古市憲寿のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
戦争博物館巡りを通じて「戦争とは何か」を考察した,実に興味深い一冊。
話しは行ったり来たりを繰り返すが,タイトルの「誰も戦争を教えられない」の答えをよく射貫いていると思う。
シニカルさが鼻につくのはこの著者ならではであるが,著者も少しは大人になったのか?,以前の著作に比べると,少しずつ「お行儀が良くなっている」ような気もする。
著者自身は反戦平和主義の左翼とは一線を画しているつもりであろうが,結論自体には案外近いものがある。しかし,既成概念に囚われない著者の柔らかな視点や筋の通った論調は,傾聴に値する。
著者は,「戦争は楽しい」と断言する。
平和な現代においてこの言葉が一人歩きすれば大変な騒ぎとなるだろうが,戦争がエキサイティングなものであることは,歴史や文学,芸術などあらゆる面において物語られている。
この「戦争は楽しい」という大前提を否定している限り「好戦」も「反戦」も成り立たないだろう。ダークツーリズム(戦争博物館もその一部であるが)を一例として,このことを論じる著者の手法はお見事。
「ディズニーランド化」する(戦争)博物館において,「小さな記憶」が取捨選択され,「大きな記憶」が紡がれる。
平和博物館は,まさにその作業によって次世代に戦争の記憶を遺してゆく試みである。
戦後70年たっても,いまだに国家としての「大きな記憶」をつくることができていない日本。
直接には明言していないが,「大きな記憶」,つまり「国家の歴史認識」を確立させるために,戦争博物館の役割は極めて大きいと,著者は言いたいのかもしれない。
著者は言う。
日本が国際的な地位(たとえば国連常任理事国入り)を獲得したいならば,東京裁判やサンフランシスコ講和条約を前提とされた物語に抵触しない「大きな物語」を確定させた方がいい,と。つまり「戦争責任は明確に認めるべきである」と主張している。
私自身,本音では東京裁判を否定したい思いが強いが,安倍首相による戦後70年談話が出された今,著者が言うように戦争責任は明確に認めるべきだと考えるようになっている(思想的・政治的敗北かもしれないが)。どこかで区切りを付けることこそが,次なるステップになる。ちょっと悔しい?が,ここは著者の主張に同意したい。
非常に興味深い一冊であったが,気になる(相容れない)部分が2点アリ。
ひとつは,著者の「戦争を知らない」ことに対する,ある種の開き直り。
「戦争から遠くなってゆくのは,悪いことばかりではない。むしろ希望がある」
「戦争を知らずに,平和な場所で生きてきた。そのことをまず,気負わずに肯定してあげればよい」
「自分たちが歴史を「知らない」とわかっているからこそ,謙虚に歴史に向き合うことになる」
・・・といった論調には,はっきり言えば背筋がゾワッとしてくる。これって殆ど,反戦平和主義者の言葉を切り取ってきたものじゃないだろうか?
ふたつ目は,著者について。
シニカルさは彼の「センサー」が極めて鋭敏であることの証であるとはいえ,彼が採る手法はあまり持続可能性が高くないだろう。
彼は自分自身の思想信条の位置を明らかにしていないように感じるが,そういったノンポリ的「漂流生活」は,歳を取るほど続けることが難しくなるだろう。
「漂流生活」を止めたとたん,彼は途端に,周囲からの「皮肉の対象」となる心配がある。まあ,彼はそのようなことを全く気にしないのかもしれないし,社会学という分野自体がそういったある種の融通無碍さを許容する,大らかな領域なのかもしれないが。 -
Posted by ブクログ
2015年23冊目。
戦争博物館紀行という感覚で読んだのと、「歴史学者ではない。社会学者が書いたものだ」という認識で読んだので、おもしろかった。
これまでの戦争観とか平和観で読むと、不快だったり、憤りを感じたり、疑問に思ったりする内容かなあと思う。「そんな言い方しちゃだめでしょ!」とツッコミたくなるところが多々ある。
でも、こんな見方や考え方もあるんだよなあというところで、おもしろい本だと思う。
それぞれの国家がもつ戦争の捉え方が博物館に投影されている。なるほど。
展示するモノの取捨選択、最新の技術を活用した展示(体験)などなど、思想だけじゃなくて博物館学なんかも関わってくる。こんなアプローチ、おもしろい。
ただ、立場によって戦争観は異なるから、博物館は当たり障りのないものになるのかと。これもなるほど。
でも、デリケートなテーマなんだから、表現の仕方は気をつけないと。せっかく新しい視点を提示してるのに、叩かれて終わっちゃうこともある。
反面、当たり障りない表現ばかりしていては切り込めないしなあ。新しいことをするって、闘いだよなあ。
巻末の資料もおもしろい。
関東圏から、私も行ってみたい!
ちょっと、狙った感じの脚注には、閉口した。 -
Posted by ブクログ
第二次世界大戦がどうだったかではなく、どうやって日本や世界の国々は伝えていっているのかを博物館などの訪問を通して分析した本。
私は、戦争はダメですっていう教育はされて来たのはすごく良く覚えていて、多分、日本は悪いことをしましたっていう日本は加害者ですっていうことを教えられたような気がする。「あの酷い北朝鮮でも国連に入れてるのに、日本はなかなか入れなかったんだよー」って先生に言われた記憶がある。(今、考えると日本が戦後すぐに国連に加盟していない理由と今の北朝鮮が国連に加盟している理由が違うと思うけど。)
でも、国として第二次世界大戦において日本が加害者か被害者かという議論を始め、ひとつの事象においても人によって考え方が違うだろうと。じゃあ、統一することが可能かと言われれば、多分無理だろうと…
では、どうしていけばいいのか…
筆者は、知らないことで生まれる良さもあると思うって言っていて、現に、大学の授業で日韓の教科書比較をしたときに、私は戦争のことがわからないから、韓国の教科書を読んだときに、日本がめちゃくちゃ悪人に書かれていて、やりすぎじゃないかとか、酷すぎるんじゃないかと思ったけど、そういう見方もあるかなと同時に思った。そういう今の若者は第二次世界大戦に対してかなりフラットに見れるようになったと思う。教育されていないからこそ。 -
Posted by ブクログ
教員問題を知るために、教員免許を取った現場主義の乙武洋匡さんが、より社会問題を知るために各分野の現場で活動している専門家の方々と対談する『R25』での対談連載「乙武洋匡の自問多答」をまとめた本です。
テレビで報道させる社会問題は、一般人からするとあまり身近に感じられないかもしれない。
だけど、この本で社会問題を解決するために活動している方々をみると、小さなキッカケから始まったり、自身の不満が社会問題に結びついてたなど案外、一般人の自分なんかでもできちゃうかもなんて考えたりできて面白かったです。
社会に対して不満や課題があることに嘆くよりも、解決する側に立って考え行動する方が得るものがあるんじゃないかと思いました。
特別収録の「東浩紀×津田大介×乙武洋匡」ホントに面白い
次の都知事選が楽しみになります笑 -
Posted by ブクログ
数ある対談本の中でも1,2を争う面白さ。
思想や哲学を生活に結びつけるということはきっとこういうことを言うのだろう。ショッピングモール、保育園、食など、誰もが身近に接するものから見える問題。そしてその問題との向き合い方のヒント。
今を代表する論者である國分功一郎氏と古市憲寿氏との対談はそれぞれの問題へのスタンスを明らかにする。國分氏は熱く、古市氏はクール。きっと大きな意見の隔たりもあるに違いないが、互いのリスペクトが対談を対立ではなく、協調へと導く。
対談自体もそうだが、批判の応酬からは問題の解決の糸口は見つからない。対談は最後は「反革命」というキーワードん出すが、まさにその通りで社会はマクロ視点からの批判では変わらない。現場でひとつひとつ変えてゆくしかないのである。
それは決して悲観するものではなく、地に足がついているが故に私には面白いものに思える。この対談自体がそうであるように。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ○NHK(Eテレ)の番組『新世代が解く!ニッポンのジレンマ』の中から、2013年3月に放送された「僕らの復興論」と「僕らの地域活性化作戦」の2本を、放送の未公開部分を含めて再構成・書籍化されたもの。
○開沼博氏や古市憲寿氏など、1970年以降に生まれた論客(?)により、第1部は東日本大震災からの復興について、第2部は地方の活性化について、それぞれの見解を元に議論。
○第1部については、論客それぞれの立場から「復興」についての考え方、実情、今後について、建設的な議論がなされている。特に、「当事者」としての考え方については、大変興味深かった。この当事者意識については、第2部でも登場するため、本書のキーワードとしても見逃せない。
○第2部については、地域活性化のあり方や方法論について、具体的な検討案の提示を元に、各立場から議論。国と地方の対立や地方分権の推進と行った政治的なものから、地域産業の育成、地域コミュニティの確立といったボトムアップ的なものまで、様々な観点から「地域の活性化」についてのアイデアが出された。特に、「都市部の衰退」の方が「地方の衰退」に比べて根が深いという発想は、今まで無かったため、大変興味深い。
○学生はもとより、NPOや公務員などの公的な仕事をしている方、ビジネスマンなど、地方の活性化に関心がある人は、必読。