望月哲男のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
4巻の長編だったけど、読み進めるほどどんどん面白くなった。またいつか読み返すだろう。
生き生きと描かれている。説得力のある心理描写や比喩が面白い。
それぞれの性格からはっきりと人生が分かれ、その人の個性と思考が露呈していく。
リョーヴィンの気持ちがその時あった出来事によってころころ移り、かわいい感じもする。素直と頑固。
義父のクラブの話で、ぶよぶよ卵というのを表現がおかしかった。
リョーヴィンは生きる意味とは何かと哲学的に考えようとしたりする。でも答えが出ない。そしてある時、知る。
リョーヴィンは生きる意味とは何なのかを知る。だからといって生活は今までと同じだ。だけど、知ったことでリョーヴィンは喜びを感じる。
アンナは自分が招いたことだけど、人のせいにして、自分のマイナス思考は被害妄想に近く、自分で自分を追い詰める。だからヴロンスキーなどが何か言っても全部アンナは気に入らないのだ。周囲が間違った考えを正そうとしても嫌がり、フォローしても疑ってかかる。つまり、周囲は全てはアンナのおっしゃる通りですよと否定なしに肯定のみ、愛を捧げなければならないのだ。周囲は間違っているし誤解を解きたいけど、それをするとアンナはまた被害妄想で怒るのだ。早く精神科に行くべき状態。
なぜそんなに追い詰められていくのか、その心理描写の移ろいがうまい。
それにしても、最後、了と文字があった時「あら!ここで終わりなんだ!」ってビックリした。
この小説でリョーヴィンの自分はいったい何なのかの考えを読んでて、私も「あぁ!なるほど!」と思った。そんな話は聞いたことがあるし、そう考えてる人には当たり前のことなんだろうけど、何だか実感したのは初めて。リョーヴィンがぱぁーっと喜んだように自分も同じ気持ちを共有した感じだった。
多分、リョーヴィンに好感がもてるからだと思う。
この小説は私の中でインパクトの強いものになった。
またいつか読み返そう! -
Posted by ブクログ
作家、ドストエフスキーが体験した『シベリア抑留』を基にして描かれた小説で、規格外の囚人たちに囲まれる作者の分身の孤独さと、「地獄の沙汰も金次第」という身も蓋もない『真実』を突きつけられてしまいました。
本書は作家、ドストエフスキーが『ペトラシェフスキー事件』に連座し、1850年1月から54年1月までの4年間を西南シベリアはオムスク要塞監獄の獄中体験が下敷きとなって著された作品です。
タイトルにある『記録』というのはノンフィクションというわけではなく、実体験ベースのフィクションとも言うべきで、実際に時間や空間の構造はもちろんのこと、本書の中に出てくる囚人や彼等を取り仕切る側の人間にも、事実とは合致しながらも、ところどころは加工を施して記されており、その重厚さは読んでいて圧倒されてしまうほどのものでありました。主人公であり、また全体の語り部であるアレクサンドル・ペトローヴィチ・ゴリャンチコフは妻殺しの罪で10年の懲役生活を送り、出所後は入植者としてひっそりと余生を送っていたのですが、その彼の死後に、発見されたという手記の中にゴリャンチョフが獄中で体験してきた出来事の数々が綴られているという設定でありました。
塀の中では貴族と一般の囚人とは埋めがたい溝というものがあるらしく、ゴリャンチョフの最後の最後までことあるごとにこれによって苦しめられるのです。この部分にどうやら時を越えたある種の『普遍性』があるみたいで、堀江貴文氏が出版した獄中体験記の『刑務所なう』にもそういうニュアンスのことがそういえば描かれていたなと、そんなことを考えておりました。
ここに出てくる囚人たちもこれまた規格外の人物ばかりで、快楽殺人鬼のガージンや、政治犯でイニシャル表記されているポーランド人たち。金貸しのユダヤ人や、チェルケス人。ありとあらゆる人種が雑居房にひしめき合い、餓えや寒さ、シラミやノミと始終格闘しながら互いのことを豊富なレトリックで罵りあい、殴り殴られする様子は本当に殺伐としていて、空恐ろしささえ感じるのでありました。
さらにびっくりしたのは囚人たちの間で酒が売買されているということで、外部と連絡をとりながら様々な方法で酒が持ち込まれ、法外な価格で取引されている。この現実には度肝を抜かれ、彼等の酒に対する強いこだわりが本当によく理解できました。獄中という閉鎖的な環境で繰り広げられるのは、抑圧的な環境における単純で息苦しいまでの日常から、囚人たちが押し合いへしあいしながら浴場で体を洗う異様な熱気。後の小説群に出てくる登場人物の原型とも言うべき囚人たち…。
刑務所に入るというのは、出来ることならあまり経験したくないものですが、ドストエフスキーはこの囚人生活と兵役を課せられたことにより、かつて自分が持っていた思想とある種の『訣別』を果たすことが出来た…。そういった意味では彼にとって『通過儀礼』だったのかもしれませんが…。それにしても、なんという過酷な試練を彼に与えたものだなぁと、改めてそう思ってしまいました。
不条理の極みともいえる獄中での体験。それを綴ったものに自分がなぜこうも惹かれるのか…。それはまだうまく答えるのは僕にとってなんとも難しいものでございました。 -
Posted by ブクログ
非常に恥ずかしながら、21年の生涯初のロシア文学。
心のどこかで、いつかは触れるべきだと思っていながら漸く今回、読み終えることが出来た。
今までの他の作品であれば、読み終えたあとは何らかの気持ちに加えて、読み終えたという達成感のようなものを感じていた。
しかし今回は違う。
達成感も感じてはいたが、それ以上に「もうこの作品の世界を味わうことはできない」といった寂しさを感じた。
本作「アンナ・カレーニナ」を読むにつれ、アンナ、リョーヴィン、オブロンスキー、キティ・・・といった登場人物たちが私の日常生活の一部となっていった。
彼らと共に過ごした時間をもうこれ以上共有できないと考えると、やはり寂しさが表に出てきてしまう。
作品世界に関しての議論は私は専門家でも何でもないので、触れるべきではないが、少なくとも、この作品が人間のあらゆる側面を描き出しているということは断言できる。
本当にこれが、時代も場所も違う1870年代ロシアを舞台にして描かれていたのかと見紛うくらい、人間という生き物の中にある不変な本質を私に伝えてくれたと感じている。
我々は恋をする。
しかし恋敗れれば悲しみもするし、時によっては自分を捨てた相手を憎むこともあるかも知れない。
自分が愛していると思っている人が他の誰かを好きになる。
当然嫉妬も起こるだろう。
時代の流れの中で、以前は順風満帆であった事業に陰りが見られることもあるかもしれない。
自分の子供が出来れば、あれやこれやと自分がしたいと思っていることを子供に託すこともあるかもしれない。
このようなごくありふれた日常の様子・感情が実に細かく描写されている。
内容の充実度も勿論のこと、表現の観点からも、私はこの作品が「Masterpiece」であることを心から感じている。