望月哲男のレビュー一覧
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全巻読み終わりましたが、今まで読んだ小説でベストと言える作品でした。
この光文社版は、登場人物が解説されたしおりがついていて、とてもわかりやすかったです。
一方で解説には少し物足りなさを感じました。
歴史的背景が少し頭にあると、面白さが何倍も変わる作品なので、解説で触れてほしかった、と残念に思う点がありました。
一つは、ナポレオンの生い立ちについて。
彼は、コルシカ島という、フランスとイタリアの間の島の、比較的身分の低い家庭に生まれました。
コルシカは彼が生まれる直前までイタリア領だったので、ナポレオンはギリギリフランス人というところで、幼少期は方言などで苦労したようです。
フランス革命で身 -
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全て読み終えて、自分が読んだ小説の中でほぼ一番となるほど面白かった。
以下二点がこの物語の印象だ。
一つは、この対ナポレオン戦争がロシアを防衛する戦闘的な意味での愛国戦争というだけでなく、当時ヨーロッパの文明や文化に支配されつつあった伝統的ロシア自体を取り戻すという象徴的な役割を持った出来事であり、ピエールがその移りゆく様を体現する役割であったということ。
ロシア的な都市であるモスクワからナポレオンが追われる様子や、エピローグでピエールの語る結社が、この物語の後のロシアの反動的運動へと繋がる。
もう一つは作者自身の歴史観だ。
従来の歴史学が扱ってきた一人の意志が歴史を動かすという英雄的歴史 -
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1812年のフランス軍のモスクワ侵攻を受け、5巻前半は市民たちの逃走劇、そして後半はいよいよナポレオンの入城と敗走を描く。
この巻では、これまで見られなかったほどにトルストイの愛国心と、ナポレオンへの憎悪が垣間見える。
或いは、侵略する側を非難するがためにナポレオンを批判し、事実の勝者側としてロシアを持ち上げているのかもしれない。
いずれにしても、フランスの離島生まれという身分から指導力でのし上がりヨーロッパを征服していったナポレオンが、このロシア戦役で遂に力尽きた、というドラマを存分に味わえる記述であった。
何度も主張される、「フランス軍は、モスクワ入城前のボロジノの会戦で致命傷を追った獣 -
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トルストイ後期の中編2作を収録。普遍的なテーマ「死」「性と愛」をめぐる葛藤を鋭く描き、共感と議論を呼んだ。
【イワン・イリイチの死】
冒頭でいきなり死亡が告げられるイワン・イリイチ。45歳で死んだ彼の生涯は、果たしてどのようなものだったのか、死の間際に何を思ったのか、をたどるのが概要。
外聞をはばかり仕事と家庭生活を切り分ける、つまり建前と本音を常に使い分けるようなイワン・イリイチの生き様の描写には、現代人を風刺するようなところがある。やがて病気により徐々に死に向かっていくなかで、そうした生き方が間違っていたのではないかと人生を振り返ることになる。
嘘に塗りかためられた周囲の反応から、精 -
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この巻では、いよいよナポレオンがロシア本土に遠征し、領主たちの東方への避難や、ロシア軍とフランス軍の戦闘の様子が描かれる。
砲弾が降り注ぐ激戦の中で、人間が感じる死への恐怖や負傷の痛み、或いは実在の人物であるナポレオンの戦場での心境など、非常に読み応えがあった。
さらにここに至って、従来になく作者の歴史観と戦争観が語られている。
その一つが、戦争についての自らの持論をアンドレイ公爵に語らせた場面。
それは「捕虜は取らずに殺害すべきだ」という暴力的な主張に始まるが、その理由は、戦争をルールあるゲームにしてしまうから容易に戦争が開始される、もし皆が命を落とすことになれば、相当の理由がない限りは戦 -
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3巻は戦時ではなく、それぞれの理由からモスクワに集まった主人公たち(20代前後の貴族の子息令嬢)の人間関係と人生の岐路、とりわけ誰を結婚相手とするかという問題について描かれる。
登場人物はおおよそ以下の通り。
─アンドレイ・ボルコンスキー
幼い息子を遺して妻に先立たれ隠居を志すが、ナターシャに出会い一念発起、プロポーズ。優秀な実務家だが、少し上から目線。
─ピエール・ベズーホフ
育ての親から莫大な遺産を相続。一時放蕩生活を捨てて宗教と社会貢献にのめり込むが、思うように行かず、再び元の生活に戻る。妻エレーヌのことは、軽薄な社交家だと嫌悪している。
─ニコライ・ロストフ
財政の傾いた実家を支え -
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2冊目のクライマックスは、フランスのナポレオンとロシアのアレクサンドル皇帝の調印式。
ナポレオン皇帝は、フランス革命の産物。
離島生まれで身分が低く、従来なら要職に登用されない彼が、フランス革命によって立身出世、さらには周辺国との戦争にも次々と勝利する。
一方のアレクサンドル皇帝は、ロシアロマノフ王朝の血統。
生まれながらに広大なロシアを治める統帥である。
その二人が、同じ『皇帝』の称号で対等に顔を合わせる。
そしてこのとき、ナポレオンもアレクサンドル皇帝も、それから100年余後にロシアで革命が起こることを知らない。
それどころか、著者のトルストイさえもそれを知らずにこの物語を書いていると -
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完結編。第7部と第8部を収録。2つのカップルの圧倒的な結末に魂が震撼する。そこに見出したある一つの答え。
前巻の新婚生活から続いて出産シーンへ。リョーヴィンの慌てっぷりがユーモラス。お互いに何でも話し合い、隠し事をしない理想的な夫婦像ともいえるリョーヴィンとキティも、時々は細かいことでぶつかったり悩んだりするところがリアル。
二人の主人公が一瞬だけ交差する出会いのシーンは胸が熱くなるものがある。ここから物語はクライマックスへ向かっていく。
第7部の終盤にいたる展開は、その不穏さとスピード感に読んでいるほうも追い詰められる感覚になる。男女の愛を理想的な結婚の姿という形で見せてくれたリョーヴ -
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第5部と第6部を収録。リョーヴィンの結婚にまつわる諸事と、徐々に行き詰まるアンナとヴロンスキーを描く。
リョーヴィン編は婚礼から新婚生活にいたるまで、出来事や心理が微細に描かれていて楽しい。しかし身近な人の死によって、自らの生死観に向き合わなくてはならなくなり、深い思索を重ねていくくだりには、誰にとっても他人事ではない切実さと、生活の忙しさにかまけてスルーしてしまっている「死」という現実への態度をどうとるかということを、強く考えさせられた。兄コズヌィシェフの求婚するかしないか?のエピソードはどこかリアルで、個人的には「その気持わかる」という結末だった。
いっぽうアンナは社交界でつまはじきに -
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第3部と第4部を収録。農業経営の理想に燃えるリョーヴィンと、妻の不貞行為に苦悩するカレーニンを描く。
第3部はほぼリョーヴィン編。農業の労働の描写は新鮮。いっぽうかなりのページ数が割かれる経営の話は1861年の農奴解放という背景からくる難しい状況があり、巻末の読書ガイドに頼らないとわかりづらい。しかしここで、欠点も多いが魅力的なリョーヴィンという人物像が明確になり、第4部に続く彼の新しい人生展開の伏線ともなるので、軽く読み飛ばさないほうがいいだろう。
第4部では妻に裏切られた夫カレーニンの、ある意味では当然とも思える反応に男性としては少し共感。さらに土壇場で、『戦争と平和』のアンドレイにも -
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19世紀後半のロシア。ひとつの不倫から始まるドラマを軸に、貴族社会の多様な人間模様を描く恋愛小説の名作。
「幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」
有名な書き出しから始まる第1部は、不倫から始まり不倫に終わる。『出会ってしまった!』という感じ。美しいロシアの情景と細やかな心理描写が読みやすく、冒頭から興味を引く展開が連続して続いていくので、面白くない部分がないというか、ダレることなく一気に読めた。主役となるアンナ&ヴロンスキーだけでなく、青年貴族リョーヴィンと、彼に関わる令嬢キティの物語もそれぞれ独自に進み、人間関係のバランスが絶妙に設定さ -
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最終巻。第4部第3~4編とエピローグ第1~2編を収録。フランス軍との決着、生き残った主人公たちのその後。
立場が逆転し、逃げるフランス軍と追うロシア軍。戦場ではそれぞれが過酷な状況のなかで、人間の醜さが露呈し、親しい人たちが死んでいく。捕虜に対しての「やっぱし、おんなじ人間なんだな」という言葉が印象深い。
捕虜生活を通してピエールが得た境地。「話す人」から「聞く人」へ、「誰もがそれぞれの考え方や感じ方やものの見方をする可能性を認め、言葉で人の信念を覆すことの不可能性を認める態度」、「まずやむくもに人々を愛しては、後から愛するに足る疑う余地のない理由を見つけていたという現象」といった変化は、 -
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第3部第3編と第4部第1~2編を収録。ナポレオンのモスクワ占領から放棄までの多様な人間ドラマが描かれる。
迫るナポレオン軍、逃げるモスクワの人々。脱出間際の騒動のなか、ロストフ家がとる決断が感動を呼ぶ。
負傷したアンドレイが到達する「魂の本質としての愛」――すべてを愛するということは、すなわち神をそのすべての現れにおいて愛することだ――最近のスピリチュアル風に言えば「無条件の愛」ともいえる境地。ここからのナターシャとの再会劇は魂が震えるほど感動した。小説で泣くというのはめったにないことなのだが……。
ニコライとの出会いによって覚醒するマリヤの女性的な魅力。みにくいアヒルの子が美しい白鳥に -
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第3部第1~2編を収録。ついにモスクワに迫るナポレオン軍――ロシアの一大危難に立ち向かう人々を描く。
軍務に復帰したアンドレイは、悲しみと憎しみのためか、例の「空」のことも自由を満喫した生活のことも忘れていく。多言語が入り交じる軍務会議のなかで、「戦争の科学」など存在しないという結論に達するのは作者の信念でもあるのだろうか。いっぽうで父との軋轢が重なるマリヤは、それでも許しと信仰を兄に主張する。言動がひどい父親も決して悪人というわけではなく、この家族は本当にせつない。
黙示録の獣の数字とナポレオンの関係は知らなかった。ピエールがそれを自分に当てはめるのはさすがにこじつけすぎて笑ってしまう。 -
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第2部第3~5編を収録。舞台は戦場から貴族社会へと移り、青年たちの恋愛と結婚についての騒動が描かれる。
人生の新たな局面に取り組むアンドレイとピエールだったが、虚飾に満ちた社会にぶち当たり、それぞれに行き詰まっていく。直接からむ場面は少ないものの、この二人の友情は強いものに育っており、アンドレイが旅立つ際、ピエールのことを「黄金の心の持ち主」と言って評価するのが印象深い。
本巻で最大の見どころはナターシャがとる行動とその顛末。オードリー・ヘップバーンの映画ではナターシャの行動が唐突で意味不明に思えて、彼女が軽率で悪い女にしか見えなかったのだが、原作ではそこに至るまでの状況の経緯や心境の変化 -
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第1部第3編と第2部第1~2編を収録。戦場から戻ったアンドレイとニコライ、遺産相続後のピエールの苦悩。
ボルコンスキー家における求婚騒動では、マリヤの下す決断に感動。美人の軽薄さと、不美人の美しい心根。人間、何が幸せなのかと考えさせられる。
いっぽう兄のアンドレイはアウステルリッツの戦いで負傷する際、至高体験のような精神的な啓示を得る。戦争と死を目の当たりするなかで、見上げていたナポレオンを俯瞰するまでに至る心の変化に目を見張った。
陰キャで目的観のない青年ピエールは、転がり込んできた金と権力で美女と結婚はするものの、うまくいかず結局すべてが行き詰まることに。自らの生き方を見出すべく根源 -
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19世紀初頭、ナポレオン率いるフランス軍との戦争を背景に、国難に立ち向かうロシアの人々を描く長編小説。
全6巻ある本訳の第1巻は、社交界を舞台に5つの家族の人物紹介が行われる第1編と、ロシア軍とフランス軍との交戦が描かれる第2編を収録。
第1編では、社交界を描いた小説ではありがちだが、とにかく登場人物の数が多くて把握するのが大変。本作では500人以上の人物が登場すると事前に聞いていたので、最初からメモを取って読んでいくと、混乱することなく楽しめた。個性的なキャラクターと興味をひく人間関係、そして井戸端会議的な会話がリアルで面白い。群像劇的でもあるが、未だ将来を決められない青年ピエールくんの -
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戦争はクライマックスを迎え、ナポレオンがモスクワを占領してから退却していく様子を描いている。さまざまな関係者がさまざまな思惑を持って行動している様子が面白い。立場の違うそれぞれの人物を詳細に描いている筆力はすごい。
「リンゴが熟すまでは木からもいではいけない。熟せばリンゴはひとりでに落ちるのに、未熟なうちにもぐと、果実も木も傷めてしまい、おまけに自分も酸っぱい思いをすることになる」p521
「(人は期待にそぐわぬ情報は無視してしまう)だからクトゥーゾフは、自分が望む情報であればあるほど、それをあえて信じまいと自制していた。この問題に彼は自己の精神力のすべてを注いでいた」p524