幼少期〜丁稚奉公〜独立〜公共事業への参画〜という一つのサクセスストーリーを辿る筋があるも、その中での失敗や学びを当時のエピソードを交えて反省しながら話していることが、面白さの秘訣かもしれない。
他方で黒人差別的表現が随所に見られたり、当時の「児童労働」的風習や家父長制的な社会慣習、英米仏による戦争、街の様子、船旅の様子など、フランクリンが関わった18世紀アメリカやイギリスの生活の様子が垣間見えたりしたところに、一つの面白い小説の世界に入ったような印象をうけた。
とりわけ、彼の試行錯誤や価値観が、おじいさんの教え的な形で語られていることが面白い。人に信頼を得るためにフランクリンはどんなことを学んで実践してきたのか、仕事をうまくやるためにはどうしたのか、など、普通に生きていく上で、「こんなことって良く言われているけどなんでだろう」と思うような、常識的な考えの意味をエピソードとともに教えてくれる。
しかも、『7つの習慣』の一つのベースにもなったという本でもあるようで、影響の大きさにびっくりする。 -
Posted by ブクログ
知の巨人が対談というと大袈裟かもしれない。
対談なだけに話が飛ぶ飛ぶ。同じ時代を語っても
様々な思想家、歴史家の観点が織り交ぜられて
万華鏡のようにコロコロと色彩が変わっていく。
だが、それがこの対談の最も大きなテーマだろう。
冒頭で鶴見氏は「ものは自分の視点でみるしかない。
だが別の何かを気配で感じれる。それが感じれるか
どうか」という投げかけが、まさにそれだ
基本的に内容は現在を形作った近代史が軸である。
明治、戦争、高度成長。さらに視野を広げて江戸時代、
また庶民の生活などスコープが様々に変わる
だが、この二人が軸にしているのは間違いなく
現代で、そこからの未来を見つめている。
明治に様々な単語が作られたことは知っていたが
それらの言葉に重層がない、意味が薄いという点で
文化性が欠けているということまで思いつかなかった。
シンプルであることは、当然覚えやすいが、物事は
単純ではなく、定義できない何か(気配)がある。
それを読み解くことが日本人はできなくなって
しまっている。それは明治が作られたシステムに
現在も乗ったままだから・・・等、興味深いテーマ
が点在している。