望月哲男のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
3巻中の1巻を読み終えたところです。
きっと題名だけなら^^誰もが知る名作です。
でも、若い時から読んでみようと思ったことはありませんでした。
ロシア文学は小難しくて暗いというイメージがあったから(読んだこともないのに^^)
今回、お友達のレビューを読んだことをきっかけに、、
帯にあった「真実美しい人・・ムィシキン公爵」という主人公にぜひとも出会いたいと思った。
白痴と呼ばれるほど純真無垢な公爵と
公爵を取り巻く個性豊かな登場人物の名誉欲、金銭欲、色欲といった大人の汚らしい部分の対比が
この話面白くしている。
この長編を流れる大筋の話の中に「アネクドート・・小話、エピソード」がたくさん散りばめられている。
そのどれもが教訓的であり、哲学的でもある(と思った。)
最初は病気持ちでその純真さゆえに「白痴」と思われたり実際にののしられたりした公爵は
話を交わす人すべてから後には好かれ、惹きつけることになる。
そして子供のように純真で愛に富む人柄は・・
高慢な美女ナスターシャ(ゆえあって歪んだ性格になっている)に
「私、はじめて本当の人間を見たわ」と言わしめた理由が分るような気がした。
大筋は暗い話どころではなく1巻の後半は急展開、突飛の展開と読者を飽きさせることなく
ドラマティックに進んでいきます。
2巻3巻と・・さらにどんな「真実美しい人・・ムィシキン公爵」を知ることになるかと思うと・・
ワクワクします^^
面白いです^^若い時に読んでおくべきだったのかもしれませんが、
私は今この齢で読んで良かったと思いました。
*あえて「あらすじ」には触れませんでした。 -
Posted by ブクログ
「イワン・イリイチの死」
死ぬ間際に、自分の人生が迫ってくる。
自分のやってきたことに心が裁かれる。
どのような涙をながすことになるのか。
ごまかそうとしても、ごまかしきれない。
その迫力を堪能できる作品だと感じた。
描かれた人間の利己的な心が、滑稽ですらある。
この滑稽さに気づかないなんて、物事の本質を見ようとしなかったつまらない人生だな。と思ってしまう。
自分は特別な存在で、死ぬとは思えない。そんなイワン・イリイチの死生観は幼稚だと感じる。
今まで人の死を見たことはなかったのか。
そこから何も感じなかったのか。
ついそう思ってしまう。
しかしそれに対する答えは、初めの部分で彼の同僚たちが示した態度に集約されているのだろう。
浅はかだ。
でも、私だって、本当に死に直面したら、どう感じるのか。今はまだわからない。
とも、思った。
「クロイツェル・ソナタ」
”短期型の売春婦は通例軽蔑され、長期型の売春婦は尊敬される”
つい笑ったわ。
極端だと思える結婚観や恋愛観・女性観、男性観が述べ
られていくのだが、どこか否定しきれないもどかしい思いも募る。
それが全てではない。しかし、それもある。
話の入り口は、そんな感覚に陥った。
男の結婚生活についても、同様に感じた。
わかる。そういう夫婦もあるのだろう。でも、そればかりではない。
そんな夫婦ばかりではない。
言葉を介して理解しあえる夫婦だって、たくさんある。
話し合って歩み寄る努力をしている夫婦も、いたわりあっている夫婦も、たくさんある。
見た目や肉欲で結婚したらこうなる可能性が高まるのかもしれない。と思った。
話し合えないこと、それは不幸の始まりだな。と。
全部読み終わってから、冒頭の結婚観の部分を読み返すと、老人・婦人、そしてこの男の主張の意味と、それぞれの不完全さがはっきりと見えてくる。
それも、面白かった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレアンナは社交界からは遠ざかっていても豪邸で何不自由無く暮らしており、知人からは慕われて美貌も衰えない。庶民の自分から見ると何をそこまで悲観して死に至るのかどうもピンとこないのたけど、アンナにとってのアイデンティティはヴロンスキーの愛に立脚していて、それが翳った時点で存在意義を無くしてしまったのだろうとは理解できる。
しかしヴロンスキーはリョーヴィンのようにせっせと領地経営に勤しむでもなく、愛人を伴って田舎や都市に豪邸を構えて優雅に趣味に生きて、画家のパトロンになろうもいう裕福ぶり。
当時の貴族の豊かさの仕組みがやっぱりピンとこない現代庶民の私。
一方リョーヴィンは、何のために生きるのかをずっと追い求めていたが、良く生きようとすることが生きる意味である、ということに夕暮れのバルコニーで思い至る。
その感情の流れがこれもピンとこないのたけど。
作品として
19世紀ロシアの貴族社会と農地経営、ロシア農民の暮らしが活写されていて、その点の理解が進んだ。
それにしてもこの時代のロシア貴族の公用語はほぼフランス語なんだなあ。
ナポレオン戦争があり、国民性も大きく違うと思っていたけど、上流階級のフランス文化への傾倒はそうした国同士の関係にも影響を受けなかったようだ。