白石一文の作品一覧
「白石一文」の「かさなりあう人へ」「ほかならぬ人へ」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
「白石一文」の「かさなりあう人へ」「ほかならぬ人へ」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
早稲田大学政治経済学部卒。『ほかならぬ人へ』で第142回直木賞を受賞。『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で第22回山本周五郎賞を受賞。その他『惑う朝』、『どれくらいの愛情』などの作品を手がける。父は直木賞作家の白石一郎。双子の弟も作家で白石文郎。初の親子二代での受賞。
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
Posted by ブクログ
私の好きな感じの白石一文さんらしい作品。やっぱり好きだなぁ~、と思える小説でした。
タイトルの「睡蓮」は、モネの絵からきている。
物語の主人公は、幼い頃から優秀で、大きな銀行の頭取にまで上り詰めた、非の打ちどころのない「貴之」と、その妹の「櫻子」、元妻の「智子」で、櫻子と智子の語りで、現在と過去の回想を行き来しながら進んでいく。
貴之は二人の女性の目線でしか描かれないのだが、村上春樹の「ノルウェイの森」に出てくる「キズキ」みたいな人間だ。何をやってもうまくいき、普通の人が悪戦苦闘する課題を難なくこなし、スポーツもでき、当たり前のように東大に行ってしまう。人から見ればうらやましい限りなのだが、当の本人は「うまくいきすぎて人生がつまらない」「何のために生きているかわからない」みたいな。
で、彼が異常なまでの執着心?で、小さい頃に心に決めてしまったのが、幼馴染の智子こそが、自分が生きる意味だ!ということ。怖いですね~。
で、智子を愛し、愛し、愛し抜き、息子も生まれるのだが、息子への愛情はそこそこで、智子のためだけに生きる。
えーっと、私だったらありがたく愛情を受け、お金にも不自由しないし、楽しく生きるけど(笑)、智子はそうはいかない。あるとき、モネの「睡蓮」の絵の一つを見て、心打たれ、私は貴之の人生の一部ではない、私は私の人生を生きなければ…となる。
↑って書いちゃうとそれまでなんだけど、そこに至るまでの物語の描き方が、やっぱりさすが白石一文さんで、読ませる~。
一方、妹の櫻子は櫻子で、兄の貴之を深く愛している。
この兄妹の間にある「愛」って何なのかな、ってすごく考えさせられる。
白石一文さんの作品はやっぱり、常に「本当の愛って?」「運命の相手とは・・・?」ってことを問いかけてくるんだけど、運命の相手が血縁だったことは今までなかった気がする。この作品では、そこまで生々しくないのだけど、一瞬(一行)だけ、この兄妹はもしかして、魂で結ばれてる?という表現が出てきた。
櫻子が若いときに、妊娠してしまったことをきっかけに結婚した相手は、間違いなく「運命の相手」ではない。
貴之は智子を「運命の相手」というか、「愛し抜くと決めた相手」として、それを実行して生きようとするが、かなわなかった。
じゃあ智子にとって「運命の相手」は誰だったのか?貴之の元を自分から離れ、その後を共に暮らした「カンちゃん」だったのかどうか、その判断を読者にゆだねるような、終わり方だった!
私は・・・・
哀しいけど、そうじゃないような気もした・・・。
そして櫻子にとってのかけがえのない、ほかならぬ存在はやっぱり兄の貴之であり、兄妹だから「運命の相手」ではないのだが、兄がほかならぬ存在だったから、他に「運命の相手」はいない、ということになるのだろうか。
男女平等とはまったく別の次元で、この世界は、男が女を幸せにするべき世界なんだ。男という種族は何千年にわたって妻や恋人、娘、母親を幸福にするにはどうすればいいかを考え続けてきた。男は、ただ威張りくさって女を支配し、隷属させ、虐げてきたわけじゃない。どうすれば女が幸福になれるか、安心して子供を産めるかをずっと考え、試行錯誤を繰り返してきた。男は女を幸せにすることで自分も幸せになれると信じているし、子どもを産むことのできる女をずっと敬い、深く尊敬してきたんだ。この平和ボケした国でだって、いざ戦争が始まれば、男たちは昔と同じように黙々と戦場へ出かけていく。
基本的に人間というのは精神的な存在で、その精神が衰えない限りは老いることがないんです。つまりね、老いるという現象は認知機能の低下によってのみ初めて生じる。頭のよさとか意識の持ちようとかではなくて、あくまで認知の老化が人を老いさせる。だから、心がはつらつと若々しければ、人は生涯、青年のまま生きることだって全然できるんですよ。
本物の人間関係は、無数の他人の中から本物の相手を自分の力で見つけて初めて成立する。そして、その人間関係は、博愛とは異なる唯一無二の愛情によってのみ維持される。