望月哲男のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ以前(と言っても2025年の6月の樫本大進)、ヴェートーヴェンのクロイツェル・ソナタを聞いた時に、トルストイがそれを踏まえて小説を書いていると知って、次にもしクロイツェルを聞くことがあったら、読もうと思っていたところ、案外早くその機会が訪れそうなので、読みました。
収録されている「イワン・イリイチの死」も面白かった、し死への向き合いシミュレーションとして、真に迫るものがあって、トルストイすごい…と概ねなっていた。何も背景なく本作を手に取ったら、むしろ「イワン・イリイチの死」の方が面白かった&好きだったかも
「クロイツェル・ソナタ」
…そもそもわれわれ男性だけが知らないこと、それも知りたくないがゆえに知ろうとしないことで、女性がよく知っていることがあります。それはもっとも高尚な、いわゆる詩的な恋愛というものが、精神的な価値によってではなく、肉体の親近感によって左右されること、しかも髪型とかドレスの色や仕立てとかでどうとでもなるものだということなのです。…高尚な話題を巡る会話なぞはしょせんただのおしゃべりに過ぎず、男が必要としているのは肉体、および肉体をもっとも魅惑的な光で浮き立たせてくれるものすべてであると。(p.179-180)
…女性の権利が不在だというのは、なにも選挙権がないとか裁判官になれないとかいう意味ではありません。…そうではなくて、女性が性的な交渉において男性と平等ではないこと、つまり自分の欲望に従って男性と交わったり交わらなかったりする権利、男性から選ばれるのではなく、自分の欲望に従って男性を選ぶ権利を持っていないことが問題なのです。(p.189)
…でも少し時がたつと、またもや互いの憎しみが恋情によって、つまり性欲によって覆い隠されることになり、私はまたもや、この二度の喧嘩は過ちであり、取り返しがつくのだと思って自分を慰めたのでした。(p.209)
…でも、そうしたいろんなことをしてみせながら、女性に対する見方はまったく変わっていません。女性は相変わらず快楽の道具であり、女性の肉体は快楽の手段です。そして女性の側もそのことを承知しているのです。これはもう奴隷制と同じですね。(p.220)
…都会というのは、不幸な人間たちには暮らしやすいところです。都会の人間は、自分がとっくに死んでいる、朽ち果てているということに気付かぬまま、百年でも生きていられますからね。自分のことを反省する暇がないくらい、いつも忙しいわけですよ。(p.244) -
Posted by ブクログ
ナターシャとピエールの甘い結婚生活を見ているのは気持ちが良い。エピローグに入ると、しばらく息を潜めていた語り手が登場し、ナポレオン戦争、ひいては戦争についての考えを述べる。
『戦争と平和』の「平和」の部分はこの巻の中に詰まっている。ナポレオンやルイ14世のような、影響力が大きかった指導者、君主1人が歴史を動かしたように思われるが、そうではなく、それを取り巻く当時の諸国民の動きや関係性にも目を向けるべきであるという主張をしている。
読み物としては高く評価しているのだが、フィクション(虚構物語)としては(個人的には)それほどグッと来る感じはない。
ただ、本作を学生時代に読めていたら、違う感想を抱いたに違いないし、10年後、20年後に再読したいと強く思った。『戦争と平和』を読み解くサークルがあるなら、是非とも議論し合いたい。
あとはやっぱり好みの問題なんだろうなと思う。自分は『アンナ・カレーニナ』の方が面白いと思うタイプの人間だった。 -
Posted by ブクログ
フランスから帰ったばかりのピエールと悪友たちは、酔った勢いで警察署長に乱暴を働き、ペテルブルクを追放される。ここで、ピエールの「軸がしっかりとしていない危うさ」を感じた。ピエールが周囲の空気を読めない、浮いた存在であることも相まって余計に不安になる。
ピエールが現時点で優れていないのにも関わらず、庶子から嫡子へ昇格し、莫大な財産を1人で相続することとなる。これもまた不安要素である。
『戦争と平和』(2016年、英国放送協会製作)のテレビドラマを先に見たことがあって、ピエール役(ポール・ダノ)の印象が強く、少し太った感じ、根暗そうな雰囲気のイメージがどうしてもある。 -
Posted by ブクログ
原著1999年刊。
「怪物」ソローキンによる、破壊と猥雑化の限りを尽くした、妙な小説である。
読み始めるとすぐに、ボリスなる人物による、何を言っているのか全然わからないような手紙が延々と綴られてゆく。この圧倒的な「わからなさ」「言語の異物感」は、大昔に読んだSF小説『ニューロマンサー』の文章の感覚に似ている。
ひっきりなしに繰り出される妙な造語は、よく見ると巻末に用語解説が載っている。しかし、そこでピックアップされているのはごくわずかであり、このボリスの文章を理解するにはまったく足りない。
やがてボリスのパートが終わり、もっと分かり易い文体が出現する。
第二次世界大戦がロシアとドイツの勝利で終わっている奇妙なパラレルワールドの1950年代に話はやがて移り、独裁者スターリンが登場する。しかもスターリンとフルシチョフのセックスシーンなんかも出てきて、もうはちゃめちゃな話になってくる。
はちゃめちゃぶりはスターリンらがヒトラーのところに行ってからさらに加速し、「青い脂」を注射したスターリンの脳がずんずん巨大化して地球を覆い尽くし、やがて太陽の120倍にまでなり、とうとうブラックホールになる。めちゃくちゃな話で、しかし不思議と痛快なクライマックスである。
悪ふざけの底が抜けており、見ようによってはラブレー的な哄笑を拡張したものと見えなくもない。
とにかく圧倒的な凄い小説だとは思う。良いか悪いかはよく分からないが、とにかくパワーに満ちている。面白い。 -
Posted by ブクログ
▼えぐいです。トルストイさん。
▼「イワン・イリイチの死」は、俗物の役人(貴族なんだっけな)が結婚して働いて子供もできて出世もするけど中年?初老?で病を得て死ぬ。なんだけどこの人がもう、なんのためにどう生きてきたのか、人生が絶望至極の中で病にもだえ苦しむ姿が、もう圧巻‥‥。実にひやりとじめっと冷たくて絶望的な強烈さと突き放したユーモアに包まれる衝撃。
▼「クロイツェル・ソナタ」要するに「嫉妬の余り妻を殺害しちゃった男の回想物語」なんです。19世紀?20世紀初頭?のロシア社会のなかで、この人は別段死刑にならずに数年して社会復帰している。そして、たまたま列車で乗り合わせた若者が、知識ゼロから彼の回想を聴く、という趣向。
▼嫉妬に心さいなまれ、壊れていく人格の描写がすごくって・・・。ふっと思い出したのは別の本の以下のやりとり。
「私は人を殺すような人間ではありません!」
「たれだってそうだ。最初の殺人を犯すまでは」
(薔薇の名前だったか?)
▼比較すれば、当たり前なんですけれど「戦争と平和」にはかないません。「アンナ・カレーニナ」だって相当にレベルが違います。それにしても強烈な中編ではあって、トルストイっていう人も中年期に代表作書いちゃったから、老年期の創作っていうのは一種もどかしさもありながらも、それでもやっぱり力はあるんだなあ…と思い知りました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『イワン・イリイチの死』が特に好きだった。
私もとある病気で、この苦しみから逃れられるくらいなら死んだっていいって思うくらいのお腹の痛みに苦しんだことがあるので、イワン・イリイチの苦しみの描写はとても共感できた。
病気になると、周りは最初は心配してくれていても、そのうちこの嫁のように疎ましく思ったり病気になったことや苦しんでいることが他人への当て付けなんじゃないかと思われたりすることは本当にあるし、病気のせいで周りを暗い気持ちに引きずり込んでしまうこともよくあることだと思う。
自分の人生は間違いだらけだったんじゃないか、こんな時に甘えることができるのは使用人だけなのかとか、なぜ自分だけがこんなに苦しまなければいけないのかとか…読んでいてすごく苦しかった。
解説にもあるけど、恐れ→拒絶→怒り→戦い→絶望→鬱→受け入れという段階を踏むのも共感できた。
最後に死を目前にして、「なんと歓ばしいことか!」「死は終わった」「もはや死はない」という場面があるけど、本当にそうだと思う。
恐ろしいのは死自体ではなくてその瞬間に辿りつくまでの痛み苦しみを乗り越えるところだと私は思っているので、やっと全てにケリがつくと悟った段階でもうそれは死ではなくて救いや安堵だったのではないかなと思う。
『かつて光があり、今は闇がある』という部分も好き。
『クロイツェル・ソナタ』に関しては、一言で言うとなんだこの男……って話。
汽車の中でたまたま相席になった男が、いや実は自分は妻を殺してましてね……と話し出す、というとサスペンスのようだけど、実際は性愛についてみたいな部分が多くてちょっとうんざりした。
性欲に支配されすぎたおじさんにしかみえなかった。性欲がすべての中心すぎる。
ここまで人間て性欲だけで動いてるの!?って絶望しそうになるほど性欲のことばっか考えてる。
これは禁欲の大事さを訴えたかったのかな……?
女を人間とも思わないような思想をずっと聞かされるのでだいぶしんどいけど、やっぱり小説としてはうまいのかなと思う。
嫌だななんだよこのおじさん……と思いながら一気に読めた。
読後クロイツェル・ソナタを聴いてみた。
主人公が言わんとしてることはなんとなくわかった。