望月哲男のレビュー一覧
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2冊目のクライマックスは、フランスのナポレオンとロシアのアレクサンドル皇帝の調印式。
ナポレオン皇帝は、フランス革命の産物。
離島生まれで身分が低く、従来なら要職に登用されない彼が、フランス革命によって立身出世、さらには周辺国との戦争にも次々と勝利する。
一方のアレクサンドル皇帝は、ロシアロマノフ王朝の血統。
生まれながらに広大なロシアを治める統帥である。
その二人が、同じ『皇帝』の称号で対等に顔を合わせる。
そしてこのとき、ナポレオンもアレクサンドル皇帝も、それから100年余後にロシアで革命が起こることを知らない。
それどころか、著者のトルストイさえもそれを知らずにこの物語を書いているということに、神がかり的なものを感じた。
この物語は、革命前のロシアにおいて革命前の出来事について書かれているのだということを、改めて思わせられる場面であった。
我々はもはや、革命後の時代、その社会と価値観の中にしか生きられない。
過去は二度と来ない。
革命が起こる前の時代に戻ることもなければ、革命を知らない時代を生きることも二度とない。
トルストイが繊細な描写でしつこいほどに描く、皇帝の神々しさ、また皇帝への尊敬や愛情は、失われて二度と取り戻せないのだ。 -
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完結編。第7部と第8部を収録。2つのカップルの圧倒的な結末に魂が震撼する。そこに見出したある一つの答え。
前巻の新婚生活から続いて出産シーンへ。リョーヴィンの慌てっぷりがユーモラス。お互いに何でも話し合い、隠し事をしない理想的な夫婦像ともいえるリョーヴィンとキティも、時々は細かいことでぶつかったり悩んだりするところがリアル。
二人の主人公が一瞬だけ交差する出会いのシーンは胸が熱くなるものがある。ここから物語はクライマックスへ向かっていく。
第7部の終盤にいたる展開は、その不穏さとスピード感に読んでいるほうも追い詰められる感覚になる。男女の愛を理想的な結婚の姿という形で見せてくれたリョーヴィンと対比して、最後まで愛を求め続けたアンナの姿も、ある意味で女性としての究極的な何かを表現しているといえるかもしれない。最後のシーンの文章が本当に上手いというか、映像的でありながら文章でしか表現しえないものがあって、翻訳も含めてすごいと思った。
第8部はエピローグ的な展開と、リョーヴィンの思索がメインになる。一般的には第7部のラストに目が行きがちだし、物語としてはあそこで終わっても不自然ではない。だがこの第8部こそ、本作の結論でありキモとなる部分といえ、本作を単に恋愛小説として読んでいる人には見出だせない、より大きなテーマが提示されている。
リョーヴィンが抱き悩み続けている本源的な問い――
「自分はいったい何者か?自分はどこにいるのか?なぜここにいるのか?」
それは生と死についての疑問であり、リョーヴィンはこれについて明確な答えを見出す。アンナとリョーヴィンという、別々に展開し一見つながらないように見える2つのプロットは、すべてこの一点のテーマに集約されて大きなカタルシスをもたらすのである。
自分の若い頃にこれを読んでもピンとこなかっただろう。百姓ヒョードルの些細な一言で気づきに至る流れ、答えは理性の外にあり、「われわれはすべて知っているのだ」と納得する顛末に、うんうん、そうだそうだとうなずきながら、この何年かで学んできたこと、考えてきたことが微細に書かれていて驚いた。特筆すべきなのは、これらのことが単に思索の結果としてだけではなく、日常生活の細々した雑事と密接にからみながら描かれているところ。リョーヴィンの悟りは、よく言われるふわふわしたスピリチュアルではないのだ。悟りに至ったあとも、あまり変わらない現実の如実な姿にニヤリとするラストの一文が最高だ。また、キリスト教の信仰に立ち返った彼は、他宗教へのスタンスについても、子供たちのいたずらと天文学者のたとえから明確に結論づける。
表向きは恋愛と結婚を題材にしながら、また当時の生活や社会を詳細に描きながら、より深い生命の次元から万事を見つめ、多層的な観点から人間の本質に迫っていく本作は、個人的にも人生でベストといえる作品の一つとなった。これから映画も見てみたいと思う。 -
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第5部と第6部を収録。リョーヴィンの結婚にまつわる諸事と、徐々に行き詰まるアンナとヴロンスキーを描く。
リョーヴィン編は婚礼から新婚生活にいたるまで、出来事や心理が微細に描かれていて楽しい。しかし身近な人の死によって、自らの生死観に向き合わなくてはならなくなり、深い思索を重ねていくくだりには、誰にとっても他人事ではない切実さと、生活の忙しさにかまけてスルーしてしまっている「死」という現実への態度をどうとるかということを、強く考えさせられた。兄コズヌィシェフの求婚するかしないか?のエピソードはどこかリアルで、個人的には「その気持わかる」という結末だった。
いっぽうアンナは社交界でつまはじきにされ田舎に引き込むが、徐々にヴロンスキーとの関係や彼女自身の心に陰が生じていく。息子に無理やり会いに行くシーンはどうしたって泣ける……。不倫への淡い憧れやアンナへの好意を保ちながらも、自らの育児と家庭生活に立ち返っていくドリー。リョーヴィン側とアンナ側という、対比がより際立っていく2つのカップルの間を行き来する彼女の視点が興味深い。
恋愛や結婚だけではなく、様々な要素が織り込まている本作。3巻では重層的な物語空間に人々がいきいきと生きている感覚が強まり、どっぷりとこの世界にハマらせてくれる。 -
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第3部と第4部を収録。農業経営の理想に燃えるリョーヴィンと、妻の不貞行為に苦悩するカレーニンを描く。
第3部はほぼリョーヴィン編。農業の労働の描写は新鮮。いっぽうかなりのページ数が割かれる経営の話は1861年の農奴解放という背景からくる難しい状況があり、巻末の読書ガイドに頼らないとわかりづらい。しかしここで、欠点も多いが魅力的なリョーヴィンという人物像が明確になり、第4部に続く彼の新しい人生展開の伏線ともなるので、軽く読み飛ばさないほうがいいだろう。
第4部では妻に裏切られた夫カレーニンの、ある意味では当然とも思える反応に男性としては少し共感。さらに土壇場で、『戦争と平和』のアンドレイにも見られた、信仰と許しという至福の力による霊的な成長に感動。しかし、当時のロシア社会における「離婚」の難しさが事態を複雑にしており、ありえない展開に「これはひどい」と思わず声に出して言ってしまったところで2巻終了。どうなんねんこれ……。 -
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19世紀後半のロシア。ひとつの不倫から始まるドラマを軸に、貴族社会の多様な人間模様を描く恋愛小説の名作。
「幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」
有名な書き出しから始まる第1部は、不倫から始まり不倫に終わる。『出会ってしまった!』という感じ。美しいロシアの情景と細やかな心理描写が読みやすく、冒頭から興味を引く展開が連続して続いていくので、面白くない部分がないというか、ダレることなく一気に読めた。主役となるアンナ&ヴロンスキーだけでなく、青年貴族リョーヴィンと、彼に関わる令嬢キティの物語もそれぞれ独自に進み、人間関係のバランスが絶妙に設定されていて興味が尽きない。個人的にはやや内向的で真面目なリョーヴィンくんに共感してしまった。
第2部では、行くところまで行くふたり、農業に専念するリョーヴィン、手本となる人物に出会うキティ、というところまで描かれる。手に汗握る競馬レースのシーンは迫力があって面白かった。登場人物たちがこれからどうなっていくのか、続きが本当に楽しみだ。 -
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最終巻。第4部第3~4編とエピローグ第1~2編を収録。フランス軍との決着、生き残った主人公たちのその後。
立場が逆転し、逃げるフランス軍と追うロシア軍。戦場ではそれぞれが過酷な状況のなかで、人間の醜さが露呈し、親しい人たちが死んでいく。捕虜に対しての「やっぱし、おんなじ人間なんだな」という言葉が印象深い。
捕虜生活を通してピエールが得た境地。「話す人」から「聞く人」へ、「誰もがそれぞれの考え方や感じ方やものの見方をする可能性を認め、言葉で人の信念を覆すことの不可能性を認める態度」、「まずやむくもに人々を愛しては、後から愛するに足る疑う余地のない理由を見つけていたという現象」といった変化は、無条件の愛に到達した『悟り』のひとつなのだろう。
エピローグの1で主人公たちの物語は未来への予感を残して終わる。ここでは恋愛、結婚、家庭といった問題が取り沙汰され、ドラマチックな展開や良妻賢母たちを通して、作者独特の考えが語られ非常に読み応えがある。もっとこの家族たちを見ていたい……名残惜しいラストだった。
エピローグの2は、トルストイの歴史観が存分に語られる小論。歴史学から「権力とは何か」という考察に移り、自由意志の問題――『自由』か『必然』か――という流れ。小難しい話になってくるので、作中随所で語られるナポレオンへの評価や19世紀初頭のヨーロッパ史を含めて、歴史に関心の高い層でなければややつらいところかも。そこは正直消化不良になりがちだが、全体としてはこれだけの長大な作品にもかかわらず、いずれもう一度読みたいと思わせてくれる傑作だった。 -
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第3部第3編と第4部第1~2編を収録。ナポレオンのモスクワ占領から放棄までの多様な人間ドラマが描かれる。
迫るナポレオン軍、逃げるモスクワの人々。脱出間際の騒動のなか、ロストフ家がとる決断が感動を呼ぶ。
負傷したアンドレイが到達する「魂の本質としての愛」――すべてを愛するということは、すなわち神をそのすべての現れにおいて愛することだ――最近のスピリチュアル風に言えば「無条件の愛」ともいえる境地。ここからのナターシャとの再会劇は魂が震えるほど感動した。小説で泣くというのはめったにないことなのだが……。
ニコライとの出会いによって覚醒するマリヤの女性的な魅力。みにくいアヒルの子が美しい白鳥になるかのような変貌ぶりが素晴らしい。これまで苦労に苦労を重ねてきた彼女の、内面・精神世界が表に現れる瞬間でもある。
いっぽうモスクワに残ったピエールもフランス軍との関わりの中で大きく変貌していく。どん底の囚われの生活の中で初めて心の安らぎをえた彼の姿には、余計なものがすべて削ぎ落とされたような清々しさを感じる。しかし軍が退却を始めると大混乱が生じ、ピエールの人柄ゆえにそれまで仲良くしていたフランスの兵士たちが、突如人間らしさを失ってしまう。ここでの「自分と同じ人間を殺すことを無理やり人に強いる力」=この不思議な、無慈悲で破壊的な力という表現は、戦争の恐ろしさをよく表していて心に重くのしかかるものがある。そんななかでピエールもまた、アンドレイとは別の観点から自らの内にある不滅の魂に目覚めていく。
モスクワではフランス軍の規律違反から略奪行為で収拾がつかなくなり、退却までの大混乱が描かれるなか、人物たちの変化が読者へも波及するような深いドラマが展開され、これまでで最も読み応えのある巻だった。 -
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第3部第1~2編を収録。ついにモスクワに迫るナポレオン軍――ロシアの一大危難に立ち向かう人々を描く。
軍務に復帰したアンドレイは、悲しみと憎しみのためか、例の「空」のことも自由を満喫した生活のことも忘れていく。多言語が入り交じる軍務会議のなかで、「戦争の科学」など存在しないという結論に達するのは作者の信念でもあるのだろうか。いっぽうで父との軋轢が重なるマリヤは、それでも許しと信仰を兄に主張する。言動がひどい父親も決して悪人というわけではなく、この家族は本当にせつない。
黙示録の獣の数字とナポレオンの関係は知らなかった。ピエールがそれを自分に当てはめるのはさすがにこじつけすぎて笑ってしまう。その妙な使命感から危険をかえりみず戦場を見学しに行くという奇行は、本人は真剣なのだが、どこかユーモラスに思える。
肉体と精神の危機を乗り越えたナターシャは、幼さが消えて魅力的な女性として成長したと思う。心の流れが鮮明に描かれてきたせいだろうか、これが文章で伝わってくるのがすごい。
人間が自発的だと思ってする行動はすべて必然的な歴史の道具であるというトルストイの運命論と、ボロジノ会戦におけるナポレオンの様子は、そのヒーローとしての幻影を打ち砕くものだ。そして迫るフランス軍と逃げていく住民の混乱と喧騒の描写は、日常から最初の砲撃、焼かれていく町の姿など、リアルで恐ろしい。そんななかで、儚げなロマンスがいくつか発生するのが見どころ。
終盤、負傷したアンドレイが愛と許しに目覚めるシーンが圧巻。オードリー・ヘップバーン主演の同名アメリカ映画を観たことがあるが、こうした部分はどうしても映像では伝わらないので、興味のある人はぜひ原作小説を読んでほしい。 -
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第2部第3~5編を収録。舞台は戦場から貴族社会へと移り、青年たちの恋愛と結婚についての騒動が描かれる。
人生の新たな局面に取り組むアンドレイとピエールだったが、虚飾に満ちた社会にぶち当たり、それぞれに行き詰まっていく。直接からむ場面は少ないものの、この二人の友情は強いものに育っており、アンドレイが旅立つ際、ピエールのことを「黄金の心の持ち主」と言って評価するのが印象深い。
本巻で最大の見どころはナターシャがとる行動とその顛末。オードリー・ヘップバーンの映画ではナターシャの行動が唐突で意味不明に思えて、彼女が軽率で悪い女にしか見えなかったのだが、原作ではそこに至るまでの状況の経緯や心境の変化が克明に描かれており、彼女の若さやボルコンスキー家の対応の酷さなども考えると、この流れでは仕方ないよなぁとようやく納得した。
ロストフ家の財政危機のなか、ニコライに迫られる「愛していない金持ちの女か、愛している貧乏な女か」という究極の選択がシビア。また、ボリスやアナトールのような、ピエールやアンドレイとは全く異なる価値観や行動原理を持つ人物が幾人も登場し、その豊富な人物群や人間観察の鋭さが、非常に興味深かった。孤独なマリヤさんの信仰心と現実との葛藤も心に残る。
第2部の終盤では悲劇のような重い結末のなかに、思いがけない新しい関係が生まれ、かすかな希望の兆しが感じられた。大彗星を見上げる美しいラストにしばし呆然とする。 -
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第1部第3編と第2部第1~2編を収録。戦場から戻ったアンドレイとニコライ、遺産相続後のピエールの苦悩。
ボルコンスキー家における求婚騒動では、マリヤの下す決断に感動。美人の軽薄さと、不美人の美しい心根。人間、何が幸せなのかと考えさせられる。
いっぽう兄のアンドレイはアウステルリッツの戦いで負傷する際、至高体験のような精神的な啓示を得る。戦争と死を目の当たりするなかで、見上げていたナポレオンを俯瞰するまでに至る心の変化に目を見張った。
陰キャで目的観のない青年ピエールは、転がり込んできた金と権力で美女と結婚はするものの、うまくいかず結局すべてが行き詰まることに。自らの生き方を見出すべく根源的な問いに悶々とする姿は共感する人も多いだろう。やがて新たな世界に身を投じた彼はアンドレイと人生論で激論をかわすことになる。ここのやり取りが、宗教にハマった若者が現実を知っている年上の友人を勧誘しているようにしか見えなくて、ピエールがかなり痛い人に見えてしまった。しかし理想を語る彼の言葉は、安易な博愛精神に見えつつも、「戦場に横たわって見たあの高い永遠の空」という至高体験をアンドレイに思い出させ、内面世界を新たにする転機となる。これには驚いた。「現実を見ろ」で終わりそうなものが、やはりアンドレイにも純粋な精神性が眠っているがゆえに、生き様も状況も全く違うピエールと共鳴を始めたのだろうか。
無意識的にも精神的価値を求めていくアンドレイ、ピエール、ニコライといった青年たちと、権力に取り入ってのし上がっていくボリスや、欲望と実利の追求に邁進するクラーギン公爵家の人々などとの対比が印象深い。正直、もっと難しい小説かと思っていたが、深遠なテーマをはらみつつも、人物への興味がつきず面白い。先は長いが、楽しんで読み進められそうだ。 -
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19世紀初頭、ナポレオン率いるフランス軍との戦争を背景に、国難に立ち向かうロシアの人々を描く長編小説。
全6巻ある本訳の第1巻は、社交界を舞台に5つの家族の人物紹介が行われる第1編と、ロシア軍とフランス軍との交戦が描かれる第2編を収録。
第1編では、社交界を描いた小説ではありがちだが、とにかく登場人物の数が多くて把握するのが大変。本作では500人以上の人物が登場すると事前に聞いていたので、最初からメモを取って読んでいくと、混乱することなく楽しめた。個性的なキャラクターと興味をひく人間関係、そして井戸端会議的な会話がリアルで面白い。群像劇的でもあるが、未だ将来を決められない青年ピエールくんの棚ぼたラッキーに、なろう小説的な主人公補正を感じる。
第2編では、総司令官の副官アンドレイ公爵と見習士官ニコライを中心に、行軍と戦場における策謀が描かれる。迫りくるナポレオンの強大な軍隊が恐ろしく、退却するロシア軍とその時間稼ぎのために足止めに行くバグラチオン隊の克明な描写は緊張感にあふれている。そのなかでここでも多様な人物が登場し、その人間模様が興味を引く。「栄光を求めて戦争に参加したけど思ってたんと違う」という二人の運命は如何に。第1編では家族というミクロの世界で幸福と不幸を味わっていた彼らが、戦争というマクロの世界でどう変わっていくのか、今後も目が離せない。
お硬いタイトルで敬遠しがちな大長編である本作、意外にも大河ドラマ的で読みやすかった。地図も載っていて歴史的背景に詳しくなくても問題なし。しかしこのご時世でロシアの人々に共感できないという意見もあるようで、そんなことはないと思うがまずは論争を避けて物語に没頭したい。 -
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戦争はクライマックスを迎え、ナポレオンがモスクワを占領してから退却していく様子を描いている。さまざまな関係者がさまざまな思惑を持って行動している様子が面白い。立場の違うそれぞれの人物を詳細に描いている筆力はすごい。
「リンゴが熟すまでは木からもいではいけない。熟せばリンゴはひとりでに落ちるのに、未熟なうちにもぐと、果実も木も傷めてしまい、おまけに自分も酸っぱい思いをすることになる」p521
「(人は期待にそぐわぬ情報は無視してしまう)だからクトゥーゾフは、自分が望む情報であればあるほど、それをあえて信じまいと自制していた。この問題に彼は自己の精神力のすべてを注いでいた」p524 -
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華やかな上流社交会で繰り広げられる、人々の付き合いの中での人間関係や登場人物の気持ちの変化が面白く、絶妙な物語展開に引き込まれた。
「自分にはかかわりのない事柄については、冷静なる観察者であるべきなのだ」p68
「私は自分がこの相手より上だと意識しているので、そのせいで相手よりはるかに劣った振る舞いをしてしまう。こちらが無礼な言動をしても相手は寛大に聞き流しているのに、こちらは逆にますます相手を見下すという始末だ」p72
「(狩猟犬)私なんかの出る幕かね! あんたがたの犬ときたら、犬一頭の値が村ひとつというような、何千ルーブリもする奴ばかりじゃないか」p239
「敵の砲火を浴び、何もできない状況の時に、兵士たちは懸命になって自分の仕事を探そうとする。何かで気を紛らわしていた方が危険をやり過ごしやすいからだというのだ。ピエールには、すべての人間がこの兵士たちと同じ方法で人生をやり過ごそうとしているように思えるのだった」p328 -
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悲しみと驚きの第7部
心に残る第8部
読み終えた瞬間の私の感想…
え?これは?
『アンナの終わりとコンスタンチン・ワンダーランド』じゃないの!
なぜ?なぜトルストイは、この小説のタイトルを『アンナ・カレーニナ』としたの?
トルストイ先生、もっと他のタイトルあっただろうに…と考えつづけていたところ、巻末の、訳者望月先生の解説の中に、ゲイリー・モーソンという人の解釈が紹介されていました。
_題辞は 彼女が自分自身に下した捌きの言葉だとも取れる_
『アンナ・カレーニナ』だからこそ、彼女と相反するその周りの人物や思想、またリョービンの物語に光が差すのです。
悩めるリョービン、悟りを開くリョービン、まるで、青春時代に帰ったかのように、一緒に悩んでしまった!
私はどうしてここにいるの?神とは?生とは?精神、意志、自由、実体?
…と
でも、リョービンは自分の生活の中から(穀物番フョードルから)、答えを見つける。
答えがあるんですね、トルストイ先生✨
光と闇、リョービンの世界と、アンナの生き様。二項対立という言葉も解説にあったけど、、
私にとっては、かなりのリアリズム小説で、好みではないはずなのに、すっかり面白くよまされてしまった!
作家が亡くなって100年以上も経ったいまも、こうして私たちの心を捉えて離さない作品であることが、
これが文学なんだなぁと、よくわかりました