望月哲男のレビュー一覧

  • 戦争と平和3

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    アンドレイ、ナターシャ、ピエールが変転する。そこに長編の良さを見出す。人を長いスパンで捉えた時、変わるものが描けるからだ。

    <メモ>
    2-3-3 楢の木の変化は、アンドレイの見方を変える。古木も若芽を出す。老成から青春への回帰。ピエール、ナターシャもきっかけに。デタッチメントからコミットメントへ。孤独から人とのつながりへ。煩瑣な人間関係の中で、わたしも孤独を求め突けたが、本当に孤独になったときに、反転してつながりを求めた。犬を飼いたいとも。退職から仕事への意欲も。

    2-5-13 アナトールがナターシャにキス。そこから彼女はアンドレイ公爵に醒める。ソーニャは阻止を図る。破談になってしまうのか。。

    0
    2025年04月30日
  • 戦争と平和2

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    展開が俄然面白い。不謹慎かも知れないが。名文も多い。
    ・ピエールとドーロホフの決闘。そして、ピエールとエレーヌとの離婚。
    ・アンドレイの奇跡の帰還。産科医とともに。
    ・出産に伴う、アンドレイの妻リーザの死。
    ・恋に破れたドーロホフがニコライに賭を挑む。見事に負けるニコライ。そして借金の返済。賭にのめり込んでいく描写が見事。
    ・デニーソフのナターシャへの求婚。接近はダンス。

    ※アンドレイとピエール。あとニコライ少し。彼らの内省、思索も興味深い。

    0
    2025年04月18日
  • 戦争と平和1

    Posted by ブクログ

    最初はサロンでのやり取りが延々と続く。人物造形に特徴は出ているが、物語に動きが少なく、退屈に感じる。遺産を受け取ることになるピエールの存在がちょっと面白い。

    第二編に至って、集団が軍隊に移ると俄然、物語は動き出す。激しい戦闘シーンが続くわけではないが、戦争の位置付けをめぐって、様々な視点が交錯するのが興味深い。兵士であるアンドレイと外交官であるビリービンのやり取りなど。

    最後のニコライの高揚感、負傷、惨めさ。アンドレイ侯爵のやりきれなさ。戦い抜いた、また、人間性を失わなかったトゥーシン大尉(砲兵隊長)の姿にしみじみしたものを感じた。

    戦争の諸相を今回だけでも、思う存分描いていた。

    0
    2025年04月15日
  • アンナ・カレーニナ 4

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    善をなそうという、素朴な信仰の大切さを訴えて終わる。理性の限界を悟った上で。人間くささは否定せずに。アンナの物語であり、リョービンの物語であった。その2人で対立されているのは、エゴイズムの解釈だろう。つまり、エゴに振り回されるか、エゴに誠実に向き合い続けるか。リョービんが絶大な人気や好感を誇るわけではないのがミソだ。

    アンナの自殺の場面。そこに至るまでの焦り、怒りが延々と綴られ、自殺しか帰結がない描きだ。ヴロンスキーの時もそうだったが、死なないだけの浅さがそこにはあった。

    ヴロンスキーが戦争に赴いてしまうのも、それが讃えられるのも、悲しかった。彼は後半、人格の深化が見られたような気がしたから。ここで展開される戦争論も読み応えがあった。

    途中に出てくる、狂信的でオカルトな宗教とリョービンの疑いの末に肯定される素朴な宗教の対比も面白い。

    最後に解説を読んでハッとしたのが、タイトル。アンナだけでなく、カレーニナという「夫」の苗字まで付けられていたこと。当時の結婚制度を含めた社会の中のアンナの物語とも読める。

    0
    2025年04月05日
  • アンナ・カレーニナ 2

    Posted by ブクログ

    リョーヴィンとキティの偶然の再開。彼女がこちらを見つけた時の一瞬の輝いた目を見てもう一度確信する。自分には彼女しかないと。このシーンがとてつもなく好きだった。

    リョーヴィンを軸とした田舎の描写、恋愛描写は、ナボコフをはじめとした一定数の読者から不評とのことで、確かに一理あると思った。アンナを取り巻く環境に比べ、リョーヴィンの恋愛は生ぬるい。確かにアンナとカレーニン、そしてヴロンスキーらのそれぞれの心情描写、何に悩んでいるかを考える方が有意義なように見える。

    カレーニンはアンナの不倫を離婚などという、かえって妻が得するような形で罰するのではなく、別の形で、しかも世間に知られることなく罰したいと考えていたが、我慢できなくなる。

    しかしアンナが死にそうになった際、いっそアンナが死んでくれれば良いとさえ願ったものの、いざ妻の姿を見ると、自分がアンナを心から憎むことができないと悟り、そんなことを願った自分を悔いてアンナとその不倫相手ヴロンスキーをも許す。

    ここのシーンがあまりにも深い。議論の余地を多分に残している。実際、この時のカレーニンにヴロンスキーは驚き、どう対応して良いかわからなくなってしまい、銃で自殺未遂するほど追い込まれている。

    世間体で離婚したくないという単純なものではなく、「離婚してしまえば妻が本当の意味で破滅してしまう」ということを懸念して離婚できずにいたのがカレーニン。リョーヴィンではなく、カレーニンこそ第二の主人公に相応しいように思えてきた。

    アンナとヴロンスキーがいくら逃避行しようとも、この後も誰も幸せにならない未来が見える。

    0
    2025年04月04日
  • アンナ・カレーニナ 3

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    ここでもトルストイの筆は冴えている。
    巻末の読書ガイドも素晴らしい。今回は読み方。マインドマップと象徴性に注目していて、こういうのを知ると長編の名作を読むのがやめられなくなる。

    以下、メモ。ネタバレあり。

    ・キティ(カーチャ)のニコライの看病。理屈としての死と女性から見た死の違い
    ・ドリーの妊娠、出産、子育ての苦悩。P390。転じてアンナの生き方への評価のまなざし。
    ・快活なアンナ。人生の大事な部分に関して、眼を細めてしまう。これは小○今日子や他の不倫した女性にもあてはまる印象だ。あくまで印象だが。
    ・公爵令嬢ワルワーラの都合のいい、アンナ評。社会的に不健全でも、うわっつらだけ合わせることは、今の時代も結構あるが、それを活写したかのようだ。P463
    ・ドリーとアンナの距離の突然の認識。P509

    0
    2025年04月02日
  • アンナ・カレーニナ 2

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    *リョービンが農民と共に草刈りをするシーンは、のびのび、活き活きとしている。田舎でのドリーの子どもとのやりとり、通りすがりの人々とのやりとりものびのび、いきいきしている。その二人が村で出会う!

    *リョービンとキティの決裂してからの熱愛ぶりの描き方。

    *アンナの出産に際しての死の間際にまでいってしまうことに、夫カレーニンと愛人ヴロンスキーの大変化。そして、その人間的な皮相ぶり。自殺の衝動性の描き方の傑出。

    0
    2025年03月28日
  • アンナ・カレーニナ 1

    Posted by ブクログ

    恋に落ちたり、不倫をしたり、それをたしなめたり、噂したり、不信に落ちたり。あまりにもその過程の描写が迫真だ。翻訳もいいのだろうが、やはり古典恐るべしである。

    メモ:
    ・冒頭の列車での事故は、何かの暗示だろうか
    ・オブロンスキーの不貞は、何かの暗示だろうか
    ・ウマの背骨が折れたのは、何かの暗示だろうか
    ・ウソをつかないことの両義性。欲望に正直。しかし、世間体は無視できず、正直に従いたい。良心以上の倫理の存在の主張か。

    0
    2025年03月18日
  • 死の家の記録

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    シベリア流刑の具体的な記載を読んだのは初めてだった。どんな場所だったのか、どんな人々が収監されていたのか、どんな生活がそこにあったのか、リアリティをもって知ることができた。
    何年もそこから出られないことが決まっている人たちとの極限の共同生活。意外に秩序が保たれていて、仲間としての意識も私の想像以上にあったようだ。かえって囚人同士に任せておいたほうがうまくいくこともあるのだ。
    たしかに重大な犯罪を犯した者たちばかりだけれど、彼らを人間として扱うことは最低限必要なことだと思った。それを教えてくれたのはシベリアの民衆だった。
    監獄で人間をとことん観察し、自らの経験をもとに考え抜いたからこそ書ける内容だったのかなと思う。特に終盤は大切なことがたくさん書いてある。読んで良かった。

    0
    2024年10月08日
  • 死の家の記録

    Posted by ブクログ

    新潮文庫の表紙が暗ぼったくて、また不穏なタイトルと相まって敬遠していましたが、全くの誤解。ドストエフスキーの4年間の投獄経験に基づく本作は、大変面白くて興味深い内容でした。

    本作は、ロシア生まれの地主貴族である主人公が、妻殺しの第二種流刑懲役囚として10年間の獄中生活を送り、出獄するまでの囚人たちとの共同生活を通して、驚きや苦痛の断片を書き連ねたルポルタージュです。

    当時のロシアの監獄では、足枷こそはめられていますが、大っぴらではないにしろ酒が手に入ったり、タバコが吸えてたりするのが意外でした。それらは、お金がものをいうのですが、やはり手先が器用な人は、どこに身を置いても強いですね。しかしながら、比較的開放感があれど、やはりそこは監獄。お金の使い道も限られているし、何より自由の度合いが柵の外と内では大違い。それだけにラストは感慨深いものがありました。

    他に印象に残った場面は、病院で誰かが着たお古の部屋着を与えられたこと。皆で観劇を催して、職人や役者の活躍で連日盛況で、その描写が本当に楽しそうだったこと。風呂の描写が、とにかく汚らしいこと。笞打ち逃れの方便などですね。

    あと、文中で時折言及していたのが、才能と人生を長い刑期で棒に振ってしまうことの無益さについて。これは、著者自身が刑期中に何も作品を残せなかったことへの自省や、新しい作家たちの登場による焦りの気持ちを抱いた経験からきたものかもしれない。そんな著者の獄中経験は、本作や後の『罪と罰』のラスコーリニコフの人物像に充分活かされていると思いました。

    追記:
    笞打ちに関しては、この本より100年前に書かれた、ジャン・マルテーユ『ガレー船徒刑囚の回想』(岩波文庫)に詳しいですが、何故か絶版。名著なんですけどね…残念。

    0
    2024年08月11日
  • 青い脂

    Posted by ブクログ

    未来から過去へ、そしてまた未来へ戻る時系列に少々体力を使った。
    ソ連時代の社会的リアリズムと実在したあらゆる人物たちが、ドストエフスキーよりも多く出てくる。
    注釈でロシアの歴史の勉強になった。
    歴史や人物などかなり詳しく書かれていた。
    エロ・グロ・ナンセンスなので、サド的要素があり好みが別れると思うけど、愛が好きなので大変楽しみながら読めた。

    0
    2023年12月30日
  • アンナ・カレーニナ 4

    Posted by ブクログ

    初トルストイ長編

    幸せな家族はどれもみな似ているが、
    不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある。

    圧巻の世界観
    登場人物がみんな生きている
    熱情や妬みに翻弄されていく貴族たち

    確かに昔存在していた時間たちが蘇り、
    そこに生きていた人間たちの鼓動が感じられる。

    本筋だけを追っていけば、
    今日目新しい展開は特にないのだが、
    一つ一つの挿話によって、
    人物像だけでなく、彼らの生活の香りが浮き彫りになっていく。

    アンナとリョーヴィン

    アンナは恥辱との戦いであり、
    リョーヴィンは自己との戦いであった。

    地に足をつけて、自分と対話しながらなんとか生きていく。
    それって、いつの時代も通用する教訓なんだと思う。

    自分が何者で何のためにこの世に生きているのかを知りもせず、また知る可能性さえも持たず、その自らの無知に苦しむあまり自殺さえも恐れながら、同時に自分独自の、はっきりとした人生の道を、しっかりと切り開いていたのであった。

    0
    2023年06月19日
  • 白痴3

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    公爵のナスターシャとアグラーヤへの煮え切らない態度に、途中までもやもやしていた。しかし、結末を知ると公爵への評価は変わる。ムィシキンはこの世界で生きるには純粋すぎたのだろう。或いは、この世界はムィシキンのような人物を生かすには、残酷すぎたのかもしれない。ナスターシャもムィシキンもアグラーヤも、ロゴージンさえも時代や社会の犠牲者だった。

    0
    2023年06月06日
  • アンナ・カレーニナ 4

    Posted by ブクログ

    長いけど訳が重厚すぎず、何より面白くてどんどん読み進められた。自分が恋愛に依存気味の時期の思考の流れにありがちな視野の狭さがアンナの一人称語りによく出てたりと人物の心理描写も素晴らしい上、リョーヴィンと対になる構成も面白い。タイトルロールなのにアンナは冒頭もなかなか登場しないし、死んでからも物語が結構続くんだよね。

    0
    2023年04月24日
  • 戦争と平和1

    Posted by ブクログ

    全巻読み終わりましたが、今まで読んだ小説でベストと言える作品でした。
    この光文社版は、登場人物が解説されたしおりがついていて、とてもわかりやすかったです。
    一方で解説には少し物足りなさを感じました。
    歴史的背景が少し頭にあると、面白さが何倍も変わる作品なので、解説で触れてほしかった、と残念に思う点がありました。

    一つは、ナポレオンの生い立ちについて。
    彼は、コルシカ島という、フランスとイタリアの間の島の、比較的身分の低い家庭に生まれました。
    コルシカは彼が生まれる直前までイタリア領だったので、ナポレオンはギリギリフランス人というところで、幼少期は方言などで苦労したようです。
    フランス革命で身分制度が崩れたことにより、ナポレオンは実力を以て立身出世、ついに皇帝の地位に上り詰めました。
    そのナポレオンが、生まれながらにロマノフの血統であるロシアのアレクサンドル皇帝と決戦するのが今回の物語ですが、二人の「皇帝」の出自の対比が、ナポレオンの心理に影響を与えています。
    この点が解説には触れられておらず、分かりづらいのではないかと思います。
    物語後半に出てくる、ナポレオンがイタリア人という記述にも注釈がついていなかったので、少し不親切と感じました。

    もう一点は、サンクトペテルブルクとモスクワの対比について。
    サンクトペテルブルクは、18世紀初頭にピョートル皇帝によって建設された、モスクワよりも新しい街です。
    「ヨーロッパへの窓」というコンセプトで、当時文明の先行していたヨーロッパのいくつかの都市を真似て作られました。
    街だけでなく、人々の振る舞いやフランス語による会話なども、ヨーロッパにならうことが洗練とされました。
    一方、モスクワはロシアの伝統を象徴する都市です。
    そのモスクワを目指したナポレオンのロシア戦役は、軍事的及び精神的両方の意味で、ヨーロッパの侵略からロシアを守るという戦いです。
    フランス語とロシア語を取り混ぜた社交界の会話から、戦争の展開まで、ヨーロッパ的なサンクトペテルブルクと、ロシア的なモスクワという都市の対比が、より深い理解への鍵となります。

    もう少しこれらの背景について解説があれば、トルストイのメッセージが伝わるのに、というところが悔やまれました。
    しかし、ストーリーだけ読んでも面白い作品であることは間違いありません。

    0
    2023年02月19日
  • 戦争と平和6

    Posted by ブクログ

    全て読み終えて、自分が読んだ小説の中でほぼ一番となるほど面白かった。
    以下二点がこの物語の印象だ。

    一つは、この対ナポレオン戦争がロシアを防衛する戦闘的な意味での愛国戦争というだけでなく、当時ヨーロッパの文明や文化に支配されつつあった伝統的ロシア自体を取り戻すという象徴的な役割を持った出来事であり、ピエールがその移りゆく様を体現する役割であったということ。
    ロシア的な都市であるモスクワからナポレオンが追われる様子や、エピローグでピエールの語る結社が、この物語の後のロシアの反動的運動へと繋がる。

    もう一つは作者自身の歴史観だ。
    従来の歴史学が扱ってきた一人の意志が歴史を動かすという英雄的歴史観を否定し、より俯瞰的に見れば出来事は長い流れの中で必然であり個人の自由意志ではないと主張する。
    特に、人の行為は自由意志と必然の組み合わせだという記述では、他人であるトルストイと自分の考えとがあまりにぴたりと重なることに驚かされた。
    今は英雄的歴史観で語られる歴史も、更に長い時を経れば個人意志が見えづらくなり必然として語られる、という主張も真実だと思う。

    この巻で、歴史的に英雄視されるナポレオンに対して、歴史的評価の低いクトゥーゾフ将軍をトルストイが称賛しているのは、まさに上記二点によるところだろう。
    ナポレオンが英雄であるという通念を捨てさえすれば、ただ一人でロシア軍の保持という信念を貫いたクトゥーゾフ将軍の一貫性が際立つ、と言う記述は、この戦争の総括に相応しいと感じた。

    構成として、エピローグの後半、小説たる本編の終わったあとで、延々と論文のような作者の主張が続いたのにはやや唖然とした。
    その主張を小説本編を通じて読者に染み込ませるのが、作家の仕事なのでは?とも思う。
    本編の外で直接的な言葉で主張を盛り込んでくる手法に、良くも悪くもトルストイのロシア的な一面を見せられた気分だ。
    手法の洗練よりも本質を伝えることに重きを置き、率直でてらいがない。

    自分としては、お気に入りのキャラクターであるデニーソフが最後まで登場したことに嬉しく感じた。
    思い返せば彼は、全編を通じてことあるごとに役割を与えられてきた。
    最初に登場したときは、洗練された貴族将校の中にあって彼は、方言でラ行が正しく発音できないがそれを気にも留めていないという、明るく豪快なキャラクターで描かれた。
    その後、飢える自部隊の補給のために上司の命令を無視して他部隊から奪い取るという、部下への思慮と権力への反発という人間性を見せ、恩赦を願い出でればアレクサンドル皇帝に「法は世よりも強い」の言葉を言わしめ(現代的な社会制度を重んじたリベラル派の皇帝を象徴するシーンだ)、ナターシャにプロポーズする最初の人物となってその後の物語の伏線を敷き、ニコライを死臭漂う病院へと誘って戦地の病院の窮状を読者に知らしめ、戦争終盤ではパルチザンを率いて戦い、若いペーチャの死を目撃して嗚咽する。
    脇役ながら要所で登場したこのデニーソフという人物が、最後まで人間味あふれる場面を演じるために駆り出されたことも、この物語らしいと感じた。

    最後に。
    この作品を周囲の数人に勧めてみたところ、誰からもその膨大さゆえに着手できない、と言われた(自分もそうだったのでよくわかる)。
    そのような理由で読者を失っていることがあまりに勿体ないため、苦肉の策として、或いはもし今読むことを躊躇っている人の背中を押すためには、私としてはこの光文社版の第6巻を読むだけでもいいのではないかと思う。
    アンドレイとナターシャの物語は、アンドレイが「汝の敵を愛せ」に行き当たるシーンで宗教的美を見ることができたが、それでもなおこの「戦争と平和」の構成には必須でないと感じる。
    また、ナポレオンとアレクサンドル皇帝及びクトゥーゾフ将軍が対戦するこの戦争については勿論必読であるのだが、これは史実であるため、最悪の場合、この作品意外でも知ることができる。
    そうなれば、ピエールの経験を通したロシアのヨーロッパ化から反動に至る展開や、作者の歴史観は、この光文社第6巻に集約されている。
    あとがきによれば、トルストイ自身も、「この作品は個々の部分ごとに出版されても面白みを失わない」と言っているので、有限な時間と精神力の都合上この第6巻だけ読むことは、必ずしも作者への不敬に当たらないだろう。
    人に本を贈るのが好きだが、この「戦争と平和」第6巻も、誰かに贈ってみたくなった。

    0
    2023年02月05日
  • 戦争と平和5

    Posted by ブクログ

    1812年のフランス軍のモスクワ侵攻を受け、5巻前半は市民たちの逃走劇、そして後半はいよいよナポレオンの入城と敗走を描く。

    この巻では、これまで見られなかったほどにトルストイの愛国心と、ナポレオンへの憎悪が垣間見える。
    或いは、侵略する側を非難するがためにナポレオンを批判し、事実の勝者側としてロシアを持ち上げているのかもしれない。
    いずれにしても、フランスの離島生まれという身分から指導力でのし上がりヨーロッパを征服していったナポレオンが、このロシア戦役で遂に力尽きた、というドラマを存分に味わえる記述であった。
    何度も主張される、「フランス軍は、モスクワ入城前のボロジノの会戦で致命傷を追った獣であり、待っていればやがて死にゆく」の例えが的を射てわかりやすかった。

    自分としては、この巻のクライマックスはアンドレイ公爵の死の場面である。
    重傷を負った彼が、かつて自身を裏切ったナターシャと再開する場面に、「汝の敵を愛せ」という耳慣れたフレーズが現実感のある画として捉えられた。
    その後の、「全ての人を愛することは、つまり誰も愛さないこと、すなわち生の放棄だ」という心理的発展は物語としては悲しくまた意外に思われたが、死を目前にした人の心理がどのように展開するものか興味深く感じたし、折に触れて読めば、その時時で違ったことを感じるのだろうと思った。
    自分の日常生活の中では味わうことのない、宗教的寓意や信仰の美しさを感じられるのも、この物語ならではだ。

    いよいよ物語は佳境。
    読むほどに、トルストイの主張に自分の考えと似たところを見つけらるのは、少し嬉しく感じる。

    0
    2023年01月28日
  • イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ

    Posted by ブクログ

    トルストイ後期の中編2作を収録。普遍的なテーマ「死」「性と愛」をめぐる葛藤を鋭く描き、共感と議論を呼んだ。

    【イワン・イリイチの死】
    冒頭でいきなり死亡が告げられるイワン・イリイチ。45歳で死んだ彼の生涯は、果たしてどのようなものだったのか、死の間際に何を思ったのか、をたどるのが概要。

    外聞をはばかり仕事と家庭生活を切り分ける、つまり建前と本音を常に使い分けるようなイワン・イリイチの生き様の描写には、現代人を風刺するようなところがある。やがて病気により徐々に死に向かっていくなかで、そうした生き方が間違っていたのではないかと人生を振り返ることになる。

    嘘に塗りかためられた周囲の反応から、精神的に孤立してしまうが、召使のゲラーシムとだけは心を開いた交流ができる。その理由が非常に鋭い人間心理の描写となっており、この作品の本質を象徴するポイントだといえよう。

    「人生がこれほど無意味で、忌まわしいものだったなんて、おかしいじゃないか。……ひょっとしたら、私は生き方を誤ったのだろうか?」
    自問自答に果てにイワンが見出した答えとは……。トルストイ後年の精神性をうかがえる作品だったと思う。

    【クロイツェル・ソナタ】
    結婚観の論争から始まる本作。肉体的な性愛を超えた精神の親和ですらも、生涯続く愛情とはならず、現代の結婚などまやかしに過ぎないと豪語する白髪の紳士。陰のある彼の打ち明け話が本作の物語である。

    「性欲は悪です。恐るべき悪です。それは戦うべき相手であって、われわれの社会のように奨励すべきものではありません」
    という、性愛に対する徹底した否定的目線から、結婚生活における愛と憎しみを描いて読者に何かを問いかける。

    すべての男女にとって関心の尽きない問題について、「告白型」という引き込まれる語り口で提示されるので、読みやすい。既婚、未婚に関わらず、一度は深く思索してほしい作品。

    0
    2023年01月27日
  • 戦争と平和4

    Posted by ブクログ

    この巻では、いよいよナポレオンがロシア本土に遠征し、領主たちの東方への避難や、ロシア軍とフランス軍の戦闘の様子が描かれる。
    砲弾が降り注ぐ激戦の中で、人間が感じる死への恐怖や負傷の痛み、或いは実在の人物であるナポレオンの戦場での心境など、非常に読み応えがあった。

    さらにここに至って、従来になく作者の歴史観と戦争観が語られている。
    その一つが、戦争についての自らの持論をアンドレイ公爵に語らせた場面。
    それは「捕虜は取らずに殺害すべきだ」という暴力的な主張に始まるが、その理由は、戦争をルールあるゲームにしてしまうから容易に戦争が開始される、もし皆が命を落とすことになれば、相当の理由がない限りは戦争にならないだろうが、しかし今のようなルールに守られた戦争は、軽薄な軍人のおもちゃになってしまう、というものだ。

    自分も、前線で命を掛けた戦闘が繰り広げられる最中に、上層部では温かく安全な部屋で敵国同士の交渉が持たれる、ということには違和感を感じるので、この言葉に大きく頷かされた。
    主張された通り、戦争はルールあるゲームでありごく一部の人間の道具に過ぎない。
    この主張を言わせるためにこそ、この小説全体が存在している、と言っても言い過ぎではない言葉の一つではないかと感じた。

    巻の前半のナターシャの贖罪の記述も、祈りの持つ力がよく伝わり心が洗われた。
    読書を通してそのような体験ができる作品は貴重である。

    0
    2023年01月14日
  • 戦争と平和3

    Posted by ブクログ

    3巻は戦時ではなく、それぞれの理由からモスクワに集まった主人公たち(20代前後の貴族の子息令嬢)の人間関係と人生の岐路、とりわけ誰を結婚相手とするかという問題について描かれる。

    登場人物はおおよそ以下の通り。

    ─アンドレイ・ボルコンスキー
    幼い息子を遺して妻に先立たれ隠居を志すが、ナターシャに出会い一念発起、プロポーズ。優秀な実務家だが、少し上から目線。
    ─ピエール・ベズーホフ
    育ての親から莫大な遺産を相続。一時放蕩生活を捨てて宗教と社会貢献にのめり込むが、思うように行かず、再び元の生活に戻る。妻エレーヌのことは、軽薄な社交家だと嫌悪している。
    ─ニコライ・ロストフ
    財政の傾いた実家を支えるべく裕福な令嬢との結婚を期待されるが、孤児の従妹ソーニャと人生を共にすることを決意する。熱血タイプでややお人好しなところがある。
    ─ボリス・ドルベツコイ
    世渡り上手な出世頭。父を亡くし、未亡人の母を助けるため、裕福なジュリー・カラーギンとの結婚を決意する。
    ─ナターシャ・ロストフ
    ニコライの妹。純愛に基づく結婚を夢見る17歳で、美貌と愛嬌を持った華やかなキャラクター。アンドレイのプロポーズを受ける。
    ─ソーニャ
    ナターシャとニコライの従妹で、ロストフ家に暮らす。ナターシャの真面目で良き友人。
    ─マリヤ・ボルコンスキー
    アンドレイの妹。厳格で偏屈な父に縛られ、鬱屈とした日々を送る。「神の遣い」と呼ぶ、貧しい巡礼たちとの密かな交流を、唯一の楽しみとしている。
    ─エレーヌ・ベズーホフ
    ピエールの妻。類稀なる美貌と社交力の持ち主で、知的な集団の中心と見られている、フィクサーのような存在。


    戦場のシーンが多かった1巻や、ナポレオンとアレクサンドル皇帝がついに相見えた2巻に比べると、3巻は恋愛や結婚といった身近なテーマが中心で歴史的なイベントや登場人物が少なく、1巻や2巻ほどの壮大さは感じなかった。
    史実に基づいた物語であるならば、ここまで恋愛模様を複雑にする必要があるのかということにやや疑問も抱いたが、巻末の解説によればこれは物語後半に向けた布石ということなので、今後を楽しみにしたい。

    0
    2022年12月18日