鶴見俊輔のレビュー一覧
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確かにカッコいい人だ。だいたいカッコいい人は物事を測る軸を持っている。しかもその軸は色々な経験に基づいて出来上がってきたもので、誰かに教えてもらったり、影響を受けただけのものではない。影響は受けても最後は自分で考えて自分なりの回答を出す。それが間違っていると判ればすぐにそれを改める。そうやって積み上げ、築き上げてきたものが滲み出てくる人、というのはカッコいいはずだ。
日露戦争の終わりとともにこの国の本当の教育は終わった、と鶴見先生は仰るがそれから100年以上経った現代もまだ落下を続けている。そう考えると自分の子供達には好きな勉強をしてもらいたいと思う。教養は身につけてもらいたいと思うが、残念ながらそれは受験勉強では身につかない。充実した高校生活が受験勉強と両立できるとは思えない。 -
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鶴見俊輔の前半期、早いもので1949年発表のものから1960年代の論考が収録されていて、特にコミュニケィション論は読み応えがある。
今から見れば、コミュニケーションという言葉は当たり前に用いられているが、敗戦後間もない時期から言語とコミュニケーションについて考察を深めていったところに、鶴見の問題意識が感じられる。
特に、『二人の哲学者ーデューイの場合と菅季治の場合』。菅季治という名前は、共産党のいわゆる徳田要請問題に絡んで自殺してしまった人という程度しか知らなかったので、この論考はとても参考になった。コミュニケーションとディスコミュニケーション、両方を考えなければならないということ。
また、新渡戸稲造を論じた『日本の折衷主義』。鶴見によれば、新渡戸の折衷主義は、各個人の人格を軸とし、あらゆる種類の思想学説、あらゆる種類の経験から自在に養分を吸収できるように、その人格を準備するすじみちをつくる方法を解く”修養論“と、現実の日本国家の制度を軸とし、あらゆる種類の世界先進国の最新の知恵を取り入れて国民大衆の信用をつなぐにたるような政策として実行にうつす方法を解く“国体論”の2つの部分から成り立っているとされる。
そしてこの新渡戸の思想は官僚的自由主義のバックボーンとはなったが、日本の戦争政策を押しとどめる方向に働くことはあり得ず、穏健な超国家主義、軍国主義、全体主義が生まれることになる、というのが鶴見の総括となる。
第Ⅲ章には、学童期や米国留学時期の折々に考えた断片などを戦後に書き直した文章が収められているが、早熟と言ったら良いのか、かなり生きづらい時期を送ったのだろうなあと思わざるを得ない。
『戦争のくれた字引き』。戦争によって精神の平衡を失っていく上司、心ならずも捕虜殺害の任務をせざるを得なかった同僚。いろいろなことを考えさせられる。
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副電測士の少尉であった著者による、戦艦大和の最後の出撃をえがいた記録文学です。
太平洋戦争の敗色が濃厚になっていくなかで、大和は片道の燃料だけを積んで、生還を期することのない「天一号作戦」の実行をおこないます。「日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ」と語る臼淵大尉と、それでもなお戦いのなかで死んでいかなければならないことの理由を求めようとする者との認識のちがいが浮き彫りになりつつも、大和は進路を進めていきます。たびかさなる集中砲火を浴び、著者も死の淵をさまようことになりますが、生きたいという「希求」ではなく、生きなければならないという「責務」によって、著者はロープをつかみ、救出されることになります。
巻末の「作家案内」を執筆しているのは、「祖国と敵国の間」の作品がある古山高麗雄です。古山は、戦争のなかで著者とは異なる立場に立つことになりましたが、古山のこの作品の書評を依頼された著者は、「こんなに苦しい原稿を書いたことは初めてだ」と語りながらも、原稿用紙30枚におよぶ書評を執筆します。二人のあいだに立場のちがいはありながらも、ともに戦争をくぐり抜けた者としてのことばの重さを感じます。 -
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吉田満 「戦艦大和ノ最期」 戦艦大和の電測員であった著者が、天一号作戦における戦艦大和の出撃から自爆までを記録した本。
戦争の不条理、悲哀、残酷さ、昂揚感など戦争の全てを再現している感じ。カタカタ文語体の文章が 軍隊を象徴しているように感じる〜規律的というか、ガラパゴス的というか。
天一号作戦は、往路のみの燃料を搭載し、敵国の標的となれというもの。もはや作戦ではない。この時点で降伏せず、原爆投下まで国家の損失を広げた理由を知りたい
敵国の的確な攻撃力に対して「敵ながら天晴との感慨湧く。達人の稽古を受けて恍惚たる如き爽快味あり」と感じるあたり、後に日本銀行で日本経済を復興させた人物だけあって、自分と周辺を俯瞰する能力が凄い
臼淵大尉の言葉「進歩のない者は決して勝てない。負けて目ざめることが最上の道だ〜我々は 日本の新生にさきがけて散るのだ」が玉砕の本質なのだと思う。無理やりな論理構成だが、それで自分を納得させるしかないといった感じ
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ネタバレ●本の概要
様々な人物の思想を鶴見俊輔が語ったものを編集者が纏めている。そのため、テーマとして何かしら一貫したものはない。それぞれの枚数もバラバラである。何名かを書きだそう.
イシ(先住アメリカ人ヤヒ族最後のひとり)、ジョージ・オーウェル(英国人作家)、金子ふみ子(アナキスト)、ハヴェロック・エリス(性心理学者)、ガンジー(インドの弁護士、思想家、政治指導者)、由比忠之進(エスペランティスト、反戦運動家)、新島襄(同支社創立者) etc
●好きな場面
いくつかを抜粋、※で補足や所感を記述する
尚、長文が多いため、一部を省略し、辻褄を合わせるために、文章を一部編集している
イシは文明人を知識はあるが、知恵のない人達だと考えていた。彼の最後の言葉は「あなたは居なさい。私は行く」である。死に対して平然とした態度を崩さない。文明人には稀なことだ (イシが伝えてくれたこと)
※イシが持つ文化を人類研究者であるアルフレッド・L・クローバーは研究、のちに妻が、イシの伝記を書く。その娘は「ゲド戦記」の著者である。鶴見俊輔は、ゲド戦記とイシが伝える知恵との関連を説明する
「たとえ私達が社会に理想を抱けなくても、私達自身には私達自身の真の仕事がある。それが成就しようがしまいが関係ない。私達は、その真の仕事をすればよいのだ」 (金子ふみ子 無籍者として生きる)
※この言葉は鮮烈だ。鶴見俊輔は、金子ふみ子の人生をシンプルに語り、彼女を知らない読者に彼女を知ってもらおうとしている。金子ふみ子は大逆罪で捕まり、獄中で手記を纏め、獄死した
私は人生を全体としてみる。そして人生が終わったことを嬉しく思い、もう一度、この人生を繰り返したいとは思わないまでも、人生を全体として眺めると、喜びをもって、うっとりとして眺めるのだ
(ハヴェロック・エリス 人生の舞踏)
※美しい人である。間違いなく変態、変人ではあるが、美しい人だったのだと思う。
私はある種の老人のように青年たちから理解されようとも思わない。人生教訓を授けようとも思わない。ただ人生を漠然たる一場の夢と感じて死にたいのだ。死は夢の続きであり、望みうる唯一の生かもしれないと、一度でも思ったことがあるだろうか?若者よ、諸君は私に関係なく、私は諸君に関係がない。私と諸君の間に言葉も不要である (親子相撲)
※森於菟が73歳に書いた文章。彼は森鴎外の息子である。確かに、この文章は毅然としていて良い
戦後、日本全体は明るくなって、灯りをともしているところを見分けにくくなった。私が、そう言うと、武谷三男は、こう返した。「闇の定義を変えれば、見える」 (武谷三男 完全無欠の国体観にひとり対する)
※今回の抜粋は「死」を意識したものにしたが、これはそのテーマに属していない。しかし、闇を知ることで、光を知るという観点ではなく、「何が闇なのか」から自分で考えるんだ、という、この返しは、まさに今の時代にも通じる -
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吉田満は1923年に生まれた。1945年に22歳。九死に一生を得て戦後を迎えるが、1979年、高度経済成長の最中、56歳という若さで亡くなっている。
20代に、初めて読んでい以来、沈没寸前の大和艦上の凄惨な描写が忘れられない。臼淵大尉はじめ、少壮の将校たちの特攻に対する議論が、戦後日本の浮かれた経済成長を批判する言説として読み継がれてきた一面が強い作品だ。しかし、ここに描かれている、艦上の凄惨にこそ、「死」と「国家」を天秤にかけた議論以上に、吉田の国家や戦争の持つ、本質的な「人間蔑視」批判のメッセージを読むべきではないのかと、最近気づいた。
先日、呉の「大和博物館」(?)の前を通った。金のかかった威容に驚いたが、入る気はしなかった。ずっと高齢の老人の団体が、ポセイドン像へのあからさまな感動を口にしながら入館していたが、神話化し美しい魂の結実のような、戦争機械の美化は、本当にもうやめた方がいいのではないか。
戦没者の慰霊を、国家の美化にすり替えるペテン師たちが、大手を振って歩きまわっている。吉田が生きていれば、どう感じるのかわからない。しかし、自分の孫の世代の「日本人」が、ここまで恥知らずな言説を振り回していることには驚くに違いない。 -
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網野と鶴見という今は亡き二人の1993年の対談である。鶴見に引き出されて、網野の天皇制への主張の核がはっきりと示されている。内なる天皇制などとは言わず、生活の各層に潜む天皇制の在りようをつかまねばならないとする意志が明確である。平成が終わる今、以下の発言を記しておきたい。
「王は自分に独自の力があるから王なのではなくて、まわりが王と思うから王になれるのだ、といわれますけど、全くそうだと思うんです」「権力は社会の合意があって初めて維持し得るので、その合意が崩れるような事態が起こり、それを多数の人民が意志として表現したらあっという間に消し飛ぶと思うんです。人間は断じて力だけで押さえつけられているものではないという見方を、もっと徹底してわれわれ自身のものにしていかないと、古代から近代に至る日本史のとらえ方は、ホンモノにならないのではないかと私は考えています」 -
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映画「男たちのYAMATO」を見て、この有名な本のことを思いだし、読んでみました。
著者は21歳の海軍少尉として戦艦大和に乗りこみ、その撃沈を生き延び、終戦直後、わずか1日でこの小説の初稿を書き上げたということです。
大和の最後を描いたこの作品、映画の幾つかの印象的なシーンは、この小説からそのままとられています。たとえば、長島一茂演じる臼淵大尉が、激しく言い争う士官の間に割って入って語るときの言葉とか、特攻作戦を伝える特使にくってかかる若手艦長のシーンとか。
映画では、戦闘シーンは15分程度だったと思いますが、実際には約2時間、壮絶な(というか制空権、制海権が失なわれた海を行く大和へのほぼ一方的な)戦闘が繰り広げられ、そして巨大戦艦が爆沈した後、放り出された乗組員たちは重油の海の中を2、3時間漂い、ようやく僚船に救出されます。
この作品は、その戦闘の経緯を描いたドキュメンタリーです。
文語体、カタカナという、われわれには読み慣れない文体で書いてあるので、とっつきにくいところはありますが、それゆえに独特の臨場感と緊迫感があります。
雲ノ切レ間ヨリ大編隊現ワル 十数機ズツ編隊ヲ組ミ、大キク右ニ旋回
正面ニ別ノ大編隊 スデニ突撃隊形ニ入リツツアリ
「敵機ハ百機以上、突込ンデクル」 叫ブハ航海長カ
雷撃、爆撃トモニ本艦ヘノ集中ハ必至
艦長下命「射撃始メ」
高角砲二十四門、機銃百二十門、一瞬砲火ヲ開ク
護衛駆逐艦ノ主砲モ一斉ニ閃光ヲ放ツ
(p72 開戦)
第二波去ルヤ踵ヲ接シテ第三波来襲
左正横ヨリ百数十機、驟雨ノ去来セル如シ
直撃弾数発、煙突付近ニ命中
塚越中尉、井学中尉、関原少尉、七里少尉ラ相次イデ戦死
機銃指揮官戦死ノ報アトヲ絶タズ
艦橋ヲ目指シテ投下サレタル爆弾ノコトゴトクガ外レ、コレヲ囲繞防衛セル機銃群ニ命中セシタメナリ
魚雷命中、左舷ニ二本
傾斜計指度僅カニ上昇ヲ始ム
(p87-88 間断ナキ猛襲)
治療室ニ辿リ着キ、 傷ヲ縫合スル
軍医官二名、全身ニ返リ血ヲ浴ビ、マナジリヲ決シテ「メス」ヲ揮ウ
応急治療室ニハ浴室ヲ使用ス 湯水ノ流ルル「パイプ」ニ、血ヲ通スタメナリ
他ノ室ナラバ、ヤガテ血ノ海トナリ、血ニ溺ル
室ノ一隅ハ、天井ヨリ堆キ坂ヲナシテ死体ノ山ナリ
(p148 救出)
戦争について書かれた作品の中で、一度は読んでおくべき作品だと思います。
最初は読みにくいですが、一度読みはじめたら止まりませんから。 -
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よくもまあ,当時のことをこれだけ詳しく書けるものだ…と感心した。こういう本があることは知っていたが,「今さら読んでもなあ」と思い,敬遠してきた。が,最近,政治の動向がきな臭くなってきたので,なんとなく,こういうものにも触手が動くようになったのだ。
最後の解説は鶴見俊輔氏が書いている。
大和の特攻は,ムダなのか…オレらの死の意味はなんなのか…艦船上で悶々とする兵士たち。「負けて目ざめることが最上の道だ」とは,自分達の死を意味づける究極の言葉だ。「日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じじゃないか」
もっと前に,降伏していれば,大和の死もなかったのに…。
全編文語体で書かれている本書から伝わってくるのは,戦場の姿だs。
所詮,「戦う」とは,こういう姿が現れるってことなんです。